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三章
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しおりを挟む「……っ。……あ、れ、ぼく」
「起きた?」
「──っ!」
ぼんやりと眠りから目を覚ましたカルルの瞳が、大きく見開く様子を、アダムは苦笑いで迎えた。
「あ、アダ、アダムさん! ぼく、すみません!」
「ああ、うん。大丈夫だから、ほらあんまり頭ゆらさないで」
まるで冬眠中に襲われた小動物のように、カルルが飛び起きて頭を下げる。
アダムは落ち着かせるために、優しく背中を撫ぜると、隣に腰掛けるようベンチを叩いた。
「ぼく、あの後気絶しちゃったんですね……」
「そうだねぇ。現役の門番さんに頭をド突かれたら、そりゃあ気を失ってしまうよね」
「うっ、もうしわけなくて……顔が上げられません」
顔を覆うカルルの耳も尾も、しおしおと落ち込んで丸まっている。
アダムは笑いを零すと、小さな頭を撫でた。
「それでどうしてカルル君はここに?」
「……っ」
「あんな危険な真似してまでここに来た理由があるんだろう? それに、……すごく痩せたよね?」
アダムの疑問は最もだった。
気絶したカルルを城から離れたベンチに運んだ時も思ったが、以前の姿とは違い、体は酷く痩せていて、着ている服もボロボロ。
いくら家が貧しいとはいえ、貴族なのだ。それなりの見栄というものがあるだろう。
それとも、件の揉め事により、家で酷い目にでもあっているのだろうか。
「……もしかして、家に帰れてないの?」
「……違います」
「じゃあどうしてそんな──」
「勘当されたんです」
か細い声で告げられた台詞にアダムの唇が微かに震える。
「か、勘当って」
「……僕の家、先輩からの支援がないと、本当に没落してしまうから、それで……しかたなくて」
「待って、待って! てことはなんだ、あの狸、カルル君の家を支援する代わりに、今度は君を追い出させたってことか?」
カルルが言いあぐねたことを堪らず口に出せば、俯いていた小さな頭がますます下がっていく。
アダムは堪らず、空を見上げてため息を吐いた。
「あの狸ほんとうにろくでもないな」
「……でも、僕も悪いですから」
「……」
悪いか悪くないか、事実だけを見ればカルルも共犯者であることは間違いない。
だが、子を持つ親として、一回りも離れた少年を相手に、どんな態度をとればいいのか戸惑う。
「……でも君は、もう十分辛い思いしたんだろ?」
「えっ?」
「……手もガサガサ。厨房で働いてた時とは違う荒れ方だ。こういう荒れ方はさ、荷物持ちとか荒事とかそういうことをした人の手だよね」
強く強く握りこまれた拳に触れれば、土に汚れた爪が目に入る。
どんなに洗っても染み込んでしまった泥も匂いも落ちなくて。同じ経験をしたことのあるアダムには、懐かしささえも覚える汚れた手のひら。
「傭兵、はできないか。どっかの商人の日雇いでもしてこき使われてるんだろ」
「なんで分かるんですか……?」
「俺も昔やってたからなぁ。朝から晩まで荷物運ばされて、埃は酷いし、雨の日は泥に汚れるし。酷い時は1日中砂とか石とか運び出す仕事でさ。なのに給料はこーんなちっぽけ」
「お、オメガなのに……? っ! す、すみませんっ」
「そう、オメガなのに。……この国では美味しいお菓子や美しい景色に包まれてオメガ達は生きているけど、他の国に生まれたオメガはそうじゃない。──だから俺は、ベータである君の方がよっぽど羨ましかった」
傷ついたような衝撃をうけたような表情を浮かべるカルルに笑みがこぼれる。
ふと零れたその笑みが憐憫なのか嘲りなのか、アダム自身にも分からなかった。
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