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第1章
1-3 配属されたのは
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研修期間が終わり、配属された本社の庶務課に向かう。
簡単な挨拶をした朝礼の後、皆さんそれぞれデスクに戻り、業務を始めていった。
「ええっと、どうすればいいんだろう……」
一瞬戸惑ったが、すかさず頼もしい声がかかった。
「あなたはこっちきて」
「はい!」
(助かった!)
吉岡課長の魅力的な笑顔につられて後をついていく。
「早速なんだけど、あれ、ファイリングしてくれる?」
彼女が指差した一角には、台車に載ったダンボール箱の上に、資料がいっぱい詰まってそうな会社の大判の茶封筒が置いてあった。
(……ええっと、これ、ダンボールごと全部?それとも、茶封筒の部分?)
「地下の資料室まで一緒にいきましょう。ああ、台車そのまま使ってね」
(あ、全部ってことね)
流れるような動きでキーボックスから鍵を取り出した吉岡課長は、さっさと出入口へと向かう。
私はとにかく台車を押して、言われるがままに従った。
(……いきなりこんな感じで大丈夫なのかな……)
業務用エレベーターに乗り込み、先行きの不安を感じていると、また人好きのする笑顔を向けられた。
「一応重要なものはデータに残してるんだけど、お偉いさん方は紙でも残しておきたいらしくて。
とりあえず年代別に整理してるの」
「そうなんですか……」
視線を落とすと、茶封筒の表にマジックで書かれた『大帝の風』という文字が目に飛び込む。
(なんか聞いたことある……
あ、社内報か!うちにも送られてきたやつだ)
私の視線を察して、吉岡課長は言葉を繋げてくる。
「社内報、読んだ?」
どきりとした。
新入社員の心構えといったものを試されているのだろうか。
カラー印刷で数枚綴られた冊子だが、実のところ、ぺらりとめくって眺めただけで、”読んだ”とは言えない。
どう応えるのが正解なんだろう……
とっさに返答できずにいたが、吉岡課長は特に気にもしていないように続ける。
「ま、社員内でも斜め読み、って人がほとんどだと思うけど。
社内事情がわからない新入社員なら尚更、内輪の記事を読んだところでピンとこないでしょ」
「……はあ、そうですね」
気安い口調につられてつい同意してしまった。
吉岡課長はくすりと笑って、
「正直ね、私はそういうの、嫌いじゃないわよ」
その笑顔を崩さないまま、言葉を続けた。
「でも、そうじゃない人もいるから、気をつけた方がいいわね」
「! は、はい……すみません……」
つい謝ってしまった。
(そうだよね、親切な人ばかりじゃない……
みんな仕事をしにきてるんだから、厳しい人だって当然いる)
何かと許されていた学生気分からは早く抜け出して、自分を律しなければ。
「庶務課の新人には、社内報を整理してもらうことからお願いしてるの。
もちろん、これも立派な仕事よ。
別に細かい内容とか数字とかは覚える必要はないんだけど、社内報の記事を追ってると、会社の考えとか、何に重きを置いてるのか……いわゆる社風ね、そういうのが感じとれるはずだから」
吉岡課長は意味深な笑顔を浮かべて、こう付け加えた。
「社内で要領よくやっていこうと思うのなら、情報は必要だと思わない?」
ハッとした。
特に取り柄も特技もない私が、大企業でどんな仕事ができるんだろう……と、ここ数ヶ月、心の隅でもやもやとしていたことを見透かされたような気がした。
そして、「情報」という言葉に閃く。
(そうだ、バックナンバーでカレのことがわかるかも……!
あれだけ目立つ人なら、何かしらの記事になってるかもしれない)
その時ちょうど、エレベーターのドアが開く。
「お先にどうぞ」
「はい、ありがとうございます」
わずかな望みを見出し、台車を押す足取りが少しばかり軽くなる私だった。
<続>
簡単な挨拶をした朝礼の後、皆さんそれぞれデスクに戻り、業務を始めていった。
「ええっと、どうすればいいんだろう……」
一瞬戸惑ったが、すかさず頼もしい声がかかった。
「あなたはこっちきて」
「はい!」
(助かった!)
吉岡課長の魅力的な笑顔につられて後をついていく。
「早速なんだけど、あれ、ファイリングしてくれる?」
彼女が指差した一角には、台車に載ったダンボール箱の上に、資料がいっぱい詰まってそうな会社の大判の茶封筒が置いてあった。
(……ええっと、これ、ダンボールごと全部?それとも、茶封筒の部分?)
「地下の資料室まで一緒にいきましょう。ああ、台車そのまま使ってね」
(あ、全部ってことね)
流れるような動きでキーボックスから鍵を取り出した吉岡課長は、さっさと出入口へと向かう。
私はとにかく台車を押して、言われるがままに従った。
(……いきなりこんな感じで大丈夫なのかな……)
業務用エレベーターに乗り込み、先行きの不安を感じていると、また人好きのする笑顔を向けられた。
「一応重要なものはデータに残してるんだけど、お偉いさん方は紙でも残しておきたいらしくて。
とりあえず年代別に整理してるの」
「そうなんですか……」
視線を落とすと、茶封筒の表にマジックで書かれた『大帝の風』という文字が目に飛び込む。
(なんか聞いたことある……
あ、社内報か!うちにも送られてきたやつだ)
私の視線を察して、吉岡課長は言葉を繋げてくる。
「社内報、読んだ?」
どきりとした。
新入社員の心構えといったものを試されているのだろうか。
カラー印刷で数枚綴られた冊子だが、実のところ、ぺらりとめくって眺めただけで、”読んだ”とは言えない。
どう応えるのが正解なんだろう……
とっさに返答できずにいたが、吉岡課長は特に気にもしていないように続ける。
「ま、社員内でも斜め読み、って人がほとんどだと思うけど。
社内事情がわからない新入社員なら尚更、内輪の記事を読んだところでピンとこないでしょ」
「……はあ、そうですね」
気安い口調につられてつい同意してしまった。
吉岡課長はくすりと笑って、
「正直ね、私はそういうの、嫌いじゃないわよ」
その笑顔を崩さないまま、言葉を続けた。
「でも、そうじゃない人もいるから、気をつけた方がいいわね」
「! は、はい……すみません……」
つい謝ってしまった。
(そうだよね、親切な人ばかりじゃない……
みんな仕事をしにきてるんだから、厳しい人だって当然いる)
何かと許されていた学生気分からは早く抜け出して、自分を律しなければ。
「庶務課の新人には、社内報を整理してもらうことからお願いしてるの。
もちろん、これも立派な仕事よ。
別に細かい内容とか数字とかは覚える必要はないんだけど、社内報の記事を追ってると、会社の考えとか、何に重きを置いてるのか……いわゆる社風ね、そういうのが感じとれるはずだから」
吉岡課長は意味深な笑顔を浮かべて、こう付け加えた。
「社内で要領よくやっていこうと思うのなら、情報は必要だと思わない?」
ハッとした。
特に取り柄も特技もない私が、大企業でどんな仕事ができるんだろう……と、ここ数ヶ月、心の隅でもやもやとしていたことを見透かされたような気がした。
そして、「情報」という言葉に閃く。
(そうだ、バックナンバーでカレのことがわかるかも……!
あれだけ目立つ人なら、何かしらの記事になってるかもしれない)
その時ちょうど、エレベーターのドアが開く。
「お先にどうぞ」
「はい、ありがとうございます」
わずかな望みを見出し、台車を押す足取りが少しばかり軽くなる私だった。
<続>
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