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死にたがりの悪役令嬢は
トゥルーエンドを模索する15(side.スーエレン)
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部屋は隣の部屋と構造が殆ど変わらないみたいだった。
部屋に入って一番に目につくのはやっぱりベッド。天蓋のカーテンこそないけれど、清潔に保たれているらしいシーツは整えられている。
シンシアに座るところがないからとベッドに入れられる。彼女は右手の居間から椅子を拝借してきて、私の側に座った。
他愛のない話をする。シンシアの脱出の経緯とか、私がシンシアと別れた後の事とか。互いに無事で良かったと胸を撫で下ろした。
そういった話をしていると、それまで閉められていた扉が開けられた。
誰だろうと思って顔を向ければ、自然と顔が綻ぶ。
「エルバート様」
エルバート様と視線が合うと、彼も笑いかけてくれる。さっきの、騎士然とした顔じゃなくて、私の好きな優しい顔だ。でもどこか強張っているようにも見える。私の気のせいかな。
エルバート様は部屋に入ってくると、私達の方に歩み寄ってきた。
「エレ。もう大丈夫だ。城内が今混乱しているから、落ち着いたら移動しよう」
「聞き及んでます。エルバート様、助けに来てくれてありがとうございました」
エルバート様がすぐ側にいるのが嬉しくて、はしたないと思いつつ、ベッドの縁をぽんぽんと叩いた。それだけで私の意図を察してくれたエルバート様は、私が望む通りにベッドに腰かけてくれた。
ふふ、エルバート様がこんなにも近くにいる。
あれだけ会いたかったエルバート様が。
「エルバート様、落ち着くまでどれくらいかかりますか?」
「さぁ……たぶん階下から徐々に制圧していくだろうからね。安全な経路を確保するなら一時間以上かかると思う」
「そうですか。それならスー、やっぱり少し横になった方が良いかも。顔色が悪いわ」
シンシアがエルバート様に状況を聞いて、私を寝かそうとする。私はエルバート様といたいがために、思わず不満をこぼす。
「でも、エルバート様ともう少しだけ……」
「いちゃつくのは元気になってからでもできるでしょ」
言い返せなくなって、渋々寝ることした。
寝ようとして、キーロンに借りたローブが邪魔なことに気がついた。上体を起こして、ローブを脱ぐ。
シンシアに手渡していると、エルバート様がじっと私の持つローブを見つめていることに気がつく。
その表情はどこかぼんやりとしているように見えた。
「……エレ、そのローブは誰のものだい?」
「これですか? キーロンに貸してもらいました」
───それは、一瞬だった。
起き上がっていたはずなのに、いつの間にか私はベッドに押し倒されていて。
私を覗きこむエルバート様。
何だかその表情は苦しそうで。
「エルバート、様?」
「君はその唇で、僕以外の男の名を呼ぶのかい?」
何が起きたのか分からず、混乱しながらもエルバート様の名前を呼ぶ。
今にも泣きそうな顔で、エルバート様は喘ぐように言葉を紡いだ。
「ねぇ、エレ。エレは僕を愛してくれている?」
「勿論です」
私は即答する。
だってエルバート様は、私に生きて欲しいと願ってくれた人。何もかも諦めていた私に、生きる理由を与えてくれた人。
愛していないわけがないでしょう?
そっとエルバート様の指が、私の首にかかる。
ねぇ、エルバート様。この指は何?
息が、できないわ。
「君はいつになったら僕を見てくれるの。ようやく生に執着してくれると思ったのに、僕以外の男を選ぶなんて」
「えるばーと、さま」
気道が圧迫されて、肺に酸素が入らない。このまま首を絞められ続ければ、窒息するか、首の骨が折れてしまう。
やめて。
エルバート様、苦しいよ。
「……エレ、君が他所に目移りするなら二人だけの世界に行こう。そうしたら、君は僕を見てくれるよね?」
「…………っ、……ぁ」
声を出したいのに。
伝えたいことがあるのに。
私の声は出てくれない。
涙が目尻から滑り落ちていく感触がした。
酸素を欲して口がはくはくと動く。
「エルバート様! やめて! やめてください! スーが死んじゃいます! やめて!!」
そこでようやくシンシアが我に返ったのか、叫びながらエルバート様にすがりつく気配がした。その間にも私の首はぎりぎりと絞まっていく。
苦しい。
この苦しさはエルバート様のもの?
エルバート様が苦しそう。
それは私があなたを愛していないから?
