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しおりを挟む「そう言えば、こういうカニってこっちでは見かけない?」
「ああ、言われてみれば。タラバとか毛ガニって見ないな」
市場で売っているのはたいていワタリガニだ。でなければザリガニや蝦蛄、クルマエビや甘エビなんかもたくさんあるが、タラバガニは見たことがないかもしれない。
日本に住んでいた頃もそんなにカニを食べなかったので、孝弘は気にしたことがなかったし、高校生までしか日本にいなかったのであまり覚えてもいない。
北京はと思い返しても海鮮そのものがあまり売っていなかったから、見たことないのは当たり前だ。
「カニって言えば大閘蟹《ダージャーシエ》(上海蟹)って有名だけど、そんなおいしいもんでもないよね?」
「好きな人はハマるっていうけどな。俺もそんなに好きじゃない。って言っても客の招待で2回しか食べたことないけど」
「おれも3回くらいだなあ」
上海ガニのシーズンは秋から冬だ。好きな人は毎年旬を待っているが、祐樹も広州に赴任中に誘われて食べに行ったけれど、正直いまいちだった。日本の蟹に比べて小さいし食べにくいのだ。
高級食材だからそれなりの値段だが、これだけ払うならもっとおいしいものがあるだろうと思ってしまった。
「俺が気づいてないだけで、タラバも高級食材の売り場にはあるのかも」
「かもね。うちだとカニってクリスマスのイメージなんだけど」
「なんでカニがクリスマス? 赤いから?」
「毎年、クリスマスはカニしゃぶだったんだよね。チキンとかケーキもあったけど、たぶん用意が楽だったんじゃない?」
祐樹の家は男ばかり四人兄弟だ。きっと準備が大変だったから母親が定番を決めたんだろう。毎年、家族それぞれの誕生日とクリスマス、正月は固定メニューだった。
「祐樹の誕生日はどんな料理だった?」
「オムライスと鶏の唐揚げとポテトサラダって決まってた。小学生の時好きだったからだと思う」
高校卒業まで毎年、母親が作ってくれたメニューだ。
「でもそのメニューなら俺も好きだな」
「おれも今でも好きかも。そう思うと子供の頃から味覚ってあんまり変わってないのかな」
「かもな。子供の時、好きだったものって大人になっても嫌いにならないし」
「そうだね。あーオムライスって最近食べてないな」
「こっちの食堂にないもんな。今度作るか」
「作ってくれるの?」
鶏と卵は普通にあるし、ケチャップやマヨネーズもかなり普及してきて都市部なら問題なく手に入る。作ろうと思えば作れるが、思いついたことがなかった。
「鶏のケチャップライス? 薄焼き卵で?」
「そう。昔ながらのやつ。卵の上に名前とか書いてた」
懐かしい思い出だ。兄弟4人で取りあわないよう、ケチャップで字や絵がかいてあった。
「いつぐらいだろ、ふわとろ卵のオムライスって食べた時、けっこう衝撃だったな」
「ああ、あれはもう別物だよね」
「うまいけど、ドミグラスソースとかなんたらクリームソースとかかかってるとオムライス感はないよな」
ふと、誰と食べたんだろうと思う。ふわとろオムライスなんて男子が選ぶ食べ物には思えない。孝弘が日本にいたのは高校卒業までだから、高校生の時つき合ってた彼女だろうか。
…いや過去の憶測なんてしてもしょうがない。浮かんだ疑問を祐樹は振り払う。自分がこんなふうに恋人の過去を気にするタイプだとは知らなかった。
「誕生日と言えば、こっちの誕生日ケーキ見たときも結構びっくりしたな」
あまりにもカラフルできれいだからだ。見た目重視なので色とりどりのクリームで花や動物などで隙間なく飾られていて、見ているぶんにはなかなか楽しい。おいしそうかと訊かれたら微妙なところだ。
「デコレーションが豪華だしすごく大きいよね。孝弘、食べたことある?」
味はどうなんだろう?と思って訊いてみた。
「あるよ。留学生寮で誰かの誕生日にシャレで買ってきたんだ、バカでっかい奴。けっこう高かったから人数集めて」
「おいしかった?」
「味は覚えてないな。10人くらいでフォーク持って、せーので一斉に食った記憶しかない」
留学生寮での話だから、孝弘が懐かしげな顔になる。
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