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五章

3話 二度目の孵化

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 ──不毛の大地が真っ白な雪に覆われたその日。

 俺は早朝に、モモコたちと暮らしているゲルの中で、『キューキュー』という可愛らしい鳴き声を耳にして目が覚めた。鳴き声の出所に目を向けてみると、ゲルの片隅で羽毛布団を掛けて温めていた卵が孵化している。

 その卵はアイバーンのもので、こいつは元々『ベビーワイバーン』と呼んでいた動物だ。魔物のワイバーンと非常に良く似ているが、アイバーンは魔物とは違って繁殖するので、差別化するために種類名を変更してある。

 生まれたばかりのアイバーンは、一メートルに届かないくらいの大きさで、この子の瞳は左右非対称になっていた。左目が太陽のような橙色で、右目が月のような青白い色。これは父親のソルと、母親のルナの瞳の色をそれぞれ受け継いだのだろう。

「うーん……。ソルとルナは俺を親だと思って懐いていたけど、こいつはクルミを親だと思っているのか……?」

 新生児のアイバーンは俺の視線の先で、椅子に座って休止状態になっているクルミの足元に、甘えるように顔を擦り付けていた。

 クルミは自我を持つ自動人形で、髪色は光沢を帯びた白銀色かつ、その毛先には青みがかっている部分と、赤みがかっている部分が交じっている。編み込まれた後ろ髪は襟足で束ねられており、無機質な瞳は宝石のような紫色だ。

 昼夜を問わずメイド服を着ているクルミだが、毎晩の休止状態のときに限り、その意匠は透けているネグリジェを掛け合わせたような、目のやり場に困るメイド服に変化していた。

 クルミの姿はこれだけでも随分と個性的なのだが、極めつけは背中から飛び出しているゼンマイだ。これを巻いてやらないと、彼女は動かないというアナログな一面もある。

 他にも、真顔でお茶目な言動を取ったり、『優秀なメイド型自動人形』という立場に拘っていたり、何かと面倒くさい部分もあるのだが……まあ、概ね高性能で頼りになる仲間の一人だ。

「クルミ、起きろ。吉報だぞ」

 俺がゼンマイを巻いてクルミを起こすと、クルミは俺と足元のアイバーンを交互に見遣り、無表情なまま首を傾げた。

「──起動。マスター、おはようございます。当機体のラジオ体操機能をオンにする前に、足元にいる推定アイバーンの幼体について、説明を求めます」

「そいつは立派なアイバーンの幼体だから、『推定』は外して良い。……説明って言われても、普通に孵化したとしか言えないな。とりあえず、クルミに懐いているみたいだし、クルミが名前を付けてやってくれ」

 この子がクルミに懐いているのもそうだが、クルミはアイバーンの卵を毎日のように磨いて大切にしていたので、名付け親ならクルミが適任だろう。

 と、俺はそう思ったのだが……クルミは慣れていない手付きでアイバーンの頭を撫でて、無表情ながらも途方に暮れている雰囲気を醸し出す。

「……困惑。当機体は創意工夫を不得手としておりますので、それは難しい注文だと言わざるを得ません」

「別に難しく考える必要はないさ。自分の好きなものの名前を付けるとか、そういうので良いと思うぞ」

「納得。では、この子を『アルス』と命名します」

「おい……。真顔で小っ恥ずかしい流れを作るの、やめて貰えるか……?」

 クルミが好きなものの名前として、真っ先に俺の名前を挙げたが、ややこしくなるので却下しておく。……まあ、嬉しくないこともないが。

「思案──閃きました。安直かもしれませんが、ソルとルナの子供なので、『ソナ』と言うのは如何でしょうか?」

「おー、分かり易くて良いな。こういうのは安直なくらいが丁度良いんだ」

 この後、俺たちはソナを本当の両親に会わせるべく、アイバーンの畜舎へと向かった。

 ソルとルナは我が子を歓迎して、すぐに群れの一員として認めてくれた。ソナが一番懐いているのはクルミだが、ソルとルナにもしっかりと懐いたので、この畜舎でも問題無くやっていけそうだ。

