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三章

21話 パンツァーコッコー

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 ──俺とアルティは牧草の上に、ガトリングコッコーと幾つかの魔物の因子、それから千個ものコケッコーのラブを運んで、話し合いを始める。

「主様っ! 進化させる個体はガトリングコッコーで決まりとして、因子はどれを注入するのだ!? やっぱりここは、取って置きのサカスゾウの因子であろうか!?」

「悩ましいところだな……。統計上、因子なしで進化させたパターンだと、普通に攻撃力の高い魔物が生まれてくるから、先にそっちを試したい気もするが……」

 サブマリンコッコーを進化させるという選択肢が話題に上がらないのは、ただでさえマンネリ気味になっている第二階層に、強力な新戦力を投入するのはどうかと思っているからだ。

 ちなみに、現在飼育中のコケッコーの雌雄の内訳は、雄が二百五十羽、雌が七百五十羽となっている。雌は一日につき卵を二個産んで、有精卵を産む確率は六分の一。つまり、一日に増えるコケッコーの数は二百五十羽なので、その数がそのまま一日の解体数であり、ラブの獲得数にもなっている。

 現時点で必要そうな軍鶏は一通り揃え終わって、ダンジョンに送り込んでいる部隊の損耗も全く無い状況なので、これから先、ラブは結構な勢いで貯まっていくだろう。

 不測の事態に備えて、ラブの備蓄も用意しておくつもりだが、それでも三段階目の進化はそれなりの頻度で試していけるはず……。そう考えると、あんまり難しく考える必要はない気がしてきた。

 ──と、ここで、不意に背後から声を掛けられる。

「疑問。マスターは記録係である当機体に、どうして声を掛けてくれないのでしょうか?」

 俺が背後を振り向くと、そこには何食わぬ顔で立っているクルミの姿があった。無表情──かと思いきや、注意深く目を凝らして見ると、少し拗ねたような表情をしている。

「声を掛けなかったって、別に意地悪した訳じゃないぞ? クルミには大事な仕事があっただろ。……それで、鳥獣人の出産は上手くいったのか?」

 俺がクルミに声を掛けなかった理由は簡単で、先程までクルミがゲルの中に居なかったからだ。クルミはデータベースにある知識を用いて、朝早くから鳥獣人の出産をサポートするべく、あちらの居住区画に出向していた。

「報告。体重1.96kgの元気な赤子が生まれました。女の子です。産後は母子ともに健康で、何の問題もありません。それと、助産師になることを希望した各獣人の女性たちに、適切な知識を教えたので、今後は当機体が出産をサポートする必要はないでしょう」

「そうか、無事に産まれたんだな……。本当に良かった。出産祝いに何か贈ってやろう」

 人間の赤子であれば、生まれた直後の体重は3kgくらいが平均だが、鳥獣人の赤子だと2kgくらいが平均らしいので、体重が軽いからと言って心配する必要はない。

 俺は昨晩の内に第九の牧場魔法を使って、鳥獣人の母子に何の問題もないことを確認していたし、クルミだけではなくナースコッコーにも出産のサポートをして貰ったので、特に心配はしていなかった。だが、それでも殊の外、喜びは大きい。

 この牧場に鳥獣人たちが移り住んでから、初となる彼らの赤子だ。この牧場で彼らが新しい命を産み、これから大切に育んでいくと思うと、何だかとても感慨深い。

 これで、彼らの牧場への帰属意識は、より根強いものになるだろう。

 ──そして、そんな彼らの生活を守り、豊かにしていくことが、他の誰でもない俺の役目であり、責任だ。

 俺が気持ちを引き締めている横で、アルティは長年の疑問が解消したかのように、頻りに頷いている。

「ふむふむ、なるほどなのだ! 鳥獣人は卵を産む訳ではなかったのだな! 我、今まで知らなかったのだ!」

「ああ、そのことか。鳥獣人って『鳥』なのか『人』なのか曖昧だったけど、やっぱり人に寄っているんだろうな」

 鳥獣人の出産の話はこれくらいにして、俺たちは再び千個のラブの使い方を話し合い──その結果、今回は何の因子も使わずに、オーソドックスなガトリングコッコーの進化先を確認しようと決めた。

 俺たちは三人掛かりで、ガトリングコッコーの周りに丁寧にラブを配置して、品種改良の準備を整えていく。ラブの置き方に決まりはないし、雑にばら撒いても生まれてくる魔物は同じはずだが、これらのラブは千羽分のコケッコーの命なので、とてもではないが雑には扱えない。

「ワクワクとドキドキが、同時に押し寄せてくるのだ……!! 弱い魔物が生まれるとは思わぬが、手が震えてきたのだぞ……!? この感覚っ、堪らぬ!! 癖になりそう!!」

