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四章
13話 赤薔薇騎士団
しおりを挟む──俺に宛がわれていた客室は鏡が割れており、その裏にあった隠し通路が露出している状態だった。そのため、ホモーダは俺たちを別の部屋に移動させた。今度は隠し通路と繋がっていない部屋らしいが、先程と同じで特に不便もなく過ごせる普通の客室だ。
俺の笑顔とお尻を執拗に狙っているホモーダは、「貴様に考えを改めるための猶予を与える!」と言って、この部屋から出て行った。
俺は断固として自分のお尻を守る所存なので、どれだけ猶予を貰っても考えを改めたりはしないのだが、ホモーダは父の葬儀が終わるまで待つそうだ。
イデア王国を勝手にホモバッカ王国にしてしまったホモーダだが、父のことは愛していたようで、きちんと葬儀を執り行うのだとか……。その愛情が敬愛なのか、親愛なのか、あるいは別の愛なのか、そこは怖くて聞けなかった。
俺も葬儀に参列することを許されているが、その前に王城から逃げ出そうと思う。父上には申し訳ないが、俺は父上の葬儀よりも自分のお尻の方が大事なのだ。逃げる手段に関しては、ゼニスの転移魔法があるので楽勝だろう。
ただ、不測の事態はいつだって起こり得るので、まずは焦らずに現状の確認をしておく。
白百合騎士団の者たちは武器を取り上げられて、隣の部屋に軟禁されてしまった。そのため、この部屋に残っているのは、俺、ルビー、ゼニス、ルーミア、そして三色メイドの七人。それからコケちゃんとペリカンの二羽だ。
ルーミアたちは自室に戻ることを許されず、纏めて監視する方が楽だからと、この部屋で俺と一緒に軟禁されている。
ルビーの宝剣も取り上げられているが、ペリカンの口の中に予備の武器が入っているので、一応戦えないこともない。ただ、俺たちを監視している騎士の数が多すぎるので、正面衝突は避ける必要がある。
ここは王城の二階で、窓の外に広がっている庭にも、扉の外の廊下にも、ホモーダの指示に従う騎士が何十人も立ち並び、全くと言って良いほど隙がない厳戒態勢を敷いていた。しかも、彼らが持っている笛が一度鳴れば、瞬く間に数百人の騎士が加勢しに来るそうだ。
改めて思うが、転移魔法で逃げる以外に選択肢はない……。と、結論付けたところで、ルーミアが自分の膝の上に乗せているコケちゃんを撫でながら、俺の隣で大人しく座っているペリカンに目を向けてきた。
「のぅ、一つ聞きたいんじゃが……。そこなペリカンは、其方のペットかの?」
「いや、愛玩動物って訳じゃないけど……まあ、説明が面倒だし、ペットと言えばペットだな。それと悪いが、言葉遣いは崩させてくれ。ずっと丁寧に喋っていると肩が凝る」
ペリカンの存在が騒ぎになっていないのは、こいつが余りにも堂々と俺の横でペット面をしているからだ。これはもう、ペットという扱いで良いだろう。
「言葉遣いなんぞ、別に何でも構わん。……それより、そのペリカンを一撫でさせて貰えたり……しないかのぅ……?」
ルーミアはおずおずと、上目遣いで俺にお願いしてきた。死んだ魚のように濁っている鉛色の瞳が、少しだけ生気を帯びたように輝いている。どうやら、コケちゃんを可愛がるあまり、鳥類全般に関心を持つようになったらしい。
「一撫でと言わずに、幾らでも撫でると良い。こいつは自慢のペリカンだからな」
俺はペリカンに目配せして、椅子に座っているルーミアの足元まで行くよう促した。
ルーミアは自分の隣にやって来たペリカンを優しく撫でると、口元をだらしなく緩ませて、「ほわぁ……」と歓喜したような声を漏らす。それからしばらく、右手でコケちゃん、左手でペリカンを撫でまくり、一頻り堪能した後に俺を称賛した。
「わしのコケちゃんに、負けず劣らずの撫で心地……っ!! 其方ッ、中々の育種家じゃな!!」
「中々どころか、俺は世界一の育種家だと思うぞ」
コケちゃんもペリカンも俺の牧場で育った家畜なので、心身共に頗る健康で羽の色艶が良い。そのため、どちらも撫で心地が良いのは当然のことだ。
