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四章

8話 王

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 ──青い満月が浮かんでいる夜中。俺は王城に到着して早々、国王である父親に呼び出された。

 門前払いされることも覚悟していたので、少々意外な展開に面を食らったが、断る理由はない。ルビーだけを護衛として連れ立って、俺は父親の寝室へと向かう。物々しいのは歓迎されないはずなので、他の面々は客室で待機だ。

 父親とは未だに、何を話せば良いのか分からないので、やや足が重い。俺を案内している使用人が、「陛下は次に眠れば、もう目を覚まさないでしょう」と教えてくれたので、肩まで重くなってしまう。

 今際の際に立っている父との話し相手……。そんなの、俺には荷が重すぎる。

 気を紛らわせるために、歩きながら魔法の光を浮かべて王城内を観察していると、なんだか懐かしさが込み上げてきた。しかし、『帰って来た』という実感は湧いてこない。俺の家と呼べる場所は、もう此処ではないのだと、改めて実感する。

「アルス殿下、ご無沙汰しております。どうぞ、お入りください。ルビー殿はこちらでお待ちを」

 父の寝室の前には、俺に剣術を教えてくれた騎士団員の姿があった。

 彼から学んだ基本に忠実な剣術は、今も忘れないよう定期的に形をなぞっているので、久しぶりという感じはしない……が、彼が装備している白銀のプレートアーマーには、『師団長』という階級を示すドラゴンの意匠が彫り込まれていた。俺が王城で暮らしていた頃は、そこまで高い階級ではなかったので、どうやら出世したらしい。

 こうして見ると、確かな時の流れを感じる。

 師団長が国王の寝室の扉を開けると、病の臭いが漂ってきた。人は病を患うと、体内の代謝に変化が生じて、独特な臭いを発することがあるのだ。

「……っ、父上……。お久しぶりです……」

 一年振りに見た父親の姿は、全身の骨が浮き出るほど痩せ細っていた。寝台の上で、上体を起こしているその姿を見て、俺は一瞬だけ息を詰まらせてしまう。

 だが、父の──いや、国王の鋭い眼光と、重苦しい強烈な覇気は、まるで衰えていない。

 本当に最期の最後まで、一人の父親ではなく国王として、俺と接するつもりなのだろう。……もしかしたら、彼はそれ以外の生き方を知らないのかもしれない。

 俺だって、前世の記憶があるせいで、子供らしい生き方なんて出来なかった。父親らしくない父親と、子供らしくない子供。ある意味では、似た者親子と言える。

 そのことに、俺が遣る瀬無い気持ちを抱いていると──ふと、今と昔の大きな違いに気が付いた。

 昔は国王の眼光と覇気を前にすると、身体が震えて足が竦んでいたが、俺の身体はもう、以前のように震えていないのだ。

 理由は明白。今の俺には、背負っている者たちが大勢いる。牧場の皆の命を預かっている責任が重しとなって、俺の身体は国王の覇気を前にしても、微動だにしなくなっていた。

 ──しばらく視線を合わせていると、国王は憧憬と諦観が入り混じっているような声で、ぽつりと呟く。

「アルス、大きくなったな……」

 そして、瞬き一つの間に、国王が小さくなったように見えた。

 一体何を考えているのか、その心中を察することは出来ない。俺たちは親子なのに、理解し合える関係を育む時間を作らなかった……。そのことが、とても悲しく思えて、思わず視界が滲む。