「アルティ。お前は他所でギャンブルとか、絶対にやるなよ? 身を持ち崩しそうだからな」

 興奮しているアルティを軽く注意しながら、俺は牧場魔法によってガトリングコッコーを進化させる。

 煌めく千個のラブが宙に浮かんで、ガトリングコッコーの身体に次々と吸い込まれ、その身体は進化の兆しであるピンク色の光に包まれた。

 今までよりも大きな光に、俺たちの目が眩む。

 そして、光の中では新たな魔物の存在感が膨れ上がり──……光が収まったところで、満を持して姿を現したのは、何の変哲もないコケッコーだった。

「…………主様。これは、退化ではないか?」

 誰もが長い沈黙を保った後、俺が一番考えたくなかった可能性をアルティが突き付けてきた。

「そ、そんな馬鹿な……っ!?」

 俺はそんな現実、受け入れたくない。普通のコケッコーと何かしらの差異はないのかと、慌ててコケッコーを持ち上げ、隅々まで調べ始める。

 体長五十センチ、白い羽毛と赤いトサカ、丸みを帯びたデブっちょな身体。

 こいつは……どこからどう見ても、普通のコケッコーだ。

「記録。この動物の種族名は『コケッコー』、生み出す方法はガトリングコッコーを通常進化させ──」

「馬鹿っ、やめろクルミ! 記録したらこれが現実になっちゃうだろ!?」

 俺がクルミの記録を押し止めると、クルミは無表情のまま、呆れたようにやれやれと頭を振った。これ見よがしな動作が癇に障る。

「主様。別にクルミが記録しなくても、これは現実なのだぞ……。こうなったら、そのコケッコーを丸焼きにして、我と一緒に自棄食いしようではないか……」

 アルティがそう提案して、フーッと軽く火を吹いて見せると、コケッコーが慌ただしく羽をバタつかせて俺の手から抜け出した。そして、嫌だ嫌だと駄々を捏ねるように、地面を転がり始める。

 ここで俺は、思わず首を傾げてしまう。普通のコケッコーは知性が低いので、こんな方法で何かを主張することはない。これではまるで、このコケッコーがアルティの言っていることを理解しているように見える。

「もしかして、お前は普通のコケッコーじゃないのか……!? もし何か特技があるなら、俺たちに見せてくれ……っ!!」

 第九の牧場魔法を使えば一瞬で確認出来ることだが、俺にはそんな呆気ない方法で現実を確かめる勇気がない。

 コケッコー(?)は俺の懇願混じりの命令を聞くや否や、すぐに立ち上がってコケッと一鳴きすると、自分の羽を上下に動かし始めた。

 一体何が起こるんだと、期待二割、不安八割で俺が見つめていると、コケッコー(?)の目の前に魔法陣が現れて、そこから四メートル程の鋼鉄の塊が浮上してくる。

 それは、分厚い金属に覆われた車両で、足回りには不整地を走るための履帯が備わっており、車体の上部には長さ三メートルの砲身を持つ旋回砲塔が乗っていた。

「疑問。この鉄の塊は何なのでしょうか? 何らかの用途があることは間違いなさそうですが、当機体のデータベースには存在しない道具です」

「うーむ……。我も見たことがない代物なのだ。でも、威圧感はたっぷりと伝わってくるのだぞ?」

 ファンタジー世界の住人であるクルミとアルティが、二人揃って首を傾げている最中、俺は一人で戦慄していた。

 ……だって、これは、どう見ても、戦車じゃないのか?

 俺がチラリとコケッコー(?)を一瞥すると、こいつは俺に敬礼してから颯爽と戦車に乗り込み、軍用ヘルメットを被った状態で旋回砲塔から上半身を覗かせた。

 そして、羽を前方にビシッと向けると、履帯が動き出して戦車が前進する。

「いやいやいや、誰が中で動かしてるんだよ……」

 俺の疑問に答えることなく、戦車は真っ直ぐ進み続けるので、俺たちは黙ってその後に続く。そうして、牧場の外に到着すると、コケッコー(?)は自らの羽を高々と掲げ、甲高い鳴き声と共に力強く振り下ろした。

 その瞬間──。凄まじく重たい音が鳴り響き、火を噴いた砲身から卵型の砲弾が飛び出す。それは瞬く間に二キロ先まで飛んで行き、地面に落ちるのと同時に大爆発を巻き起こした。

 ……俺は、確信する。こいつはコケッコーなんてか弱い動物じゃない。

 陸戦において強力無比な兵器を乗り回す魔物、その名も『パンツァーコッコー』だ。
 
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