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四章

22話 ホモとの約束

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 ホモーダには当然のように、護衛の騎士が沢山付いており、彼らは侵入者である俺たちを捕らえるべく、王の寝室に雪崩れ込んで来た。ホモーダはそんな彼らに、白百合騎士団を連れて来るよう命じてから、箪笥に仕舞ってあった一枚の羊皮紙を手に取る。

「……朕の命脈は、ここで尽きるやもしれん。だから、アルスよ。お前にこれを託したい」

 俺はホモーダが差し出してきた羊皮紙を受け取って、そこに記されている内容に軽く目を通した。

「これは……? 大豆とか塩の分量が書いてありますけど、何かのレシピですか?」

「それは、ショッパイーナ男爵の形見であり、誇りであり、魂でもある……。あの男がこの世に残したものは、その香味醤油のレシピだけなんだ……」

 …………あっ! そういえば、俺たちの牧場で使っている醤油が、ショッパイーナ男爵領の特産品である香味醤油だった。今更他の醤油を使おうとは思えないほど、あれは美味しいものなので、そのレシピを貰えるのは素直に喜ばしい。

「兄上。これを俺に託すということは、勝算が無いんですか?」

 ヨクバールに勝てるのであれば、ショッパイーナ男爵の香味醤油は、ホモーダが引き継げば良い。ホモーダだって、自分が愛した男の醤油を自分の手で生産し、後世に伝えていきたいはずだ。

 だから、必然的に、勝算が無いのだろうと俺は推測した。しかし、ホモーダは頭を振って否定する。

「否、勝算はある。……だが、アルスよ。こんな話を知っているか? 一部の天職には、意思が宿っているという話を──」

「えっ、それって魔王──ああいや! 知りませんけど!!」

 ホモーダからの突然の問い掛け。これに対して、俺が真っ先に思い浮かべたのは、ルーミアの存在だった。

 魔王が幾度も転生しているという事実。まさか、ホモーダはそれを知っているのだろうか? ルーミアを牧場で匿い始めた手前、『ルーミア=魔王』という図式が露見するのは、出来る限り先延ばしにしたいのだが……。

 俺の疑念を他所に、ホモーダはヨクバールの大軍勢が存在する方角を向いて、酷く神妙な顔付きで語り始める。

「朕が授かった天職には、嘗ての剣聖の意思が宿っている。彼は勇者イデアのパーティーの一員であり、そして──……ホモだったんだ」

「あ、もう帰ります」

 どうやら、ルーミアの事情が露見した訳ではないらしい。さようなら、兄上。御達者で。

「話は最後まで聞けぃッ!! ……当時の剣聖は、賢者ラーゼインに片思いをしていた。ラーゼインはノンケだったが、剣聖はそれでも恋を募らせ、幾多の戦場を共に潜り抜ける中、その気持ちは愛情に昇華した」

「主様……。この話、長くなるのだ? 我、おしっこ行きたいかも……」

 省エネモードの人型になったアルティが、モジモジと内股になりながら、俺の耳元で内緒話をするように囁き掛けてきた。

「兄上。長くなるようでしたら、トイレ休憩を貰っても良いですか?」

「すぐに話し終わるッ!! もう少し待て!! ……剣聖は愛故に、魔王の攻撃から身を挺してラーゼインを守り、己の命を落とすことになった」

「へ、へぇ……。なるほど……?」

 人が死んでしまうシリアスな話だったので、俺はアルティにもう少し我慢しているようアイコンタクトを送り、神妙な顔付きでホモーダの話に耳を傾ける。

「朕は、ヨクバールが大嫌いだ。憎悪していると言っても良い」

「まあ、ショッパイーナ男爵、殺られちゃいましたからね……」

「そうだ。朕の殺意は十二分に足りている。賢者の十八番である魔法も、勇者イデアの遺産によって、王都では使えなくなった。後は王国の各地から朕の援軍が集結するまで、ここで籠城していれば良い。……順当に行けば、朕はヨクバールに勝てるだろう」

