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二章

01

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 書類に影が差す。イサク・バーレは顔を上げた。

「なんだ、大丈夫そうじゃないか。イサク」

 イサクを見下ろすのは、黄金を纏う獅子獣人の男。七色に輝く瞳は皇族のみにしか許されない色彩だ。そして、現帝国内で神秘の瞳を持つ男は、この国の頂点に君臨する一人の男のみ。

「なんのごようですか、テオドール陛下」
「つれないね。君が過労と栄養失調で倒れたと言うから見舞いに来たんじゃないか」


 テオドールは腰まで伸びた美しい金髪をなびかせて笑う。
 イサクはペンを置くと仕事を中断した。そして、腐れ縁でもある男を見あげて嘆息した。

「俺のためを思うなら、共を連れずに好き勝手歩くな」
「大丈夫だよ。この目がある限り私に手を出せるやつは居ない」

 テオドールの言う通りではある。
 神秘の瞳に見つめられて嘘をつける者はいない。悪感情も純粋な好意もその瞳の前では隠せず暴かれる。全てを見通す力を持つ特別な瞳だ。
 だが、

「他国の者が見れば、この国は皇帝に共の一人も付けられぬ、馬鹿者だと軽んじるだろうな」

 冷々とした声音で注意した。

「相変わらず厳しいな。……ねえイサク。それで、例の運命の番とはどうなったんだい?」

 全くもって効いていない。テオドールという男は、一度何かに興味を抱くと気が済むまで止まらない。
 普段は冷静沈着で穏やかな男だ。イサクが認め、全てを捧げることができる唯一の主。
 なのに、今はどこから見ても立派な悪ガキだ。憎たらしい表情を浮かべている。
 神秘の瞳を見たいがために、財宝や美しい容姿をした獣人を捧げようとした者がどれほどいたか。
 そんな普段は隠されている瞳を惜しげも無く晒して、テオドールはこちらをきらきらと見ていた。

「どうもない」
「へえ。でも、倒れた君を介抱してくれたんだろう?」

 狼の耳がピクリと震えた。
 いったいどこから聞いたのか。イサクはここ数日の情けない自分を思い返して項垂れた。
 特に昨日は過労と空腹で雨の中倒れ、今朝までずっとあのオメガが看病してくれた。
 情けなくて情けなくて、イサクの尻尾がだらりと下がる。

「イサク。倒れるだなんて君らしくない。もしかして、運命の彼に本気になったのかい?」
「それはない」

 イサクははっきりと否定した。
 そして、

「俺は誰も愛さない」

 同じ言葉を繰り返す。
 テオドールは、頑固として「愛」を拒絶する友を、哀れむように見下ろした。
 だがイサクは慣れたようにその視線と、注がれた想いを軽々と受け流す。
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