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第3章 孤独の先に

第106話 ワムの罷免

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 宰相のベナンは、ワムの、愛国心の欠片もない態度が許せなかった。
 長い間、追い落とす機会を虎視眈々と狙っていたのだ。
 これは、他の閣僚も同様であり、ベナンの心強い味方となっていた。

 また、ワムに気を遣い過ぎるジョンソン国王は求心力を失い、裸の王様になりつつあった。


「ワム殿は、ホロブレスは魔王の使役獣と申したが、かの者が顕現するのか?」


「ベナン宰相は、異なことを聞くお人だ。 魔王が顕現するとしたら、なぜ、魔族が地上に現れぬ。 その心配はなかろう。 それよりも …。 ホロブレスが、地上に現れた理由が分からぬ。 それが問題なのだ。 奴は、手に負えぬぞ …」


「恐れる必要はない! 魔獣なぞ、我が剣で一刀両断すれば良いだけのこと!」

 パウエルは、事も無げに言い放った。
 彼は、ワムの態度を見て、腹の底から怒りが込み上げていた。


「そなたは、相変わらずのアホさ加減よの。 ホロブレスは全長が200メートルもある魔獣だ。 その鱗はあらゆる剣を弾き、吐くブレスは地表を焼きつくす。 さらに、口から出る衝撃波は、巨大地震を誘発するぞ。 まさに、桁違いの魔獣だ。 そなたに斬れるとは思えぬわ」

 ワムが腹を抱えて笑うと、パウエルは顔を紅潮させた。
 彼は、穏やかな見た目とは違い、意外に短気なようだ。


「我が剣で斬れぬなら、誰が魔獣を倒せるというのだ?」
 
 それでも、パウエルは食って掛かる。


「この魔獣を倒せる者は、この私だ! 他には、妹弟子のマサン、或いは、尖り帽子の魔女であろうな …」

 ワムは、意味深な顔でパウエルを見据えた。


「尖り帽子とは、アモーンの事なのか …」

 パウエルは、驚きの表情を浮かべた。


「パウエル、やめておけ」

 宰相が、二人の会話に割って入ると、パウエルは少し冷静になった。


「ワム殿に聞くが、ホロブレスは、どうやって倒すのだ?」

 今度は、国王がワムに尋ねた。


「奴を倒すには、極大魔法が必要となる。 それも的を絞った超強力なものだ」


「パウエルに極大魔法が打てるのか?」

 ワムの話を聞いて、国王が興味深そうに尋ねた。


「魔法剣士は斬るだけじゃありません。 剣に魔法を乗せて、あらゆる物を斬ったり破壊したりできます。 極大魔法でさえ斬って見せましょう」


「ほう。 大口を叩くが、若い者の特権よの」

 ワムは、呆れたような顔でパウエルを見据えた。


「話が逸れておる。 ベルナ王国への総攻撃は、誰が考えても千載一遇のチャンスだ。 どこに現れるかも分からぬ魔獣を恐れて、手をこまねくなぞ愚の骨頂であるぞ! 他の者の意見はどうだ?」

 宰相のベナンは、立ち上がって周囲を見回した。


「賛成です! 国土の2割を割譲するというが、攻めれば全てを奪う事が可能となります」


「そうだ、滅ぼせば良い!」


「これまで、幾多の煮え湯を呑まされたことか! 倍返しすべきだ!」


「3傑を血祭りにあげろ!」


「すでに一人死んだから、2傑だろ!」

 ワム以外の閣僚は、全て立ち上がり、宰相の意見に賛同した。


「国王のご判断を仰ぎたい」

 宰相のベナンは、国王に恭しく伺った。


「皆の意見は分かった。 ワム殿は、いかがか?」


「我は、政治には関わらぬ。 あなた様を守るためにおるのだ」


「国王に上申します。 ワム殿は、長きに渡りサイヤ王国に居るにも関わらず、愛国心の欠片もない。 にも関わらず、悪戯に混乱させる意見を吹聴する。 我が国に取って、害悪でしかない。 この者の罷免を要求します」


「我らも、同意見です」

 全ての閣僚が、ワムの罷免を一斉に申し立てた。

 それに対し、ジョンソン国王は何も言わない。
 皆が注目する中、室内がシーンと静まり返った。
 
 しばらくの沈黙を破ったのは、ワム本人であった。


「ジョンソン国王、長きに渡り世話になった。 我が居ると窮地に立たされるようだから、これにてお暇する」


「ワム殿、済まない …」

 ジョンソン国王は、小さな声で答えた。
 しかし、周りの雰囲気は険悪なものであった。


「待て! そのまま行けると思うてか!」

 パウエルが、いきなり剣を抜いてワムの前に立ちふさがると、大勢の屈強な兵士が部屋の中になだれ込んで来た。
 国王以下、閣僚連中は、安全なところに待避したが、ワムは、それを意に介さず静観している。


「さあ、すっかりと取り囲んだぞ。 ここに居るのは、選りすぐりの魔法剣士だ。 他に、魔法使いの後方支援もある。 いかにワムといえど、逃げられぬぞ。 怪我をしたくなければ、おとなしく捕らえられよ」

 パウエルが構える剣先から、金色の光が漏れだしている。


「ほほう。 なかなかの剣威だな。 我と剣を交えて見るか!」

 ワムがおもむろに右手を振り上げると、2mもの長さの大太刀が出現した。
 初老の男とは思えぬ力で、軽々と左右に素振りする。
 パウエルの剣先から発する光とは対照的に、漆黒の影が漏れだしている。


「何だ、その色は? 伝説の魔道士ジャームの弟子とはいっても、所詮は老いぼれか!」

 女性の魔法剣士が、バカにしたような声をあげた。


「ジーノ、油断するな! あれは魔族が放つような色だ! 直ぐに隊列を組め!」

 パウエルの号令のもと、瞬時に移動し陣形を作った。


「老いぼれの魔道士を相手に、そこまでする必要があるのか?」

 ワムは、皮肉を言った後、ニヤっとした。
 そして、剣を少し揺すると、その先端から無数の漆黒の影が広がった。
 影に身体が触れた者は、一瞬で粉々にくだけ散った。

 パウエルは、危険を察知し飛び下がったが、回避行動が遅れた魔法剣士の多くが絶命した。 


「得たいの知れぬ術とは卑怯な! 剣も振れない老いぼれめが!」


「バカ! ワムを挑発するな!」

 パウエルは、ジーノを見て叫んだ。


ザシュッ

 鈍い音がしたと思ったら、ジーノの頭部がパウエルに向かって飛んで行った。
 ワムは、ジーノの首のない亡骸を見下ろしている。


「ジーノという名だったか? 老いぼれの剣に斬られるとは、口だけの未熟者よ …」

 ワムの挑発の声を聞いても、パウエルは動けない。


「ワム殿に手を出してはならぬ!」

 奥の方から、ジョンソン国王の叫ぶような声が聞こえると、パウエルの顔に安堵の表情が浮かんだ。


「雑魚は、相手にせぬから安心せよ。 なあ、パウエル! アモーンに首を洗って待つように伝えておけ!」

 そう言うと、ワムは悠々と城を出て行ってしまった。
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