ごめんなさい。
不器用でごめんなさい。
うまくあなたを愛してあげられなくてごめんなさい。
でも、ちゃんと愛しているの。
「エルバートさんやめろ!」
「先輩手を離して!」
チェルノとアイザックの声が聞こえる。シンシアが呼んでくれたのかしら。でも、エルバート様の指は私の首から外れない。
腕から力が抜ける。
視界が明滅してる。
ああ、エルバート様、泣かないで。
泣かせてしまってごめんなさい。
残った力を振り絞ってお腹に手を当てる。
「……、…………、………」
音にならなくても、これだけは、私の口から伝えておかないと。
そう思って、千切れそうな意識の中、必死に唇を震わせた。
愛してる。
あなたも。あなたの子も。
ふ、と意識が暗転しかけた時、ゴッという鈍い音がして、エルバート様の指が私の首から離れた。
急に肺に酸素が入って、思わず咳き込む。
「かはっ、けほっ」
「スー!」
シンシアがすぐさま私の上体を起こして、咳き込む私の背をさすってくれた。咳が止むと酸素が一時的に取り込むことができなかったからかな……ぐったりしてしまって、シンシアに背中を支えてもらいながら状況を確認した。
ベッドに乗り上がっていたエルバート様が床に倒れている。エルバート様を諌めようとしてくれていたチェルノとアイザックが安堵のため息をもらして、その近くに立っている。
そして私に一番近いところにいるのは、セロンだった。拳を握って、冷たい瞳でエルバート様を見下ろしている。
ゆっくりと上体を起こしたエルバート様は、無感動にセロンを見上げていた。唇が切れたのか血が出ている。たぶん、セロンに顔を殴られたのかもしれない。
誰もが今起きたことにたいしてかける言葉が見つからないんだと思う。カチ、コチ、と備え付けの振り子時計が針を進める音が静かに響いた。
たっぷり数十秒が経過したとき、おもむろに口を開いたのはセロンだった。
「……冗談にしても、程があるだろう」
「邪魔しないでくれ。僕はエレを連れていかなくちゃいけない」
「地獄への道連れにか?」
淡々として諌めるセロンに、エルバート様は低い声で唸るように返す。
胸を突き刺すような声音や瞳には、恨みや怒り、愛憎が、ない交ぜになっている。
なのにエルバート様の頬にははらはらと涙が零れているの。
あの涙はなんの涙?
悲しいの?
何が悲しいの?
それは、私のせい。
「言ったじゃないか。僕は、オズワルドを殺して、エレを殺して、僕も死ぬって」
「それはもしもの話だろう。なんとか間に合ったのに何故」
「間に合っていない。エレの心は僕のところになんてなかった。だから僕の手を取らない。だから僕を頼らない。だから、オズワルドに抱かれようとする」
エルバート様は渇き始めた頬を乱暴に拭うと、ゆっくりと立ち上がった。一歩、一歩、私の方に歩を進める。
その表情は狂気を孕んでいるように見えた。
崖っぷちにいる逃亡者のような絶望に満ちている気がした。
「僕は君を愛しているのに。ずっとずっと愛しているのに。甘えて欲しい、苦しい気持ちは共有したい、君の一番でいたい……願っても、君は僕を振り返ってくれない。僕の何が足りないんだ。何が不満なんだ」
甘えれないのは迷惑じゃないかと考えてしまうから。
苦しい気持ちを共有しないのは心配をかけたくないから。
エルバート様に足りない事なんてないよ。
エルバート様に不満なんてないよ。
私がくじけそうになったとき、自分を捨ててもいいと思ったとき、脳裏に一番に浮かんでくるのはエルバート様なんだよ。
言葉にしたいのに、うまく言葉にできない私は本当に不器用だ。それこそエルバート様の優しさに甘えて、愛情を享受するだけで彼に伝える努力をしてこなかったツケがここに回ってきたのかもしれない。
結婚前は何もかも諦めて、エルバート様を省みることなんてなかった。毎日のように送られてきた花束だって綺麗だなくらいにしか思わずに、深い意味なんて考えたこともなかった。
結婚した後もやってみたい事、諦めていた事に夢中で、エルバート様に我慢をさせていたのかもしれない。エルバート様があまりにも優しいから、つい自分本意で生活していた気がする。
私に近づくエルバート様を遮るようにセロンが間に立つ。瞬間、ピリピリと肌を刺すような空気が辺りに満ちる。
「邪魔だセロン」
「今退けば、スーエレン嬢に危害を加えるだろう」
「そうしないとエレが僕を見てくれないんだ」
当然だろう? と首を傾げるエルバート様。
完全に理屈の通じないエルバート様に、この場にいる誰もが彼を警戒したように思う。シンシアは私を抱きしめる腕に力を込めたし、チェルノとアイザックはいつでも剣を抜けるように身構えている。セロンは相変わらず正面からエルバート様を睨み付けていた。
誰も動かない。
だから私が動いた。
「スー?」
