紡ぐ者

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【第18章 《王》の影】

第2節 確実な恐怖

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「椿、怯えているのか?」
赤が椿を心配そうに見る。
「大丈夫よ。ただ………かなり厄介なことになってるだけよ。」
少女は美桜のほうを見る。
「あなた……たち……血……繋がってる……」
2人と二匹は少女の言葉に驚く。
(見ただけで血統がわかるの?)
「なんでわかるの?」
美桜は声を震えさせながら少女に聞く。
(完全に怯えてるわね。そりゃそうか。私でも恐怖を感じるレベル、この娘が耐えられるわけない。)
「それは………この目のお陰。」
少女は自分の橙色の瞳を指差す。
「また禁術か……一体いくつ持ってるわけ?」
「今見せたので………4つ。1つは………さっき失敗した。」
「失敗したって何?」
「トートルティを知っているか?」
「何それ?知らない。」
椿は少女のほうを凝視しながら話す。
「世界で最も最悪な魔法で禁術の1つよ。発動したら範囲内の全ての生物を確実に死に至らしめることができる。」
「トートルティ……魔法にしては名前のように聞こえるけど……」
「魔法に名前はない。その認識は間違っていない。だがトートルティ……こいつは例外だ。こいつは世界に数えるくらいしか存在しない、名を持つ魔法の1つだ。」
「名を持つ……魔法……?」
美桜は驚きを隠せない。今までの常識が崩れるのだから。
「世界には様々な魔法がある。その中で強力なものを人々は禁術とした。しかし、中には禁術の括りにいれることができないほど強力な魔法も存在した。人々はそれらの魔法に名をつけて、あらゆる記録、伝承を抹消した。その内の1つがトートルティよ。」
美桜は言葉を失う。思考が追いつかないからだ。
「それに加えて他にも3つの禁術が使えるのか。ニグレードより強いんじゃないか?」
「それは……違う。」
少女が青の言葉を否定する。青は少女に睨まれて硬直する。
「ニグレードは………あの人は私より………強い。今は………制限されてるだけ………でも、そろそろ………制限が解ける………。」
「制限だと?」
「本来の姿じゃないから………使えないだけ…………一度憑依したから………形を憶えた………制限が解けるのも………時間の問題。」
少女は錫杖をこちらに向ける。
「だから………ここで……足止め……する。」
錫杖の先端に魔力が集まりだす。
「伏せて!」
椿は美桜を引っ張って姿勢を低くする。その直後に2人の頭上を魔法が通り過ぎる。
(速っ………こんなの避けられるわけ……)
「止まっている暇はない。進んで!」
美桜は刀を抜く。ここに来る前に春蘭に渡してもらったのだ。


「待つんだ。」
春蘭が美桜を呼び止める。
「僕はおそらく、もう戦えない。治療が必要だ。それに、君の武器ももう使えないはずだ。だから、これを持っていくといい。」
春蘭は自身の刀を美桜に手渡す。
「僕の分まで頼むよ。」


