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第2章
2-10 エレベーター
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「……もしかして、さ……あの日、解散した後、何かあった? 秋元くんと」
「…………!?」
(え、なんで? 私、態度に出てた? でも、疑われるようなことは……
って、た、確かに特異体験者同士なんだけど……いや、だからってそんなことを気付かれるはずは……)
0.1秒の間にそんなことが頭を巡り心臓がばくばくしたけれど、かろうじて平静を装う。
「……何か、って……特には」
「え、あのあとふたりで飲みにいったりはしなかったの?」
(! な、なんだ、そういうことを聞いてたのか……)
「あ、それは……ちょっとだけ飲み直しに行きました」
「そうなんだ、楽しかった?」
「まあ、それなりに……って、なんでそういうこと聞くんですか?」
「はは、んー、なんとなく? 気になったんだよね。ほら、秋元くんてつかみどころがないっていうか」
「あー……秋元さん、オフィスでもそんな感じなんですか?」
「そうだなあ、仕事はすごくできるんだけど……なんか、普通の会話じゃ読めないんだよね、思考や行動が」
「……なるほど」
コミュ力おばけの松平さんでも手こずるんだ……などと考えていると、松平さんは一層興味深げな笑みを浮かべた。
「で、あの秋元くんと飲んで、夏目さんは”それなりに”楽しかったんだ?」
「っ、そ、そうですね」
(迂闊なこと言っちゃったな)
「興味あるなら、今度また松平さんから誘ってみたらどうですか?
こないだのご飯も、秋元さん来てくれたんですから、そういうのは別に嫌いじゃないと思いますよ」
色々突っ込まれる前に、もっともらしいことを言って論点をずらす。
「あー、そうだね。オフィスじゃ仕事の話しか出来ない、っていうか、
秋元くんがあまり話を広げたがらないから、そうしてみようかな」
「……その時は、夏目さんも誘っていい?」
「えっ? ええっと、私は別に構いませんけど……
その、カノジョさん? も誘うんですか?」
「なんで?」
「なんで、って……カノジョさんのいない飲みの席に他の異性がいるのは、
カノジョさんが嫌な気分にならないかな、と」
「夏目さん、そういうこと気にするタイプなんだ? でも友だち同士で飲みに行くんだから、構わないんじゃない?
それに、俺の職場の集まりに誘ったところで、アイツも俺以外知り合いいないからつまんないと思うんだよね」
「……なるほど、そういう考えなんですね」
一理あるけれど、誘ってみて来るか来ないかはカノジョさんの判断次第なのにとも思う。
(それとも、前にも同じようなことがあったからなのかな)
松平さんと比べると、恋愛経験値は圧倒的に劣っているであろう私がどう思おうと何の影響もないだろう。
「ま、そういうことで、また決まったら誘うね」
「あー……」
返事に迷っているうちに、何度目か到着したエレベーターのドアが開き私たちの周りの人々が吸い込まれていく。
その人波に身を任せると、満員電車並みの箱の中に押し込められた状態でドアが閉まった。
回数表示の電光掲示板に視線を向けると、いつの間にか向かい合わせに立っていた松平さんと目が合った。
「苦しくない?」
柔らかい笑顔で声を潜めてそっと尋ねる松平さんに、ゆっくりと首を振った。
「……大丈夫です」
(こういうところも気遣いの人なんだよな……まあ、私が周りよりも小さいから見兼ねて、ってとこだろうけど)
ほぼ各階停車の箱は、人々を降ろすたびに少しずつ呼吸が楽になってくる。
松平さんの部署の階に止まり、ドアが開くと同時にポンと肩を叩かれた。
「じゃ、お先に」
爽やかな笑顔を残し、速やかに出ていく。
降りる人が落ち着くと、入れ替わりに誰かが乗り込んできた。
(珍しいな、この時間に途中の階から……って、あ)
頭ひとつ背の高い人影は、紛れもなく秋元さんだった。
箱の奥まで進むと、人影に隠れていた私に視線が止まる。
「……あ……どうも」
「お、おはようございます」
ドアが閉じ、箱が上昇し始めると秋元さんも電光掲示板に視線を移した。
「……上の階に用事ですか」
なんとなく気になったので、小声で口にしてみる。
「……はい。下から直接上まで行くつもりだったんですけど、つい、いつもの階で降りてしまいました」
「……ふっ」
(っ、つい吹き出してしまった)
慌てて口を塞いだけれど、静かなモーター音だけ響く箱の中ではもう手遅れだ。
「……笑わせるつもりはなかったんですけど」
「す、すみません、つい……私もたまにやりますので」
「……だったらなおさら笑うところじゃありませんよね」
「……すみません」
(怒らせちゃったかな)
ちらりと見上げると、咎める言葉とは裏腹に、楽し気に目元を緩ませ見下ろしていた視線とぶつかる。
(……!)
不意に目が合った動揺で、固まる。
ポーン、と到着のチャイムが鳴り、箱のドアが開いた。
(助かった!)
