上 下
11 / 15

10話 トケアウ

しおりを挟む
「大量大量っと」

 警察署から歩いて10分のところにある喫茶店。
 その店の中で、さっき叔父さんの部下の人から貰ったコピーを広げながら有加はニヤニヤしていた。
 それにしても、簡単に遺留品のコピーが手に入ることに僕は未だに信じ難い気持ちだった。

「有加は、あの刑事さんと知り合いだったの?」
「いや。昨日が初対面だけど、どうしたの?」

 貰ったコピーから一切僕の方に目を向けることなく、有加が答える。
 では、なんで重要な証拠品のものをコピーとは言えど、易々と貰えたのだろうか?

「ちょっと、梨緒。折角資料を貰ったんだから、この半分を読むの手伝ってよ」

 そう言って有加は、僕に向かってコピーの束を寄越してきた。
 今は、先輩の事件のことが最優先なのだけれど、僕は先ほどの警察署の出来事ばかりが気になって仕方ない。

「あの部下の人、僕達にコピーなんか渡して、叔父さんに怒られないだろうか?」

 僕達のせいであの人の今後の仕事に影響してしまっては、本末転倒だ。

「大丈夫だと思うわよ。報告する前にきっと忘れちゃうだろうし」
「え?」

 呑気にアイスティーを飲みながら答える有加。忘れるってどういうことなのだろう?

「細かいことはどうでもいいのよ。全部丸く収まればそれで。さ、梨緒もノルマをこなして」

 ずずいっと、コピーの束を僕に押し付けられる。

「いいけど、今日、大学の講義あったよね? 確か、日本史と考古学が。そろそろ大学に向かわないと遅刻しちゃうよ?」

 僕は腕時計で時刻を確認する。時刻は11時すぎ。二つとも午後から講義だけど、そろそろ大学へ向かわないと間に合わなくなる時間になっていた。

「今さっき、大学からお知らせメールで臨時休講になったらしいから今日は講義無いわよ」

 有加は重大なことをさらっと言い放つ。
 僕も携帯でメールフォルダを確認する。有加の言うとおり、臨時休講のお知らせが入っていた。

「恐らく、報道陣が大学にでも押し寄せたんじゃない? だから、こうやって時間を気にすることなく、考察が出来るってわけよ」

 有加はカバンからペンケースを取り出し、気になっている言葉に黄色の蛍光マーカーペンで線を引き始める。僕も仕方なくコピーの束に目を通して、有加と同じ様にマーカーで線を引いていく。この一連の作業に何故か懐かしささえ覚えてくる。

「なんか、受験生が一生懸命暗記用のノートを作っているみたい。僕達もそんな頃があったね」
「そんなこともあったわねぇ。梨緒が偏差値の高い大学に進学するって言ったから、私が必死になって勉強したわね」

 眉間にシワを寄せながら、有加は作業をしながら話す。

「無理だったら、別の学校でも良かったのに」
「バラバラだったら、梨緒がもし悪女の毒牙にでも襲われたときに助けにいけないでしょ? それに、梨緒は危なっかしいところが多いから目が離せないのよ」

 有加の言葉に、僕は苦笑しか出ない。確かに、僕一人だと右も左も分からず、危ない道を渡ってしまうかもしれない。今まで、有加の存在がとても大きいものであった。

「そろそろ、そんな状況からも卒業したいんだけどねー」
「ま、一生無理ね。……あ、コレ見て」

 有加は1枚の紙を僕に見せる。

「一生無理って酷くない? ん、コレ何?」

 僕は、紙にマーカーで線を引かれている箇所に注目する。そこには、先輩が書いたと思しき字で15箇所ほどの電話番号が記されていた。

「全部、芸能事務所の電話番号ね。有名どころや私の所属している事務所の電話番号も書かれているし、間違いないわね。あと、こっちには、スポーツ関連雑誌の編集部の電話番号も」

 有加はもう一枚の紙も僕に渡してきた。その紙の方には、雑誌名と電話番号が記載されていた。

「……先輩はスポーツ業界でも進出しようとしていた訳じゃないよね?」

 僕の質問に、冷ややかな目で有加が見つめる。

「梨緒、それ本気で言ってる? 本気だったら病院へ行ったほうがいいわよ?」
「いえ、冗談で言いました!」

 僕が慌てて答えると、有加はアイスティーを飲みきって、

「きっとこれは、先輩の彼氏の栗林に仕事を斡旋してあげるつもりだったのよ。総合格闘技の選手だったみたいだから、バラエティとかでも使えるし、例え精神的苦痛とかでテレビ出演は無理でも、スポーツ関連の雑誌とかのライターだったら在宅で出来るから、負担も軽くなる」
「仕事を斡旋? なんで?」
「そりゃ、ヒモだったからでしょ。先輩は栗林に依存を治して欲しかったんじゃないかしら。少しでも自分の力で働けることが出来るように」

 アイスティーを飲み干した有加は、今度は置かれていてぬるくなったお冷を口に含む。

「へー。で、僕らに相談したことはその斡旋の件なのかなぁ?」
「それはまだ探してるから、梨緒もモタモタしないでさっさと探しなさい」

 はい、と僕は視線を急いでコピーの方に向けて作業を続行する。
 それにしても、他人の日記帳や手帳を読むのはその人の心の中を読み取っているようで、悪い事をしている気がする。
 読み込んでいる内に、段々とその人になっていく気さえする。

「ううっ……」

 先輩の心に近くなる。
 書かれている言葉の一つ一つが僕の頭の中で溶け合い、僕の中に先輩が形成されていくような気がした。
 とても、苦しい。切ない。

「あー……、またか」

 有加がとてもまずそうな顔をするのが見えた。どうして、僕を見て君はそんな顔をするの?
 僕 が 何 か 悪 い 事 で も し た ?

