39 / 46
三里屯《サンリトン》デート あの日、北京の街角で番外編
しおりを挟む
「高橋さん、まえに三里屯行ってみたいって言ってただろ。週末、飲みに行かない? ぞぞむも一緒に」
アルバイト帰り、孝弘がめずらしく酒を飲みに祐樹を誘ってきた。
三里屯は昼間はしずかな大使館街だが、夜になると各国の大使館員向けにバーやステージ付きのライブハウスやこじゃれた洋食レストランが開店する夜遊びスポットになる。
先週、一緒に夕食を食べたときにそんな話を振っておいたが、孝弘は覚えていてくれたらしい。律儀に誘ってくれるまじめさがかわいいと思う。
「三里屯のバーは、高橋さんが行くようなホテルのバーとは全然ふんいき違うけど、おもしろい酒がいろいろ飲めるよ」
「そうなんだ。楽しそう」
「で、今週末、そこのステージで友達がちょっとライブするから見に来てって誘われたから、高橋さんもどう?」
「じゃあ行こうかな。どこに行けばいいの?」
夜7時に祐樹のマンション前で待ち合わせた。
孝弘は心配性なのかまめなのか、夜に出かけるときはたいてい祐樹を送り迎えしてくれる。
それがデートみたいと思っているのは、もちろん内緒だ。単純に中国語があまり話せない祐樹を気遣ってくれているだけなのは理解している。
孝弘の友達はフィリピン人のバンドメンバー4人で、陽気で明るい歌声の女性1人と男性3人のバンドだった。
店のいちばん奥に造られた小さなステージで、洋楽の最新ヒットチャートを3曲演奏したあと、スタンダードナンバーをメドレーで歌って、けっこうな盛り上がりを見せた。
普段は崇文区の三つ星ホテルのバーで演奏しているらしい。
孝弘とはぞぞむと一緒に飲みに行って話をするうち親しくなって、彼らの部屋に遊びに行く仲になったという。そのホテルの部屋に住み込んで専属契約しているというのだから、なかなかの好条件と言えるだろう。
そういう遊び方をして友達になるというのがちょっと意外な気がして、祐樹は孝弘の新たな一面を見た思いでジンバックに口をつけた。ビール好きの孝弘もきょうはソルティドックを頼んでいる。
カクテルは北京語で鶏尾酒(ジーウェイジュウ)というが、漢字表記になると馬丁尼(マティーニ)やら威士忌索爾(ウィスキーサワー)やら金菲司(ジンフィズ)という感じでクイズのようだ。
店に入ったころは4人がけのテーブル席に、ぞぞむと孝弘、向かいに祐樹が座っていたが、ぞぞむは顔が広いのかあちこちのテーブルから声をかけられていて席に戻ってくる暇はなさそうだ。
孝弘と向かい合って、夕食にと頼んだパスタや生ハムサラダやシーフードグラタンをシェアして食べる。たしかに中国を感じさせない味だった。
「あ、おいしい」
「ここは日本人オーナーの店なんだ。シェフも日本人」
「へえ。こういう店は初めて来たよ。けっこういいね」
「うん、まともな洋食が食べれるだろ。カクテルの味はわからないけど、けっこういろいろあるから高橋さんには合うのかなと思って誘ったんだ」
「上野くん、こういうお店とか、けっこう飲みに行ったりするんだ。ちょっと意外?」
「というか、ぞぞむが好きなんだよね、こういうの。俺も飲みに行くの嫌いじゃないから誘われたら行くって感じなんだけど、ぞぞむの場合は遊びというか…人脈作り?」
「人脈作り?」
「そう、そういうとこで遊んでるリッチな中国人とかと知り合うための場っていうか。あいつ、けっこう派手に遊んでるけど、将来中国で起業したいみたいで、いろいろ顔が広いんだ」
「へえ、すごいね。そういうこと考えてるんだ。彼、いくつだっけ?」
向こうのテーブルで何か話して盛り上がっているぞぞむに目を向ける。高橋にとっては人好きのする笑顔でおおらかな性格、という印象だ。
「こないだ22歳になったとこ。中国式の誕生祝い、わざわざ開いたんだ。けっこう盛大だったよ。それも人脈作りのうちみたい」
「中国式の誕生祝いってなに?」
「日本と違って、誕生日の人が周りの人を招待して食事をおごるんだ、こっちでは」
「そうなの? 知らかなった」
いろいろな習慣の違いがあるものだ。
何人もの食事代を払うとなるといくら中国の物価が安いとは言ってもけっこうな金額だろうに、それを負担してもいいと思う人脈を作っているようだ。
留学生にもいろいろあるが、孝弘やぞぞむは将来をしっかり見据えていて、かなりやる気があるタイプだ。孝弘は努力家でしっかり者だし、ぞぞむはおそらく行動力があって社交的なのだろう。
タイプは違っても人を惹きつけるふたりだ。きっと気が合うだろうと祐樹にもわかる。
孝弘と同室で一緒に勉強したり遊んだりして、もしかしたら将来なにか仕事をしたりするかもしれない。中国と積極的に関わっていこうとするふたりの、まだ見ぬ未来を想像する。
ちくりと胸が痛んで、祐樹ははっとした。
いま、ぞぞむに嫉妬した。
それを自覚して、バカバカしいと苦く思う。
半年間と期限が決まっている研修だ。
楽しく遊んでこっそりデート気分を味わおうとおもっているだけの相手に、本気になってはいけない。7月も半ばを過ぎて、研修期間は残り3ヵ月ほどだ。
「まだ足りないでしょ、何か追加しようか。高橋さん、とろとろオムライスとライスボールだったらどっちがいい? ピザとかもあるけど」
