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三章

エピローグ

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 イデア王国の城にある客室で、悠々自適な生活を送っているルーミアは、太々しい表情でベッドに居座っているパンツァーコッコーに、野菜スティックを一本ずつ差し出していた。

「コケちゃん、どうじゃ? 美味いか?」

 ルーミアの問い掛けに、パンツァーコッコーは無言でこくりと頷き、もしゃもしゃと野菜スティックを咀嚼していく。ちなみに、『コケちゃん』というのはルーミアが付けた名前だ。

 今のルーミアにとっては、コケちゃんに餌を与えている一時が、最も落ち着く時間だった。何せ、コケちゃんだけは自分が魔王であることを知っている。何一つとして隠す必要がない相手というのは、思った以上に心の拠り所となっていた。

「コケちゃんがわしの言うことを聞かないのは、ちと腑に落ちないんじゃが……。この際、それはもう気にしなくて良いかの……」

 一応、コケちゃんはルーミアの命令を全て無視している訳ではない。『人に危害を加えるな』とか、『魔物だと思われる行動を取るな』とか、必要最低限の命令は聞いている。

 そのため、他の些細な命令を無視されたとしても、目くじらを立てる必要はないだろうとルーミアは判断した。

 聖女の登場。勇者の存在。人類連合の結成。イデア王国に来てからというもの、ルーミアにとっては心がざわつくイベントが盛り沢山だったが、つい先日に国王へのお見舞いも恙なく終わらせたので、後は公国に帰るだけだ。

 ここ数日で幾つかのパーティーに出席して、ルーミアは侍女たちに促されるまま、『活性化した魔物に苦しめられている人々を助けたいんじゃ!』とあちこちで言わされ、いつの間にか『救援会』なる団体の神輿にされたが、それだって大した問題ではないはず……。

「救援会、思った以上に人が集まったから、不安と言えば不安なんじゃがのぅ……」

 救援会に参加した諸侯の大半はイデア王国の貴族であり、第一王子派にも第二王子派にも属していない中立派の者たちだった。彼らは『自分の領地に何かあったら助けて欲しい』『貴方たちの領地に何かあったら、こちらも余裕がある分だけ助ける』という、相互援助を目当てにしている。

 世界規模での魔物の活性化という有事。これに対応する組織とは、本来であれば国家そのものであり、此処ではイデア王家が主導しなければならない。

 しかし、イデア王国の貴族たちが、公国の小娘を神輿にしているような救援会を頼るということは、今のイデア王家に全く期待していない証拠だろう。

 ──と、ここで、ルーミアのお付きの三色メイドが、興奮した面持ちで部屋にやって来た。

「姫様っ! 新しい情報を仕入れて来ましたよ!」

「特ダネですっ! なんと、第一王子のホモーダ殿下と、南部貴族のショッパイーナ男爵が、愛人関係にありました!! ……あ、それと第二王子派のオールド卿が、妙なことを企んでいるようです。どちらの詳細から、お聞きになられますか?」

「私たちの一押しは、ホモーダ殿下とショッパイーナ男爵のラブロマンス(全二十四話)です!! 嗚呼、神よ……!! どうして彼らの性別を対にしては下さらなかったのですか……!?」

 このメイドたちは、三度の飯よりも猥談と噂話が大好きだ。他所の国の王城だと言うのに、既にメイド仲間を何人も作って、日夜『情報収集』という名の趣味に奔走している。

「わし、ホモの話には興味ないから……。それよりも、オールド卿の企みとやらが気になるかのぅ。確か、それは森人族の長老じゃったか……?」

 ルーミアが皺枯れた老人であるオールドの姿を脳裏に思い浮かべていると、三色メイドはルーミアに憐れむような視線を送りながら声を揃える。

「「「ホモがお嫌いだなんて、姫様は人生の九割を損しています」」」

「やめんか! そんなことで声を揃えるでないわ! それよりっ、オールド卿の企みを教えるんじゃ!」

 ルーミアが声を荒げた途端、三色メイドはキリッと仕事人の顔付きになって、青色と黄色のメイドが屋根裏や床下、壁の向こう側に人がいないかを確かめ、赤色メイドが静かな口調でオールド卿の企みについて語り始める。

「どうやら、オールド卿は随分と昔から、ヨクバール殿下に『貴方が国王に相応しい。貴方のために、森人の里は力を貸す』と吹き込んでいたようです」

「ほぅ……。まぁ、オールド卿は武芸に秀でているようには見えんから、賢者の天職を授かった第二王子に付くのは、そう不思議なことでもあるまい」

 二人の王子が授かっている天職の関係上、第一王子派は武官が多く、第二王子派は文官が多い傾向にある。賢者も立派な戦闘系の天職なのだが、どうしても剣聖の方が武の象徴というイメージが強い。

 そんな訳で、ルーミアが勝手に納得していると、赤色メイドは頭を振って別の情報を付け加えた。

「いえ、それが……不思議なことに、オールド卿は第一王子の派閥にも人が流れるよう、裏から手引きしていたのです」

「うん……? どうして敵に塩を送るような真似をするんじゃ?」

「私たちでは、その辺りは何とも……。ただ、オールド卿は両派閥の力関係が、拮抗するような調整をしていました」

「拮抗……。つまり、内乱になれば長引くということじゃな……。叔母上のように、混沌を望んでいるタイプかのぅ……? あるいは、イデア王国を弱体化させて、相対的に森人の里の立場を上げるための策か……」

 何にしても、動乱を望む者がイナンナだけではないという事実に、ルーミアは眩暈がする思いだった。

 勇者が建てた王国の未来を魔王が憂いている。そんな、なんとも馬鹿馬鹿しい状況に、ルーミアが思わず嘆息したところで、とある一報が齎される。

 ──国王陛下、危篤。

 その一報は瞬く間に王城内を駆け巡り、イデア王国の情勢が大きく動こうとしていた。
 
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