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四章

6話 着替え ③

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 アルティの新衣装のお披露目が終わったので、次はクルミの出番になった。

 クルミはメルが考案したデザインが描かれているスケッチブックを見せて貰い、そこから気に入ったデザインを選ぶと、この場で今着ているメイド服を変形させる。

「──で、メル。これが、『俺が喜びそうなメイド服』なのか……?」

「はいなのです! アルス様も男の子ですからっ、悩殺ファッションは大好きなはず!!」

 クルミの新衣装は、ミニスカートのメイド服と透け感のあるランジェリーを足して二で割ったような、非常に煽情的な服だった。

 白色と黒色を基調にした新メイド服は、濃淡の変化によってクルミのお見せ出来ない部分を濃いめの色で隠し、それ以外の部分は肌が透けて見えるほど淡い色合いになっている。……端的に言って、エッチだ。

 クルミは片足を軸に、その場でくるりと回って見せた後、いつもの無表情にどこか挑発するような微笑を浮かべる。

「報告。マスターがどうしてもご所望とあらば、当機体はいつでも寝床に呼ばれる覚悟が出来ております」

「いや、呼ばないから……。それと一応言っておくけど、今後はその格好で外に出るの、禁止だからな」

 メルが折角考えてくれたデザインなので、そのデザインを使うなとは言えないが、使うなら人目に付かないよう就寝時だけにして貰いたい。そう伝えると、クルミは滑るような動きでスススッと俺に近付いてきて、身体をピタリと寄せながら頷いた。

「了解。マスターはエッチな当機体を独り占めしたい、ということですね。ご安心ください。当機体は身も動力炉も、全てマスターに捧げておりますので」

 どう反応しても、今のクルミには揶揄われるだけだと悟って、俺は沈黙を保つべく口をへの字に結んだ。そして、そんな俺の代わりに、メルが話を進めてくれる。

「それでは、私はミーコさんの服を手直ししてくるのです! ミーコさんは私と一緒に来てください! ちょっとお時間をいただくので、お披露目は夕食のときにでも!」

「やっとみゃーの番だにゃあ! みんにゃ、また後でー!」

 俺たちは一旦解散して、メルとミーコを除いたメンバーで自分たちのゲルに戻った。

 ここで、ルゥは自分のワンピースの内ポケットに干し肉を入れながら、ふと何かに思い至ったように、耳をピンと伸ばして尻尾を振り始める。

「……アルス、大変。……今日、もしかして、記念日?」

「え、あー……。まあ、新衣装が完成したからなぁ……。でも、パーティーの目玉が唐揚げばっかりってのも飽きたし、新メニューを作ってからやりたいな」

 色々な食材が沢山あって、幾つもの料理のレシピがクルミのデータベースに保存されているので、そろそろパーティー用のメニューを増やしたい。そう考えた俺が、クルミと新メニューについて話し合おうとしたところで、ルゥ、アルティ、ピーナの三人が騒ぎ出す。

「……ルゥ、飽きてない。……唐揚げ、食べたい」

「主様っ! 唐揚げパーティーは何度やっても良いものなのだぞ!!」

「ピーっ! ミミズ肉の唐揚げ、もっと食べたいッピよ!!」

 ……まあ、この三人は主食を唐揚げにしても大丈夫そうだが、俺はもう少し脂っこくないパーティー料理を所望する。今のところ、胃もたれとは無縁だが、俺は獣人やドラゴンではないので、こいつらの食生活に何時までも合わせるのは危険だ。

 唐揚げは唐揚げで用意するから、サッパリした新メニューも用意したい。そのことを皆に伝えて、俺がクルミから丁度良さそうなレシピを聞き出していると──ゲルの外から、ルビーの声が聞こえてきた。
 
「アルス様ーっ! わたくしです! 貴方のルビーが参りましたわー!!」

「ピッ!? ルビーが来たッピ! 遊びに来たッピか!?」

 ルビーに懐いているピーナが、真っ先にゲルから飛び出していく。俺たちも後に続いて外に出ると、ルビーの隣にはゼニスの姿まであった。

 ルビーはノース辺境伯家のご令嬢で、金髪縦ロールというお嬢様然とした髪型をしており、名前と同じ赤い宝石のような瞳を持つゴージャスな少女だ。

 それなりに背が高くて発育の良い身体に装備しているのは、黄金の鎧と深紅のドレスを足して二で割ったようなアーマードレス。その腰には、式典用でもここまで派手ではないという宝剣を佩いている。

「ピーナちゃん、今日は遊びに来た訳ではありませんの……。実はアルス様に、至急お伝えすることがあって──」 

 と、ルビーが俺に何かを伝えようとしたところで、ゼニスが興奮気味に世界樹を指差しながら、話に割って入った。

「第三王子はん! あの木は何なん!? お金のにおいがプンプンするんやけど!?」

 ゼニスは毛先がくるりと内側に丸まっている水色の髪と、青い宝石のような瞳を持つ女性で、いつも頭が良さそうに見える眼鏡を掛けている。森人という種族なので人間よりも耳が長く、その体格はスレンダーだ。服装は緑色の旅装束で、腕の部分には大商人の証である金の秤のマークが入っている。

