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死にたがりの悪役令嬢は

トゥルーエンドを模索する14(side.スーエレン)

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 どうしてこうなったんだろう。

 バッドエンドの回避は出来たと思ったのに。

 少なくとも、ゲームシナリオ上での死亡フラグは全て折ったと思ったのに。

 愛しい彼は。
 悪役令嬢の旦那さまは。


 私の首を絞めている───



 ◇



 破られた扉から部屋へと入ってきたのはエルバート様だった。

 エルバート様が来てくれた。
 それだけで私は安堵の息がこぼれる。
 それくらい、私にとってエルバート様という存在は大きな存在になっていた。

 エルバート様がオズワルドに立ち向かい、オズワルドは一旦私から離れた。

 恐怖で全身に力が入っていなかった私が何とか身を起こしたとき、髪を思いっきり引っ張られる。

 痛さのあまりに涙目になれば、エルバート様が助けてくれようとするけれど、オズワルドに牽制されて身動きがとれなくなってしまう。

 そんな中、オズワルドは私に問いかけた。

「なぁ、女。腹を刺されるのと、俺に抱かれるの、どっちを選ぶ?」

 エルバート様が助けに来てくれてようやく血の巡りだした身体から、また血の気が一瞬で引いていったのが分かる。

 お腹を刺されるのと、オズワルドに抱かれるの……?
 そんなもの、どちらも嫌に決まってる。

 答えられずに固まっていると、オズワルドはエルバート様にも同じ質問を繰り返す。エルバート様はどちらも拒絶した。

 でも駄目だ。
 私が同じことを言った瞬間、オズワルドはこの喉元にある剣で私のお腹を突き刺すだろう。エルバート様の答えに対する返答はそう言うことだ。

「んで、お前は?」
「わた、しは……」

 再度問われ、からからになった口内から、声を絞り出す。

 エルバート様を見た。私の愛する人。きっと私を助けてくれると信じてる。

 だから、だから。
 今だけ嘘をつくのを許してください。

 どうか、私を見限らないで。
 どうか、私達を救って。

「……殿下に、抱かれとうございます」
  
 本当は言葉にするのすら嫌だ。さっきだって気持ち悪くて、怖くて。心が引きちぎれてしまいそうだった。

 でも私にだって、譲れないもの、守りたいものがある。

 ……分かっていたことだけど、エルバート様が冷静さを欠いて剣を奮う。明らかに逆上しているのだと思う鋭い眼差しに、心臓がぎゅっとつままれて息苦しくなる。

 でもそれはエルバート様にとって命取りになる。
 オズワルドから突き飛ばされた私は、初めて見る真剣での戦いに動けなくなった。ピリピリとした空気が肌を刺してくる。ベッドに凭れるようにして座り込んでしまった。

 攻防は長く続くかと思ったけれど、足払いしたエルバート様が体勢を建て直すより早く、オズワルドがエルバート様を蹴り飛ばした。私は小さな悲鳴をあげる。

 誰か、誰か、誰か。
 エルバート様が死んじゃう。
 誰か、助けて。

「やめて……!」

 どうして私の足は動かないの。
 どうして私の声は届かないの。

 私がヒロインじゃないから?
 だからエルバート様を助けるという選択肢を選べないの?

 手を伸ばす。腰が抜けたのか立ち上がれない自分を、冷静な部分が嘲笑う。腰抜け、弱虫、意気地無し。
 自分の弱さを認めたくなくて、這ってでもエルバート様を守りにいこうとする。

