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四章

23話 新たな住人たち

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 ──白百合騎士団の救出が終わり、俺たちが牧場に帰って来てから、早くも三日が経過した。

 そろそろ目が覚めるであろうレオナと、話し合いをするべく、俺は朝からドクターコッコーの病院に足を運んだ。ルゥが俺の護衛として付いて来ているが、その他には誰も居ない。

 羽毛布団の中で眠っていたレオナは、俺たちの気配を察知したのか、こちらから声を掛けるまでもなく起床した。そして、ベッドの上で身体を起こし、俺とルゥを交互に見遣ってから、ぺこりと俺に対して頭を下げる。

「えっと……初めまして、なんだよ。余は、大草原の覇者……じゃなくて、そっちの子に負けちゃったから、ただのレオナだよ……」

 ルゥは俺に付き従う形で、一歩後ろに立っているので、その立ち位置から俺が上位者であると、レオナは察したらしい。

「俺はアルス。ここの牧場主だ」

 レオナは『牧場主』という肩書が何を意味するのか理解しておらず、きょとんと小首を傾げた。

 ここで、もぐもぐと干し肉を齧り始めたルゥが、レオナにも理解しやすいように、俺の立場を教える。

「……アルス、群れの長。お前、ちゃんと敬う」

「う、うん……。君がそう言うなら、従うんだよ……」

 クルミが見せてくれた『英雄vs獣王』の映像からだと、レオナは無邪気な狂気を宿している恐ろしい少女……という印象を受けたのだが、ルゥに負けたせいで、随分としおらしくなったようだ。

 ふにゃふにゃしているレオナの狸顔を見ていると、どうにも責め難くなってしまう。

「一応、インフィから一通りの事情は聴いてある。捨てられた子供たち、延いては子供を捨てるしかなかった親たちのために、獣人を一纏めにして、他所に侵略しようとしたんだろ?」

 俺が確認を取ると、レオナはこくりと頷いて肯定した。しっかりと罪悪感を抱いているようで、しょんぼりと肩を落としている。

 大草原に住んでいる獣人たちが、口減らしを迫られているのは、獲物が減っていることが原因だ。魔物の出現を抑制する世界樹を育てた俺にも、責任の一端があるのだろう。

 世界樹が生える前から、大草原に生息している魔物は減少傾向にあったので、世界樹が全て悪いとも言い切れないのだが……。と、俺が心の中で、誰に聞かせるでもない言い訳をしていると、レオナのお腹が空腹を訴える音を鳴らした。

「あれ、余のお腹が減ってる……? あっ! インフィの角がないんだよ!?」

 レオナは今まで、生きるために必要なエネルギーを食事や睡眠に頼らず、赫灼の魔剣から得ていた。だから、その身体は空腹という現象に馴染みがない。

 レオナはきょろきょろと辺りを見回して、赫灼の魔剣を探し始めたが──あの危険物なら、こちらで没収したままだ。

 ちなみに、赫灼の魔剣によって生み出された溶岩地帯は、きちんと整地しておいた。コカトリスの特技である石化の吐息が、溶岩を石に変えてくれたので、大した労力は割いていない。

「お腹が減ったなら、これでも食べておけ」

 俺がパチンと指を鳴らすと、ゲルの外で待機していたナースコッコーが食事を持ってきた。寝起きのレオナに硬い物を食べさせるのは、少しだけ気が引けたので、用意したのは野菜とコケッコーの肉からダシを取ったコンソメスープだ。

 レオナは具が入っていない琥珀色の液体に、恐る恐る鼻を近付けて、くんくんと匂いを嗅ぐ。

 そして、次の瞬間。瞳を輝かせながら、勢い良くスープを飲み──干そうとして、半分ほど残した状態で思い止まった。

「美味しいっ!! 何これ!? 余はこんな水っ、飲んだことないんだよ!? これ……っ、子供たちにも飲ませてあげたい……!! 半分は持ち帰っても良いかな!?」

「水じゃなくて、コンソメスープだ。それと、お前が育てていた子供たちなら、昨日の夜に同じものを飲んだぞ。あいつらは今、ここで保護しているんだ」

 ミーコとインフィが連れて来た子供たちも、今のレオナと同じようにスープを半分だけ残して、『残りをレオナに飲ませてあげたい』と言っていた。そのことを思い出した俺は、思わず目頭が熱くなってしまう。

