上 下
55 / 124
第2章の2 新天地

第46話 偽言 2(ビクトリア主観)

しおりを挟む
 5年前にイースと別れた時、私は気分が落ち込む日が多く、周囲から、かなり心配されていた。
 そんな私を見かねて、人格者であるシモン参謀が、事あるごとに励ましてくれた。
 私は、そんな彼に対し、深く感謝した。

 このような中、私が在籍するムートのナーシャ統括から、軍の参謀補佐として3ヶ月の実地研修をするように言い渡された。
 ムートに在籍しながら、仮の軍籍を得るなど前例がなかったため、この件に関しても、シモンが気遣ってくれたのだと想像し、彼の下で研修できる事を嬉しく思った。

 そして、研修が始まる一週間前に開催された軍幹部会合の直後、シモンから、イースがムートを去った事を聞かされた。
 イースには、罪を反省し、自分の人生を誠実に生きてほしいと願っていたから、彼が逃げたと聞いて、かなりショックを受けた。
 でも、イースが逃げるなんて信じられなかった。
 だから、彼のことを弟のように可愛がっていたナーゼに相談したいと思い、シモンに軍への慰問を申し出た。最初、これを渋ったが、シモン自身が同席する事を条件に、何とか認めてもらった。


 私は、一刻も早く、ナーゼに会いに行きたかったが、思わぬ事態に阻まれてしまった。
 シモンが、瀕死の重傷を負ったのである。

 私の父は、王宮にも呼ばれるような高名な魔法医であった。また、母も父に寄り添い魔法医をしていた。
 だから、両親が、シモンの治療にあたっていた。そして、彼が瀕死の重症である事を、父から知らされたのである。
 
 私が、軍の病院に駆けつけると、シモンは、意識を失い植物状態で眠っていた。


「おお、ビクトリアか。 ムートのナーシャ統括から、おまえがシモン参謀と親しいと聞いたので連絡したのだ」

 私は、父が連絡してくれた事に感謝した。
 母を見ると、魔法効果のある軟膏を、シモンの丹田付近に塗り込んでいた。


「彼は人格者で、私が困っている時に力になってくれた恩人です。 お父様。 それで、シモン参謀の容態は?」


「ダンジョンで集団の魔族と遭遇し、魔法攻撃を受けたのを、ガーラ伯爵が救ったそうだ …」


「エッ、ガーラ伯爵が?」

 私は、思わず口を挟んだ。

 ガーラの名前を聞いて、不思議に思ったのだ。彼女は、ムートのSクラスだったから知っているが、自分に利する事にしか興味がない人だ。シモンを助けるなんて考えられなかった。


「ああ。 その場に、ガーラ伯爵も居合わせたそうだ。 しかし …。 彼の魔力コアを損傷させるなんて、相手は相当の手練れだったんだろうな。 かなり傷んでおり、回復できない場合、命を失う」

 父は、落ち込んだ顔をした。


「そうだ! ビクトリアが魔力を注入したらどうかしら。 あなたの魔力なら治せるかも知れないわ」

 母が、私に声をかけた。


「うむ。 可能性はあるが、相手がシモンほどの高魔力の場合、ビクトリアの魔力を奪うやもしれん。 危険を伴う」


「アッ、そうね …」
 
 父が難色を示すと、母は小さく頷いた。
  

 私は、シモンに恩を感じていたから放っておけなかった。だから、迷わずに、私の魔力をシモンに注入する事にした。
 過去に、イースに注入した経験があったから、段取りよくできた。


 結局、私の方が高魔力で、シモンのコアを圧倒していたから、問題なく成功した。
 彼は、10日ほどで退院できた。

 しかし、魔力注入によって思わぬ事に気づいた。

 誰にも言ってなかったが、私は魔力注入すると、相手のコアの性質や心根を読み取る事ができるのだ。いわゆる特殊能力である。

 イースのコアは光り輝き、心も透き通るように綺麗であったが、シモンのコアは暗く沈んでおり、心はドス黒く汚れていた。
 私は、この時から、シモンは人格者ではなく、偽善者であった事を見抜くようになった。


