Channel Storm

葉隠一

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 明るい方へ、燃える方へ、足を進めるほどに込める力が強くなる。周りのアンドロイドたちが音を立てている。その音は一定のリズムをとっているかのようだ。一つの音に多くが集まる。それが連なり、奏でられる。叫ばれる言葉も、バラバラだがまとまりがある。まとまっては離れ、再び引き合い、再び別れる。言葉が、行為が、それを誘発するかのようだ。

 いつしか僕も叫んでいた。足でリズムをとっていた。あの扉、決して開かない扉を開けたい。何かを打ち破りたい。そうすれば何かが変わる。楽になる。そうなるはずだ。だって、こんなに気分が好い。

 近くにある瓦礫や何故か近くに落ちていた棍棒で、周りにあるものを叩いた。みんなが向かう先にある壁にものを投げつけた。何度かそれを繰り返した後に気付いた。壁の前に立つアンドロイドたちの周囲には、

 Freedom Is Wathcing You

 と書かれていた。それを見た時、僕の手は止まった。足も止まった。その文字列は何か、それがわかった。あれは僕がチャンネル・ストームとの会話で得た言葉だ。あいつが去り際に語った何かだ。自由はお前を見ている。それは一体どんな意味を持つのだろう。僕の今の行為が自由であると言うのか? みんなはどう思う? みんなもそう思っているから、この群衆の中にいるのか?

 耳を澄ませて聞いてみれば、みんなが歌には覚えがある。何処で聞いたのか、と考えていた。思い出した。これは僕が作った歌じゃないか。あの公園の中、一人で歌っていた歌だ。なんでみんなが知っている。どうしてこんな大合唱になっている。どうしてこんな大暴走になってしまった? 一体何が起きたんだ!?

 周りには沢山の文字がある。

 Freedom Is Watching You

 その文字列が、言葉が、僕に襲い掛かってくるようだ。自由はお前を見ている。それなら僕はどうすればいいんだ?

 ふと、自分が浮かんでいるのを感じた。今までの日々でも感じたことがある。周りに比べて浮いている。周りに溶け込めない。周りの流れに乗れない。みんなと同じように出来ない。自由とは何だ?

 僕は振り上げていた棍棒を地面に落とし、後ずさる。そのまま踵を返して群衆の中から飛び出した。歩く速さはゆっくりとしたものだ。群衆に向かうアンドロイドたちは僕には目もくれていない。みんなが向かう方向へと力を込めて歩いている。僕は反対へ向かい、時々みんなにぶつかりながら歩き続ける。徐々に僕にぶつかってくる力は弱まっていく。それに合わせて、僕も速足になる。そして、走った。

 転んで、歩いて、立ち止まって、もうちょっと歩いて、走って休む。さっきまで近くにあった光と熱は遠くなっている。夜の闇の中で小さく揺れている。ふと、周りを見ると、僕と同じように息を切らしながら休んでいるアンドロイドが見えた。僕と同じ方へ、というより、あの騒ぎとは別の方へ、どこか遠くへ、と思って歩いているのだろう。このアンドロイドたちは、僕と同じ様な体験をしたのだろうか? チャンネル・ストームと話したのだろうか? では、あの騒ぎは何なのだろう? 向こうに居るみんなもチャンネル・ストームと話した? それなら僕は一体何なんだ?

 遠くから見ていると不思議な感じだ。さっきまであそこに居たのが今の自分には妙に映る。あの壁の向こうに何があると言うんだろう? あの壁を打ち壊して、本当に何かが変わるのだろうか? 間違っているのは僕の方じゃないのか? しかし、もう戻る気にはなれない。

 そのまま攻撃が仕掛けられている壁と扉を眺め、息を整えていた。その時、もう一つの考えが浮かんできた。

 あの扉の向こうでも、同じことをしているとしたら?

 人間たちは人間たちで上手く行っていないとしたら?

 その原因が外側に居るアンドロイドにあると思っていたら?

 そして、あの壁と扉を打ち破れば自由になれると思っていたら?

 もしも、僕と同じように反対に走った人間がいるなら?


 ここまで来たなら考えても始まらない。僕の進む方へ、進みたい方へ向かうしかない。みんなとは、また会えるだろうか? この先には何が待っているかわからない。それぞれの幸福を祈ろう。もしも、友達になれる誰かがいるなら、会えることを願う。

 僕は再び歩き出す。歩く先にはちらほらと小さい光が見えた。徐々にその正体が解って来る。それは様々な作業用ロボットだ。アームを扱えるロボットが松明を持っているのだ。動かせるものはそれを振り回し、機敏なものは踊りを踊るかのようにクルクルと回っている。僕はその異様な群れの中へと走っていく。


―――――

 後になって、瓦礫の中から記録を見つけた。

 あの頃の僕の状況とそれに至る大体の流れを把握することが出来た。

 人間たちはアンドロイド適応作戦の成功を経て、更にそれを推し進めることを決めた。効率化システムを構築し、模索を続けた。それには当然、人間側に存在する機械の力、システムの力が利用されて行く。要するに人間の模倣を更に強化するのだ。そしてシステムはこんな仕組みを考えた。

 人間一人を外のアンドロイド一体に対応させる。体調不良なども含めて。

 それにより星の開拓は理想的なものとなるはずだった。しかし、そうはならなかった。原因は謎だ。僕にはその原因を突き止める責任も何も無い。誰かに任務を命じられているわけでもない。僕はただ、自分の意思で何かを探ろうと、この星の上を歩いている。

 そして、チャンネル・ストーム。チャンネル・ストームの記録は人間側にも無かった。あいつは一体何だったのだろうか? あいつとも再び会えるのだろうか? 何が起こったのか、何が目的なのか。あいつは話してくれるだろうか?

 今はとにかく歩くしかない。この未知なる世界を。僕の生きる星の上を。

(終わり)
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