(勝つ………絶対に勝って、生きて帰る!)
美桜は椿の後を追う。少女は2人に向かって魔法を乱射する。
「こいつ……無茶苦茶じゃない。なんて威力を連発してるわけ……」
少女の魔法は地面を抉り取り地形を変える。
「まだ………足りない………」
少女は自身の周りに無数の槍を作り出す。
「串刺しに………なれ……」
槍は2人を挟み込むように飛んでくる。
「ええい、そんなものが我らに通じると思うな!」
青と赤は2人を囲って槍から守る。
「私は問題なかったけど。」
「お前もだいぶ消耗しているはずだ。俺たちを頼れ。」
「へぇへぇ、じゃあ死んでも私を守って。」
「死んだら守れないだろ。」
椿と赤の茶番を青と美桜は横目に見ながら少女を目指す。
「防げるものは防ぐけど、無理だったら盾になって。」
「できることがそれくらいしかないから何も言えん……」
青は美桜の言うことに従う。少女は青を見て小さな声で呟く。
「何も………言えなくて………悔しくないの?」
「何を言い出すかと思えば、我への慈悲の言葉か?敵にそんなことを言われる筋合いはない。」
青ははっきりと言い切る。少女は表情こそは変わらないが、少し落ち込んでしまったように見える。
「そう………なんだ。変わった………趣味だね。」
「もしや変態と間違えられてないか?」
「まず女の子の体に入る時点で変態でしょ。」
「それは我がお前のどこにいるのかわかって言っているのか?」
「どこなの?」
美桜は首を傾げて聞く。
「はぁ……いい機会だ、教えてやる。お前の魂の中だ。使い魔や式神と同じでな。」
美桜はじとー、と青を変な目で見る。
「楽しそう………」
少女がこぼした言葉に美桜と青は呆然とする。
「今の聞いた?」
「我はこの話題には関与せんぞ。」
「私も………楽しく………暮らしたいだけ………なのに………なんで………奪うの?なんで………全部………壊しちゃうの?」
少女の目に涙が浮かぶが、その涙がこぼれることはなかった。
「もう………いいや。全部………壊しちゃお……」
少女は美桜に向かって魔法を放つ。青は美桜を乗せて空中に逃げる。魔法は地面を深く抉って溝を作る。
「範囲、威力、速度。全てにおいて完璧だ。何者なんだ、あの女は。」
「称賛してる場合じゃないでしょ!前見て!」
美桜は青の角を掴んで左に体重を寄せる。青の体が左に逸れた直後に少女の攻撃が飛んでくる。
「頼むから集中してくれない?普通に死ぬんだけど。」
「さっきは油断しただけだ。飛ばすから掴まってろ!」
青はスピードを上げて少女に接近する。少女は青の周囲に魔法陣を生成する。
「青、そのまま進みなさい。」
椿は全ての魔法陣を破壊する。少女はその光景に口を開けて呆然としている。
「我の力を貸してやる。決めろ!」
美桜は青から飛び降りて刀を振り下ろす。
「あ……あうぅ……」
刀は少女の体に深い傷をつける。少女は地面に背中から倒れる。
「早くトドメを!」
美桜は薙刀を少女に首に向かって振り下ろす。
「~♪………~♪………」
少女はか細い声で歌いだす。美桜の手がピタリと止まる。
「……歌?」
「何をしている、早く武器を振れ!」
美桜は青の声で我に返る。武器を振ろうとした時、美桜は後ろに引っ張られる。椿が魔力で引き寄せたのだ。
「トドメを刺さなくていいのか?」
「いや……危険と判断したから引っ張っただけよ。でも、案の定ね。」
少女の体に黒い靄がかかる。その靄は見覚えのあるものだった。
「あれは………黒い炎?」
「あいつの攻撃は黒い炎の類だと思ってたけど………まさか、あいつ自体が黒い炎だとはね。」
少女に黒い炎が集まり傷を治す。
「どういうことなの?炎が生きてるの?」
「ニグレードと同じよ。あいつも黒い炎の塊だけど意思を持って動いている。こいつも意思を持っている。言葉を発せれて、感情を持っているがその証拠よ。」
少女は立ち上がって黒い炎を抑え込む。
「でも、ニグレードより遥かに脆い。自分の意思で黒い炎を操ることができていない。それに意識も朦朧としている。誰かに支えてもらっている状態ね。」
「支えてもらってるって………一体誰に?」
「決まってるでしょ、ニグレードよ。おそらく、あいつの体の動きを助けている。さっきあんたが振り下ろしていたら、ニグレードが黙っていないでしょうね。途中からそんな予感がしたのよ。」
「ちょっと待って!それって、ニグレードはずっとハンデがある状態で戦ってたってこと?!」
「まあ、そうなるわね。」
美桜は血の気が引くような感覚に襲われる。
「でもよぉ、こいつがいればニグレードにずっとハンデを持たせられるんじゃないのか?」
「ニグレードがこいつを捨てる可能性だってあるのよ。」
「その可能性は…………絶対にない。」
椿の言葉を少女は否定する。
「私は…………もうじき…………炎に馴染む。そうすれば………あの人は………制限から解き放たれる。」
椿は唾を飲む。
(時間の問題って………そういうことね。)
「私は………馴染んだら………地上に出る。」
(ならここで倒すしかない。でも倒したらニグレードの制限がなくなる。だけど、倒さなかったらニグレード並の化け物を2体相手にすることになる。どうすれば………)
椿は歯を食いしばりながらしばらく悩む。そしてため息をついて決断を下す。
「あいつを倒す。絶対に地上には行かせない。」
「それだとニグレードはどうするんだ?!」
「ニグレード並の化け物を2体相手にするよりかはマシでしょ?」
青は椿の言葉に納得する。
(この決断が後々、悪い方向に響かないことを願うけど。)
椿は内心不安であった。
「邪魔………しないで……」
少女の背後から2つの黒い手がこちらに襲いかかる。
「気をつけろ!あの手から黒い炎を感じるぞ。」
「言われなくても……わかってる!」
美桜は青にしがみつく。青は手の隙間を縫って躱す。
「遅い………」
手は青の体を掴んで地面に引きずり落とす。
「くっ………離れろ!」
青は体をうねらせて手を振りほどく。そのまますぐに宙に飛ぶ。椿は赤に乗ってこちらに近づく。
「私があいつを攻撃する。おそらく、反撃が飛んでくると思う。その隙をあんたが叩いて。」
「お前は大丈夫なのか?」
「安心しろ、俺がいる。」
「だけど………ニグレードはどうするの?!」
「あいつは私にも対処しきれるか分からない。だけど、確実に対処できるやつがいる。私たちは援護できる体力が残っていればそれでいい。」
「……わかった。」
椿は赤に少女に向かうよう指示する。
「行くぞ。」
「うん……」
青の言葉に美桜は頷く。
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