 勇者イデアの遺産によって、王都では一定以上の魔力を消耗する魔法が使えなくなっているので、賢者の強みは殆ど生かせない状況だ。後はじっくりと守りに徹すれば、王都を包囲したヨクバールが、ホモーダの援軍によって逆に包囲される。

 ホモーダは前々から、籠城のための物資を王都に蓄えており、軍略に関しては素人の俺から見ても、抜かりは無いように思えた。

 だが、ホモーダは渋面で言葉を続ける。

「──しかし、最後の最後で、天職に宿る意思が、朕の刃を鈍らせるかもしれない」

 どうやら、ホモーダは剣聖の前任者の意思に引っ張られて、賢者の天職を授かっているヨクバールを殺せない可能性があるらしい。

 そんな背景があって、勝負の行方が分からないから、香味醤油のレシピを俺に託したという訳だ。

「アルスよ……っ、ショッパイーナ男爵の香味醤油を後世に残せ……!! そして、もしも後日、朕がヨクバールに敗れたという話を聞いたときは、思い出して欲しい……。死して尚、男が男を愛する尊い意思は、消えないのだと」

「え……いや、その……お、思い出して、俺にどうしろと……?」

「願わくば、作って貰いたい。ホモのための、ホモによる、ホモだけの──」

「あ、お断りします」

 俺が食い気味に拒絶すると、ホモーダはカッと目を見開いて、目尻に涙を浮かべた。

「何故だッ!? 貴様には人の心が無いのかッ!?」

「いやだって、俺はホモじゃないし……。でもまあ、俺が住んでいる場所では、同性愛を法的に認めますよ。それで勘弁してください」

 頼むから、死んだ後に俺の夢枕に立って、『ホモバッカ王国を復興しろ』とか言い出さないで貰いたい。

 ホモーダは腕を組んで、やや不満そうにしながらも、俺が同性愛を認めたことで少しだけ態度を軟化させた。

 こうして、俺とホモーダの会話が途切れたところで、白百合騎士団の面々が無事な姿のまま連れて来られた。俺たちは早速、再会の喜びを分かち合う。彼女たちは牢屋に入れられていたそうだが、それだけと言えばそれだけだったので、本当に安心した。

「報告。遠方に見える軍勢が、再び王都に向かって進行を開始しました」

 クルミの報告によって、俺たちは緊張感を取り戻す。そして、再び本気モードになったアルティの背中に乗り、そろそろ王都からお暇しようと決めた。

「兄上……。もしも敗戦した後に、居場所が無くなったら、俺の領地に来ても良いですよ。勿論、その場合は俺のために、働いて貰いますけど」

 去り際に、俺はホモーダを勧誘しておいた。王子だった頃のホモーダは、俺を政敵として目の敵にしていたが、こうして話をしてみると、そう悪い奴には思えない。ショッパイーナ男爵を失ってから、性格の尖っていた部分が折れた印象を受ける。

「フン。朕の働きに見合う対価は、お前のケツだけだが?」

「あ、やっぱり路頭に迷ってください」

 ホモーダが持っているモノの中で、一番折れて欲しかった下半身の聖剣は、尖りっぱなしだったようだ。

 俺とホモーダの最後のやり取りが終わると、ルビーもノース辺境伯と最後の挨拶を済ませる。

「……お父様。今まで、大変お世話になりました。お父様が愛に生きる姿を見て、わたくしも心を決めましたわ」

「そうか……。お前は戦場の華として生き、騎士道に殉じると思っていたが……他の生き方であっても、父親として祝福し、応援しよう」

 ルビーが何を決意したのか、俺には分からないが、これからは共に牧場で暮らすことになるので、追々分かるかもしれない。

「では、飛ぶのだぞ! 皆の者っ、しっかり掴まっておるのだ!!」

 アルティが俺たちに一声掛けてから、大空に向かって力強く羽ばたいた。

 俺は眼下で小さくなっていくホモーダと、何の気なしに目を合わせ──ホモーダは、フッと笑みを漏らす。それは、生きることに対する執着心を失ったような、死期が近く見えてしまう笑みだった。

 ……これが、ホモーダとの永遠の別れになるのだと、俺は何となく、そう悟った。
 
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