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隣のシバはいつでも青々と光り輝いていた。

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僕は弟が嫌いだ。
僕の欲しいものすべてを持っている。仲の良い友人と呼べる存在。ともに笑い合える仲間。そして、誰かに期待も執着もされないで生きられる人生。それが羨ましい。だから僕は弟が嫌いだ。

俺は兄さんが嫌いだ。
俺が欲しいものを欲しいことをそのすべてをその手に持っている兄さんが嫌いだ。兄さんは親の愛、視線、有りとあらゆる正の感情をその身に受けている。それが妬ましい。俺は兄さんが嫌いだ。

「行ってきます」
誰からの返事もない。
毎朝、独りで家を出る。父も母も、もちろん弟も未だ家にいる。のんびりご飯を食べて、準備をして、それから家を出る弟。おまけに友達といつも楽しそうに学校に行く。弟にはそれが許されている。ずるいよ。
「なんで……」
その先の言葉は、風に消えていった。まずい、このままでは塾に遅刻する。

「はぁ、またかよ」
ふと漏れたその一言をあの人達は聞き逃さない。
「なにか言った?これは、あなたのために言っているのよ」
そうだ、そうだ、世間一般で父親と呼ばれる人が言う。
また同じ言葉。兄さんには絶対に言わない台詞。毎朝、よく飽きもせず全く同じセリフを言えるよな。家はとっくの昔に壊れているんだろうな。台本通りに話、生きるそんな人達を俺は親とは認めねぇ。絶対に。
「聞いてるの?」
女の怒号が飛ぶ。俺の鼓膜、破る気かよ。軽く舌打ちをし、耳についたピアスに触れ、扉を開く。
「遅いんだよ」
友人の一人が言う。
「まあまあ、事情があったんでしょ。でも、次からはもっと早く来てよね」
もう一人の友人が言う。
「悪い、遅くなった」
「まあ、良いけどさ」
「そうそう、気にしてないから。それよりも、じ・か・ん。このままじゃ遅刻。」
またか。毎朝恒例の出来事。それなのに、楽しい。友達と通学路を走り抜ける。
「おお、おはよう。」
「また遅刻かい?」
近所のお爺ちゃん、お婆ちゃんが声をかけてくれる。それに、俺たちは「おはようございます」とか「そうなんですよ、寝坊しちゃって」とかって言う。
学校に着くと教師達が「また遅刻かよ」とか言ってくるから
「俺ら遅刻したことねぇし」
と言いながら軽く睨む。兄さんならあり得ない会話だろうな。

塾ではただひたすら勉強し、学校に行く。道中聞こえる楽しそうな会話の数々。ベージュのベストが綺麗な制服。着たかった。漫画、アニメ、ゲーム。楽しそうだな。一度は経験してみたいものだな。弟は持っていたっけ。そんなことを考えていたら門に着いた。
「おはようございます」
「あぁ、おはよう。相変わらず早いな」
ええ、まぁ。そう言ってから門をくぐり、靴を履き替え、まだ誰も来ていない教室の真ん中で歌う、わけはなく、一番後ろの座席に座り外を眺める。少し学ランのボタンを外す。まだ、誰もいない。大丈夫。

テストの点はいつも平均ぴったし。体育の成績と通知表はいつもど真ん中。どうせ、兄さんと比べられるなら一位だろうと意味は無いのだから。授業はサボった事は無い。課題をサボったことも無い。無遅刻無欠席の皆勤賞。褒めてくれたのは友人二人だけだけど。

テスト返すぞ。先生のその一言に教室がざわつく。僕の心も激しい音を立てる。先生が順番に名前を呼び、テストを返す。僕の名前が呼ばれ、テストを受け取る。震える手でテストをひっくり返し、ホッと息を吐く。五〇点。良かった、満点だ。これで父にも母にも叱られずに済む。
「また満点すごいな。今までにもすごい奴は何人も見てきたが、お前は特別だ」
「我が校始まって以来、初の天才だ」
ーー嫌な記憶が脳裏に浮かぶ。

俺の周りの奴らはいつも同じ顔をして同じ言葉を吐く。「兄は天才なのに、弟のお前は何故同じようにできない」「双子なのに」「劣化版コピーも作ってしまうなんて」俺は兄さんとは違う。双子だろうと関係ない。今はそう思える。昔は必死だった。兄さんに勝とうと、あいつらの気を引こうと、何一つできなかった。兄さんに叶うことは一つも。

僕の周りの人はいつも同じように言う。天才であることが確定条件であるように。一位を、満点を、取るために努力してる。僕は天才なんかじゃない。ただのこどもだ。
「他人の言う通りに過ごすことの何が楽しい」
あいつはそう言っていたが。わかってはいるさ。楽しいわけ、ないだろ。だけど、そうしないとまた傷が増える。他の手段を僕は知らない。

「一度でいい、弟のように生きてみたい」
「一度でいい、兄さんのように生きてみたい」

互いの苦労も心もまだ知らない。おとなでもこどもでもない二人の青々と光り輝く春。いつか、自分らしく生きれることを願って……
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