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三章

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 発情期がやってきたアダムは薬を半分にして服用していた。理由は給金からこの一ヶ月で起きた失敗分を差し引かれるからだ。そうなると、来月の給金はほんのわずかしか残らないだろう。
 からくり箱には、硬貨を金銀宝石に替えた蓄えがある。いくら丸薬に使用する薬草が高いとはいえ、ひと月分を購入する資金はあった。
 だがこれまでの緊迫した日々を思い返すと、無駄な出費は抑えたい。もしもここを出ないとならなくなった時、サミーだけでもひもじい思いをさせないために、貯金してきたお金を崩したくなかった。
 皮肉なことに、番をもつアダムは発情期を迎えても、フェロモンは誰にも作用しない。ただ、自分が耐えれば済む。
 外に出るとどんよりと重い曇天がアダムを迎えた。いやな予感がする。大抵、そういった悪い予感ばかり的中するもので。職場に着いたアダムは、昨日よりも遥かに醜悪な視線に身体を震わせた。
 非常に嫌な雰囲気だ。刺々しい視線を浴びながら服を着替える。中には普段通りに挨拶をしても無視をして舌を打つ者もいた。
 後ろの方では何やらアダムのことを噂している者もいる。宰相の時よりもよっぽど酷い。
 まるで罪人を見るような視線だった。震える指先でどうにか釦を留めた時、料理長に呼び出された。

「少しいいか」
「はい」

 料理長だけは落ち着いた瞳をしていた。相変わらず表情は強面だが、瞳は優しく凪いでいる。
 二人は休憩室に移動すると、勧められるがままに椅子に腰掛けた。そして、対面に座る料理長が悩ましげに腕を組む。

「悪いが今日から持ち場を変更することにした。少しのあいだ洗い場を担当してくれるか」
「……はい」
「大変な時は無理をしなくていい。できる範囲で構わない」

 アダムは息を詰めて頷く。いくら魔道具で水を汲む必要がなくなったとはいえ洗い場は重労働だ。
 だから誰もやりたがらず、順番で担当を変えていた。

「あの。……持ち場が変更することと、今日の皆さんの態度に何か関係があるんでしょうか」

 静かに問うたアダムに、料理長は眉を寄せた。睨んでいるように見えるが、ただ困っているだけだと知っている。料理長は数拍置くと事情を説明してくれた。
 何やらこの一ヶ月に起きたアダムの失敗は故意で起きたことだと噂が流れているそうだ。高級品である南国の果物や調味料を盗んで、街にある店で売っているのだと。
 そんな噂に乗っかるように、誰かがそういえばアダムが頻繁に宝石店に通うのを見たと言い出した。
 すると、噂は瞬く間に真実かのように語られ、アダムはいつの間にか宝石好きの散財男。宝石のために盗みを働くとんでもない奴の出来上がりである。

「……確かに宝石店には行ってますが」

 それは、お金を宝石に変えているからだ。何かあった時に逃げる際、袋に詰めた硬貨では荷物になるし、国を出てしまえば価値が変わる。
 だから、身軽にもなるし、どの国でも価値が変わらない金銀や宝石に換金しているのだ。
 だが、そんなことは説明できないし、したところで益々猜疑心を植え付けるだろう。今度は、誰かに追われている指名手配犯、だなんて言われるかもしれない。
 どうにかする術もなく、ただ噂が消える日まで耐え忍ぶしかない。それからのアダムは洗い場の仕事だけに集中した。忙しく動いていれば口さがない連中の言葉から意識を反らせる。
 ただ、わざわざ様子を見に、嫌味を投げつけてくる相手には効かないが。

「はっ。いい気味だ。宰相を誑かして捨てられたオメガの末路としてはまだ恵まれている方なんじゃないか」

 嫌味な狸だ。土のついた野菜を運んできたかと思えばこれである。構うだけ無駄だと、黙々と野菜を洗っていく。つまらなそうに鼻を鳴らした先輩は、わざとらしく肩をぶつけて戻っていった。
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