上 下
20 / 31
第2章

2-10 エレベーター

しおりを挟む
「……もしかして、さ……あの日、解散した後、何かあった? 秋元くんと」

「…………!?」

(え、なんで? 私、態度に出てた? でも、疑われるようなことは……

って、た、確かに特異体験者同士なんだけど……いや、だからってそんなことを気付かれるはずは……)

0.1秒の間にそんなことが頭を巡り心臓がばくばくしたけれど、かろうじて平静を装う。

「……何か、って……特には」

「え、あのあとふたりで飲みにいったりはしなかったの?」

(! な、なんだ、そういうことを聞いてたのか……)

「あ、それは……ちょっとだけ飲み直しに行きました」

「そうなんだ、楽しかった?」

「まあ、それなりに……って、なんでそういうこと聞くんですか?」

「はは、んー、なんとなく? 気になったんだよね。ほら、秋元くんてつかみどころがないっていうか」

「あー……秋元さん、オフィスでもそんな感じなんですか?」

「そうだなあ、仕事はすごくできるんだけど……なんか、普通の会話じゃ読めないんだよね、思考や行動が」

「……なるほど」

コミュ力おばけの松平さんでも手こずるんだ……などと考えていると、松平さんは一層興味深げな笑みを浮かべた。

「で、あの秋元くんと飲んで、夏目さんは”それなりに”楽しかったんだ?」

「っ、そ、そうですね」

(迂闊なこと言っちゃったな)

「興味あるなら、今度また松平さんから誘ってみたらどうですか?

こないだのご飯も、秋元さん来てくれたんですから、そういうのは別に嫌いじゃないと思いますよ」

色々突っ込まれる前に、もっともらしいことを言って論点をずらす。

「あー、そうだね。オフィスじゃ仕事の話しか出来ない、っていうか、

秋元くんがあまり話を広げたがらないから、そうしてみようかな」

「……その時は、夏目さんも誘っていい?」

「えっ? ええっと、私は別に構いませんけど……

その、カノジョさん? も誘うんですか?」

「なんで?」

「なんで、って……カノジョさんのいない飲みの席に他の異性がいるのは、

カノジョさんが嫌な気分にならないかな、と」

「夏目さん、そういうこと気にするタイプなんだ? でも友だち同士で飲みに行くんだから、構わないんじゃない?

それに、俺の職場の集まりに誘ったところで、アイツも俺以外知り合いいないからつまんないと思うんだよね」

「……なるほど、そういう考えなんですね」

一理あるけれど、誘ってみて来るか来ないかはカノジョさんの判断次第なのにとも思う。

(それとも、前にも同じようなことがあったからなのかな)

松平さんと比べると、恋愛経験値は圧倒的に劣っているであろう私がどう思おうと何の影響もないだろう。

「ま、そういうことで、また決まったら誘うね」

「あー……」

返事に迷っているうちに、何度目か到着したエレベーターのドアが開き私たちの周りの人々が吸い込まれていく。

その人波に身を任せると、満員電車並みの箱の中に押し込められた状態でドアが閉まった。



回数表示の電光掲示板に視線を向けると、いつの間にか向かい合わせに立っていた松平さんと目が合った。

「苦しくない?」

柔らかい笑顔で声を潜めてそっと尋ねる松平さんに、ゆっくりと首を振った。

「……大丈夫です」

(こういうところも気遣いの人なんだよな……まあ、私が周りよりも小さいから見兼ねて、ってとこだろうけど)

ほぼ各階停車の箱は、人々を降ろすたびに少しずつ呼吸が楽になってくる。

松平さんの部署の階に止まり、ドアが開くと同時にポンと肩を叩かれた。

「じゃ、お先に」

爽やかな笑顔を残し、速やかに出ていく。

降りる人が落ち着くと、入れ替わりに誰かが乗り込んできた。

(珍しいな、この時間に途中の階から……って、あ)

頭ひとつ背の高い人影は、紛れもなく秋元さんだった。

箱の奥まで進むと、人影に隠れていた私に視線が止まる。

「……あ……どうも」

「お、おはようございます」

ドアが閉じ、箱が上昇し始めると秋元さんも電光掲示板に視線を移した。

「……上の階に用事ですか」

なんとなく気になったので、小声で口にしてみる。

「……はい。下から直接上まで行くつもりだったんですけど、つい、いつもの階で降りてしまいました」

「……ふっ」

(っ、つい吹き出してしまった)

慌てて口を塞いだけれど、静かなモーター音だけ響く箱の中ではもう手遅れだ。

「……笑わせるつもりはなかったんですけど」

「す、すみません、つい……私もたまにやりますので」

「……だったらなおさら笑うところじゃありませんよね」

「……すみません」

(怒らせちゃったかな)

ちらりと見上げると、咎める言葉とは裏腹に、楽し気に目元を緩ませ見下ろしていた視線とぶつかる。

(……!)

不意に目が合った動揺で、固まる。



ポーン、と到着のチャイムが鳴り、箱のドアが開いた。

(助かった!)

「あ、ここで降ります、それじゃ……」

目を逸らすきっかけにほっとしながら進むと、秋元さんも動いた。

「……俺も、ここ」









しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

私は何人とヤれば解放されるんですか?

ヘロディア
恋愛
初恋の人を探して貴族に仕えることを選んだ主人公。しかし、彼女に与えられた仕事とは、貴族たちの夜中の相手だった…

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

処理中です...