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第2章-8

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「孝弘さあ、俺と一緒に会社やってみねえ?」

 串焼屋で炭火のうえに何本も羊肉の串を並べながら、何の気負いもなさそうな気楽な声でぞぞむは言ったのだ。

 並べた羊肉にクミンと花椒(ホァジャオ)をたっぷり振りかけて、孝弘は顔をあげた。

「なんの会社?」
「中国雑貨の卸って感じかな。こっちで仕入れて、日本の雑貨店とかに販売する」

「へえ…。出資しろってこと? 金はそんなに持ってないけど」

「いや、出資もだけど、実際に買付けとか交渉とか。中国の地方に行って工芸品の買付すんの、お前、そういうの向いてると思うんだよな。それともどっか企業に就職したい?」

 留学も3年目になり祐樹の会社でのアルバイトも長くなったし、駐在員たちからのアテンド依頼やその口コミで通訳だのちょっとしたコーディネートだの、なんだかんだと仕事は入ってきていた。

 そのうちのいくつかの会社からは、現地採用の正社員はどうだと打診も受けている。中国事情に詳しい通訳は日中関係が深まるにつれて引っ張りだこになっていた。

 コネも実績もある孝弘は、就職したければいつでもできる状況だった。

「正社員の話はあるけど、正直迷うな。安藤さんからもお誘い受けてるけど、なんか駐在員見てるとああいう働き方って俺にはどうなんだって思ったりもしてて。親としては日本企業に入れば安心するんだろうけど」

 正直な気持ちをぞぞむに言うと、にやりと笑ってビールを注がれた。

「なら俺と組んで、会社やろーぜ。絶対退屈しないから。じつはレオンからOKの返事はもうもらってる」

 レオンはすでに香港に帰国してしまっているが、前もって話をつけてあったらしい。

 香港のアッパークラスの出身だが、孝弘とは2年間、学生寮の狭い部屋で一緒に暮らした仲だから、金銭に関して彼がシビアなことは知っている。

「へえ、レオンが」

 明るく素直な性格で、でも上昇志向の強いしっかり者だ。儲け話に敏感な香港人のレオンが乗るというなら、けっこう勝算があると見込んだのか。

 熱々の串焼きを頬張りながら考えてみた。企業に就職してスーツを着て仕事をするじぶんと、ぞぞむのいう商品の買付や交渉をしているじぶんと。どちらがより、やりたいことなのか。

 ぞぞむの会社は成功すれば大化けする可能性があるし、もし失敗しても、悪い経験にはならないだろう。

 これから経済発展していくのが確実な中国での起業は、留学生の就職として悪い選択肢ではないように思えた。

 じぶんが起業するなんていままで考えたこともなかったが、背負うものが何もない今なら、そういうチャレンジもいいかもしれない。なによりおもしろそうだと、単純にそう思った。

「やってみようかな」
 それほど深く考えることもなく、言葉がこぼれていた。

「よっしゃ。じゃ、乾杯しようぜ」
 それで決まりだった。

 起業はほんの5分で決定した。なんとも気楽な始まりだったが、それが3年経って頑張っているうちに、会社はそれなりの形になりつつある。

 2年後、孝弘が戻るとき、どんな体制ができているか楽しみだと思う。そのとき祐樹は一緒に来てくれるだろうか。

 無理強いするつもりはこれっぽっちもないが、もし一緒に仕事ができたら、それはそれで楽しいだろう。
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