ぐ~たら第三王子、牧場でスローライフ始めるってよ

雑木林

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五章

プロローグ

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 ──冬の明朝。まだ太陽は昇っていないが、東の空が明るくなり始めた時間帯。

 辺境の片隅で牧場主をやっているアルスこと俺は、銀髪碧眼の狼獣人であるルゥと共に、牧場内の畑へと足を運んでいた。

 この畑の作物は成長を促進させる複数の要素によって、一メートル前後にまで巨大化しており、品質も非常に高くなっている。……それから、踊る。

 これは何かの比喩表現ではなく、実際に茎や蔦を使って、作物が踊るのだ。

 俺たちが暮らしているファンタジー世界だと、『作物は沢山の愛情を込めて育てた場合、元気いっぱいに動き回る』というのが常識だった。しかし、この畑の作物のように、踊り出すのは珍しい。

「それじゃあ、ルゥ。作物を踊らせてくれ」

 今の作物たちは、自分に愛情を注いで育ててくれたルゥの命令に従って、ジッと大人しくしている。だが、今日は彼らに踊って貰いたかった。

「……ん、任せて。みんな、動いて良い。……踊って」

 ピーマン、ニンジン、トマト、タマネギ、キュウリ、ナス、ジャガイモ、キャベツ等々──。ルゥの命令に従って、全ての作物が我先にと動き出す。

 そして、俺たちの目の前で大きな円陣を組み、茎や蔦を器用に使って踊り始めた。それはとても不思議な踊りで、見ていると活力が全身から抜けていくように感じる。

 どうして俺が、態々作物たちに踊って貰いたかったのか──それは、とある人物に用事があるからだ。

 俺とルゥの目の前で、作物たちの真ん中に魔法陣が浮かび上がり、そこから緑色の光と共に、一人の女性が飛び出してきた。

「いぇーい!! あーし、参上っ!! 二人とも、おひさー!! 元気してたー!?」

 この、テンションが異様に高い女性は、一目で『ギャル』と形容出来るような姿をしている。

 緩いパーマが掛かった緑色の髪を背中まで伸ばしており、鳶色の瞳は垂れ目がちで、肌は日焼けサロンで軽く焼いたような小麦色。着ている衣服は、肌の露出度が高いパステルグリーンの羽衣ローブだ。

 爪、髪、衣服は安っぽい光り物でデコレーションされており、目元には星マークのシールが貼られている。そんな彼女の名前は、ギャルルディーテ。

 一見して『オタクくんに優しそうなギャル』というイメージの彼女だが、その実態は『生殖と豊穣を司る女神』であり、俺とルゥに『緑の手』という、植物を育てやすくなる加護を与えてくれた人物でもある。

「……アルス。また、変なの出た」

「ああ、そうだな。今日はこのに用事があるんだ」

 ルゥはギャルのことを『変なの』と認識しており、俺も特に訂正してやろうとは思っていない。ギャルはこの扱いに不満があるようで、頬をぷっくりと膨らませる。

「あーしは全然っ、これっぽっちも! 変なのじゃないし! 呼ばれたから来てあげたのにぃ、そんな言い方酷いっしょー!」

 緑の手という加護には大いに助けられているので、変なの呼ばわりは失礼かもしれないが、これには浅い事情があるのだ。

「ギャルと俺たちが最初に出会った時、お前はルゥが育てた野菜を盗んだだろ? ルゥは未だに、それを根に持っているんだぞ」

「あ、あー、あーね! あのキュウリとナス、凄く良かったし!! ルゥちゃんありがと! ぎゅーしてあげるっ!」

 ギャルはお礼を言いながらルゥを抱きしめて、自分の豊満な胸の谷間にルゥの頭を埋めた。

 謝罪ではなく感謝の言葉を贈られて、ルゥはむすっとしながらも満更ではない様子だ。

 そんな二人の姿を眺めながら、俺は一つ疑問を抱く。『凄く美味しかった』ではなく、『凄く良かった』って、どういうことだ?