 間に合って。嫌だ。エルバート様に死んでほしくない。私を愛してくれた人。私に生きて欲しいと言った人。あなたが死ぬ道理なんて無いでしょう。

 泣きそうになりながら絨毯を掴んだ時だった。

 部屋に新たな影が踏みいる。その人は剣を凪いで、オズワルドとエルバート様を引き離した。

 夜闇のような黒い髪に、森林のような緑の目。
 あぁ、さすが彼女のヒーローだ。
 なんて絶妙なタイミング。

 彼の後に続いて、ストロベリーピンクの髪をなびかせた彼女も入ってくる。アイスブルーの瞳が私を見つけて、真ん丸に見開かれた。

「スー!」
「シンシア……」

 オズワルドを大きく避けながらシンシアが私の方に駆け寄ってくる。ベッドの下でへたりこんでいる私の背中を引き寄せて、ぎゅうっと抱きしめてくれた。

「無事で良かった……! 何もされていない? 大丈夫? 怪我も、無いみたいね」

 髪が少々……というにはだいぶ派手に乱れているくらいで、特に目立った外傷の無い私を確認したシンシアは真剣な顔で私の手を引いて立ち上がらせようとする。

「立てる? セロンがオズワルドを牽制しているうちに逃げるわよ」
「う、ん……」

 相変わらず全身に力が入らないけれど、叱咤して立ち上がろうとする。……相変わらず、腰が抜けていて立ち上がれない。焦るせいでシンシアに体重をかけてしまっているけど、迷惑じゃないかしら。

「スー、落ち着いて、深呼吸して。立てるから、大丈夫」

 シンシアに言われるままに深呼吸する。何度か深呼吸すれば、冷えきった末端の感触が戻ってきて、自分の意思で体が動かせるようになった。
 シンシアの手を借りて、今度こそ立ち上がる。

 視線をふと上げたとき、セロンとオズワルドが間合いを取って対峙するのが見えた。

 なんか、この光景どこかで見覚えあるような……。
 何だかデジャヴ……と思いながら見て、ハッとシンシアを見た。彼女は「大丈夫」と微笑んでいる。

「ゲームのスチルに近いけど、そうはならないわ。セロンは油断なんてしない。それにオズワルドは罠をはれていなかったはずよ。私たちを助けに来た他の騎士達が陽動しているみたいで、ここに応援が来ることはない」

 何となく釈然としないけれど、確かにとは思う。ゲームで起きるあの分岐は、オズワルド達が罠を張った故のものだし。だからシンシアの言いたいことは理解できた。

 オズワルドもユリエルも完全に油断していたのには同意する。そうじゃなきゃ、ここまで大騒ぎしてるのに誰一人として援護が来ないのはおかしい。

「油断大敵と言うから気をゆるめちゃ駄目だけど……私たちがここにいたら足手まといよ」
「そうね」

 四対二とはいえ敵は手練れだもの。こちらの味方がシンシアの騎士だけということはないだろうけれど、逃げられるなら逃げるべき。

 エルバート様を見る。エルバート様は既に立ち上がっていて、剣を構えながらオズワルドの隙を窺っている。
 その横顔は騎士然としていて。

 そう、エルバート様は騎士。
 まだ、やらなくてはならないことがある。

 ……本当は、少しでもぎゅっとしてもらいたい。手を繋いで欲しい。怖い顔じゃなくて優しい顔をして欲しい。
 でもそれは最後の最後。全てが終わった後にもできるから。

 今は我慢して、シンシアに連れられて部屋を出る。

「まったく邪魔を……!」
「アイザック!」
「はい!」

 廊下ではユリエルがチェルノとアイザックの二人相手に剣をさばいている。息ぴったりの二人の連撃に圧されているように見えた。

 ちらりと視線を向けただけなのに、ユリエルと視線が合った気がした。糸目が薄く見開かれて、口元が歪む。

「逃がしませんよ」

 どこにそんな余裕があったのか、ユリエルが二人の剣を膂力だけで弾き飛ばしたように見えた。同時に懐から何かを投げる動作をする。

 視線が合った瞬間に嫌な予感はしていた。
 私とシンシア、どちらが狙われているか分からない。だから逃げなきゃと踵を返そうとした。

「背中を見せるな」

 声と共に私とシンシアの横を風が駆け抜ける。

 キィンと、金属の音がした。

 投げられたのは短刀だったらしい。弾かれた短刀は床に寂しく転がった。

 エルバート様とセロンは、室内でオズワルド様と対峙している。チェルノとアイザックは、今の今までユリエルと打ち合っていた。
 それなら今の声はいったい誰のもの?

