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三章
11話 レーダーコッコー
しおりを挟むいつまでも記念日のパーティーに、唐揚げと甘辛い手羽先だけでは芸がないので、俺はクルミのデータベースから情報を貰って、ケチャップとオムレツを作ってみた。
小麦粉を使った小さい練り物、それから鶏肉、ピーマン、玉ねぎを炒めてケチャップで味付けした後、それらを甘い卵焼きで閉じるという料理は、お子様向けの味に仕上がったので、ルゥ、ピーナ、アルティ、メルの四人は大喜びだ。
……アルティだけは一応、かなり長生きしているのだが、精神年齢と味覚には密接な繋がりがあるのかもしれない。
ケチャップに使ったトマトは牧場の畑で採れたもので、その大きさは凡そ八十センチもあり、意図せず大量のケチャップを作ってしまったが、記念日は牧場にいる全員に料理を振る舞うと決めたので、問題なく消費することが出来た。
──賑やかなパーティーが恙なく終わって、その次の日。
俺たちはレーダーコッコーを交えたサブマリンコッコー艦隊をダンジョンへ送り込み、その様子をゲルに設置してあるテレビから見守っていた。
「今日は海が荒れているから、レーダーコッコーの性能テストは明日にしても良かったかもな……」
俺がそう呟くと、ピーナはゲルの外を確認して、雨脚が強まってきたことを確認する。
「ピー……。このお天気だと、ペリカンは空を飛べないッピねぇ……」
本日の天気は大雨で、ダンジョンの第二階層も外と同期しているように激しい雨が降っていた。海底の様子はいつもと大差ないが、海面はそれなりに荒立っている。
サブマリンコッコー艦隊よりも、砂浜を確保している軍鶏たちが辛そうだ。第一階層と第二階層を繋ぐ階段がある鍾乳洞で、交代しながら休憩を取らせているが、砂浜にいる間は雨風が直撃している。
一応、ナースコッコーの特技によって定期的に回復しているので、魔物と戦わずして戦闘不能になることはないと思うが……。
「大丈夫よ! この程度で音を上げるような鍛え方はしてないわ! それに、軍鶏たちにはこういう状況にも慣れて貰いたいから、ある意味では絶好の探索日和ねっ!」
軍鶏たちに声を届けるためのマイク。それを握り締めているモモコが俺の不安を吹き飛ばして、サブマリンコッコー艦隊に「全速前進!」と命令を下した。レーダーコッコーも一羽だけこれに付いて行き、早々に索敵を開始する。
そして、物の数秒でパックンシェルの存在を探知してみせた。しかも、レーダーコッコーは標的の位置情報を周囲の味方に送信出来るらしく、艦隊は未だにパックンシェルの姿が視認出来ない場所から魚雷を発射して、物の見事に標的へ命中させる。
「ふおおおおおおおおっ!! 我が生み出したレーダーコッコーっ、凄いのだ!!」
明確に強くなった艦隊を見て、アルティは拳を振り回しながら我が事のように喜んだ。
「警告。アルティ、貴方はマスターの功績を横取りしようとしています。あれは貴方が生み出した訳ではなく、マスターが生み出したレーダーコッコーです」
クルミが俺の功績を守ろうとしてくれたが、俺としてはアルティに功績を横取りされても一向に構わない。それくらい、今の俺は上機嫌だった。
この分なら、貝殻倉庫の調達も格段に早くなるだろう。後は、大飢饉が発生する前にどれだけ集められるか、時間との勝負になる。貝殻倉庫は本当にどれだけあっても困らないマジックアイテムなので、集められるだけ集めておこう。
……まあ、今日はペリカンによる輸送が行えないので、持ち帰れる獲物には限りがある。
レーダーコッコーは最初の索敵が偶然ではないと主張するかのように、次々とパックンシェルを探知して行った。そのおかげで、信じ難いことに今までの五倍くらいの速度で、サブマリンコッコー艦隊は狩りを行えている。
レーダーコッコーの索敵に無機物は引っ掛からないので、宝箱の発見には役立たないが、狩りの効率が五倍になっただけでも十二分な成果だ。
当然のようにパックンシェル以外の魔物も遠くから探知出来るので、艦隊の安全性も格段に増している。
「本当に凄いわね……。レーダーコッコーが一羽加わっただけで、世界が変わったみたいだわ……」