 ここまではいつも通りの姿だが、今日のゼニスは見覚えのない大きな杖を装備していた。

「あの木は世界樹だな。色々あって、花が咲いたんだ」

「世界樹ぅ!? 一体なにがあったら花が咲くんや!? いやっ、それよりも! どうして世界樹が生えてしもたん!?」

 ゼニスには緑の手のことを話していなかったので、こうして世界樹が生えていることに驚くのも無理はない。何でも、世界樹は緑の手という加護がなければ育てられず、今までは世界に一本しか生えていなかったらしい。

 それにしても……。世界樹の果実である仙桃は間違いなく金になるので、ゼニスの儲け話に対する嗅覚は本物だ。

 しかし、若返りの効能を持つ仙桃の存在は、大戦に繋がりそうな特大の爆弾なので、教えて良いものか悩ましい。封建社会の上位に君臨している権力者なんて、不老とか若返りが大好きに決まっている。

 ゼニスのことは何れ、牧場の仲間に加えたいと思っているが、現時点での関係性は『外部の友人』という域を出ない。そんな彼女と秘密を共有するのは──……ああいや、ウッキーでも分かる錬金術の本という、もう一つの爆弾の存在をゼニスは知っているので、教える秘密が一つから二つに増えても、大差がないかもしれない。

 よし、教えてやろう。と、頭の中で結論を出した俺だが、喋り出す前にルビーが自分の話を優先するべく、ゼニスを強い口調で咎める。

「ゼニスっ、商売の話はしばらく無しですわよ! 今は急いでいるのですから!」

「あっ、せ、せやったな……! すまんっ、つい興奮してしもうた! ウチはお口にチャックしとくで!」

 大きな儲け話の気配を感じ取っているゼニスが、それでも尚黙ってしまう……。それほどの用件をルビーが持って来たらしいので、俺は固唾を呑んで身構えた。

 これは只事ではないと、他の面々も理解したのか、誰もが息を止めているかのように、場が静まり返る。

 そして──、俺たちの視線を一身に集めたルビーが、緊張した面持ちで俺と向かい合う。

「アルス様──いえ、アルス殿下。国王陛下が不治の病を患い、現在は危篤とのことです。医師によりますと、余命はもう幾許もないと……」

 ルビーが態々、俺を『アルス様』から『アルス殿下』と呼び直したのは、俺がアルスという一個人ではなく、イデア王国の第三王子として、何らかの行動を起こす可能性を考慮してのことだろう。

「一応、確認させてくれ。国王って、俺の父親のことで、間違ってないよな……?」

「はい、相違ありませんわ」

 俺は思わず天を仰ぎ、色々な感情が入り混じった深い溜息を吐いた。

 牧場主の天職を授かって、王城から追放されたあの日──。あれが父親との最後の記憶だが、あの時の覇気に満ち溢れた恐ろしい国王が、病に倒れたというのは……余りにも、信じ難い。

 でも、

「…………そうか。父上も、人の子だもんな」

 国王は俺の父親だが、言葉を交わした機会はそう多くはないし、俺には残念ながら、親に愛されていたという実感もない。だから、悲しいのかと問われたら、そうでもないと答えられてしまう。

 ……その事実が、なんだか無性に、寂しく思えた。

「みんにゃー! みゃーの服っ、見て欲しいのにゃ!! とっても走りやすくて、良い感じにゃんだよ!!」

 俺がしんみりしていると、白い体操着に赤いブルマという服装のミーコが、メルの商店から戻ってきた。お通夜みたいな空気が弛緩して、肩の力が一気に抜ける。

 メルは一体、何処でインスピレーションを得て、体操着にブルマなんてデザインを思い付いたんだ?

「ばかっ、ミーコ……! あんたね、場の空気を読んでから登場しなさいよ……!」

 モモコがミーコを取り押さえて文句を言ったが、ミーコはきょろきょろと俺たちの顔を見回して、悪びれた様子もなく首を傾げる。

「にゃあ……? ボス、にゃんだか寂しそう……。どうかしたのかにゃ?」

「えっと、その……俺の父親が、病気で倒れたらしくてな……」

 ミーコの新衣装のお披露目。それに水を差すのが申し訳なくて、伝えることを躊躇ってしまったが、ミーコは俺の身内の不幸を聞いた途端、慌てて俺の手を引っ張った。

「にゃにゃっ!? それは大変にゃ! 早く会いに行くのにゃ!!」

「いや……。会いに行くって言っても、俺は追い出された身だから……」

「そんにゃこと、どうでも良いの! たった今っ、ボスは寂しそうにゃ顔してたでしょ!? だから絶対にっ、ぜーったいに!! 会いに行くべきにゃあッ!!」

 そうじゃないと、一生後悔するかもしれない。ミーコはそう言い募って、俺を急かし続ける。

 俺が寂しそうな顔をしていたのは、父親との別れを惜しんでのことではなく、別れを惜しむだけの思い出がなかったことが原因だ。今更、父親と顔を合わせたところで、良い思い出を作れるとは思えないが……それでも、無関心ではいられない以上、会いに行くべきなのだろうか……?
 
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