ドレスじゃなくて良かったなぁと思いながらシンシアから離れ、ベッドを這い出た。私の下着同然のシースルードスケベネグリジェに、チェルノはぎょっとした顔をするし、アイザックなんて可哀想なほどに顔を真っ赤にさせている。なんかごめん。
「スーエレン嬢」
無防備にも自分からエルバート様に近づいた私をセロンが咎めるけれど、口で咎めるだけで実力行使はしなかった。ありがたいことです。
「エルバート様」
「エレ」
エルバート様が感情の抜けたような、光のない瞳で私を見下ろす。
私もエルバート様も不器用だ。
だからこんなにもこじれている。
エルバート様をここまで追いつめたのは私に違いない。
そしてそれを救えるのも、烏滸がましいけど私だけなんだろうね。
そっとエルバート様の右手を握る。
ぴくりとエルバート様の肩がはねた。
そっと持ち上げて、丈の短いネグリジェを空いている手でめくり上げた私は、未だぺったんこなお腹へとエルバート様の手を当てる。
突然の、破廉恥とも痴女ともとれる私の行動に、男達が息を飲む気配を感じた。エルバート様も瞳を揺らして、私の真意を図ろうとしている。
私はエルバート様に微笑みかけた。
「まだぺったんこですよね」
「あ、ああ……」
「これからどんどん大きくなるんですよ」
理解ができないという顔をするエルバート様。まぁ、脈絡もないから仕方無いよね。
「連れ去られてきてすぐに、オズワルドが私を召そうとしました。でも、体調の悪かった私が病持ちだと宜しくないということでお医者様が呼ばれたんです」
エルバート様の瞳が揺れる。唇がふるりと揺れた。
きっとそろそろ頭が回ってきたんだと思う。声なき声で、エルバート様が私の名前を呼んだ。
「私のお腹にはあなたの赤ちゃんがいます。私はこの子を助けるために生きようと、この三日間必死だったんですよ」
部屋に入って一番に目につくのはやっぱりベッド。天蓋のカーテンこそないけれど、清潔に保たれているらしいシーツは整えられている。
シンシアに座るところがないからとベッドに入れられる。彼女は右手の居間から椅子を拝借してきて、私の側に座った。
他愛のない話をする。シンシアの脱出の経緯とか、私がシンシアと別れた後の事とか。互いに無事で良かったと胸を撫で下ろした。
そういった話をしていると、それまで閉められていた扉が開けられた。
誰だろうと思って顔を向ければ、自然と顔が綻ぶ。
「エルバート様」
エルバート様と視線が合うと、彼も笑いかけてくれる。さっきの、騎士然とした顔じゃなくて、私の好きな優しい顔だ。でもどこか強張っているようにも見える。私の気のせいかな。
エルバート様は部屋に入ってくると、私達の方に歩み寄ってきた。
「エレ。もう大丈夫だ。城内が今混乱しているから、落ち着いたら移動しよう」
「聞き及んでます。エルバート様、助けに来てくれてありがとうございました」
エルバート様がすぐ側にいるのが嬉しくて、はしたないと思いつつ、ベッドの縁をぽんぽんと叩いた。それだけで私の意図を察してくれたエルバート様は、私が望む通りにベッドに腰かけてくれた。
ふふ、エルバート様がこんなにも近くにいる。
あれだけ会いたかったエルバート様が。
「エルバート様、落ち着くまでどれくらいかかりますか?」
「さぁ……たぶん階下から徐々に制圧していくだろうからね。安全な経路を確保するなら一時間以上かかると思う」
「そうですか。それならスー、やっぱり少し横になった方が良いかも。顔色が悪いわ」
シンシアがエルバート様に状況を聞いて、私を寝かそうとする。私はエルバート様といたいがために、思わず不満をこぼす。
「でも、エルバート様ともう少しだけ……」
「いちゃつくのは元気になってからでもできるでしょ」
言い返せなくなって、渋々寝ることした。
寝ようとして、キーロンに借りたローブが邪魔なことに気がついた。上体を起こして、ローブを脱ぐ。
シンシアに手渡していると、エルバート様がじっと私の持つローブを見つめていることに気がつく。
その表情はどこかぼんやりとしているように見えた。
「……エレ、そのローブは誰のものだい?」
「これですか? キーロンに貸してもらいました」
───それは、一瞬だった。
起き上がっていたはずなのに、いつの間にか私はベッドに押し倒されていて。
私を覗きこむエルバート様。
何だかその表情は苦しそうで。
「エルバート、様?」
「君はその唇で、僕以外の男の名を呼ぶのかい?」
何が起きたのか分からず、混乱しながらもエルバート様の名前を呼ぶ。
今にも泣きそうな顔で、エルバート様は喘ぐように言葉を紡いだ。
「ねぇ、エレ。エレは僕を愛してくれている?」
「勿論です」
私は即答する。
だってエルバート様は、私に生きて欲しいと願ってくれた人。何もかも諦めていた私に、生きる理由を与えてくれた人。
愛していないわけがないでしょう?