「ゆかぁ……。苦しいよぉ……」

 ボロボロと涙を流す僕。幸い、喫茶店には僕達しか居なくて、僕のこんな姿を見ている人は他には居なかった。

「はいはい、梨緒に読ませたのが悪かったわね。よしよし、苦しいだろうけど、何か分かったことがあったなら教えて?」
「何かコレを読んでたら……、好きなのに、突き放さないといけないっていう気持ちが湧いてきて……それで……」
「それだけで十分よ。はい、コレで泣くのはオシマイ」

 有加が僕に言葉をかけると、不思議とさっきまで止め処なく流れていた涙がスッと止まった。

「あれ。止まった」
「気の持ちようの問題よ。さて、先輩の意思も汲み取ったことだし、家へ帰って父さんに手伝ってもらうわよ?」

 有加はそう言って、テーブルに広げていたコピー達を急いで片付ける。

「静さんに何を手伝ってもらうの?」

 僕の質問に有加はニヤリと笑い、

「ミステリーを1作仕上げてもらうのよ。梨緒が読める記念すべき第一作目の作品をね」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

田吾作どん、食べちゃダメ?

黒幕横丁
キャラ文芸
日本のとある山の奥深くに【獄の森(ごくのもり)】という、それはそれは恐ろしい森がある。 そこに捨てられた男児を森に住む鬼達が拾い、食料として育てることにした。 しかし、育てているうちに愛着が湧いて食べられなくなってしまった!? そこで、鬼の一族の長が提案した《村の決まり》。それは、なんと、『田吾作自身が食べてもいいよと言った場合のみ、皆で食べてやろう』というとんでもないもので……。 その決まりに振り回される田吾作はある日、謎の転校生に出会う。 そこから始まるドタバタ日常物語。 田吾作どん、食べちゃ…… 「ダメです」

検索エンジンは犯人を知っている

黒幕横丁
キャラ文芸
FM上箕島でDJをやっている如月神那は、自作で自分専用の検索エンジン【テリトリー】を持っていた。ソレの凄い性能を知っている幼馴染で刑事である長月史はある日、一つの事件を持ってきて……。 【テリトリー】を駆使して暴く、DJ安楽椅子探偵の推理ショー的な話。

未亡人クローディアが夫を亡くした理由

臣桜
キャラ文芸
老齢の辺境伯、バフェット伯が亡くなった。 しかしその若き未亡人クローディアは、夫が亡くなったばかりだというのに、喪服とは色ばかりの艶やかな姿をして、毎晩舞踏会でダンスに興じる。 うら若き未亡人はなぜ老齢の辺境伯に嫁いだのか。なぜ彼女は夫が亡くなったばかりだというのに、楽しげに振る舞っているのか。 クローディアには、夫が亡くなった理由を知らなければならない理由があった――。 ※ 表紙はニジジャーニーで生成しました

護堂先生と神様のごはん 護堂教授の霊界食堂

栗槙ひので
キャラ文芸
考古学者の護堂友和は、気が付くと死んでいた。 彼には死んだ時の記憶がなく、死神のリストにも名前が無かった。予定外に早く死んでしまった友和は、未だ修行が足りていないと、閻魔大王から特命を授かる。 それは、霊界で働く者達の食堂メニューを考える事と、自身の死の真相を探る事。活動しやすいように若返らせて貰う筈が、どういう訳か中学生の姿にまで戻ってしまう。 自分は何故死んだのか、神々を満足させる料理とはどんなものなのか。 食いしん坊の神様、幽霊の料理人、幽体離脱癖のある警察官に、御使の天狐、迷子の妖怪少年や河童まで現れて……風変わりな神や妖怪達と織りなす、霊界ファンタジー。 「護堂先生と神様のごはん」もう一つの物語。 2019.12.2 現代ファンタジー日別ランキング一位獲得

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

【完結】この悲しみも。……きっといつかは消える

Mimi
恋愛
「愛している」と言ってくれた夫スチュワートが亡くなった。  ふたりの愛の結晶だと、周囲からも待ち望まれていた妊娠4ヶ月目の子供も失った。  夫と子供を喪い、実家に戻る予定だったミルドレッドに告げられたのは、夫の異母弟との婚姻。  夫の異母弟レナードには平民の恋人サリーも居て、ふたりは結婚する予定だった。   愛し合うふたりを不幸にしてまで、両家の縁は繋がなければならないの?  国の事業に絡んだ政略結婚だから?  早々に切り替えが出来ないミルドレッドに王都から幼い女児を連れた女性ローラが訪ねてくる。 『王都でスチュワート様のお世話になっていたんです』 『この子はあのひとの娘です』  自分と結婚する前に、夫には子供が居た……    王家主導の事業に絡んだ婚姻だったけれど、夫とは政略以上の関係を結べていたはずだった。  個人の幸せよりも家の繁栄が優先される貴族同士の婚姻で、ミルドレッドが選択した結末は……     *****  ヒロイン的には恋愛パートは亡くなった夫との回想が主で、新たな恋愛要素は少なめです。 ⚠️ ヒロインの周囲に同性愛者がいます。   具体的なシーンはありませんが、人物設定しています。   自衛をお願いいたします。  8万字を越えてしまい、長編に変更致しました。  他サイトでも公開中です

【R18】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※サムネにAI生成画像を使用しています

処理中です...