 そんな、ある日、とてもショックな事が起きた。

 ナーゼが、戦死したのである。

 彼女の小隊は、半月ほど前に敵に攻め入ったまま消息不明となっていたが、結局、サイヤ王国軍の攻撃を受け、全滅したとの結論に至ったのである。

 私は、ナーゼほど強力な魔法使いを見た事がなかった。それに、彼女は騎士としても剣を極めていたから、負ける事を想像できなかった。

 しかし、相手はサイヤ王国軍である。想像もできないような卑劣な方法を用いたのかも知れない。
 私は、敵国に対し強い怒りを覚えた。


 ナーゼが戦死したと聞き、彼女の故郷のパル村に両親を訪ねた。
 しかし、国都に避難していると言われたため、今度は、国都の家を探して訪ねた。

 ナーゼの父親がいて、かなり憔悴していた。
 私が、お悔やみの言葉を伝えると、思いも寄らぬ言葉が返ってきた。


「娘のナーゼが戦死したのは、本当に悲しい。 だが、娘が亡くなったと言うのに、家内は、半月前に外出してから帰って来んのだ。 あいつは、娘が亡くなった事も知らず、何をやっているんだろう …」

 父親は、悲しみとも怒りとも取れる表情をした後、黙り込んでしまった。
 私は、ナーゼを思い、いっそう悲しくなった。


 この頃、シモンは、何かにつけて私のところに来るようになっていた。
 しかし、彼の心を覗いてからは、少しずつ距離を置くようにした。
 イースの事も、シモンが仕組んだのではと、疑いを持つようになっていた。


 私は、17歳でムートを卒業した後、伯爵の爵位を与えられ、その後、1年の中隊長経験を経て将軍となった。

 シモンは、ますます積極的になり、周囲の目も憚らず、私に対し露骨に好意を寄せるようになっていた。
 彼は、職責が上位の参謀であったから、面と向かって拒否できなかったが、軍の規律を理由に、何とかかわした。

 しかし、彼が、国王に次ぐ権力を誇る宰相になった時、さすがに断る事ができない雰囲気になってきた。
 また、この頃から、私の母がシモンを受け入れよと、不自然なほどに進めるようになった。
 父も、母の行動を不審に思ったらしく、私に、無視しろと言ってきたほどだ。

 私は、困り果てた。

 そこで、至高の魔道具により、事態を回避する事にした。

 誰にも話してないが …。
 私が、10歳の時に、「魔法の門」からダンジョンの地下に迷い込み、タント王国の魔道士ジャームに救われた事がある。

 この時に、至高の魔道具を頂いた。

 この魔道具は、世界に3着しか存在しない、魔法のマントだった。

 既に、弟子のマサンと、ギルド長のベスタフに渡してあると言っていたから、自分の物を私に譲ってくれたようだ。
 だが、なぜ、私に譲ってくれたのかは、分からない。

 彼は、ダンジョンから帰る方法も教えてくれた命の恩人である。
 優しくて、尊敬できる格好良い人だった。


 魔法のマントには、驚くべき秘密が隠されていた。その人の魔力レベルにより、様々な使い方ができた。

 初歩的なものとしては、マントを被り、自分の姿を透明にして、相手から見えなくすると共に、魔力による探知も遮断する事ができる。

 次に、中程度の使い方として、マントを被り、今の姿をベースにして、自分の性別を変える事ができる。

 最後に、高度な使い方として、マントを被り自分を透明にした状態で、近くに、男女何れかの、自分の分身を作りだし、動かす事ができる。


 私は、自分の分身を、シモンに抱かせる事にした。その様子を側で見ていたが、やはり卑劣な手を使っていた。

 彼は、『感情の鎖』という古代魔道具を隠し持っていた。これは、世界に一つしかない魔道具で、ダンジョンの地下深いところにあると言われている。
 彼が、なぜ持っていたのか?
 とても、不思議だった。