 俺はこの人の息子なのだから、もっと子供らしく、我儘に歩み寄っても良かったはずだ。

「父上……。国王とは、何ですか……?」

 今からでも、ほんの少しだけでも、『父親』を理解したい。そんな思いが、自ずと俺の口から、この質問を引き出した。

 脈絡のない俺の問いに、父は視線を宙に向けながら、重々しく口を開く。

「……その答えは、十人十色だろう。歴代の王と、余の考え方は、恐らく違う」

「では、父上の考え方を教えてください」

「それは──いや、簡単に教えては、お前の成長に繋がらんな……」

 父の口から俺の成長を慮る言葉が出てきたので、俺は思わず目を丸くした。

 父はそんな俺を見据えながら、静かに言葉を続ける。

「歴代の王は、己の死後、盛大な国葬を執り行うよう周囲の者に命じてきた。だが、余はそれを求めず、只この身を土に埋めるよう宰相に命じた。……アルスよ、これが何故だか分かるか?」

 折角の父との問答を無駄にしたくはないので、俺は首を捻りながら必死に考えを巡らせた。

 父が自分の死後に国葬をさせない理由として、真っ先に思い浮かぶのは、『騒がしいのが嫌いだから』──だが、そんな好き嫌いで物事を判断する人物だろうか?

 もっと合理的な判断によって、物事を決定付けているように思える。……あるいは、そういう人物であって欲しいという俺の願望が、そう思わせているのか。

「──イデア王国では、活性化した魔物の被害が多発していると聞いています。その問題を解決するべく、国費を工面するために、父上は国葬を取り止めたのでしょうか……?」

「ほぅ、中々に良い視点を持っているな……。だが、違う。問題の有無に拘わらず、余は己の国葬をするなと命じていた」

「そう、ですか……。それなら……いや、でも……」

 やっぱり騒がしいのが嫌いだからか、と俺が考えた矢先、父は咳込んで軽く吐血した。慌てて父の背中を擦ると、その身体がとても冷たい。もう本当に、僅かな時間しか残されていないのだと、嫌でも理解出来てしまう。

 俺は助けを呼ぼうとしたが、父は頭を振って俺を制止した。

 父の立場であれば、どんなポーションでも、どんな医師でも集められたはずだが、どれも効果が無かったということは、もう誰を呼んでも無意味なのかもしれない……。

「もっと考える時間を与えたかったが、答え合わせが出来なくなるな……。仕方ない、余の考え方を教えよう」

 父はそこで、一旦言葉を区切る。そして、最後の力を振り絞るように、一言一句、力を込めて話し始めた。

「農民が田畑を耕し、商人が商いをするのと同じように、余は国王として政治を行っていたに過ぎん。人の役割には数多の違いがあれど、そこに貴賎はないのだと、余はそう考えている。国王とは、社会を形成している役割の一つでしかない」

 数多の騎士を従えて、大きな城に住んでいることも、豪奢な玉座の上で偉そうにふんぞり返っていることも、政治の一環だと父は言う。

 王が威を示すことで、国内の犯罪率が低下したり、他国や異民族の脅威を跳ね除けられたりするので、俺は父の言葉に「なるほど」と頷いて理解を示した。

 つまり、『国王とは何か?』という問いに対する答えが、『社会の歯車』ということになる。

「……でも、そういうことなら、国葬もまた、王の権威を高める政治の一環になるのでは……?」

「いいや、そうはならない。権威とは、人々に多大な施しか恐怖を齎さなければ、高めることが出来ないものだ」

 国葬はそのどちらでもない、極一部の者が一過性の悲しみに浸るか、あるいは己を特別な存在だと勘違いした王が行うような、至極無意味な浪費だと、父は咳込みながらそう吐き捨てた。

 正直なところ、俺には理解することが難しい話だ……。困惑していることを表情に出さないよう努めていると、父は「だが──」と前置きして話を続ける。

「余の考え方に、正しさを見出すな……。何が正しくて、何が間違っているかなど、神ならぬ身では、決め付けることが出来ん……」

 『王』も所詮は『人』だった。父は力無く、そう呟いてから、全てを出し切ったと言わんばかりに横たわる。

 瞼を閉じて、次第に呼吸が浅くなっていく中で、父は声を出さずに、口だけを動かす。

『──お前が、どんな王になるのか、楽しみにしている』
 
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