何も知らない孝弘がフードメニューを開いて祐樹を覗きこむ。考えるふりで祐樹はあいまいに微笑んだ。動揺を悟られないよう、目線を伏せてあえてゆっくりグラスを傾ける。
「オムライスがいいかな。ほかは任せるから、上野くんが適当に頼んで」
目があった瞬間、孝弘の手がすっと伸びてきて祐樹の髪をさらりと撫でた。一瞬どきっとしたが、孝弘があわててごめん、と言ったのでなんとか平静をよそおって、いいよと笑う。
「なんか高橋さんの髪、撫でたくなるっていうか。ごめん、へんなことして。中国の水って髪がぱさぱさになるのに、高橋さんの髪ってきれいだよな」
孝弘がみょうにしどろもどろになるのがおかしい。
慣れないカクテルで酔っているのかもしれない。すうっと頬が赤くなったのがかわいいと思う。
「カクテルで酔った? 上野くん、顔が赤いよ。めずらしいね」
照れてそっぽを向く横顔を目に焼き付けながら、祐樹は押し殺したため息とともにジンを苦く飲み下した。
完
アルバイト帰り、孝弘がめずらしく酒を飲みに祐樹を誘ってきた。
三里屯は昼間はしずかな大使館街だが、夜になると各国の大使館員向けにバーやステージ付きのライブハウスやこじゃれた洋食レストランが開店する夜遊びスポットになる。
先週、一緒に夕食を食べたときにそんな話を振っておいたが、孝弘は覚えていてくれたらしい。律儀に誘ってくれるまじめさがかわいいと思う。
「三里屯のバーは、高橋さんが行くようなホテルのバーとは全然ふんいき違うけど、おもしろい酒がいろいろ飲めるよ」
「そうなんだ。楽しそう」
「で、今週末、そこのステージで友達がちょっとライブするから見に来てって誘われたから、高橋さんもどう?」
「じゃあ行こうかな。どこに行けばいいの?」
夜7時に祐樹のマンション前で待ち合わせた。
孝弘は心配性なのかまめなのか、夜に出かけるときはたいてい祐樹を送り迎えしてくれる。
それがデートみたいと思っているのは、もちろん内緒だ。単純に中国語があまり話せない祐樹を気遣ってくれているだけなのは理解している。
孝弘の友達はフィリピン人のバンドメンバー4人で、陽気で明るい歌声の女性1人と男性3人のバンドだった。
店のいちばん奥に造られた小さなステージで、洋楽の最新ヒットチャートを3曲演奏したあと、スタンダードナンバーをメドレーで歌って、けっこうな盛り上がりを見せた。
普段は崇文区の三つ星ホテルのバーで演奏しているらしい。
孝弘とはぞぞむと一緒に飲みに行って話をするうち親しくなって、彼らの部屋に遊びに行く仲になったという。そのホテルの部屋に住み込んで専属契約しているというのだから、なかなかの好条件と言えるだろう。
そういう遊び方をして友達になるというのがちょっと意外な気がして、祐樹は孝弘の新たな一面を見た思いでジンバックに口をつけた。ビール好きの孝弘もきょうはソルティドックを頼んでいる。
カクテルは北京語で鶏尾酒(ジーウェイジュウ)というが、漢字表記になると馬丁尼(マティーニ)やら威士忌索爾(ウィスキーサワー)やら金菲司(ジンフィズ)という感じでクイズのようだ。
店に入ったころは4人がけのテーブル席に、ぞぞむと孝弘、向かいに祐樹が座っていたが、ぞぞむは顔が広いのかあちこちのテーブルから声をかけられていて席に戻ってくる暇はなさそうだ。
孝弘と向かい合って、夕食にと頼んだパスタや生ハムサラダやシーフードグラタンをシェアして食べる。たしかに中国を感じさせない味だった。
「あ、おいしい」
「ここは日本人オーナーの店なんだ。シェフも日本人」
「へえ。こういう店は初めて来たよ。けっこういいね」
「うん、まともな洋食が食べれるだろ。カクテルの味はわからないけど、けっこういろいろあるから高橋さんには合うのかなと思って誘ったんだ」
「上野くん、こういうお店とか、けっこう飲みに行ったりするんだ。ちょっと意外?」
「というか、ぞぞむが好きなんだよね、こういうの。俺も飲みに行くの嫌いじゃないから誘われたら行くって感じなんだけど、ぞぞむの場合は遊びというか…人脈作り?」
「人脈作り?」
「そう、そういうとこで遊んでるリッチな中国人とかと知り合うための場っていうか。あいつ、けっこう派手に遊んでるけど、将来中国で起業したいみたいで、いろいろ顔が広いんだ」
「へえ、すごいね。そういうこと考えてるんだ。彼、いくつだっけ?」
向こうのテーブルで何か話して盛り上がっているぞぞむに目を向ける。高橋にとっては人好きのする笑顔でおおらかな性格、という印象だ。
「こないだ22歳になったとこ。中国式の誕生祝い、わざわざ開いたんだ。けっこう盛大だったよ。それも人脈作りのうちみたい」
「中国式の誕生祝いってなに?」
「日本と違って、誕生日の人が周りの人を招待して食事をおごるんだ、こっちでは」
「そうなの? 知らかなった」
いろいろな習慣の違いがあるものだ。
何人もの食事代を払うとなるといくら中国の物価が安いとは言ってもけっこうな金額だろうに、それを負担してもいいと思う人脈を作っているようだ。
留学生にもいろいろあるが、孝弘やぞぞむは将来をしっかり見据えていて、かなりやる気があるタイプだ。孝弘は努力家でしっかり者だし、ぞぞむはおそらく行動力があって社交的なのだろう。
タイプは違っても人を惹きつけるふたりだ。きっと気が合うだろうと祐樹にもわかる。