 ……藪から蛇が出そうなので、この疑問を突くのはやめておこう。

「ギャル、そろそろ本題に入って良いか?」

「オケまる! あーしらマブダチなんだから、遠慮せずに何でも言って欲しいし!」

 いつから俺たちがマブダチになったんだよ……と、疑問を挟むと話が脱線するので、俺は気にせず本題に入る。

 まずは背負っていた籠から、世界樹の果実を取り出して、それを足元に置いた。

 普通の世界樹の果実は、非常に硬い殻を持つ大きな胡桃なのだが、ここにある世界樹の果実は、柔らかい皮に包まれた大きな桃だ。俺はこの果実を『仙桃』と命名してある。

 仙桃は俺たちの牧場に生えている世界樹の変異種──『花咲く世界樹』に実った果物で、食べると若返るという不思議な効能がある。ちなみに、普通の世界樹は花を咲かせない。

「俺たちさ、この果実──『仙桃』って呼んでいるんだけど、これを世界中に埋めて、世界樹を生やしまくろうとしているんだ」

 今現在、この世界では魔物が活性化しており、人類の生活を随分と脅かしている。この問題の解決策として、俺は世界樹を生やしまくるという作戦を思い付いた。

 魔物が出現する原因は、大気中に漂っている目には見えない元素──『魔素』なのだが、世界樹はこれを吸収してくれるので、結果的に魔物の出現が抑制される。

「おおーっ!! あーしとしては大歓迎な話だし!! アルスくんのこと、いっぱい応援しちゃうし!!」

 ギャルは豊穣の女神なだけあって、緑が豊かになることは嬉しいようだ。

 俺はここで、「でも──」と話を区切ってから、仙桃の効能と問題視していることを説明する。

「仙桃って食べると若返るんだけど、これが誰でも簡単に手に入る世の中って、問題があると思うんだよ。寿命で人が死ななくなったら、人口が増えすぎるだろ?」

「むむむ……? あーし、おバカだから難しいことは分からないし……! 増えたら増えた分だけ、賑やかで楽しいと思うケド……?」

 ギャルは首を捻りながら、とても呑気なことを言った。世の中がそんなシンプルな作りになっていれば、人類は大いに幸せだったことだろう。

 人が増えすぎると、土地、食料、水、エネルギー資源が足りなくなる。どれもこれも、人が生きるのに欠かせないものばかりだ。それらを奪い合う争いは、本当に救いようがない。

 ここはファンタジー世界なので、魔法で解決出来る問題もあるかもしれないが、物事には限度がある。

 ギャルが理解出来るまで、俺はそのことを説明してから、言葉を続けた。

「──だから、『仙桃が実らない世界樹』を生やす方法があれば、教えて貰えないか?」

「むむむ……。それくらいなら、あーしがチョチョイのチョイで、品種改良出来るんだけど……。生殖と豊穣の女神として、世界樹を種無しにしちゃうのは、ちょっと……ううん、かなり躊躇っちゃうし……」

「ああいや、余計な効能がくっ付いている果肉が不要なだけで、種はあっても良いぞ」

「あ、そっか! それで良いなら、全然オケまるだし!!」

 ギャルが気取った表情をしながら、音が鳴らない指パッチンをすると、足元に置いてあった仙桃が一瞬だけ仄かに光る。……これで、品種改良が終わったらしい。本当か?

 他の仙桃も同じように品種改良して欲しいと頼んだが、ギャルの力も無限に使えるものではなかったので、『一日に五個まで』という個数制限があった。

 これらの仙桃から生えてくる世界樹は、仙桃が実らない『第二世代の世界樹』となる。

 仙桃が唯一実るのは、俺たちの牧場に生えている『第一世代の世界樹』だけだ。

「世界中に世界樹を生やそうと思ったら、これだけだと確実に足りないから、今後も定期的に呼び出して良いか?」

「あっ! そういうことなら、あーしも此処に住んで良い!? あの世界樹の中に、良い感じに住まわせて貰えたら、めっちゃ嬉しいし!!」

「え……? 世界樹の、中……? まさか、幹の中をくり抜いて住み着くつもりか?」
 
 俺の問いに、ギャルは満面の笑みを浮かべながらウンウンと頷いた。

 それだと世界樹の耐久度が減ったり、寿命が縮みそうだと俺は危惧したが……その辺りは、植物に精通している女神なので、上手くやってくれるそうだ。ギャルは中々に謎が多い人物だが、悪い奴ではないと思うので、歓迎することにしよう。

 ──ようこそ、俺たちの牧場へ!
 
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