「あ、ここで降ります、それじゃ……」
目を逸らすきっかけにほっとしながら進むと、秋元さんも動いた。
「……俺も、ここ」
「…………!?」
(え、なんで? 私、態度に出てた? でも、疑われるようなことは……
って、た、確かに特異体験者同士なんだけど……いや、だからってそんなことを気付かれるはずは……)
0.1秒の間にそんなことが頭を巡り心臓がばくばくしたけれど、かろうじて平静を装う。
「……何か、って……特には」
「え、あのあとふたりで飲みにいったりはしなかったの?」
(! な、なんだ、そういうことを聞いてたのか……)
「あ、それは……ちょっとだけ飲み直しに行きました」
「そうなんだ、楽しかった?」
「まあ、それなりに……って、なんでそういうこと聞くんですか?」
「はは、んー、なんとなく? 気になったんだよね。ほら、秋元くんてつかみどころがないっていうか」
「あー……秋元さん、オフィスでもそんな感じなんですか?」
「そうだなあ、仕事はすごくできるんだけど……なんか、普通の会話じゃ読めないんだよね、思考や行動が」
「……なるほど」
コミュ力おばけの松平さんでも手こずるんだ……などと考えていると、松平さんは一層興味深げな笑みを浮かべた。
「で、あの秋元くんと飲んで、夏目さんは”それなりに”楽しかったんだ?」
「っ、そ、そうですね」
(迂闊なこと言っちゃったな)
「興味あるなら、今度また松平さんから誘ってみたらどうですか?
こないだのご飯も、秋元さん来てくれたんですから、そういうのは別に嫌いじゃないと思いますよ」
色々突っ込まれる前に、もっともらしいことを言って論点をずらす。
「あー、そうだね。オフィスじゃ仕事の話しか出来ない、っていうか、
秋元くんがあまり話を広げたがらないから、そうしてみようかな」
「……その時は、夏目さんも誘っていい?」
「えっ? ええっと、私は別に構いませんけど……
その、カノジョさん? も誘うんですか?」
「なんで?」
「なんで、って……カノジョさんのいない飲みの席に他の異性がいるのは、
カノジョさんが嫌な気分にならないかな、と」
「夏目さん、そういうこと気にするタイプなんだ? でも友だち同士で飲みに行くんだから、構わないんじゃない?
それに、俺の職場の集まりに誘ったところで、アイツも俺以外知り合いいないからつまんないと思うんだよね」
「……なるほど、そういう考えなんですね」
一理あるけれど、誘ってみて来るか来ないかはカノジョさんの判断次第なのにとも思う。
(それとも、前にも同じようなことがあったからなのかな)
松平さんと比べると、恋愛経験値は圧倒的に劣っているであろう私がどう思おうと何の影響もないだろう。
「ま、そういうことで、また決まったら誘うね」
「あー……」
返事に迷っているうちに、何度目か到着したエレベーターのドアが開き私たちの周りの人々が吸い込まれていく。
その人波に身を任せると、満員電車並みの箱の中に押し込められた状態でドアが閉まった。
回数表示の電光掲示板に視線を向けると、いつの間にか向かい合わせに立っていた松平さんと目が合った。
「苦しくない?」
柔らかい笑顔で声を潜めてそっと尋ねる松平さんに、ゆっくりと首を振った。
「……大丈夫です」
(こういうところも気遣いの人なんだよな……まあ、私が周りよりも小さいから見兼ねて、ってとこだろうけど)
ほぼ各階停車の箱は、人々を降ろすたびに少しずつ呼吸が楽になってくる。
松平さんの部署の階に止まり、ドアが開くと同時にポンと肩を叩かれた。
「じゃ、お先に」
爽やかな笑顔を残し、速やかに出ていく。
降りる人が落ち着くと、入れ替わりに誰かが乗り込んできた。
(珍しいな、この時間に途中の階から……って、あ)
頭ひとつ背の高い人影は、紛れもなく秋元さんだった。
箱の奥まで進むと、人影に隠れていた私に視線が止まる。
「……あ……どうも」
「お、おはようございます」
ドアが閉じ、箱が上昇し始めると秋元さんも電光掲示板に視線を移した。
「……上の階に用事ですか」
なんとなく気になったので、小声で口にしてみる。
「……はい。下から直接上まで行くつもりだったんですけど、つい、いつもの階で降りてしまいました」
「……ふっ」
(っ、つい吹き出してしまった)
慌てて口を塞いだけれど、静かなモーター音だけ響く箱の中ではもう手遅れだ。
「……笑わせるつもりはなかったんですけど」
「す、すみません、つい……私もたまにやりますので」
「……だったらなおさら笑うところじゃありませんよね」
「……すみません」
(怒らせちゃったかな)
ちらりと見上げると、咎める言葉とは裏腹に、楽し気に目元を緩ませ見下ろしていた視線とぶつかる。
(……!)
不意に目が合った動揺で、固まる。
ポーン、と到着のチャイムが鳴り、箱のドアが開いた。
(助かった!)
「あ、ここで降ります、それじゃ……」
目を逸らすきっかけにほっとしながら進むと、秋元さんも動いた。
「……俺も、ここ」
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