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「剣は使えるのか?」
「はい」
答えると木刀が一本飛んできた。それを握って構える。
虎征も黙って構えを取った。互いに距離を保ちつつ、ゆっくりと右へと回転するように移動する。気分が高揚してきた。
どうする? 先に仕掛ける?
しかし迷う間もなく、虎征が斬りかかってきた。右、左、左、脇と続けざまに剣を振るう。祥永はそれをすべて受け流して払った。
この体重差でまともに受け止めたら力負けする。だから体を引きつつ受け止めて刃先を逸らすのだ。
「意外とやるな」
虎征の目が先ほどまでとは違っている。たぶんまだ本気ではない。楽しい獲物を見つけた時のような気持ちらしい。
祥永もわくわくしていた。
自分の剣術で勝てるとは思えない。祥永は間諜の訓練は受けているが戦士ではない。
並みの護衛程度には剣も使うが、虎征のような戦士相手にかなうわけはない。
力で勝てない祥永は、相手の隙をつくしかない。長引くと祥永が不利だ。それはわかっているがさすが噂に名高い剣士だけあって虎征の剣は隙がなかった。
隙がないなら作るしかない。
大きく懐に飛び込んだ祥永は、強かに左腕を打たれた。細い体が吹っ飛んで木の床に倒れ込む。バタッという音で虎征は我に返った。
小さな体で俊敏に動くので思わず力が入ってしまったのだ。
虎征があわてて駆け寄り様子を見ようとかがんだ瞬間、祥永は前動作もなく跳ね起きたと同時にくるりと体を捻って虎征の背後に回った。
その反動で頭を振って髪をほどき、一瞬で虎征の首に巻きつけたかと思うとそのまま一気に後ろに引く。
虎征は驚いたが冷静だった。息が苦しくなる前に道場の壁に向かって勢いよく下がり、祥永ごと壁に打ちつけた。
背中を強打した祥永の力が弛んだところを振りほどく。
「ずいぶんとじゃじゃ馬だな、宰相家の姫君は」
祥永はわずかに息を弾ませ、壁にもたれかかっている。さすがに頭がくらくらしていた。
「大丈夫か?」
「……悔しい」
思わず本音が漏れた。この締め技で振りほどかれたことはほとんどないのに。
「お前は夫を殺す気なのか?」
「その依頼はお受けしていません」
睨み上げると虎征は楽しげに声を上げて笑い出した。
「まあいい、お前はそういう気の強い顔が似合うな」
すっと顔が近づき、気づいた時には唇をふさがれていた。祥永は動かない。
かるく触れただけで体を離した虎征はにやりと笑った。
初めて見た人の悪そうな笑みに不覚にもドキッとする。
「ここで俺の妻をやる気はあるか?」
困惑する祥永に虎征は「無理強いはしない。気に入らなければ好きな時に出て行けばいい」と続けた。
おかしな国主もいたものだ。なるほど、こういうところが阿呆と言われる所以か?
「どうする?」
「どうも致しません。私は虎征様に嫁いだ身、どこへも行く当てなどありませんから」
もちろん帰れと言われれば里へ帰るだけだ。だが祥永はもう少しこの国を、いや、虎征を知りたい気持ちになっていた。
「そうか。お前のような妻なら退屈せずにすみそうだ」
顎を取られて、祥永はじっと虎征を見上げた。琥珀色の瞳に月明かりが入って黄金にきらめいている。
美しいと思う。まだ何も知らないが、自分はこの男についていくだろうという予感がした。
「それは私の科白でございます」
祥永は艶やかにほほ笑み、顎を掴んでいた虎征の手を取るとその手の甲に口づけた。
完
2023年9月から半年間、kindleで配信されていた身代りBLアンソロジーに載せたお話を少しだけ改稿しました。
アンソロジーでは指名レビューを頂いてとても嬉しかったです。続編を読みたいとリクエストも頂いていましが、今のところ続編はないのです(^^;
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ちょっと宣伝させてください。
『時間を越えた香種の花嫁5』配信中です。
11月末まで新刊特価なので今のうちにぜひm(__)m
https://www.amazon.co.jp/dp/B0DJZTQHR2
「はい」
答えると木刀が一本飛んできた。それを握って構える。
虎征も黙って構えを取った。互いに距離を保ちつつ、ゆっくりと右へと回転するように移動する。気分が高揚してきた。
どうする? 先に仕掛ける?