 クルミはソナに初めての餌やりをして、無表情ながらも感じ入るものがあったのか、何度もソナの頭を撫でていた。

 それはとても、平和な光景に見えて、俺は小さく笑みを零す。



 ──今日はアイバーンが新たに誕生したが、好事はそれだけでは終わらなかった。

 朝食の後、ジュエルハッチーの飼育区画の見回りをしていたアルティが、大急ぎで俺のもとにやって来て、吉報を届けてくれる。

「主様っ! ハッチーがまた増えたのだ!! そろそろ品種改良をするべき時ではなかろうか!?」

 本気モードのアルティは、体長が八十メートル程もある黒色のドラゴンだが、今は『変身』という固有能力によって、省エネモードの人型になっていた。

 人型のアルティは少女の姿をしており、黄金比と言っても差し支えない均整の取れた身体を持っている。肌色はエキゾチックな褐色で、外側に跳ねるような癖のある髪は、煌めく星々を内包しているような宇宙空間を思わせる黒色だ。

 頭頂部からは燦然と自己主張しているアホ毛が飛び出しており、金色の瞳孔はドラゴン形態の名残なのか、縦に割れている。

 ちなみに、着ている衣服は『生きているだけで百点満点』と書かれた白いTシャツで、その格言はアルティの生き様を如実に表現していた。

「ハッチーの品種改良か……。ずっと先延ばしにしていたから、いい加減手を加えないとな。増えたってことは、四十世帯くらいになったんだろ?」

「うむっ! 大体それくらいなのだ! それと、今日はこんなものまで収集箱に入っておったのだぞ!」

 アルティはそう言って、自分が背負っている籠から一つの小瓶を取り出した。その中身は、脈動するように輝いている薄紅色の液体だ。

 この牧場で飼育しているジュエルハッチーは、色とりどりの宝石のような蜂蜜を供給してくれる家畜で、アルティが背負っている籠の中には、今日採れたばかりの蜂蜜しか入っていない。であれば、薄紅色の液体も蜂蜜なのだろうと予想が付く。

 しかし、こんな風に蜂蜜が発光することは今までなかったので、従来の蜂蜜とは一味違うのかもしれない。

「色合いからして、サクラの蜜を集めたものっぽいな。何か特別な効能があるのか……?」

 『サクラ』とは世界樹に咲いている花に付けた名前で、その見た目が俺の前世の記憶にある桜の花に酷似していたことが、命名した理由となっている。

 最初は名前が混同してややこしいかと思ったが、物知りなクルミが知る限りでは、この世界に桜は存在しないそうなので、そのまま名付けたという訳だ。

 この薄紅色の蜂蜜にも、仙桃と似たような効能があるのかも……と予想しながら、俺は懐から物品鑑定用の眼鏡を取り出した。これを使って早速調べてみると、仙桃とは全く違った効能があると判明する。

 その効能とは、『摂取した際に体内の魔素を消す』というもの。

 魔素は体内に溜まり過ぎると、生物を魔物化させる毒のようなものなので、この蜂蜜は薬のような扱いになる。いつか使うかもしれないから、大事に保管しておこう。

 俺がアルティから薄紅色の蜂蜜を受け取るべく、手を伸ばすと──アルティはサッと俺の手を躱した。

 …………おい、何のつもりだ?

「こ、これは今までの蜂蜜の中で、一番キラキラなのだ……!! 我っ、この蜂蜜が欲しい!!」

「いや、キラキラっていうかピカピカだけど……何にしても、それは嗜好品じゃなくて医療品だから、アルティにはあげられないぞ。それなりの備蓄が出来てからだったら、考えないでもないが……」

「それなりの備蓄!? それは無理なのだ! きっと、これが最初で最後の一つなのだぞ!? ハッチーたちはもう、世界樹の花まで飛んで行けないから……!!」

 うん……? あ、ああ、そうだった。働きハッチーはサクラの蜜を集めるべく頑張っていたが、世界樹が成長し過ぎたことで、花が咲いている場所まで飛んで行けなくなったんだ。

 より高く飛べるように品種改良を施そうと思っていたのに、最近は色々と慌ただしくなっていたので、すっかり忘れていた。

 あれもこれもと後回しにしていると、また忘れてしまいそうなので、この機会に『一摘みの幸運』と『サカスゾウの因子』も使ってしまおう。どちらもたった一つしかない貴重品だが、使わないまま存在を忘れてしまうよりは、さっさと使った方が良いに決まっている。
 
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