モモコの感心したような呟きには、どこか寂しげな声色が混ざっていた。指示なんて無くても、艦隊は実に呆気なく敵を倒していくので、司令官の存在が不要になったとでも思っているのだろう。
「ダンジョンでは何が起こるか分からないんだから、少し上手く行っているからって、気を抜いたりするなよ。他の誰でもない、モモコがあいつらの司令官なんだからな」
俺がモモコに活を入れると、モモコはハッとなって俺を見つめ、それから力強く頷いた。
「そ、そうよね……! あたしが司令官なんだからっ、何があっても対処出来るように、気を抜いちゃ駄目よね!」
モモコが気を取り直して──次の瞬間。艦隊の前方に、突如として大き過ぎる影が出現した。一瞬にして闇に飲み込まれたかのような光景に、メルが小さく悲鳴を上げる。
「ひぇっ! は、早くも『何か』が起こったのですぅ!! モモコさんっ、どうするのです!?」
「どうもこうも、艦隊は一時停止よ! それから一羽だけ浮上しなさい!! レーダーコッコーは周辺の警戒を怠らないで!!」
モモコの指示に従って、影の正体を確認するべく、一羽のサブマリンコッコーが海面から顔を覗かせると、雨風の激しさが先程よりも増しており、嵐が到来していた。
そして、当然のように視界不良なのだが、そんな中でも前方に、ハッキリと巨大な島が見えている。
あんな島は今まで無かったのに……と、俺たちがテレビ画面越しに驚いていると、クジラの鳴き声のような音が第二階層全体に響き渡った。
音の発生源は前方にある島で、まさかと思って目を凝らすと、それは緩やかに上下しながら移動していた。しかも時折、中心部から活火山の噴火のように潮を吹いているので、あれはクジラなのかもしれない。
そうだとすれば、余りにも大きすぎる。アルティの本気モードですら比べ物になっていない。目測なので確かなことは言えないが、クジラの大きさは五百メートルを優に超えているだろう。
「むむむっ!? あれはまさか……!?」
「知っているのか、アルティ!?」
心当たりがあるような声を上げたアルティに、俺が期待を込めた眼差しを向けると、アルティは「うむっ! 恐らくは──」と得意げに説明しようとした。
しかし、ここでモモコが割って入ってくる。
「ちょっと待ちなさいよ! あたしにも心当たりがあるわ!! だからあたしに説明させてっ!!」
「いや、別にどっちが教えてくれても良いんだけど……。それじゃ、解説のモモコさん。よろしくお願いします」
今まで海の知識はアルティの独壇場だったので、今回は解説のモモコさんに見せ場を譲った。
アルティがぷっくりと頬を膨らませて不満そうにしているので、俺はその頭を雑に撫でて宥め賺す。そうしている間に、モモコは水を得た魚のようにスラスラと、クジラの正体を教えてくれた。
「あれはねっ、ダンジョン内で稀に発生する『魔物仕掛け』っていう現象よ!! ああ見えて実際は魔物じゃなくって、魔物みたいに見えるダンジョンの罠というか、装置って感じかしらね。特定の条件下で現れるみたいなんだけど、その条件はダンジョンによって違うの。当然、それがどんな魔物仕掛けなのかも、ダンジョンによって違うわ!」
「魔物仕掛け……? 格好良い言い方をするなら、ギミックモンスターか……」
魔物仕掛けは明らかに普通の魔物とは違うので、一目見ればそれだと分かるらしい。確かに、あのクジラの規格外の大きさを見れば、普通とは掛け離れていることが分かる。
一体どんな仕掛けが施されているのかは不明だが、ロマンの塊のような存在だろう。艦隊を失うリスク等を考えると、現時点では手出し出来ないが、いつの日か乗り込んでみたいものだ。
遠くから見る分には問題なさそうなので、艦隊にはこの後、クジラの観察を行って貰った。
クジラの背中には山と森があって、そこには数十メートルもの巨躯を誇るムカデの魔物──『グランセンチビート』の姿が見える。基本的に、一つのダンジョンに出現する魔物の系統は一系統までと決まっており、このダンジョンには水棲系の魔物しか現れないはずなのだが、グランセンチビートは昆虫系の魔物だ。
……これは一体どういうことなんだと、俺たちが顔を見合わせて首を傾げていると、嵐が次第に治まってきた。
すると、クジラは何事も無かったかのように、悠々と霧の中へ消えていく。
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