 この道具を使って魔法をかけられると、かけた相手に対し、心から従属してしまう。
 しかし、欠点もある。かけられた者が術者より高魔力であった場合は、行動のみで、意思までは縛る事ができないのだ。
 
 シモンは、私の分身を抱きながら、呪文を唱えていた。

 危なかった。
 私は、シモンより高魔力だから、意思がハッキリしたまま、行動を操られるところだった。普通にかけられるより悲劇なのだ。


 反吐が出るような光景を、我慢して目に焼き付けた。

 それは、おぞましい光景だったが、ふと、冷静になると、一つの疑問が頭に浮かんだ。

 私の母の事である。その行動から見て、シモンに『感情の鎖』で縛られている可能性が高いと思えた。
 だが、彼の性格上、私が拒否しない限り、母に危害を加える事は無いだろうと思った。

 私は、魔法のマントで身を隠し、分身を何度もシモンに抱かせ、彼と婚約し、安心させた。


 19歳になると、参謀であるガーラに、最前線に将軍の一人として赴任したいと申し出た。
 本音は、気持ち悪いシモンから、一刻も早く離れたかったのだ。

 結局、ムートでSクラスの私を最前線に送る事は、国威掲揚になるためシモンも反対できず、直ぐに赴任できた。

 そこで、ナーゼを殺害したサイヤ国軍への強い怒りから、僅か5千の聖兵で4倍の2万の敵兵を蹴散らす事に成功した。

 私は、多くの称賛を受け、ベルナの2傑に加えられ、3傑の一人と称されるようになり、最前線の司令官にまで登り詰めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

悲しいことがあった。そんなときに3年間続いていた彼女を寝取られた。僕はもう何を信じたらいいのか分からなくなってしまいそうだ。

ねんごろ
恋愛
大学生の主人公の両親と兄弟が交通事故で亡くなった。電話で死を知らされても、主人公には実感がわかない。3日が過ぎ、やっと現実を受け入れ始める。家族の追悼や手続きに追われる中で、日常生活にも少しずつ戻っていく。大切な家族を失った主人公は、今までの大学生活を後悔し、人生の有限性と無常性を自覚するようになる。そんな折、久しぶりに連絡をとった恋人の部屋を心配して訪ねてみると、そこには予期せぬ光景が待っていた。家族の死に直面し、人生の意味を問い直す青年の姿が描かれる。

妻を寝取ったパーティーメンバーに刺殺された俺はもう死にたくない。〜二度目の俺。最悪から最高の人生へ〜

橋本 悠
ファンタジー
両親の死、いじめ、NTRなどありとあらゆる`最悪`を経験し、終いにはパーティーメンバーに刺殺された俺は、異世界転生に成功した……と思いきや。 もしかして……また俺かよ!! 人生の最悪を賭けた二周目の俺が始まる……ってもうあんな最悪見たくない!!! さいっっっっこうの人生送ってやるよ!! ────── こちらの作品はカクヨム様でも連載させていただいております。 先取り更新はカクヨム様でございます。是非こちらもよろしくお願いします!

冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい

一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。 しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。 家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。 そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。 そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。 ……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──

