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短編 国慶節編1

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1998年9月 大連


 10月1日は国慶節(建国記念日)だ。

 国慶節から数日間は中国全土でどこも休暇に入るのだが、今年は中秋節が10月5日になったので、お祭りムードが更に盛り上がっている。

 というのも、ほとんどの企業や学校で5連休になったせいだ。

 中秋の名月は日本ではスーパーで月見団子が売られてニュースで満月が映る程度のものだが、中国では中秋節はかなり重要な伝統祝日で、その祝い方は日本の比にならないほど盛大だ。

 孝弘と祐樹にもたくさんのスタッフから月餅が贈られ、部屋には赤や金の箱が積み上がることになった。

 大連に来てからまだ1ヶ月経たないのでそう大した量ではないのだが、日本人の感覚からすると9個入りの箱を一人暮らしでそんなに貰っても…とつい思ってしまう。

 なぜ9個かと言えば、9の発音が久(jiu)と同じで縁起がいいという掛け言葉の考え方によるものだ。

 春節(旧正月)と同じく農暦(旧暦)で祝う中秋節は毎年日付が変わるから、日本人にはあまりなじまないのだが、そんなこととは関係なく、孝弘と祐樹にとっては忘れられない祝日になっている。

 まだ留学生だった孝弘が初めて祐樹に触れたのが、中秋節の夜だった。あれから5年も経って二人で過ごせる日が来るなんて、祐樹は想像したこともなかったのだ。

 ともあれ二人にとっても、国慶節休暇は10月1日から5日まで5連休になった。


「どうする、祐樹? 国慶節休暇に一時帰国するなら申請書を出すようにって青木さんが言ってたけど」

「うーん。どうしようかな…」
 祐樹はちょっと首を傾げて考える。

 日本を出てまだひと月半ほどで、ホームシックなどなるわけもなく、なんだか中途半端な感じだった。

「まだ帰国しなくてもいいかって感じだよね」
「そうなんだよな」

 そう答える孝弘に至っては留学中は2年に1回ほどしか帰国していない。仕事を始めてからはもう少し頻繁に日本に行くが、仕事なので実家に寄ることはまれだった。

「青木さんはどうするって?」
「上海に行ってみたいって奥さんが言うから家族旅行するって。先週、チケットとホテル手配したよ」

 その辺りの手配は相変わらず、孝弘が頼りにされているようだ。

 青木は妻と小学生の子供二人と一緒に家族帯同で赴任してきた。奥さんはまったく中国語が話せないが、大連の街はそれなりに気に入って、中国人の阿姨(アーイー)(メイド)ともうまくやっているらしい。

「ふうん。家族旅行か…」
「祐樹は? 日本に帰らないなら、どこか行ってみたいところとかある?」

 孝弘の問いかけに、祐樹は困った顔になった。

「うーん…。実はあんまりよく知らないんだよね。正直、中国に興味ないから。でも仕事で赴任してるからそれなりに詳しくなってはいるけど、観光とかほとんどしたことないよ」

 そうなのだ、祐樹自身は中国に興味を持ったことなどなく、社命だから住んでいるだけなのだ。
 
 そして住んでみればとんでもなくおかしな国で、不思議な魅力があるのも事実だった。ただ仕事をする上ではそれがプラスに働くのかマイナスに働くのか、よく読めないのが困ったところだ。

「それに長期休暇だから混んでるんじゃないの?」

「中国人も帰省の時期だから農村に向かう列車とかはめちゃくちゃ混雑するけど、都心部の飛行機とかはまだ空いてるよ。外国人用のホテルは満室になることなんかほとんどないし」

 外貨獲得政策で外国人が泊まるホテルは中国人が泊まるホテルとはある程度分けられているので、中国人用の宿が混んでいても外国人が泊まれないということはほとんど起きない。

 ごくまれに辺境の観光地で外国人用ホテルの数が少なくて、泊まれずに往生するという事態は起きるけれども、祐樹はそんな辺境などには興味を持たないだろう。

「そうなんだ。孝弘は? 行ってみたいところってある?」
「んー。そりゃあるけど、俺の希望のとこでいいの?」

「うん。どこもほとんど知らないし行ったことないし、こないだ連れてってもらった香港もすごく楽しかったし」

 香港なんか出張で両手の指に余るほど行っているのに、孝弘と一緒に行ったあの旅行は祐樹の知らない香港が目白押しだった。まるで違う国に連れて行かれたみたいだった。

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