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四章
閑話 魔剣
しおりを挟むモモコ、ルゥ、ピーナ、アルティ、クルミの五人に加えて、豹獣人を指揮しているミーコと、鳥獣人の戦士たち。それから軍鶏の陸戦部隊が、牧場の外で赤色のドラゴンとちびっ子獅子獣人を待ち構えた。
モモコたちはメルに作って貰った衣服を汚さないように、若草色の民族衣装に着替えているが、ピーナだけは逆に、民族衣装からメルに作って貰ったジャケットに着替えていた。これは保温性が高すぎて、常日頃から着て居られる衣服ではないが、攻撃を弾くパリィシープの羊毛を素材にしているので、防具としては中々の代物なのだ。
ちなみに、メルは母親と共に非戦闘員を取り纏めて、牧場の中心部に避難している。
──先程まで暗雲が立ち込めていた空は快晴になっており、そんな見晴らしの良い状態で、彼方から飛んでくる赤色のドラゴンの姿がハッキリと見えた。
本気モードのアルティよりも一回り大きい巨躯は、まるで世界の終焉を告げる為に存在しているかのようで、その威容を目視すると、生物としての根源的な恐怖が呼び起される。
「にゃ、にゃんだあいつ!? 姐御より大きいのにゃ!! 絶対にヤベー奴だにゃあ!!」
ミーコが震え上がり、その後ろに居る豹獣人たちも戦慄しているが、誰一人として逃げようとはしていない。これは、軍鶏と鳥獣人の戦士たちにも言えることで、彼らは皆、この牧場を守りたいという一心で、ドラゴンに立ち向かおうと決意していた。
「ナーッハッハッハッハッ!! 余は大草原の覇者ッ!! 獣王レオナだよ!! 英雄さーん!! 出ておいでーーーっ!! いざ、尋常に勝負なんだよ!!」
赤色のドラゴン、インフィの頭の上に乗っているレオナは、快晴の青空が良く似合う豪快な高笑いをして、目的の英雄を降さんと張り切っていた。
ルゥは目の前に下り立ったインフィの巨躯を見上げて、瞳に闘志を宿しながら名乗りを上げる。
「……ルゥ、ここに居る。挑戦者、拒まない」
レオナはインフィの頭の上から身を乗り出して、眼下のルゥを視認すると、訝しげに首を捻った。
「ええっと……君が、英雄さん? なんだか小さいね……。余はもっと、大きくて、毛むくじゃらで、強面な人かと思っていたんだよ。……ま、いっか! それじゃあ、早速一勝負と──」
「レオナっ、ちょっと待て! なんか、黒い奴のにおいがしやがる……!!」
ここで突然、レオナの話を遮ったインフィが、モモコたちをじろりと見下ろして、『黒い奴』を探し始める。
「黒い奴って、誰のことかな? もしかして、インフィのお友達?」
「友達じゃねェ!! アイツはオレ様と同じドラゴンの癖に、情けねェほどナヨナヨしてる弱虫な奴だ!! オレ様が何度か鍛えてやったのに、全然強くなりやがらねェしっ、闘争心ってもんが欠如してやがるダメゴンなんだ!!」
散々な言われようだが、人型のアルティは文句も言わずに身を縮こまらせて、そそくさとルゥの背中に隠れた。しかし、ルゥの身体はアルティよりも小さいので、すぐに見つかってしまう。
インフィは人型のアルティが同族の『黒い奴』であることを見抜き、全身から凄まじい熱気と怒気を放ち始めた。
「ひっ、ひぃぃ……!! た、助けてたもっ! 我っ、何も悪いことしてないのだ……!!」
「くっ、これは不味いわね……! ルゥ! あいつは任せるわよ!! あたしたちは足を引っ張りそうだから、一度下がるわ!」
早くも戦意を喪失したアルティが、ガクガクと震えながら命乞いをするのと同時に、モモコは慌てて他の面々を退避させる。
こうして戦力を揃えたものの、こんなドラゴンに暴れられたら手も足も出ない者が大半なので、下がらざるを得ない。この場に留まらせていると、ルゥの足を引っ張ることになってしまう。
この場に残ったのは、ルゥ、アルティ、クルミの三人。ルゥとクルミは、自分ならインフィともレオナとも戦えると判断して残ったが、アルティだけは腰が抜けて走れないので、取り残された形である。
モモコたちが足並みを揃えて後退している最中、怒りのボルテージを最大まで引き上げたインフィが、烈火の如き眼差しでアルティを睨みつけ──、
「テメェ……! ドラゴンの癖に、なんで矮小な人間の姿なんざしてやがるッ!? ドラゴンの格を落とすような真似ェ……してんじゃ、ねェよオオオオオオオォォォォォォォッ!!」
インフィは溶岩のような灼熱の唾液が滴る顎を大きく開けて、怒声と共にアルティを噛み砕かんと襲い掛かった。