そっとエルバート様の指が、私の首にかかる。
ねぇ、エルバート様。この指は何?
息が、できないわ。
「君はいつになったら僕を見てくれるの。ようやく生に執着してくれると思ったのに、僕以外の男を選ぶなんて」
「えるばーと、さま」
気道が圧迫されて、肺に酸素が入らない。このまま首を絞められ続ければ、窒息するか、首の骨が折れてしまう。
やめて。
エルバート様、苦しいよ。
「……エレ、君が他所に目移りするなら二人だけの世界に行こう。そうしたら、君は僕を見てくれるよね?」
「…………っ、……ぁ」
声を出したいのに。
伝えたいことがあるのに。
私の声は出てくれない。
涙が目尻から滑り落ちていく感触がした。
酸素を欲して口がはくはくと動く。
「エルバート様! やめて! やめてください! スーが死んじゃいます! やめて!!」
そこでようやくシンシアが我に返ったのか、叫びながらエルバート様にすがりつく気配がした。その間にも私の首はぎりぎりと絞まっていく。
苦しい。
この苦しさはエルバート様のもの?
エルバート様が苦しそう。
それは私があなたを愛していないから?
ごめんなさい。
不器用でごめんなさい。
うまくあなたを愛してあげられなくてごめんなさい。
でも、ちゃんと愛しているの。
「エルバートさんやめろ!」
「先輩手を離して!」
チェルノとアイザックの声が聞こえる。シンシアが呼んでくれたのかしら。でも、エルバート様の指は私の首から外れない。
腕から力が抜ける。
視界が明滅してる。
ああ、エルバート様、泣かないで。
泣かせてしまってごめんなさい。
残った力を振り絞ってお腹に手を当てる。
「……、…………、………」
音にならなくても、これだけは、私の口から伝えておかないと。
そう思って、千切れそうな意識の中、必死に唇を震わせた。
愛してる。
あなたも。あなたの子も。
ふ、と意識が暗転しかけた時、ゴッという鈍い音がして、エルバート様の指が私の首から離れた。
急に肺に酸素が入って、思わず咳き込む。
「かはっ、けほっ」
「スー!」
シンシアがすぐさま私の上体を起こして、咳き込む私の背をさすってくれた。咳が止むと酸素が一時的に取り込むことができなかったからかな……ぐったりしてしまって、シンシアに背中を支えてもらいながら状況を確認した。
ベッドに乗り上がっていたエルバート様が床に倒れている。エルバート様を諌めようとしてくれていたチェルノとアイザックが安堵のため息をもらして、その近くに立っている。
そして私に一番近いところにいるのは、セロンだった。拳を握って、冷たい瞳でエルバート様を見下ろしている。
ゆっくりと上体を起こしたエルバート様は、無感動にセロンを見上げていた。唇が切れたのか血が出ている。たぶん、セロンに顔を殴られたのかもしれない。
誰もが今起きたことにたいしてかける言葉が見つからないんだと思う。カチ、コチ、と備え付けの振り子時計が針を進める音が静かに響いた。
たっぷり数十秒が経過したとき、おもむろに口を開いたのはセロンだった。
「……冗談にしても、程があるだろう」
「邪魔しないでくれ。僕はエレを連れていかなくちゃいけない」
「地獄への道連れにか?」
淡々として諌めるセロンに、エルバート様は低い声で唸るように返す。
胸を突き刺すような声音や瞳には、恨みや怒り、愛憎が、ない交ぜになっている。
なのにエルバート様の頬にははらはらと涙が零れているの。
あの涙はなんの涙?
