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三章

12話 沢山の備蓄

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 ──俺たちが初めて魔物仕掛けを目撃した日から、既に数週間が経過していた。

 早いもので、もう夏が終わろうとしている。青空に浮かぶ太陽は不毛の大地が憎いのかと思えるほど、容赦のない日差しを燦々と浴びせていたが、今では随分と大人しくなったものだ。

 まだ偶に、日中だけ暑くなったりして気温が安定していないので、完全に夏が終わったとは言えないが、そういう日もどんどん減っている。

 牧場内は第六の牧場魔法の恩恵によって、俺たちが過ごしやすい気温に保たれているので、季節の変化はあまり関係ないのだが、それでも季節の移り目になると感慨深い気持ちにさせられる。俺が王城から追放されたのは秋の半ば頃だったので、夏が終わるということは、牧場生活を始めてから、もうすぐで一年が経過するということだ。

「報告。マスター、作物の収穫作業は滞りなく完了致しました。ペリカンの働きが大きかったと、当機体はデータベースに記録しておきます」

 俺は綺麗に収穫が終わった畑を眺めながら、クルミの報告を聞いて満足げに頷く。

「ご苦労だった。次からも収穫期になったら、ペリカンを駆り出すことにしよう」

 今日は俺、ルゥ、クルミの三人、そして一羽のペリカンが、畑の巨大作物をせっせと貝殻倉庫に入れるという仕事を行っていた。

 レーダーコッコーのおかげで貝殻倉庫は順調に集まっており、今ではその数が十個になっている。

 俺の目的はイデア王国の民が飢餓で苦しむことになったとき、食料をガンガン供給することなので、貝殻倉庫の数はまだまだ足りないと感じているが、この調子で集めていけば結構な人数の民を助けられると思う。

 とりあえず、ルゥとペリカンも労うべく、俺が辺りを見回すと、一人と一羽の姿は畑の片隅にあった。

「……ペリカン。盗み食い、してない? ……ほんと? ……絶対?」

 ペリカンは作物を口の中に入れて貝殻倉庫へと運んでいたので、盗み食いを疑ったルゥがペリカンを至近距離から見つめ、尋問を行っていた。

 一生懸命に働いていたのに、疑われて可哀そうなペリカンは、必死に翼をバタつかせることで自分の無実を訴えている。作物は沢山あるから、別に少しくらい盗み食いされても構わないのだが……それより、収穫後に残った巨大作物の葉っぱや蔦が邪魔なので、あいつらに取り除いて貰おう。

「出番だ! 来いっ、クリーナーワームたち!」

 俺の呼び掛けに応じて、地中からひょっこりと顔を覗かせたのは、掃除機のノズルのような頭を持つミミズの魔物、『クリーナーワーム』だった。

 こいつは数日前に、ミミズにパックンシェルの因子を注入して魔物化させた家畜であり、クリーナーという名前の通り、牧場のゴミ掃除をしてくれる頼もしい奴らだ。身体の大きさは一メートル程で、そんな魔物が地中から続々と現れる様は、気持ち悪い──もとい、圧巻の一言。

 そして、合計十匹のクリーナーワームが集結したところで、俺は巨大作物の葉っぱや蔦を掃除するよう命令した。葉っぱや蔦は牧場の外の地中に吐き出して貰うので、不毛の大地の土壌を改善する一助になることを期待している。

「これまた戦闘力がない魔物だけど、やっぱり便利だなぁ……」

 瞬く間に畑を綺麗にしてくれるクリーナーワームたち。俺は彼らの活躍を見守りながら、しみじみとそう呟いた。

 パックンシェルを解体すれば、美味しい食材と便利なマジックアイテム、それにとても有用な因子が手に入るので、ダンジョンが成長して内部の生態系が変わっても、沢山生き残って貰いたいものだ。

「警告。当機体はたった今、思い至りました。この牧場は地中からの攻勢に、とても脆弱だと予想されます」
 
「え……あっ、確かに……! いやでも、地中から襲ってくる魔物なんて、この近くにいないだろ……?」

 クルミの突然の警告に、俺の心臓はドキリと飛び跳ねた。……だが、この辺りにそんな魔物が存在するなんて、聞いたことがない。地中の心配までは、しなくても良いのではないだろうか?

「重ねて警告。魔物の進化の可能性は無限大であると、他の誰よりもマスターが理解しているはずです。目を背けるべき問題ではありません」

「そ、そうだな……。ぐうの音も出ないほど正論だ。地中の戦力も整えておこう」

 クルミの二度の警告に俺も危機感を抱いたので、しばらくは魔物化させたミミズを増やそうと思う。まあ、これに使うのはコケッコーのラブではなくミミズのラブなので、因子を使わなければコケッコー系統の魔物とは別口で増やしていける。地中の戦力を整えるのに、そう時間は掛からないだろう。

 ──さて、そんな話をしている間に、クリーナーワームたちが畑の掃除を終わらせたので、次は種と水を撒かなければならない。

 それなりに畑を広くしたので、畑の世話はルゥだけだと少し大変になった。そこで俺が考え付いたのは、空を飛ぶペリカンの口の中から、ルゥが上半身だけを乗り出した状態で、種と水を撒くことだ。

「……ペリカン、頑張って飛ぶ。……ルゥ、撒き撒きする」

 早速、ルゥがペリカンの口に乗り込むと、ペリカンは苦しそうにしながらも懸命に空を飛び始めた。ペリカンの口の中には、水を生成するためのマジックアイテム『渇きの石』と、各作物の種を予め入れてあるので、準備は万端だ。

「疑問。ルゥは『羽付き靴』というマジックアイテムを装備しています。それなのに、このような形でペリカンを使う必要はあったのでしょうか?」

「いや、無い。……けど、俺はこの光景が見たかったんだ」

 クルミの疑問は至極当然だが、俺は別に羽付き靴の存在を忘れていた訳ではない。ただ、ルゥがペリカンの口の中から身を乗り出して、種と水を撒く姿──これはきっと面白いと思って、どうしても見たくなったのだ。

 こうして実際に見ると、あまりにもシュールな絵面だったので、俺は思わず真顔になってしまった。……が、ルゥは心なしか、楽しそうにしている。
 
 ──なんか、俺もやってみたいかも。

 ふと、そう思って、俺はペリカンをもう一羽呼び出すと、ルゥと同じ方法で空から種と水を撒き始めた。

 一人で地上に残っているクルミが、何を言うでもなく、俺とルゥの姿を真顔で見つめている。……なんだ、仲間に入れて欲しいのか?

 残念ながら、この作業をクルミに任せる訳にはいかない。これには俺とルゥが持っている特別な加護、『緑の手』が必要なのだ。
 
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