寝取られて裏切った恋人への復讐

音の中
恋愛
【あらすじ】 彼との出会いは中学2年生のクラス替え。 席が隣同士だったのがきっかけでお話をするようになったんだよね。 彼とはドラマ鑑賞という共通の趣味があった。 いつも前日に見たドラマの感想を話していたのが懐かしいな。 それから徐々に仲良くなって付き合えた時は本当に嬉しかったよ。 この幸せはずっと続く。 その時はそう信じて疑わなかったな、あの日までは。 【注意】 ・人を不快にさせる小説だと思います。 ・けど小説を書いてると、意外と不快にならないかも?という感覚になり麻痺してしまいます。 ・素読みしてみたら作者のくせに思った以上にダメージくらいました。(公開して3日目の感想) ・私がこの小説を読んでたら多分作者に怒りを覚えます。 ・ラブコメパートが半分を占めます。 ・エロい表現もあります。 ・ざまぁはありますが、殺したり、人格を壊して精神病棟行きなどの過激なものではありません。 ・された側視点ではハッピーエンドになります。 ・復讐が駆け足だと感じちゃうかも…… ・この小説はこの間初めて読んでみたNTR漫画にムカついたので書きました。 ・プロットもほぼない状態で、怒りに任せて殴り書きした感じです。 ・だからおかしいところが散見するかも……。 ・とりあえず私はもうNTR漫画とか読むことはないでしょう……。 【更新について】 ・1日2回投稿します ・初回を除き、『7時』『17時』に公開します ※この小説は書き終えているのでエタることはありません。 ※逆に言うと、コメントで要望があっても答えられない可能性がとても高いです。

最愛の幼馴染みと親友に裏切られた俺を救ってくれたのはもう一人の幼馴染みだった

音の中
恋愛
山岸優李には、2人の幼馴染みと1人の親友がいる。 そして幼馴染みの内1人は、俺の大切で最愛の彼女だ。 4人で俺の部屋で遊んでいたときに、俺と彼女ではないもう一人の幼馴染み、美山 奏は限定ロールケーキを買いに出掛けた。ところが俺の凡ミスで急遽家に戻ると、俺の部屋から大きな音がしたので慌てて部屋に入った。するといつもと様子の違う2人が「虫が〜〜」などと言っている。能天気な俺は何も気付かなかったが、奏は敏感に違和感を感じ取っていた。 これは、俺のことを裏切った幼馴染みと親友、そして俺のことを救ってくれたもう一人の幼馴染みの物語だ。 -- 【登場人物】 山岸 優李:裏切られた主人公 美山 奏:救った幼馴染み 坂下 羽月:裏切った幼馴染みで彼女。 北島 光輝:裏切った親友 -- この物語は『NTR』と『復讐』をテーマにしています。 ですが、過激なことはしない予定なので、あまりスカッとする復讐劇にはならないかも知れません。あと、復讐はかなり後半になると思います。 人によっては不満に思うこともあるかもです。 そう感じさせてしまったら申し訳ありません。 また、ストーリー自体はテンプレだと思います。 -- 筆者はNTRが好きではなく、純愛が好きです。 なので純愛要素も盛り込んでいきたいと考えています。 小説自体描いたのはこちらが初めてなので、読みにくい箇所が散見するかも知れません。 生暖かい目で見守って頂けたら幸いです。 ちなみにNTR的な胸糞な展開は第1章で終わる予定。

彼女の浮気相手からNTRビデオレターが送られてきたから全力で反撃しますが、今さら許してくれと言われてももう遅い

うぱー
恋愛
彼女の浮気相手からハメ撮りを送られてきたことにより、浮気されていた事実を知る。 浮気相手はサークルの女性にモテまくりの先輩だった。 裏切られていた悲しみと憎しみを糧に社会的制裁を徹底的に加えて復讐することを誓う。 ■一行あらすじ 浮気相手と彼女を地獄に落とすために頑張る話です(●´艸`)ィヒヒ

浮気したけど『ざまぁ』されなかった女の慟哭

Raccoon
恋愛
ある日夫——正樹が死んでしまった。 失意の中私——亜衣が見つけたのは一冊の黒い日記帳。 そこに書かれてあったのは私の罪。もう許されることのない罪。消えることのない罪。 この日記を最後まで読んだ時、私はどうなっているのだろうか。  浮気した妻が死んだ夫の10年分の日記読むお話。

処理中です...