上 下
34 / 95

7-1

しおりを挟む

「あれ食べたことないな」
 路上を歩きながら、自転車の側に立っている飴がけ売りを見て祐樹が呟く。

「ああ、糖胡蘆《タンフール》?」

 飴がけは糖胡蘆《タンフール》と言って日本で言うリンゴ飴のようなものだが、ボリュームがまったく違う。リンゴではなく山査子《サンザシ》というピンポン玉くらいの果実を串に刺して飴をかけてある。リンゴに似た甘酸っぱい味だ。

 山査子の他に山芋や苺、葡萄などが、串に最低でも7,8個、多い物は15個くらい突き刺してある。長めのみたらし団子に見えなくもない。
 
 荷台に積んだ丸い筒に放射状にぎっしり串を刺して、路上で売っているのをよく見かける。こんな埃っぽいのに何もかけずに外にさらしているので衛生的とは言えないが、人気のあるおやつで中国人は大人も子供もよく食べていた。

「タンフール? なんかかわいい発音だね」
「食べてみる?」

「んー、今はやめとく」

 かなり甘そうだし、とてもじゃないが食べきれそうにないと思ったのだろう。祐樹が首を横に振ったのを見て、孝弘はちらりと飴売りを検分する。

「そうだな。それに買うなら店をよく選んだ方がいい」
 あの飴売りは却下だ。

「どうして?」
「ああいう、作り置きはやめときな」

「腐ってるとか?」
「うん。中が腐ってたりカビが生えてるときがけっこうあるから」

 祐樹は半分冗談で言ったようだが、孝弘はあっさり肯定した。


「え、そんな危険な食べ物だった?」
「作ったままああやって長時間放置して売るからな。今はいいけど暑い時期は特に」

「そっか。悪くなってることがあるのか」
「山査子の中に虫がいて、齧ったら出てきて悲鳴上げたのも見たことあるし」

「それは嫌かも」
「それに時期じゃないしな」

「え? 食べる時期があるの?」
 路上で1年中いつでも売っているのに?と祐樹が不思議そうな顔になる。

「あるよ」
 孝弘はにやりと笑う。

「あとで教えるよ」

 祐樹はよくわからないという表情になったが目的地のショッピングセンターに着いたので「うん」と返事をした。

 入口を入って、次にビニールの垂れ幕をかき分けて中に入った。

 冷たい外気を入れないために、出入口の内側の天井から床まで厚手の透明ビニールが下がっているのだ。ビニールには幅15センチほどで切れ込みが入っていて人はその隙間から出入りする。

「祐樹は何買いたいんだ?」
「乾燥のせいかな、最近、手とか足がかさかさするんだ」

「ハンドクリーム? ボディクリームか?」
「どっちでもいいけど。広州では買ったことなかったんだけどね」

「だろうな。乾燥と寒さのせいだよな。俺も使ってるのあるけど、別のがいい?」
「んー、特にこだわりないけど、匂いがきつくないのがいいな」

「とりあえず日用品売り場行こうか」

 シャンプーや洗濯洗剤がずらりと並ぶ一角にハンドクリームや、ボディクリーム、リップなどが並んでいる。乾燥が激しい地域なので男女関わりなく必需品だから、売り場もかなり大きい。

 ぎっしり並んだカラフルなボトルを眺めて、祐樹が首を傾げた。

「どれがいいか全然わからない。ていうか、意外と商品多いね」

 大連は祐樹が想像していたより色々な意味で生活しやすかった。商品が豊富で日用品や食料品で困ることはないし、日本食や洋食のレストランもかなりある。

「ここ2、3年ですごく種類増えたよ。外国資本が多く入って来たせいだろうけど」

 合弁企業が増えたからテレビCMでも海外ブランドのシャンプーや化粧品がとても多くなった。もちろん中国製品も増えている。

 そうは言っても東北地方はもともと水不足が深刻だし、乾燥した地域なので入浴の習慣がほとんどない。

 自宅に風呂がついてないのは当り前で、一般的には週に1、2度、公衆シャワーに行って浴びる程度だ。労働者たちはもっと頻度が低い。

 でも最近の若い人たちの衛生観念は変化しているからきっと売り上げも伸びているのだろう。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

思い出のチョコレートエッグ

ライヒェル
恋愛
失恋傷心旅行に出た花音は、思い出の地、オランダでの出会いをきっかけに、ワーキングホリデー制度を利用し、ドイツの首都、ベルリンに1年限定で住むことを決意する。 慣れない海外生活に戸惑い、異国ならではの苦労もするが、やがて、日々の生活がリズムに乗り始めたころ、とてつもなく魅力的な男性と出会う。 秘密の多い彼との恋愛、彼を取り巻く複雑な人間関係、初めて経験するセレブの世界。 主人公、花音の人生パズルが、紆余曲折を経て、ついに最後のピースがぴったりはまり完成するまでを追う、胸キュン&溺愛系ラブストーリーです。 * ドイツ在住の作者がお届けする、ヨーロッパを舞台にした、喜怒哀楽満載のラブストーリー。 * 外国での生活や、外国人との恋愛の様子をリアルに感じて、主人公の日々を間近に見ているような気分になれる内容となっています。 * 実在する場所と人物を一部モデルにした、リアリティ感の溢れる長編小説です。

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

処理中です...