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第二章〜セカンドフィル〜
第五十話 「道中の恋バナ」
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今日の夜には、満月が出る予定だ。つまり、今日がとうとうアレス商国がランバーグ王国と会談を行う日である。今日は朝早くから起きて、ユリア達と一緒にアクアリンデルに向かうつもりだ。
そこで、ナッツの親父に注文しておいた、ある材料を買えば俺の準備は完了する。そうとなれば、後はアクアリンデル城に向かうだけだった。
この会談のために用意した、仕掛けを施したシングルモルトウイスキーが入った樽を馬車へと詰め込み、出立の準備をしているとアントンさんがあるものを持ってきてくれた。
「ショウゴ、頼まれとった金属板じゃ」
「おぉ! さすがです、アントンさん。……バッチリです! 助かりました」
アントンさんが持ってきたのは、薄い鉄板に丸い窪みが六つほどついているものだった。アントンは、すでに俺の家のそばに鍛冶場を造り、そこで家造りや、酒蔵作りに必要な道具を自らの手で造り始めていた。
そこで、俺はアントンさんにある野暮用を頼んでいたのだ。それが今日に間に合って本当によかった。
「これくらいお安い御用じゃよ。しかし、それは何に使うものなんじゃ?」
「美味しいお酒を食べる為に使うんですよ」
「なっ! 何!? 酒を食べるじゃと!」
おっと、不用意にアントンさんの前で酒と美味しい発言は禁止だな。先程までの、好々ジジイの穏やかな目から、急に獰猛なジジイの目になりやがった。
「ショウゴー! 準備できたわよ~」
ナイスタイミングな所に、ユリアが出立の合図をくれた。
「それじゃ、行ってきます。アントンさん、留守番よろしくお願いします!」
俺は、今にも掴みかかって来そうなジジイを横目に、そう挨拶を済ませると、馬車の方へと素早く駆け寄り乗り込んだ。
「しょ、ショウゴ?! 待たんか、まだ話は終わってらんぞ! 酒を食べるとはどう言う事じゃ?! それは、ワシにもくれるんじゃろうな~~!」
アントンさんが、切なそうに何かを叫んでるようだったので、俺は手を振っておいてあげた。全く、あれでアル中じゃないのが、不思議でならないよ。
馬車に乗っているのは、俺にユリア、カイ、ティナの四人だ。城に行くのは俺とティナだけの予定だ。揺られる幌馬車の中には、俺とカイが向かい合うように座っていた。
カイは、動物の革で造られた水筒から水を飲んでいた。
「カイ」
「何だい、旦那」
「お前、ミラちゃんの事好きなのか?」
「ブッーーー!! な、なんだよ藪から棒に」
慌ててる、慌ててる。こう見るとカイもまだまだ子供だよなぁ~ニシシッ。俺が意地悪な笑みを浮かべていると、右耳に激痛が走った。
「あいたたた! ユリア痛いよ!」
「子供をいきなり揶揄うのが悪いんでしょう? 純粋な時期なんてあっという間に終わっちゃうんだから、変な茶々入れないの! わかった?」
「わかった! わかった、から! 耳を、放して」
ヒィ、耳がジンジンに真っ赤だよ。もぅ~これは揶揄うのうちに入らないだろう? はぁ、それはそうと、あのことをカイには話しておかないとなぁ。
「カイ」
「な、何だよ」
カイは、突然俺に図星をつかれたせいか、心に壁を作り俺の紡ぐ言葉を警戒しているようだった。そうであるなら、少しストレートな表現をしてもいいだろう。
「お前、ミラちゃんに男として見てもらえてないぞ?」