孝弘と同室で一緒に勉強したり遊んだりして、もしかしたら将来なにか仕事をしたりするかもしれない。中国と積極的に関わっていこうとするふたりの、まだ見ぬ未来を想像する。
ちくりと胸が痛んで、祐樹ははっとした。
いま、ぞぞむに嫉妬した。
それを自覚して、バカバカしいと苦く思う。
半年間と期限が決まっている研修だ。
楽しく遊んでこっそりデート気分を味わおうとおもっているだけの相手に、本気になってはいけない。7月も半ばを過ぎて、研修期間は残り3ヵ月ほどだ。
「まだ足りないでしょ、何か追加しようか。高橋さん、とろとろオムライスとライスボールだったらどっちがいい? ピザとかもあるけど」
何も知らない孝弘がフードメニューを開いて祐樹を覗きこむ。考えるふりで祐樹はあいまいに微笑んだ。動揺を悟られないよう、目線を伏せてあえてゆっくりグラスを傾ける。
「オムライスがいいかな。ほかは任せるから、上野くんが適当に頼んで」
目があった瞬間、孝弘の手がすっと伸びてきて祐樹の髪をさらりと撫でた。一瞬どきっとしたが、孝弘があわててごめん、と言ったのでなんとか平静をよそおって、いいよと笑う。
「なんか高橋さんの髪、撫でたくなるっていうか。ごめん、へんなことして。中国の水って髪がぱさぱさになるのに、高橋さんの髪ってきれいだよな」
孝弘がみょうにしどろもどろになるのがおかしい。
慣れないカクテルで酔っているのかもしれない。すうっと頬が赤くなったのがかわいいと思う。
「カクテルで酔った? 上野くん、顔が赤いよ。めずらしいね」
照れてそっぽを向く横顔を目に焼き付けながら、祐樹は押し殺したため息とともにジンを苦く飲み下した。
完
6
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説
あの日、北京の街角で4 大連デイズ
ゆまは なお
BL
『あの日、北京の街角で』続編。
先に『あの日、北京の街角で』をご覧くださいm(__)m
https://www.alphapolis.co.jp/novel/28475021/523219176
大連で始まる孝弘と祐樹の駐在員生活。
2人のラブラブな日常をお楽しみください。
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)
夏目碧央
BL
兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。
ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?
キンモクセイは夏の記憶とともに
広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。
小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。
田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。
そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。
純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。
しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。
「俺になんてもったいない!」
素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。
性描写のある話は【※】をつけていきます。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした
亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。
カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。
(悪役モブ♀が出てきます)
(他サイトに2021年〜掲載済)
Ωの不幸は蜜の味
grotta
BL
俺はΩだけどαとつがいになることが出来ない。うなじに火傷を負ってフェロモン受容機能が損なわれたから噛まれてもつがいになれないのだ――。
Ωの川西望はこれまで不幸な恋ばかりしてきた。
そんな自分でも良いと言ってくれた相手と結婚することになるも、直前で婚約は破棄される。
何もかも諦めかけた時、望に同居を持ちかけてきたのはマンションのオーナーである北条雪哉だった。
6千文字程度のショートショート。
思いついてダダっと書いたので設定ゆるいです。
幼馴染は僕を選ばない。
佳乃
BL
ずっと続くと思っていた〈腐れ縁〉は〈腐った縁〉だった。
僕は好きだったのに、ずっと一緒にいられると思っていたのに。
僕がいた場所は僕じゃ無い誰かの場所となり、繋がっていると思っていた縁は腐り果てて切れてしまった。
好きだった。
好きだった。
好きだった。
離れることで断ち切った縁。
気付いた時に断ち切られていた縁。
辛いのは、苦しいのは彼なのか、僕なのか…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる