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第一部 子育て同棲編

三話

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 変わろうと決意したところで、人はそう易々と昨日の自分とは別人になることはできない。そのことを強く痛感する。
 春太は震える指で、スマホに残された留守電を再生した。

『はーるー。俺の電話無視するとか生意気になったなぁ。いい加減にしないと、前みたいに痛い目みるぞ? 俺が優しくしてるうちに戻ってこい』

 口調は軽いのに、声音は怒りで重い。
 あの日からこうして何度も賢吾から連絡が来ていた。内容は全て、自分の元に戻ってこいというものだ
 今更どうして春太に執着するのか分からない。めぼしい理由があるとするならば、都合のいい存在がいなくなって退屈しているからだろうか。

「……っ」

 吐き出した呼気が震えていた。
 冬の夜に放り捨てられたあの日。心の方がよっぽど痛かった。
 もう賢吾の元には戻りたくない。戻らない。
 けれど、長年の悪癖が脳裏で囁く。
 今すぐ謝ったらきっと許してもらえる。痛い思いもしないですむ。何より、こんな自分を必要としてくれているのだから、早く賢吾の元へ帰るべきだと。

「っ、やめた」

 春太は深呼吸を繰り返すと、残りの留守電を全て消去する。そして賢吾の連絡先も消すと、変わりに右京の番号を表示した。
 春太の元気がない理由は、なにも賢吾からの連絡だけが理由じゃない。
 テディが家に居ないのだ。ルークと揉めた事件の後、右京から言われたのは、「少しの間ですが、テディくんは私の方で預かります」だった。
 最初は体調が優れない春太を気にしてのことだと思っていたが、一週間経っても音沙汰がない。
 他に事情があることは直ぐに察した。
 だが、右京からなにも追って連絡がないことを考えると、春太には関係の無いこと……いや、関わって欲しくないということなのだろう。
 春太はテディと赤の他人だ。仕事上の関係でしかない。
 けれど、

「あ、右京さん。春太です。……あの、テディは? テディはいつ帰ってくるのかなって」
『……そのことですが、まだもう暫くこちらに居たいと仰っておりますので。落ち着きましたらご連絡致しますよ』
 嘘だとすぐに分かった。

 右京さんも右京さんだ。そんなふうに言われて、はいそうですか、と言えるわけが無い。

「じゃあテディに変わってください!」
『……』

 思わず語尾が強くなってしまった。癖のように謝りかけて、いや待てと踏みとどまる。
 別に春太は悪いことはしていない。鋼の精神でここは耐えろ。ヘラヘラと謝って流す自分から変わる大きな一歩だ。
 そんな春太の決意が伝わったのか、沈黙していた右京が苦笑混じりに嘆息した。

『この前お話したことが、君を頑固にしたんですかね?』

 成長を喜ぶような台詞に春太の顔が熱くなる。からかわないで、と怒ると、右京は笑い声をあげたあとに、話を切りかえた。

『いいですよ。テディ君のことをお話します。迎えに参りますので、一時間後にマンション前でいいですか?』
「はい!」

 力強く返事をすると、春太はすぐさま私服に着替えた。
 テディも居なければ、ルークも居ない。
 そんな部屋に何日間も一人きりだったものだから、腑抜けたように髪も服もおざなりだ。
 一時間という少しの時間がじれったい。そう感じるほど早く、春太は身なりを整えた。


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