しかし迷う間もなく、虎征が斬りかかってきた。右、左、左、脇と続けざまに剣を振るう。祥永はそれをすべて受け流して払った。
この体重差でまともに受け止めたら力負けする。だから体を引きつつ受け止めて刃先を逸らすのだ。
「意外とやるな」
虎征の目が先ほどまでとは違っている。たぶんまだ本気ではない。楽しい獲物を見つけた時のような気持ちらしい。
祥永もわくわくしていた。
自分の剣術で勝てるとは思えない。祥永は間諜の訓練は受けているが戦士ではない。
並みの護衛程度には剣も使うが、虎征のような戦士相手にかなうわけはない。
力で勝てない祥永は、相手の隙をつくしかない。長引くと祥永が不利だ。それはわかっているがさすが噂に名高い剣士だけあって虎征の剣は隙がなかった。
隙がないなら作るしかない。
大きく懐に飛び込んだ祥永は、強かに左腕を打たれた。細い体が吹っ飛んで木の床に倒れ込む。バタッという音で虎征は我に返った。
小さな体で俊敏に動くので思わず力が入ってしまったのだ。
虎征があわてて駆け寄り様子を見ようとかがんだ瞬間、祥永は前動作もなく跳ね起きたと同時にくるりと体を捻って虎征の背後に回った。
その反動で頭を振って髪をほどき、一瞬で虎征の首に巻きつけたかと思うとそのまま一気に後ろに引く。
虎征は驚いたが冷静だった。息が苦しくなる前に道場の壁に向かって勢いよく下がり、祥永ごと壁に打ちつけた。
背中を強打した祥永の力が弛んだところを振りほどく。
「ずいぶんとじゃじゃ馬だな、宰相家の姫君は」
祥永はわずかに息を弾ませ、壁にもたれかかっている。さすがに頭がくらくらしていた。
「大丈夫か?」
「……悔しい」
思わず本音が漏れた。この締め技で振りほどかれたことはほとんどないのに。
「お前は夫を殺す気なのか?」
「その依頼はお受けしていません」
睨み上げると虎征は楽しげに声を上げて笑い出した。
「まあいい、お前はそういう気の強い顔が似合うな」
すっと顔が近づき、気づいた時には唇をふさがれていた。祥永は動かない。
かるく触れただけで体を離した虎征はにやりと笑った。
初めて見た人の悪そうな笑みに不覚にもドキッとする。
「ここで俺の妻をやる気はあるか?」
困惑する祥永に虎征は「無理強いはしない。気に入らなければ好きな時に出て行けばいい」と続けた。
おかしな国主もいたものだ。なるほど、こういうところが阿呆と言われる所以か?
「どうする?」
「どうも致しません。私は虎征様に嫁いだ身、どこへも行く当てなどありませんから」
もちろん帰れと言われれば里へ帰るだけだ。だが祥永はもう少しこの国を、いや、虎征を知りたい気持ちになっていた。
「そうか。お前のような妻なら退屈せずにすみそうだ」
顎を取られて、祥永はじっと虎征を見上げた。琥珀色の瞳に月明かりが入って黄金にきらめいている。
美しいと思う。まだ何も知らないが、自分はこの男についていくだろうという予感がした。
「それは私の科白でございます」
祥永は艶やかにほほ笑み、顎を掴んでいた虎征の手を取るとその手の甲に口づけた。
完
2023年9月から半年間、kindleで配信されていた身代りBLアンソロジーに載せたお話を少しだけ改稿しました。
アンソロジーでは指名レビューを頂いてとても嬉しかったです。続編を読みたいとリクエストも頂いていましが、今のところ続編はないのです(^^;
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