 恐る恐る振り替えると、ローブで体格が分からないながらも、大きな背中が見えた。
 急いだせいか、風に煽られてふんわりとフードが落ちる。

 紺色の髪。前を見ているから瞳の色までは分からないけれど、きっと彼の瞳は髪と同色の紺色をしているんだと思った。

 荷馬車からフィアーム城の部屋まで移動するときに私を運んでくれた人。
 私が目を丸くして唖然としていると、シンシアが「あ」と声を上げた。くいくい、と腕を引かれる。

「思い出した。彼、キーロンだわ! セロンとユリエルルートのサポートキャラ……!」

 小声で言われて目を瞬く。え? 本当に、あのキーロンなの?

 キーロンはオブリー家の息がかかっている反第二皇子派の人間……だったはず。ユリエルの配下としてセロンルートの分岐点で正体を表すサポートキャラなんだけど……ゲームでは声がついていないし、ビジュアルもフードに隠れて不明というのが基本立ち絵だったから全く気がつかなかった。

「本当にキーロンなの……?」
「間違いないわ。攻略本のプロフィールに紺の同色持ちって書いてあったもの」

 シンシアさん、攻略本も完コピしてるんですね……すごいわ……。

 シンシアの『騎士ドレ』攻略手引き書具合におののきつつ、キーロンらしき人物の背中を見上げた。

「キーロン、どういうつもりですか? 私の剣を払うとは相応の覚悟があるのですよね?」
「当然。むしろ、今日のためだけに俺はお前のもとにいたと言っても過言ではない」

 キーロンがローブを脱いだ。下には動きやすそうかつ目立たない暗色の服を着ていた。防具とかはつけてなくて、ぴっちりとしたシャツが彼の筋肉の形を浮き彫りにしている。

「着ろ」

 顔をこちらに向けないまま、ローブを無造作に私にかけてきた。わぷわぷしながら何とか顔を出す。

「すごい紳士的ね」

 シンシアが機嫌良さそうに私にローブを着せるのを手伝ってくれた。緊張続きで忘れていたけど、自分の格好の痴女さ加減に狼狽してしまう。ありがたくローブをお借りします。

 私たちがもたもたとしている内に、何だか背後が騒がしくなってきた。振り返ると武装した人たちがこちらに駆け寄ってくるところで。

 パッとキーロンを見上げると、彼は雄弁に語って見せた。

「もう逃げ場はない。ここは第六皇子セロン様の名の元に制圧させてもらう」
「……」

 私達の後ろに味方らしき兵士達がたどり着いた。

 こちらを一瞥したユリエルが黙って後退する。チェルノとアイザックが剣を構えて隙をうかがっている。

 ユリエルはシルクハットをくいっと下に下げて表情を隠すと、はぁとため息を突く。

 全員が身構える中、ユリエルは───脱兎の如く逃げ出した。

 虚を突かれたチェルノ達が慌てて追いかける。

「逃がすか!」
「お前達も追え」

 ユリエルがどこかの部屋に入った。チェルノとアイザックもそれに続く。キーロンの命令に兵士も追いかける。私とシンシアは怒濤の展開に見守ることしかできない。

 キーロンはそれらを見送ると、しばらくして私達を振り返った。前のときも思ったけれど、身長高い。見下ろされる形に戸惑っていると、突然紺色のつむじが私達の前に現れた。

 何だろうかと困惑していると、頭を下げたキーロンが口を開く。

「助けるのが遅くなってすまなかった。我らもまさかオズワルドがこのような暴挙をするとは思っていなかった。……怖い思いをしただろう」

 声にあんまり起伏はないけれど、たぶんこういう人なんだと思った。だって、体調の悪かった私を抱き上げてくれた手は優しかったし、今だってローブを貸してくれたから。

 それに彼は失敗が許されない人なんだろう。単独で動いて、全てのシナリオ……ううん、作戦を台無しにはできなかっただろうから。

 だけどそれ故に罪悪感を抱く、優しくて真摯な人なんだと思った。
 だから私はこくりと頷く。

「顔をあげてください。結果として私は助かりました。あなたにはあなたの役割があったことでしょう。その中で気にかけていただいただけでも充分です」

 そう伝えれば、キーロンは顔をあげてほんのり笑った気がした。予想通り、あまり表情に出ないタイプらしい。

 キーロンはすぐに真剣な表情に戻ると、私達を近くの部屋に入るように促した。何でも階下はまだ混乱しているらしいから、暫く隠れていて欲しいということだ。

 私とシンシアは頷いて、それに従った。
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