「ちょっ、インフィ!? 駄目だよ!! 止まってっ!! 今から余が英雄と戦うんだからっ、邪魔しないで欲しいんだよ!!」
慌てたレオナが制止の声を掛けるも、激情に流されているインフィは全く止まらない。
「……アルティ。ルゥの、友達。……だから、食べるの、ダメ!」
アルティは白目を剥いて、足元に水溜まりを作っている。そんな情けない友達を守るべく、ルゥは全身から金色のオーラを噴出させて、龍が天に昇るかの如きアッパーカットで、インフィの顎をかち上げた。
すると、凡そ百メートルもあるインフィの巨躯が、冗談のように垂直に吹き飛ぶ。
インフィの頭の上から振り落とされたレオナは、目を丸くしながらも華麗に牧草の上に着地した。
「び、びっくりした! インフィを殴り飛ばすなんて、流石に驚いたんだよ……!! でも、そっか、そっかそっか……。この力は、君のものだったんだね」
レオナはにやりと不敵な笑みを浮かべて、自分もルゥと同じように、金色のオーラを全身から噴出させた。この時点で、ルゥはレオナが自分と同等か、あるいはそれ以上の強者だと認識する。
ちなみに、インフィの魔の手から助けられたアルティは、目まぐるしく動く状況に右往左往しているが、それでもルゥが自分のことを『友達』と断言してくれたことが嬉しくて、場違いにも口元をだらしなく緩めていた。
と、ここで、クルミがデータベースから獣王に関する情報を引き出して、淡々とルゥに伝える。
「報告。【獣王】と言う天職は、全ての獣人が持つ力を模倣出来ます。ルゥが獣人である以上、獣王はルゥの力も使えるものと考えて、間違いありません」
「……ん、分かった。でも、ルゥが勝つ」
「当機体はいつでも選手交代出来ますので、遠慮なく仰ってください」
クルミは自分も戦えることをアピールしたが、ルゥはクルミに出番を回すことなんて考えず、自分にくっ付いているアルティを雑に引っぺがしてから、静かに歩みを進めた。
こうして、いよいよ激闘が始まる──かと思いきや、レオナが片手を突き出して、「待った!」と声を掛けた。それから、赫灼の魔剣を一振りして、ルゥとアルティを交互に見遣りながら口を開く。
「余だけが魔剣を使うのも悪いし、君も使って良いんだよ? そっちの子もインフィと同じ、ドラゴンなんだよね?」
「……ルゥ、それ知らない。まけんって、なに?」
ルゥが頭の上に疑問符を浮かべながら、アルティに視線を向けるも、肝心のアルティは首を傾げて、心当たりがないことを示した。その代わりに、クルミがアルティのアホ毛に目を向けながら答える。
「推測。恐らくですが、ドラゴンの姿になったアルティの角のことかと」
「え……えぇっ!? わ、我の角って着脱式!? あっ、そういえば、赤い奴の頭に角が生えていなかったのだ……!! 前はきちんと生えてたのに!!」
アルティが知っている一昔前のインフィには、赫灼の魔剣のような角が生えていた。それは、大きさこそ違えど、今まさにレオナが手にしている魔剣と同じ形状のものだ。
ルゥもクルミと同じように、アルティのアホ毛に目を向けて、それから何の気兼ねもなく手を伸ばす。
「……ルゥも、使ってみたい。アルティ、まけん貸して」
「い、いや、それは、ちょっと……。我のカッコイイ角、一度貸したら、返ってこないかもだし……」
アルティは後退りしながら、自分のアホ毛を守るように両手で押さえた。しかし、クルミが背後からアルティを羽交い締めにして、ルゥから逃げられないようにしてしまう。
「要求。アルティ、貴方も牧場の一員であれば、自分に出来ることをしてください」
「いっ、嫌なのだ!! 離してたも!! 離してたもっ!!」
「……アルティ。観念する」
ルゥはアルティのアホ毛を無遠慮に掴み、容赦なくスポンっと引っこ抜いた。そして、ルゥの手に収まったアホ毛は、ピカッと光ってからルゥの身の丈に合った魔剣に変化する。
それは、宇宙空間を思わせる暗黒の魔剣であり、その刃には無数の星々が、天の川のように流れていた。
ルゥが魔剣を軽く振って、満足げに「……よし」と頷くと、クルミに拘束されているアルティが、じたばたと暴れて喚き出す。
「よしじゃないが!? 全然『よし』ではないのだぞっ!? 言っておくがっ、貸すだけなのだからな!? カッコイイから欲しくなっちゃってると思うけどっ、ちゃんと後で返してたも!!」
ルゥは騒々しいアルティに背を向けて、再びレオナと対峙する。
──こうして、英雄と獣王の戦いの火蓋が、切って落とされた。
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