悲しいの?
何が悲しいの?
それは、私のせい。
「言ったじゃないか。僕は、オズワルドを殺して、エレを殺して、僕も死ぬって」
「それはもしもの話だろう。なんとか間に合ったのに何故」
「間に合っていない。エレの心は僕のところになんてなかった。だから僕の手を取らない。だから僕を頼らない。だから、オズワルドに抱かれようとする」
エルバート様は渇き始めた頬を乱暴に拭うと、ゆっくりと立ち上がった。一歩、一歩、私の方に歩を進める。
その表情は狂気を孕んでいるように見えた。
崖っぷちにいる逃亡者のような絶望に満ちている気がした。
「僕は君を愛しているのに。ずっとずっと愛しているのに。甘えて欲しい、苦しい気持ちは共有したい、君の一番でいたい……願っても、君は僕を振り返ってくれない。僕の何が足りないんだ。何が不満なんだ」
甘えれないのは迷惑じゃないかと考えてしまうから。
苦しい気持ちを共有しないのは心配をかけたくないから。
エルバート様に足りない事なんてないよ。
エルバート様に不満なんてないよ。
私がくじけそうになったとき、自分を捨ててもいいと思ったとき、脳裏に一番に浮かんでくるのはエルバート様なんだよ。
言葉にしたいのに、うまく言葉にできない私は本当に不器用だ。それこそエルバート様の優しさに甘えて、愛情を享受するだけで彼に伝える努力をしてこなかったツケがここに回ってきたのかもしれない。
結婚前は何もかも諦めて、エルバート様を省みることなんてなかった。毎日のように送られてきた花束だって綺麗だなくらいにしか思わずに、深い意味なんて考えたこともなかった。
結婚した後もやってみたい事、諦めていた事に夢中で、エルバート様に我慢をさせていたのかもしれない。エルバート様があまりにも優しいから、つい自分本意で生活していた気がする。
私に近づくエルバート様を遮るようにセロンが間に立つ。瞬間、ピリピリと肌を刺すような空気が辺りに満ちる。
「邪魔だセロン」
「今退けば、スーエレン嬢に危害を加えるだろう」
「そうしないとエレが僕を見てくれないんだ」
当然だろう? と首を傾げるエルバート様。
完全に理屈の通じないエルバート様に、この場にいる誰もが彼を警戒したように思う。シンシアは私を抱きしめる腕に力を込めたし、チェルノとアイザックはいつでも剣を抜けるように身構えている。セロンは相変わらず正面からエルバート様を睨み付けていた。
誰も動かない。
だから私が動いた。
「スー?」
ドレスじゃなくて良かったなぁと思いながらシンシアから離れ、ベッドを這い出た。私の下着同然のシースルードスケベネグリジェに、チェルノはぎょっとした顔をするし、アイザックなんて可哀想なほどに顔を真っ赤にさせている。なんかごめん。
「スーエレン嬢」
無防備にも自分からエルバート様に近づいた私をセロンが咎めるけれど、口で咎めるだけで実力行使はしなかった。ありがたいことです。
「エルバート様」
「エレ」
エルバート様が感情の抜けたような、光のない瞳で私を見下ろす。
私もエルバート様も不器用だ。
だからこんなにもこじれている。
エルバート様をここまで追いつめたのは私に違いない。
そしてそれを救えるのも、烏滸がましいけど私だけなんだろうね。
そっとエルバート様の右手を握る。
ぴくりとエルバート様の肩がはねた。
そっと持ち上げて、丈の短いネグリジェを空いている手でめくり上げた私は、未だぺったんこなお腹へとエルバート様の手を当てる。
突然の、破廉恥とも痴女ともとれる私の行動に、男達が息を飲む気配を感じた。エルバート様も瞳を揺らして、私の真意を図ろうとしている。
私はエルバート様に微笑みかけた。
「まだぺったんこですよね」
「あ、ああ……」
「これからどんどん大きくなるんですよ」
理解ができないという顔をするエルバート様。まぁ、脈絡もないから仕方無いよね。
「連れ去られてきてすぐに、オズワルドが私を召そうとしました。でも、体調の悪かった私が病持ちだと宜しくないということでお医者様が呼ばれたんです」
エルバート様の瞳が揺れる。唇がふるりと揺れた。
きっとそろそろ頭が回ってきたんだと思う。声なき声で、エルバート様が私の名前を呼んだ。
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