ここで、ルーミアは難しい顔をしながら、小声でぶつぶつと独り言を漏らす。
「鳥類を愛でる者に、悪しき者はいないはず……。あの外道勇者と顔が似ているからと言って、苦手意識を持つのは、良くないかのぅ……?」
勇者イデアと瓜二つな俺の容姿を見て、先程まで腰が引けていたルーミアだが、徐々に平常心で接してくるようになった。これはコケちゃんとペリカンのお手柄だ。
──ふと、ゼニスが辺りを見回して、訝しげに口を開く。
「ウチ、ちょっと気になってんけど、小公女はんが連れて来た騎士の人たち……何処に行ってしもたん?」
「む……? そういえば、何処に行ったんじゃ? 姿が見当たらんが……」
ルーミアも自分の護衛である赤薔薇騎士団の者たちが、いつの間にか一人残らず消えていることに気が付いて、きょろきょろと辺りを見回した。
常識的に考えるのであれば、白百合騎士団と同様に軟禁されているはずだが、俺たちが気が付かない内に連行されたというのは、どうにも釈然としない。赤薔薇騎士団の任務はルーミアの護衛なので、唯々諾々とルーミアの傍から引き剥がされるのは不自然だ。
戦力差を考えれば、軟禁されるという結果は変わらないが、それでも多少は揉めるはず……。
俺たちが首を捻っていると、三色メイドの一人である青色メイドが、スッと手を挙げてルーミアの疑問に答える。
「赤薔薇騎士団の皆様なら、外にいる騎士たちの中に、痴れっと交ざっております」
「…………? う、うぅん? いや、何故じゃ?」
ルーミアは心底理解出来ないと言った表情で、青色メイドと扉の方を交互に見遣った。
「私には分り兼ねますので、当人に直接お聞きしては……? 丁度、扉の外に赤薔薇騎士団のノンケダッタ団長が立っていますよ」
もしかしたら、ノンケダッタ団長とやらは機転を利かせて、イデア王国の騎士──もとい、ホモバッカ王国の騎士たちの中に紛れ込み、ルーミアを逃がそうと画策しているのかもしれない。
……と、俺は一瞬だけそう考えたが、ホモ騎士たちだって無能ではないはずなので、他国の騎士がホイホイ紛れ込むことなんて出来ないだろう。
ルーミアも俺と全く同じ思考を辿ったようで、最終的にはどれだけ考えても理由が分からず、当人に直接聞くべく椅子から立ち上がる。
そして──、青色メイドが言った通り、扉を開けた先には、完全武装しているノンケダッタ団長が起立していた。彼は『第三王子と小公女が逃亡しないように見張る』という仕事に励んでいるような、キリッとした顔付きをしている。
「の、ノンケダッタ団長……。其方、一体そこで、何をしているんじゃ……?」
ルーミアは相手を責めるような低い声で、ぷるぷると肩を震わせながら、ノンケダッタ団長を詰問した。
すると、ノンケダッタ団長はぶるりと身体を震わせて、それからブワッと涙を溢れさせる。
「姫様……っ、誠に申し訳ございません……!! 我らの薔薇は……っ、ホモーダ陛下の華麗なる剣捌きによって、散らされてしまったのですっ!!」
流石は剣聖でした……!! と、意味深な一言で、ノンケダッタ団長はルーミアへの謝罪を締め括った。
ルーミアは踏み込んではいけない深淵を覗き見てしまったかのように後退りして、涙目になりながら俺たちの方を振り返る。
「い、意味が分からん……!! つまり、どういうことなんじゃ……!?」
「姫様! 残念ですが、彼らは真実の愛に生きる道を選んだようです!!」
「彼らのラブロマンス♂は、もはや何者にも止められません!!」
「雄と雄は惹かれ合う運命なんです!! これが世の理ですよっ!!」
三色メイドはしたり顔で、口々に赤薔薇騎士団の者たちへの理解を示した。
これらの一連のやり取りを傍から見ていた俺は、冷や汗を掻きながら決断する。
この城に留まっているのは、途轍もなく不味い……!! こんな城からは、早く出て行かなければ……!!
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