俺がそう言うと、明らかにカイの顔が青くなった。日本のアニメなら、頭にガーン!! っていう効果音が落ちてくる事だろう。そして、そんなカイを前にして、怖いお姉さんが黙っている訳もなく……。
「ちょっと?」
ユリアの目は黒く落ち窪み、彼女の体から黒い炎が、ユリアの長い黒髪と一緒に坂巻いているように見えた。
「わー! わー! たんま! た、ん、ま! これは、カイの事を思っていってるんだよ! だって、好きな人と結ばれない事ほど、切ない事はないだろう?」
俺がそう言うと、ユリアの心に刺さったのか、消火が完了した。そして何故か、彼女の落ち込んだ姿を見て、俺の心にも軽く痛みが走った。
「うっ……、それはそうだけど、何か根拠があって言ってるんでしょうね?」
「カイには、心当たりないか? ミラちゃん曰く、お前はお兄ちゃんのようだと」
誰かの心臓に矢が突き刺さったような音が聞こえてきた。
「それに、異性としては見れないとも」
また、心臓に矢が刺さった様な音がした。それと同時に、カイは口から血を流しパタリと倒れ、俺の右耳には再び激痛が走り、加えて右頬にはそれは見事な紅葉が浮き出たのである。
「ワハハハッ、ショウゴ! 口は災いの元だぞ? クククッ、ハァー腹が痛い」
「……笑い事じゃないよ、全く。ティナが訓練してるせいか、最近ティナより良いビンタしてくるよユリアは……」
俺は、傷心したカイとユリアを後にして、御者台に座っていたティナの隣にやってきた。ティナは、一部始終を聞いていたらしく、終始爆笑していた。
「それはそうだろう、私はお前の事となるとどうしても手を抜いてしまう。それこそ、私が本気になれば張り手で、首の骨など簡単に折れるからな」
俺はそう聞いてゾッとした。背筋に寒いものが走り、咄嗟に首を両手で守りながら尋ねた。
「マジ?」
「フッ、マジだ」
そんな満面の笑みで答えなくてもいいんだよ? ティナちゃん。
「……」
「しかし、ユリアにはそんな力はない。だから、全力でお前をぶっても問題ない。だから、私のビンタより痛いのであろうな。力を加減する必要がないからな」
「しようよ! そこはしてくれないと! 痛いんだよ!? ちょっと、聞いてる?!」
ティナは、すでに俺の訴えに興味を失っていた。まぁ、毎日常人なら死ぬような訓練をしているティナからしたら、女一人に打たれる痛みなんて大した事ないんだろうけどさ……。
ティナは何気なく、話し始めた。
「それより、後で、薔薇でも買ってやるのだな。あいつは、お前から貰った花を全て押し花にして取っておくような、一途なやつだ。大切にしてやれ」
俺は今心底驚いていた。それこそ、右耳と頬の痛みを忘れるほどに。
えっ? いま、ティナ……なんて言った? あれだけ、ユリアのことを毛嫌いし、嫉妬していた、ティナが?
「なんだ、その間抜けな顔は」
「え、いや、だってさ。ティナ、ユリアのこと嫌いじゃなかったっけ?」
「あぁ、大嫌いだとも、お前の肌に触れようとする全ての女が嫌いだ。この手で串刺しに出来たらどれほど、気分がいいだろうか」
「言ってる事が矛盾してる気がするんだけど?」
俺は、呆れた顔をしつつ、そう問い返した。
「ふん、嫌い嫌いも好きの内と言うやつだな。ある時、あの女とどれほどお前のことが好きか競ったことがある」
「え! 何それ! 超絶気恥ずかしんですけど!! どこで?! 何で!」
俺は今、その場に自分がいなかった事を神様に感謝した。しかも、この激白をしているティナの表情が動かない事にも、一種の憧れを抱いていた。好きな人を前にして、こんなにも堂々と言えるだろうか?
前々から思ってたけど、だんだんティナが男より漢らしい女になって言っているような気がする……。
「もちろん、あの家でだ。あの女にお前の隣の部屋を奪われてから、ずっとムカついていた。そこで、あの女の想いの丈と私の想い、どちらが天より高いのか白黒つけようと思ってな。
シラフでは恥ずかしいから、酒を片手に飲み明かした。そしたら、お互いお前の好きなところが出るわ出るわ。今では、いいライバルだと思っているよ」
俺はあまりの恥ずかしさに、ショートしていた。この歳になって、まるで十代の少女のように顔を朱に染める羽目になるとは思わなかった。
俺の顔色を見たせいか、ティナが小悪魔みたいな顔をして、俺の耳元に口を近づけてきた。そして、意地悪な声で囁いてくるのだ。
悪魔のように……。
「おい、もっと聞かせてやろうか? いかに、私たちがお前に惚れていて、泣かされたか」
「ケェ、結構です!!」
俺は堪らず、裏声になりながら慈悲を乞うた。おっさんを揶揄うのも、ほどほどにしてほしい。こんな純愛、十年以上味わわずに、ずっと歌舞伎町のお風呂屋に通っていた干物男には厳しい洗礼だった。
急いで、名誉市民になって彼女たちの想いに応えなければ、俺の心がカイ同様、持ちそうもなかった。
そこで、ナッツの親父に注文しておいた、ある材料を買えば俺の準備は完了する。そうとなれば、後はアクアリンデル城に向かうだけだった。
この会談のために用意した、仕掛けを施したシングルモルトウイスキーが入った樽を馬車へと詰め込み、出立の準備をしているとアントンさんがあるものを持ってきてくれた。
「ショウゴ、頼まれとった金属板じゃ」
「おぉ! さすがです、アントンさん。……バッチリです! 助かりました」
アントンさんが持ってきたのは、薄い鉄板に丸い窪みが六つほどついているものだった。アントンは、すでに俺の家のそばに鍛冶場を造り、そこで家造りや、酒蔵作りに必要な道具を自らの手で造り始めていた。
そこで、俺はアントンさんにある野暮用を頼んでいたのだ。それが今日に間に合って本当によかった。
「これくらいお安い御用じゃよ。しかし、それは何に使うものなんじゃ?」
「美味しいお酒を食べる為に使うんですよ」
「なっ! 何!? 酒を食べるじゃと!」
おっと、不用意にアントンさんの前で酒と美味しい発言は禁止だな。先程までの、好々ジジイの穏やかな目から、急に獰猛なジジイの目になりやがった。
「ショウゴー! 準備できたわよ~」
ナイスタイミングな所に、ユリアが出立の合図をくれた。
「それじゃ、行ってきます。アントンさん、留守番よろしくお願いします!」
俺は、今にも掴みかかって来そうなジジイを横目に、そう挨拶を済ませると、馬車の方へと素早く駆け寄り乗り込んだ。
「しょ、ショウゴ?! 待たんか、まだ話は終わってらんぞ! 酒を食べるとはどう言う事じゃ?! それは、ワシにもくれるんじゃろうな~~!」
アントンさんが、切なそうに何かを叫んでるようだったので、俺は手を振っておいてあげた。全く、あれでアル中じゃないのが、不思議でならないよ。
馬車に乗っているのは、俺にユリア、カイ、ティナの四人だ。城に行くのは俺とティナだけの予定だ。揺られる幌馬車の中には、俺とカイが向かい合うように座っていた。
カイは、動物の革で造られた水筒から水を飲んでいた。
「カイ」
「何だい、旦那」
「お前、ミラちゃんの事好きなのか?」
「ブッーーー!! な、なんだよ藪から棒に」
慌ててる、慌ててる。こう見るとカイもまだまだ子供だよなぁ~ニシシッ。俺が意地悪な笑みを浮かべていると、右耳に激痛が走った。
「あいたたた! ユリア痛いよ!」
「子供をいきなり揶揄うのが悪いんでしょう? 純粋な時期なんてあっという間に終わっちゃうんだから、変な茶々入れないの! わかった?」
「わかった! わかった、から! 耳を、放して」
ヒィ、耳がジンジンに真っ赤だよ。もぅ~これは揶揄うのうちに入らないだろう? はぁ、それはそうと、あのことをカイには話しておかないとなぁ。
「カイ」
「な、何だよ」
カイは、突然俺に図星をつかれたせいか、心に壁を作り俺の紡ぐ言葉を警戒しているようだった。そうであるなら、少しストレートな表現をしてもいいだろう。
「お前、ミラちゃんに男として見てもらえてないぞ?」
俺がそう言うと、明らかにカイの顔が青くなった。日本のアニメなら、頭にガーン!! っていう効果音が落ちてくる事だろう。そして、そんなカイを前にして、怖いお姉さんが黙っている訳もなく……。
「ちょっと?」
ユリアの目は黒く落ち窪み、彼女の体から黒い炎が、ユリアの長い黒髪と一緒に坂巻いているように見えた。
「わー! わー! たんま! た、ん、ま! これは、カイの事を思っていってるんだよ! だって、好きな人と結ばれない事ほど、切ない事はないだろう?」
俺がそう言うと、ユリアの心に刺さったのか、消火が完了した。そして何故か、彼女の落ち込んだ姿を見て、俺の心にも軽く痛みが走った。
「うっ……、それはそうだけど、何か根拠があって言ってるんでしょうね?」
「カイには、心当たりないか? ミラちゃん曰く、お前はお兄ちゃんのようだと」
誰かの心臓に矢が突き刺さったような音が聞こえてきた。
「それに、異性としては見れないとも」
また、心臓に矢が刺さった様な音がした。それと同時に、カイは口から血を流しパタリと倒れ、俺の右耳には再び激痛が走り、加えて右頬にはそれは見事な紅葉が浮き出たのである。
「ワハハハッ、ショウゴ! 口は災いの元だぞ? クククッ、ハァー腹が痛い」
「……笑い事じゃないよ、全く。ティナが訓練してるせいか、最近ティナより良いビンタしてくるよユリアは……」
俺は、傷心したカイとユリアを後にして、御者台に座っていたティナの隣にやってきた。ティナは、一部始終を聞いていたらしく、終始爆笑していた。
「それはそうだろう、私はお前の事となるとどうしても手を抜いてしまう。それこそ、私が本気になれば張り手で、首の骨など簡単に折れるからな」
俺はそう聞いてゾッとした。背筋に寒いものが走り、咄嗟に首を両手で守りながら尋ねた。
「マジ?」
「フッ、マジだ」
そんな満面の笑みで答えなくてもいいんだよ? ティナちゃん。
「……」
「しかし、ユリアにはそんな力はない。だから、全力でお前をぶっても問題ない。だから、私のビンタより痛いのであろうな。力を加減する必要がないからな」
「しようよ! そこはしてくれないと! 痛いんだよ!? ちょっと、聞いてる?!」
ティナは、すでに俺の訴えに興味を失っていた。まぁ、毎日常人なら死ぬような訓練をしているティナからしたら、女一人に打たれる痛みなんて大した事ないんだろうけどさ……。
ティナは何気なく、話し始めた。
「それより、後で、薔薇でも買ってやるのだな。あいつは、お前から貰った花を全て押し花にして取っておくような、一途なやつだ。大切にしてやれ」
俺は今心底驚いていた。それこそ、右耳と頬の痛みを忘れるほどに。
えっ? いま、ティナ……なんて言った? あれだけ、ユリアのことを毛嫌いし、嫉妬していた、ティナが?
「なんだ、その間抜けな顔は」
「え、いや、だってさ。ティナ、ユリアのこと嫌いじゃなかったっけ?」
「あぁ、大嫌いだとも、お前の肌に触れようとする全ての女が嫌いだ。この手で串刺しに出来たらどれほど、気分がいいだろうか」
「言ってる事が矛盾してる気がするんだけど?」
俺は、呆れた顔をしつつ、そう問い返した。
「ふん、嫌い嫌いも好きの内と言うやつだな。ある時、あの女とどれほどお前のことが好きか競ったことがある」
「え! 何それ! 超絶気恥ずかしんですけど!! どこで?! 何で!」
俺は今、その場に自分がいなかった事を神様に感謝した。しかも、この激白をしているティナの表情が動かない事にも、一種の憧れを抱いていた。好きな人を前にして、こんなにも堂々と言えるだろうか?
前々から思ってたけど、だんだんティナが男より漢らしい女になって言っているような気がする……。
「もちろん、あの家でだ。あの女にお前の隣の部屋を奪われてから、ずっとムカついていた。そこで、あの女の想いの丈と私の想い、どちらが天より高いのか白黒つけようと思ってな。
シラフでは恥ずかしいから、酒を片手に飲み明かした。そしたら、お互いお前の好きなところが出るわ出るわ。今では、いいライバルだと思っているよ」
俺はあまりの恥ずかしさに、ショートしていた。この歳になって、まるで十代の少女のように顔を朱に染める羽目になるとは思わなかった。
俺の顔色を見たせいか、ティナが小悪魔みたいな顔をして、俺の耳元に口を近づけてきた。そして、意地悪な声で囁いてくるのだ。
悪魔のように……。
「おい、もっと聞かせてやろうか? いかに、私たちがお前に惚れていて、泣かされたか」
「ケェ、結構です!!」
俺は堪らず、裏声になりながら慈悲を乞うた。おっさんを揶揄うのも、ほどほどにしてほしい。こんな純愛、十年以上味わわずに、ずっと歌舞伎町のお風呂屋に通っていた干物男には厳しい洗礼だった。
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