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追い詰められた悪役令嬢、

忘れた頃にカムバック!(side.筆頭魔術師)

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 筆頭魔術師のグイードはとても人当たりのよい、物腰の柔らかな好青年だ。
 魔法に一途で研究室にこもりがちなのを除けば、優秀な人間で、その能力に見合ったぶんだけの魔力と頭脳を持っている。
 当然そんな彼を自分の陣営に引き込みたがる貴族は多く、最年少で筆頭魔術師の座に就いてからは、毎日のように縁談の話がくるようなくらいには、引く手あまたの魔術師だった。
 だが、そんな優秀な彼が唯一認めたくないものがあった。

 アニエス・ミュレーズ。

 女のくせに高魔力保持者で、自分よりも魔法の創造がうまく、彼女が男であれば、間違いなく自分なんて常にその影に隠れてしまうほどの天才。
 グイードのプライドは高かった。
 高かった故に、その事実に納得ができなかった。
 天才は自分だけでいい。
 賞賛されるのも、崇敬されるのも、自分だけでいい。
 長年、皇太子の婚約者として視界の端をうろつく女。
 いい加減我慢できずに、どうにかしてやろうと思ったときに、面白い人間が現れた。

「私、セレーナよ。貴方、とても頑張り屋さんなのね。大丈夫、貴方の頑張りは、私がよく知っているわ」
「臭いです。その醜悪なスキルを私に使わないでくださいますか?」
「え」

 彼に魅了スキルを使う女。
 セレーナと名乗った彼女は、グイードの大嫌いな女の妹だった。
 そしてこれは偶然だったけれど、彼女の魅了スキルが持つ独特な匂いは、たまに皇太子や城の衛兵からも香っていたものだと気づいた。香水とも魔力のとも違う、いわゆるフェロモンのようなもの。
 瞬時にこれを利用して、あの目障りな女を潰してやろうと思った。

「いいですか。このことを皇太子に告げ口し、スキルの解除をされたくないのなら、私の言うことをよくお聞きなさい」

 グイードがセレーナの悪行を知っていると臭わせば、セレーナは顔をこわばらせ、従順に従った。
 いつもは男たちをひれ伏せさせる側なのかもしれない。
 グイードに弱みを握られたときのセレーナの表情は、とても悔しそうで、それがまた面影がアニエスに似ているものだから、グイードも興が乗った。
 とはいえ、皇太子とセレーナをアニエスの目の前でいちゃつかせたところで、アニエスは顔色を変えない。まるで自分の婚約者を道端の小石のように淡々と見ているものだから、皇太子が不憫に見えるくらいだ。
 ならば、とセレーナにスキルを使わせ、アニエスの味方をことごとく引き離した。
 実家の方は既に掌握しているとのことだったから、アニエスが呼ばれるようなお茶会にいる令嬢や、城で関わり合いの深い者たちの名前を教え、それら全員をセレーナの毒牙にかけさせた。面白いくらいにアニエスは孤立していった。

「あの女といる従者。アレは操らないのですか?」
「……昔やったのですが、彼は駄目でした。おそらく、お姉さまが、私のスキルを妨害するような何かをしていると思うんです」
「ふむ」

 あの女の妨害。
 本当に気に食わない。
 ならそれを崩してやるのも一興か。
 そう思って件の従者を用心深く見ていたら、面白いことが分かった。
 あの男、アニエスの魔力がまとわりついている上、随分微弱ではあるけれど、魔力とは違う力で己を守っている。
 まず、従者にまとわりつくアニエスの魔力は守護ではない。どちらかといえば、縛りを与える契約のようなものだ。契約の内容によってはスキルを妨害することもできるだろうけれど、構成が見られない以上、どんな契約だったのかは知ることは難しい。ただ、未完成であることは分かったので、時限式の契約なのかもしれなかった。
 問題はもう一つの力。
 なんの力か調べているうちに、異邦の神の加護のようなものだということが判明した。
 異邦の力とは面白い。
 この国の魔法にも飽きてきたところだったので、グイードがそちらの研究に没頭するのはすぐだった。
 そんなある日のこと。
 最近、色んな男にかしずかれて調子に乗ってきたらしいセレーナが、面白いことを言い出した。

