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三章
17話 鬼ごっこ ②
しおりを挟む──豹獣人たちが本気モードのアルティの存在感に慣れて、ようやく鬼ごっこが始まる。
見るからに、まだ天職を授かっていない子供ですら、それが豹獣人なら海上を走るシーバイクコッコーに匹敵するほど速い。これが大人ともなれば、当然のように子供以上の速さだ。
ミーコは瞬き一つの間にアルティの背中の上に登っており、恐る恐る……けれど物珍しげに、黒い鱗を触っている。人間の俺なんて眼中にないと言いたげな様子が癪なので、俺は早速だが第十の牧場魔法を使わせて貰う。
「行くぞ、ミーコ……!!」
その宣言と共に、俺の全身からピンク色のオーラが噴き出して、膨れ上がった存在感が大気を鳴動させた。同時に、観戦しているルゥの全身からも金色のオーラが噴き出して、こちらも覚醒状態に入る。ルゥは鬼ごっこに参加しないが、これで俺の身体能力は更に上昇した。
ミーコが尻尾の毛を逆立てて俺の方を振り返った瞬間、俺は足元の地面を陥没させる程の脚力を以って、僅か一足でミーコに肉迫する。
周囲の風景が線のように流れ──、
「にゃあ──っ!? あ、危にゃかった!! アルスっ、凄いのにゃ!! 人間のくせにっ、ルゥより速いにゃんて思わにゃかったの!!」
俺が小さく舌打ちして前方を確認すると、ミーコはアルティの背中から生えている長さ六メートル程の刺を掴み、その側面に両足を付けた状態で、俺を『強敵』として見据えていた。
「ミーコこそ、随分と速いな……。ルゥより速いことは知っていたけど、ここまで速いとは思わなかった」
俺やルゥ、それにアルティも、身体の動作は力強いもので、大気を押し退けるような走りをする。
逆に、ミーコの走りはとても静かだった。その速さは真剣による居合斬りを思わせるもので、閃のように大気を切り裂いて見える。ただ、風切り音すら聞こえてこないのは不思議だ。
まるで、空気の方からミーコに道を譲っているように感じられた。これは天職による補正なのかもしれない。ただでさえ足が速い豹獣人に、速力に関してだけは伝説級の天職すら超えている韋駄天……。何とも厄介な組み合わせだな。
俺とミーコはお互いに認め合い、フッと笑って──どちらからともなく、走り出した。
目で追えないことはない。勝負の土俵には立てている。
誤算だったのは、ミーコが方向転換や曲線を描く走りを苦にしていないことだ。ミーコは一切の減速をしないまま、静かに流れる水のように、刺が生えているアルティの背中の上を駆け抜けていく。
八十メートルもの巨躯を誇るアルティの背中が、とても狭く感じられた。鬼ごっこの舞台にはアルティの背中の上だけではなく、牧草地の一部も取り入れているのだが、ミーコがそちらに降りる気配はない。下には他の豹獣人たちがいるので、勝負の邪魔になると考えたのだろう。
「にゃーっはっはっはっ!! みゃーには追い付けにゃいよっ!! 韋駄天には走るための能力が、いーっぱい詰まっているのにゃ!! 逃げる時には──脱兎の如く!!」
ミーコが走りながら俺の方を振り向いて、挑発するように尻尾を振ると、その逃げ足が一段階増した。
「くそっ、まだ速くなるのかよ……!! アルティ、悪いが刺を折るぞ!!」
ミーコは淀みなく走っているが、それでも刺を躱すために、蛇行しながら走っている。
だから俺は、アルティの刺に身体がぶつかっても気にせず、そのまま砕いて真っ直ぐ走り、ミーコとの距離を詰めることにした。
一本一本が俺の身体よりも太くて長い刺だが、ぶつかっても僅かな硬直すらないほど、今の俺の攻撃力と防御力は高い。そして、刺が再びミーコの行く手を阻むように、家畜ヒールで折った刺を治しておく。
「わ、我の刺が、ぞんざいに扱われておるのだ……!! 我っ、ドラゴンなのに……!!」
俺とミーコは三分という短い時間、ショックを受けているアルティの背中の上を縦横無尽に駆け回り、お互いに一歩も引かない勝負を繰り広げた。
引き離されないが、追い付けない。このままでは、鬼の俺が負けてしまう。
ミーコはとても楽しそうだが、ここで俺はピタリと立ち止まり、一旦ミーコとの勝負を中断することにした。
「にゃー? 諦めちゃったのかにゃあ? 勝負はまだまだ、これからだと思うんにゃけど……」
「いや、俺は諦めてない。ミーコを後回しにしようと思っただけだ」
第十の牧場魔法には、一日十分という使用制限がある。こうして話している時間も勿体ないので、俺は素早くミーコから離れて、アルティの背中から飛び降りた。
そして、降り立った先には、この鬼ごっこに参加させたミーコ以外の豹獣人たちがいる。
彼らは俺の存在感を前にして、蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
「ミーコを追い掛けた後だと、どいつもこいつも遅く見えるな」
第十一の牧場魔法によって、俺は牧場内なら自由に転移することが出来るので、それを使えばミーコを捕まえるのは容易い。だが、それだと足の速さで勝ったとは言えないので、ミーコは納得しないだろう。
つまり、俺は自分の足の速さを更に底上げする必要があった。俺が事前に、『豹獣人たち全員を相手にする』と言ったのは、ミーコに追い付けないという展開を想定してのことだ。
「──捕まえたぞ、チビ助。俺はお前よりも速い。だから、大人しく俺に服従しろ」
俺は最初に捕まえた子供を抱き上げて、目と目を合わせ、大人げなく服従を迫った。すると、子供は尊敬の眼差しで俺を見つめてくる。
「すっげー!! 兄ちゃん速いな!! 今日からあんたがボスだ!! おいら、ボスの群れに入るよ!!」
牧場魔法は俺に従う獣人も家畜と見做すので、この子供の分の能力値も俺に加算されるようになった。
まだまだミーコに追い付くには足りない。だが、二百人くらい居る豹獣人全員を捕まえれば、恐らくは俺の方が速くなるだろう。
これも小細工と言えば小細工だが、表面上は足の速さで勝ったように見えるのだから、何も問題はない。
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