上 下
52 / 95

8-13

しおりを挟む
「あー、マズイ。うまい寿司が食べたくなった」
「うん、おれも」

「祐樹のせいだろ、どうしてくれんの」
「えー、おれのせいなの」

 八つ当たりに近い言いがかりに祐樹は笑っている。

「広州ジャスコの回転寿司のせいじゃない?」
「そうか、ジャスコのせいか」

 そう言いながら大連赴任前に祐樹が連れて行ってくれた寿司屋を思い出した。都内ではなく、浦安のほうにある寿司メインの海鮮料理店だった。回転はしないが気取らない感じの店で、何を食べてもおいしかった。

「浦安の店、思い出した。マグロがウマい店」
「あ、それは思い出させないで欲しかった」

 祐樹がちょっと顔をしかめる。


「もう思い出したから無理」
「あー、あの店の白子ポン酢が好きなんだけど」

「いいね、白子も。あの店のマグロと大トロ、また食べたいな」
「うーん。次に日本に帰るのっていつだろう。春節?」

「かな? 特に決めてないけど」
「うん。あー、なんか本格的に寿司が食べたい気分になってきた」

「でも日本料理屋とかホテルの寿司屋の感じじゃないんだよな」
 孝弘が唇を尖らせると、祐樹もうんうんとうなずく。

「そうなんだよね。なんだろ、漁師メシっていうか、がっつり海鮮丼とかあればいいのにね。マグロの中おちとかでいいんだけど」

「そうそう、そう言う感じ。上品じゃないやつっていうか、ここらにないよな」
「あ、あそこがいい。横浜に泊まった時、連れてってくれた朝市」

「ああ。三崎港」
「あそこのマグロ、おいしかったなあ」

 二人して軽くため息をつく。
 スーパーのフードコートで何を話してるんだか。

「ま、ないものねだりしても仕方ないな」
「そうだね。帰国のお楽しみにしとこうよ」

 そう言って立ち上がった。
 短い冬の昼はもう終わろうとしている。

 外に出ると夕暮れ前で、空が暮れていくのが美しかった。歩いている間に夕焼け空に変わっていき、青とオレンジのグラデーションの空に海の暗い青が映えている。


 祐樹が空を眺めているのを後ろから見ていたが「カメラ貸して」ともらってカメラを構えた。祐樹の写真を撮っておこうと思いついたのだ。なんかかわいい顔してるし。

「はい、こっち向いて」
「おれを撮るの?」

 祐樹は苦笑したけれど、おとなしく撮らせてくれた。

 後でこっそりアルバムに入れておこう。考えてみたら祐樹の写真はほとんど持っていない。と言うより写真を撮る習慣がない。そもそもカメラを持ち歩かないし。

 でもこれからはまめに撮ろうかなと思うくらいには柔らかな笑顔を浮かべている。

 残りのフィルムは二枚だった。少し時間を置いて祐樹と夕焼けと海を撮ったらフィルムが終わって巻き取りの音が聞こえた。

「あ、終わった?」
「36枚って結構たくさんだったな」

 広報室の指示で、36枚撮りのフィルム1本分の写真を撮った。フィルムは現像せずに広報室に送って欲しいと言うことだったので巻き取った後に取り出して祐樹がカバンにしまった。

「でも案外撮れたな」

 市内の風景や路上の人々、食べ物や街角の露店などを撮っていたらいつの間にか撮り終っていた。

「うん。結構面白かったね」

 大連らしい風景を意識してこんなふうに街に出かけたことはなかったから、孝弘にも今日はとても新鮮だった。

 祐樹にとっては街中の人に声を掛けて写真を撮らせてもらうなんてことが初めてだったから、意外にも会話が弾んでみんな親切だったと喜んでいる。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

思い出の中で あの日、北京の街角で 番外編

ゆまは なお
BL
『あの日、北京の街角で』番外編。 孝弘が留学生だった頃のお話です。 本編の最終改訂版はこちら。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/28475021/523219176

「優秀で美青年な友人の精液を飲むと頭が良くなってイケメンになれるらしい」ので、友人にお願いしてみた。

和泉奏
BL
頭も良くて美青年な完璧男な友人から液を搾取する話。

相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】 人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。 その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。 完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。 ところがある日。 篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。 「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」 一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。 いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。 合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

初体験

nano ひにゃ
BL
23才性体験ゼロの好一朗が、友人のすすめで年上で優しい男と付き合い始める。

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(10/21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。 ※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

処理中です...