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三里屯《サンリトン》デート  あの日、北京の街角で番外編

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「高橋さん、まえに三里屯行ってみたいって言ってただろ。週末、飲みに行かない? ぞぞむも一緒に」

 アルバイト帰り、孝弘がめずらしく酒を飲みに祐樹を誘ってきた。

 三里屯は昼間はしずかな大使館街だが、夜になると各国の大使館員向けにバーやステージ付きのライブハウスやこじゃれた洋食レストランが開店する夜遊びスポットになる。

 先週、一緒に夕食を食べたときにそんな話を振っておいたが、孝弘は覚えていてくれたらしい。律儀に誘ってくれるまじめさがかわいいと思う。

「三里屯のバーは、高橋さんが行くようなホテルのバーとは全然ふんいき違うけど、おもしろい酒がいろいろ飲めるよ」

「そうなんだ。楽しそう」
「で、今週末、そこのステージで友達がちょっとライブするから見に来てって誘われたから、高橋さんもどう?」

「じゃあ行こうかな。どこに行けばいいの?」
 夜7時に祐樹のマンション前で待ち合わせた。

 孝弘は心配性なのかまめなのか、夜に出かけるときはたいてい祐樹を送り迎えしてくれる。

 それがデートみたいと思っているのは、もちろん内緒だ。単純に中国語があまり話せない祐樹を気遣ってくれているだけなのは理解している。


 孝弘の友達はフィリピン人のバンドメンバー4人で、陽気で明るい歌声の女性1人と男性3人のバンドだった。

 店のいちばん奥に造られた小さなステージで、洋楽の最新ヒットチャートを3曲演奏したあと、スタンダードナンバーをメドレーで歌って、けっこうな盛り上がりを見せた。

 普段は崇文区の三つ星ホテルのバーで演奏しているらしい。

 孝弘とはぞぞむと一緒に飲みに行って話をするうち親しくなって、彼らの部屋に遊びに行く仲になったという。そのホテルの部屋に住み込んで専属契約しているというのだから、なかなかの好条件と言えるだろう。

 そういう遊び方をして友達になるというのがちょっと意外な気がして、祐樹は孝弘の新たな一面を見た思いでジンバックに口をつけた。ビール好きの孝弘もきょうはソルティドックを頼んでいる。

 カクテルは北京語で鶏尾酒(ジーウェイジュウ)というが、漢字表記になると馬丁尼(マティーニ)やら威士忌索爾(ウィスキーサワー)やら金菲司(ジンフィズ)という感じでクイズのようだ。

 店に入ったころは4人がけのテーブル席に、ぞぞむと孝弘、向かいに祐樹が座っていたが、ぞぞむは顔が広いのかあちこちのテーブルから声をかけられていて席に戻ってくる暇はなさそうだ。

 孝弘と向かい合って、夕食にと頼んだパスタや生ハムサラダやシーフードグラタンをシェアして食べる。たしかに中国を感じさせない味だった。

「あ、おいしい」
「ここは日本人オーナーの店なんだ。シェフも日本人」

「へえ。こういう店は初めて来たよ。けっこういいね」
「うん、まともな洋食が食べれるだろ。カクテルの味はわからないけど、けっこういろいろあるから高橋さんには合うのかなと思って誘ったんだ」

「上野くん、こういうお店とか、けっこう飲みに行ったりするんだ。ちょっと意外?」

「というか、ぞぞむが好きなんだよね、こういうの。俺も飲みに行くの嫌いじゃないから誘われたら行くって感じなんだけど、ぞぞむの場合は遊びというか…人脈作り?」

「人脈作り?」

「そう、そういうとこで遊んでるリッチな中国人とかと知り合うための場っていうか。あいつ、けっこう派手に遊んでるけど、将来中国で起業したいみたいで、いろいろ顔が広いんだ」

「へえ、すごいね。そういうこと考えてるんだ。彼、いくつだっけ?」

 向こうのテーブルで何か話して盛り上がっているぞぞむに目を向ける。高橋にとっては人好きのする笑顔でおおらかな性格、という印象だ。

「こないだ22歳になったとこ。中国式の誕生祝い、わざわざ開いたんだ。けっこう盛大だったよ。それも人脈作りのうちみたい」

「中国式の誕生祝いってなに?」
「日本と違って、誕生日の人が周りの人を招待して食事をおごるんだ、こっちでは」

「そうなの? 知らかなった」
 いろいろな習慣の違いがあるものだ。

 何人もの食事代を払うとなるといくら中国の物価が安いとは言ってもけっこうな金額だろうに、それを負担してもいいと思う人脈を作っているようだ。

  留学生にもいろいろあるが、孝弘やぞぞむは将来をしっかり見据えていて、かなりやる気があるタイプだ。孝弘は努力家でしっかり者だし、ぞぞむはおそらく行動力があって社交的なのだろう。

 タイプは違っても人を惹きつけるふたりだ。きっと気が合うだろうと祐樹にもわかる。

 孝弘と同室で一緒に勉強したり遊んだりして、もしかしたら将来なにか仕事をしたりするかもしれない。中国と積極的に関わっていこうとするふたりの、まだ見ぬ未来を想像する。

 ちくりと胸が痛んで、祐樹ははっとした。
 いま、ぞぞむに嫉妬した。

 それを自覚して、バカバカしいと苦く思う。
 半年間と期限が決まっている研修だ。

 楽しく遊んでこっそりデート気分を味わおうとおもっているだけの相手に、本気になってはいけない。7月も半ばを過ぎて、研修期間は残り3ヵ月ほどだ。

「まだ足りないでしょ、何か追加しようか。高橋さん、とろとろオムライスとライスボールだったらどっちがいい? ピザとかもあるけど」

 何も知らない孝弘がフードメニューを開いて祐樹を覗きこむ。考えるふりで祐樹はあいまいに微笑んだ。動揺を悟られないよう、目線を伏せてあえてゆっくりグラスを傾ける。

「オムライスがいいかな。ほかは任せるから、上野くんが適当に頼んで」

 目があった瞬間、孝弘の手がすっと伸びてきて祐樹の髪をさらりと撫でた。一瞬どきっとしたが、孝弘があわててごめん、と言ったのでなんとか平静をよそおって、いいよと笑う。

「なんか高橋さんの髪、撫でたくなるっていうか。ごめん、へんなことして。中国の水って髪がぱさぱさになるのに、高橋さんの髪ってきれいだよな」 

 孝弘がみょうにしどろもどろになるのがおかしい。

 慣れないカクテルで酔っているのかもしれない。すうっと頬が赤くなったのがかわいいと思う。

「カクテルで酔った? 上野くん、顔が赤いよ。めずらしいね」

 照れてそっぽを向く横顔を目に焼き付けながら、祐樹は押し殺したため息とともにジンを苦く飲み下した。


 完

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