「ねぇ、グイード様。お姉様なんて、名ばかりの皇太子妃で皆にも嫌われているのだから、そろそろ皇太子妃の座を私に譲るべきだと思わない?」

 アニエスの妹はとんでもない野心の持ち主だった。
 グイードが魔力で、魔法で、アニエスに劣るのが許せないというのと同じように、彼女は女として、アニエスに劣るのが許せないようだった。
 通常、魔力で決められる次期王妃の座。
 あれだけアニエスが皆に畏怖されようともその座に就けたのは、ひとえに彼女が従順で、魔力がこの国の誰よりもあったから。
 グイードはセレーナの底知れない欲に共感し、そしてこれは使える、とも思った。
 皇太子妃には魔力が必要だ。
 儀式の間に入り、代わりに儀式を行えば、魔力を認められ、皇太子妃になれるかもしれない。そう、そそのかした。
 それがまさか、魔力制御に失敗し、石盤を破壊し、挙句の果てには姉であるアニエスにうまいこと罪を押し付けてしまうとは。
 傑作だった。その果てにアニエスが崖から落ちて行方が知れないと聞けば、胸の内がすっとした。
 現場にいた者から、魔力の使用がなかったことも聞いている。魔力がなければ何もできない小娘が魔力を使わず崖に落ちた。間違いなく、彼女は死んだだろう。
 愉快だった。
 たまらなく嬉しかった。
 これで自分が一番だ。
 彼女の影に隠れて二番手に甘んじることはなくなる。
 魔術師として大成し、名誉が、名声が、自分に贈られる。
 そう、思っていたのに。

 破壊された石盤の修復がうまくいかない。
 セレーナやその取り巻きの行動が目に余る。
 挙句の果てには、アニエスが生きている?

 冗談かとグイードは怒りをつのらせた。
 死人は死んでいるべきだ。
 今更アニエスが生きていたところで何がしたい? 復讐か? この城に帰ってくるつもりなのか? そしてまた自分はその影に隠れるのか?
 我慢できなかった。
 何かアニエスを陥れられるような術を探した。
 そうしてたまたま目についた、研究途中の異邦の術。
 魂は輪廻に戻り循環するという思想の元で発達した異邦の術は、この国でいう禁忌の術が豊富にあった。
 その魂ごと、アニエスを封じ込める。
 さすがに魂を抹消するというのは、術を行使するグイードにも返りが大きかった。
 ああしてやる、こうしてやると、想像していた夜、肌がざわついた。
 隠されていてもわかる。
 憎たらしいほどに嫌いな女の魔力気配。
 グイードは嗤った。
 今度こそ、あの女をこの世の裏へと引きずりこんでやろう。
 グイードが舐めてきた辛酸の沼へと沈めてやる。


 ◇


 アニエスと猫の魂を入れ替え、適当に森に捨てたグイードはかなり満足をしていた。
 魔力のない身体のアニエスなんて、ただの猫だ。
 グイードがかけた術は異邦のものだから、アニエスの作る解除薬では元に戻ることもないだろう。
 皇太子がかけたというアニエスの指名手配は解かれたが、そのアニエスはもうこの世の表舞台に立つことはない。現にこのひと月、あれほど生死を論じられていたアニエスの噂も、もう落ち着いてきた。
 騎士団ですら、あれほど生きているのだと探し回っていたのに、最近では音沙汰のなくなった彼女の行方にやはり死んでしまったのではと言う声のほうが大きくなっている。
 愉快だった。
 アニエスはきっと猫の姿で薄汚れ、どこかで野垂れ死んだに違いない。
 そう考えると、愉快で愉快でたまらない。
 けれど。
 自然と口角は上がるのに、グイードの内面はひどく冷めきっていた。

 ――本当に彼女は野垂れ死んだのか?
 ――あの女が、私程度の術でほんとうにどうにかなると?

 認めたくない、だが認めざるを得ない。
 自分より優秀な女。崖から落ちたのに魔力を使わず生還した女。そんな女が今更自分ごときに。

「……これでは、私があの女に負けてもいいと思っているようではありませんか」

 そんなことはないと首を振った。
 こんなことでは優秀な魔術師とは言えない。
 そう自嘲して、グイードは研究室で研究を再開する。
 国の守護たる結界の修復。皇帝より最優先で命じられたこの研究は、まだ石盤が破壊される以前ほどにまで修復はできていない。
 石盤そのものは復元できても、既に構築されている結界を修復することに難儀していた。
 それは例えば、漁師の使う網が破れたときに、結び目を作らないで元のように治すような作業だ。下手に結界に介入すればどこかで綻びが出る。とはいえ、一から結界を張り直すには魔力が足りない。
 それこそ、起動に必要な魔力はアニエスくらいに膨大な魔力がほしいくらいだ。それから魔力燃料としての使い道もあったことに気がついて、猫にして放り出したのは惜しいことをしたかもしれないと思った。
 それが、きっかけだったのか。
 それとも、自分の知らないところで何かが起きているのか。
 どくり、とグイードの心臓が不自然に脈打つ。

「ぐっ……!? な、んだ……!?」

 ずきずきと心臓が痛み、グイードは自身の胸を抑えた。
 頭がふわふわとして、思考がまとまらない。冷や汗をかきながら、グイードは呻く。
 魔力を使って体内組織のコントロールを試みようとしても、魔力がひどく乱れて操れない。

「いった、い、なに、が……!」

 ふっ、と身体が浮き上がる感触がした。
 ずるり、と身体から思考が抜け出す。

『は……?』

 グイードの身体が力なく倒れ、机に伏せった。
 そして、その様子を見ていたグイードといえば。

『なんだ!!? どういうことだ!?』

 体が動かない。いや、動いているようではあるが、かたかたと震えるだけ。体に関節も何もないようで、自由に身動きがとれない。
 どういうことだと倒れた自分の体を見上げながら、しばし体を震わせていれば。

「グイード様!? 今すごい魔力反応が……!」
「ぐ、グイード様!! 誰か!! 医療魔法を!! 医師を呼べ!!」

 グイードの魔力の乱れに気がついたらしい部下たちが、グイードの研究室へと入ってくる。グイードを囲み、次々に彼の容態を確認する様子を見上げながら、本当のグイードは身体を震わせた。

『私はここだ!! おそらく魂が抜けている!! 私に気づいてくれ!!』

 けれど、だれもグイードに気がつかない。
 皆が皆、グイードの身体にばかり集中し、周りを見ようともしない。
 グイードは懸命に身体を揺らし、机の上で、カタカタと音を鳴らした。
 その努力に、ようやく一人の魔術師が気がつく。

「……おい、あれ」
「なんだ?」
「机の……結界の石盤の欠片か? あれ、動いていないか……?」
「は? 何を馬鹿なことを言っているんだ」

 カタカタ。

「「ひぃいいっ! 石盤が動いた!」」

 魔術師の上げた悲鳴に、他の人間も驚く。

「この石盤か!? まさかこの石盤のせいでグイード様が……!?」
「危険だ! グイード様ですら倒れてしまう危険な石盤など……! 解明できるまで封印せよ! 危険物処理班呼べ!」
『ま、待ってくれ! 私だ! やめたまえ! 封印は……っ!!』

 カタカタと必死にグイードは訴えた。
 人生でここまで焦ったのは初めてだった。
 だが、彼の声は誰にも届かない。

 人を呪わば、穴二つ。
 異邦の術でアニエスを呪ったグイードのその末路の真相は、誰にも知られない。
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