 コンソメスープは巨大な金盥を使って、大量に作ったので、幾らでも飲んで欲しい。

「本当っ!? 本当の本当の本当に!? 嘘じゃない!?」

「ああ、本当だ。嘘じゃない」

「よ、良かったんだよ……!! みんな、こんなに美味しいもの、飲めたんだね……」

 しみじみとそう呟いたレオナの瞳から、ぽろりと涙が零れて、スープの中に落ちた。

 それから、レオナは僅かに塩気が増したスープを一気に飲み干す。

 大袈裟な反応に見えるが、レオナが自分の拠点で用意出来る食事は、お世辞にも良いとは言えなかったようなので、牧場産の素材を沢山使ったコンソメスープの味は、衝撃が強かったのだろう。

「──さて、それじゃあ本題に入るか。レオナは俺たちの住処を脅かして、返り討ちに遭った。此処までは良いな?」

「う、うん……。余の完敗だったから、異論はないんだよ……」

 レオナは居住まいを正して、神妙な顔付きで沙汰を待つ。

 実はつい先日、レオナが面倒を見ていた子供たちが、牧場内の各区画を歩き回って、レオナの助命嘆願をしていた。そのため、住人たちのレオナに対する隔意は随分と薄くなっており、そこまで厳しい処罰を求める声は上がっていない。

 そのことを踏まえて──、

「レオナの処遇をどうするのか、俺たちで色々と話し合ったんだけど……この牧場で、真面目に働いてくれないか? 業務内容は孤児院の運営と、有事の際の戦闘だ。無論、子供たちの生活も保証するぞ」

「ええっと……それは、つまり……余と子供たちが、君の群れに入れるって、ことかな……?」

「ああ、そうなる。ここには食べ物が沢山あるから、みんな飢えなくて済むぞ」

 孤児院はまだ作っていないが、これから作る予定だ。それと、子供の数はどんどん増えていくと思うので、学校を作るのも面白いかもしれない。

 最低限の文字の読み書き、それから算数も覚えれば便利だろうし、他にも家畜や畑の世話、料理、服飾、商業、錬金術など、学べることは山ほどある。子供の未来は、可能な限り豊かにしたい。

 俺が将来の展望を脳裏に思い描いていると、レオナは言い難いことを我慢するように、身を縮こまらせた。

「その……余としては、物凄くありがたいお話……なんだけど……」

 俺は渋られると思っていなかったので、レオナの反応に首を傾げてしまう。……まさか、ルゥには負けたけど、俺には負けていないから、俺が群れの長だと納得出来ない感じだろうか?

 その辺りの心情を単刀直入に尋ねようとしたところで、レオナが勢い良く俺に頭を下げてきた。

「厚かましいかもしれないけどっ、大草原の獣人たちも! 面倒を見れたりしないかな!? お願いしますっ!! この通りっ!!」

「あ、ああ、そうか……。そっちも気になっていたんだもんな……。他の獣人も俺に従ってくれるなら、幾らでも面倒を見るぞ。俺に従えないって言う連中でも、敵対しないのなら、必要最低限の食べ物くらいは融通しよう」

 レオナにお願いされるまでもなく、俺は前々から『来るもの拒まず』というスタンスだった。牧場の住人は、多ければ多いほど良い。

「ありがとう!! 余はこれから、一生懸命に頑張るんだよ!! 言われたことは何でもするからっ、どんどん頼ってね!!」

 レオナはごろりと仰向けになって、自分で自分の服をぺろんと捲り、お腹を出して服従のポーズを取った。俺はそのお腹を適当に撫でて、上下関係を成立させる。ルゥのお腹なら定期的に撫でているので、こういうスキンシップにも手慣れたものだ。

 これで、俺たちの牧場の新たな住人になったのは、ルビー、ゼニス、ルーミア、レオナ、インフィ、白百合騎士団、三色メイド。それから、レオナが面倒を見ていた子供たちとなる。

 ──ああそれと、モモコとルゥが生まれ育った狼獣人の集落も、取り込むことに成功していた。

 実は、レオナが目を覚ます前に、インフィから『食糧不足で多くの子供たちが捨てられている』という事情を聴いた後、俺は大草原中の獣人たちに、『俺の牧場に来ないか?』と話を持って行ったのだ。

 しかし、大半の氏族が俺の話に乗り気ではなかった。人間が群れの長というのは、どうしても釈然としない気持ちがあるらしい。

 そんな中、狼獣人の集落だけは、元々良い感じに関係を築いていたので、俺の配下になることを了承して、牧場に移住してきた。

 レオナとインフィが、俺たちの牧場に襲来した切っ掛け──それを作ったのが狼獣人たちだったので、その辺りの負い目もあって、俺の勧誘を断り難かったのかもしれない。

 ……まあ、既に胃袋はガッチリと掴んでいるので、上手くやっていけるだろう。
 
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