上 下
22 / 95

4-3

しおりを挟む

「これっていつ頃まで食べられると思う?」
「そろそろ捨てたほうがいいんじゃないか?」

「賞味期限はけっこうあるみたいだけど」
「どんな保存料入ってるかわからないからお勧めできない」

「そっか。もったいない気はするけどね」
「でも無理だろ、これ全部食べるとか」

「そうだよね。他に料理するとかおすそ分けするってわけにもいかないしね…」
「毎年のことだけど、ホント無駄なんだよな」

 キッチンの隅に積まれた赤や金の箱を見て、二人でため息をつく。きれいな化粧箱の中身はすべて月餅だ。

 中秋節の月餅は普通の小豆餡だけではなく、蓮の実入りとかアヒルの卵黄入りとか工夫を凝らしたものがたくさん出る。とはいうものの、基本的な味はほとんど同じだ。そもそも餡子がそれほど好きじゃない。

 二人で切って分けても一切れ食べたらもう十分、丸一つはなかなか食べられない。というわけで中秋節から3週間ほど経った今も箱に入ったまま、ほとんど手つかずで残っている。

 まだ50個以上はあるだろう。
 ほぼ同じものが孝弘の部屋にもあるはずだ。

「ニュースでも言ってたよね。過剰に贈りあうのはやめましょうって」
「そうは言っても伝統的な習慣だからな。確かに年々、派手になってる気もするけど」

 
 9月の月餅売り場はものすごい混雑だ。

 中秋節には親戚や親しい友人、会社の上司などにも月餅を贈る習慣があり、9月後半から月餅の箱を手に挨拶に来る人が多くなる。

 互いに贈りあうので中国全土でその数は膨大なものとなり、当然そんなに多くを食べきれるわけもなくほとんどが廃棄されることになる。

 だからこそ「過剰に贈りあうのはやめましょう」というニュースも流れるのだが、面子重視の中国社会、なかなかそうもいかないのだ。

「孝弘、今までどうしてたの?」

「餡子そんなに好きじゃないしほとんど断ってた。それに俺が一人暮らしってみんな知ってるから、くれても1個2個とかで、こういう箱入りのなんかもらったことない」

「そうだったんだ」
「でもこうやって駐在員だとやっぱり箱入りとかで、断れない感じになるんだな」

「そうなんだよね。広州でもいらないって断ってたけど持って来られたら持って帰れとは言えないんだよ」

 広州でも結局、最後にはゴミ袋に入れることになった。中国人の同僚にそっと尋ねてみたら彼もそうしているという話だったから、珍しいことではないようだ。

「だよな。やっぱ捨てるしかないかな」
「んー、そうかも」

 顔を見合わせて二人でもう一度、ため息をついた。


 今年の中秋節は10月5日だった。
 中秋節は農歴《ノンリー》(旧暦)の祝日だから毎年日付が変わる。

 今年は10月1日の国慶節(建国記念日)と重なって、この休暇中に祐樹は孝弘と雲南省に行っていた。櫻花公司の工房に行ってみたいという祐樹に応えて孝弘が手配してくれたのだ。

 5日は夕方に大連に帰ってきて、買ってきた惣菜で簡単な夕食を食べた後、祐樹の部屋でまったり過ごした。旅行の興奮がまだ残っていて、二人でゆっくり風呂に入ってたくさん話をした。

 風呂に入ると言っても外国人向けマンションのこの風呂はいわゆる西洋式で、日本のような洗い場はついていない。

 当然、追い炊き機能もないので、こうしてゆっくり入るときはぬるくなると少しずつ湯を抜いて、熱い湯を足すといった具合だ。

「やっぱり湯船っていいね」
「マジでな。やっぱ日本人は湯船だよなー」

 夜でも20度を超える暖かさだった雲南省から大連に戻ってきたら、乾いた空気がとても寒くすうすうする感じがした。

 雲南省では空気がしっとりと潤っていて草も木も青々と茂っていたなと、大連のぱりぱりと乾燥した空気を吸い込みながら思う。さすがに身体が冷えた感じがしたから、あたたかい風呂はほっとする。

「昨日は水シャワー浴びてたのにな」
「水シャワーもあそこでは気持ちよかったけどね」

「またああいうとこ、泊まりたい?」
「うん。結構楽しかった」

 今回の旅行で二人が泊まっていたのはホテルではなく、バックパッカーが使う安宿だった。祐樹が泊まってみたいとリクエストしたのだ。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

思い出の中で あの日、北京の街角で 番外編

ゆまは なお
BL
『あの日、北京の街角で』番外編。 孝弘が留学生だった頃のお話です。 本編の最終改訂版はこちら。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/28475021/523219176

「優秀で美青年な友人の精液を飲むと頭が良くなってイケメンになれるらしい」ので、友人にお願いしてみた。

和泉奏
BL
頭も良くて美青年な完璧男な友人から液を搾取する話。

相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】 人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。 その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。 完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。 ところがある日。 篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。 「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」 一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。 いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。 合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

初体験

nano ひにゃ
BL
23才性体験ゼロの好一朗が、友人のすすめで年上で優しい男と付き合い始める。

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(10/21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。 ※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

処理中です...