上 下
31 / 95

6-2

しおりを挟む

「そう言えば、こういうカニってこっちでは見かけない?」
「ああ、言われてみれば。タラバとか毛ガニって見ないな」

 市場で売っているのはたいていワタリガニだ。でなければザリガニや蝦蛄、クルマエビや甘エビなんかもたくさんあるが、タラバガニは見たことがないかもしれない。

 日本に住んでいた頃もそんなにカニを食べなかったので、孝弘は気にしたことがなかったし、高校生までしか日本にいなかったのであまり覚えてもいない。

 北京はと思い返しても海鮮そのものがあまり売っていなかったから、見たことないのは当たり前だ。

「カニって言えば大閘蟹《ダージャーシエ》(上海蟹)って有名だけど、そんなおいしいもんでもないよね?」

「好きな人はハマるっていうけどな。俺もそんなに好きじゃない。って言っても客の招待で2回しか食べたことないけど」

「おれも3回くらいだなあ」

 上海ガニのシーズンは秋から冬だ。好きな人は毎年旬を待っているが、祐樹も広州に赴任中に誘われて食べに行ったけれど、正直いまいちだった。日本の蟹に比べて小さいし食べにくいのだ。

 高級食材だからそれなりの値段だが、これだけ払うならもっとおいしいものがあるだろうと思ってしまった。


「俺が気づいてないだけで、タラバも高級食材の売り場にはあるのかも」 
「かもね。うちだとカニってクリスマスのイメージなんだけど」

「なんでカニがクリスマス? 赤いから?」

「毎年、クリスマスはカニしゃぶだったんだよね。チキンとかケーキもあったけど、たぶん用意が楽だったんじゃない?」

 祐樹の家は男ばかり四人兄弟だ。きっと準備が大変だったから母親が定番を決めたんだろう。毎年、家族それぞれの誕生日とクリスマス、正月は固定メニューだった。

「祐樹の誕生日はどんな料理だった?」
「オムライスと鶏の唐揚げとポテトサラダって決まってた。小学生の時好きだったからだと思う」

 高校卒業まで毎年、母親が作ってくれたメニューだ。

「でもそのメニューなら俺も好きだな」
「おれも今でも好きかも。そう思うと子供の頃から味覚ってあんまり変わってないのかな」

「かもな。子供の時、好きだったものって大人になっても嫌いにならないし」
「そうだね。あーオムライスって最近食べてないな」

「こっちの食堂にないもんな。今度作るか」
「作ってくれるの?」

 鶏と卵は普通にあるし、ケチャップやマヨネーズもかなり普及してきて都市部なら問題なく手に入る。作ろうと思えば作れるが、思いついたことがなかった。

「鶏のケチャップライス? 薄焼き卵で?」
「そう。昔ながらのやつ。卵の上に名前とか書いてた」

 懐かしい思い出だ。兄弟4人で取りあわないよう、ケチャップで字や絵がかいてあった。

「いつぐらいだろ、ふわとろ卵のオムライスって食べた時、けっこう衝撃だったな」
「ああ、あれはもう別物だよね」

「うまいけど、ドミグラスソースとかなんたらクリームソースとかかかってるとオムライス感はないよな」
 
 ふと、誰と食べたんだろうと思う。ふわとろオムライスなんて男子が選ぶ食べ物には思えない。孝弘が日本にいたのは高校卒業までだから、高校生の時つき合ってた彼女だろうか。

 …いや過去の憶測なんてしてもしょうがない。浮かんだ疑問を祐樹は振り払う。自分がこんなふうに恋人の過去を気にするタイプだとは知らなかった。

「誕生日と言えば、こっちの誕生日ケーキ見たときも結構びっくりしたな」

 あまりにもカラフルできれいだからだ。見た目重視なので色とりどりのクリームで花や動物などで隙間なく飾られていて、見ているぶんにはなかなか楽しい。おいしそうかと訊かれたら微妙なところだ。

「デコレーションが豪華だしすごく大きいよね。孝弘、食べたことある?」
 味はどうなんだろう?と思って訊いてみた。

「あるよ。留学生寮で誰かの誕生日にシャレで買ってきたんだ、バカでっかい奴。けっこう高かったから人数集めて」

「おいしかった?」
「味は覚えてないな。10人くらいでフォーク持って、せーので一斉に食った記憶しかない」
 
 留学生寮での話だから、孝弘が懐かしげな顔になる。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

思い出の中で あの日、北京の街角で 番外編

ゆまは なお
BL
『あの日、北京の街角で』番外編。 孝弘が留学生だった頃のお話です。 本編の最終改訂版はこちら。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/28475021/523219176

「優秀で美青年な友人の精液を飲むと頭が良くなってイケメンになれるらしい」ので、友人にお願いしてみた。

和泉奏
BL
頭も良くて美青年な完璧男な友人から液を搾取する話。

相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】 人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。 その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。 完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。 ところがある日。 篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。 「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」 一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。 いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。 合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

初体験

nano ひにゃ
BL
23才性体験ゼロの好一朗が、友人のすすめで年上で優しい男と付き合い始める。

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(10/21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。 ※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

処理中です...