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第4章
恋ですか? 7月13日②
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この日、2回目に水川の眠りを妨げたのは、しつこいチャイムの音だった。ぐっすりと気持ちよく眠ってきた水川は、その騒音に心底イラついた。
抱き締めていたものが動いたので、つられて目を開けた。水川はあいりを抱き締めていた。目が合うと、あいりは恥ずかしそうに目をそらした。
「水川さん、チャイムが」
あいりは鳴り続く音を気にしていた。起き上がろうとする彼女を水川はその身に引き寄せて止めた。
「誰かは大体想像つくし、出たらもっとややこしくなるから、居ないふりする。ごめんけど、音たてないようにじっとしてて?」
腕の中のあいりの身体は汗で濡れていた。時計を見るともう10時を過ぎていて、外は晴れているようだった。冷房をつけていない夏の部屋は、じっとりと暑かった。
自らの汗とあいりの汗が密着して、まざりあっていることに、気まずさを感じつつ水川は小声であいりに
「ごめんな、暑かっただろ?」と声をかけた。
「いえ、気持ちよく寝ちゃってて気にならなかったです。私汗かいててごめんなさい」
全然謝る必要はないのにあいりは申し訳なさそうにしていた。身体が密着していて、暑いはずだが彼女は腕の中から出ようとはしなかった。彼女も気持ちよく寝れたという事実に安堵しつつ、水川は早くチャイムの主が帰ってくれないかなと思った。
チャイムがとまり、もういいかなと思ったら、今度は電話がかかってきた。
また鳴り続けるそれに、あいりが「出なくていいんですか?」と声をかけてきたが、「今は話したくないから、いい」と水川は無視を続けた。
それでも、電話は鳴りやまなかった。
仕方なく、水川は電話をとった。
「もしもし、雪穂、なに?鳴らしすぎ」
心配そうな雪穂の声が電話口から聞こえてきた。みけにゃんが旅立って、メッセージが何通も届いていたが、まだ読んでもいなかった。
「大丈夫だから、ちょっと1人にさせて?心配かけてごめんな。ほんとごめん」
彼女の思いも優しさも今の水川には受け入れがたいものだった。
心配だから顔だけ見せて欲しいという彼女の声をこれ以上聞きたくなかった。
「本当、大丈夫だから1人にさせて。自分勝手でごめんな」
そう言って、水川は電話を切った。
電話はそれ以上かかってこなかったし、チャイムもならなかった。玄関の方で音がして、メッセージが1件届いた。
前園雪穂:
しつこくしてごめんなさい。食べれてる?ご飯とか色々、ドアの前に置いておいたから申し訳ないけどそれだけは受け取ってください。
水川が見に行くと、ビニール袋にぎっしりと水川の好きなものが入っていた。
冷蔵庫に冷蔵物を入れ、部屋のエアコンをつけた。涼しい風に汗に濡れたTシャツがひんやりと冷たくなった。もう、ぬるくなっていた麦茶を入れ直してあいりに渡す。
「ごめんな。喉渇いたろ?」
あいりはこくこくと勢いよく飲んだ。
もっと早く飲ませれば良かったと水川は後悔した。
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます。あの水川さん、私、ごめんなさい」
「えっ?」
あいりは悲しそうな顔をしていた。
「水川さん、1人になりたかったんですよね。それなのに、私無理やり一緒に」
あいりは水川が雪穂に対して言った言葉に一緒に傷ついたようだった。
「出過ぎた真似して、すみませんでした。私、帰りますね」
立ち上がって、部屋を出ていこうとするあいりの手を水川は掴んで引きとめた。
「たちばなさん、帰んないで。1人でいたいって言ったのは、ただの会わないで済ますための言い訳だから」
性的なことは何もしていないとはいえ、あいりを抱き締めて一緒に寝た直後に雪穂に会いたくはなかった。どんな顔をすればいいのかわからなかった。
「一緒にいてほしい。俺あんなに気持ちよく寝たの初めてかも。抱き締めちゃってごめんな。嫌だったろ?」
一緒にいてほしいなんて言ったら、あいりが断れないのは知っていたのに、帰って欲しくなくて、つい口に出してしまった。勝手な思いを彼女にぶつけるなんて、ミジンコのことを悪く言えなくなる。
「嫌じゃないです」
「えっ?」
「どきどきし過ぎて苦しい位だったけど、嫌じゃないです。ほんとはもっと一緒に寝ていたかった」
あいりが水川に近づいた。
「私、水川さんと一緒にいると物凄くどきどきして苦しいんです。会いたくて、水川さんの笑顔がみたくて、何かしたいんです。ずっと苦しくて辛いのに、こおりくんがこれは恋だって言うんです。水川さん、これって恋ですか?」
あいりが上目遣いに水川の目を捕らえた。
水川の心臓がこれまでにないくらいに高鳴った。彼女の瞳がうるめきながら輝いていて、自分のことを真っ直ぐ見ていて、その瞳にずっと見つめられたかった。もっと彼女の全てが知りたくて、全部が欲しかった。今までに感じたことのないものが心の中に沸き上がった。このとめられない感情の名前を水川は知らなかった。
「俺が今、たちばなさんの全部が可愛くて、触りたくて、欲しいと思うのも恋かな?それともただの男の性かな?」
「わかんないです。でも私ももっと水川さんの傍にいたいです」
「こわい思いするかもよ?」
この言葉は、最後の防波堤だった。
「水川さんはこわくありません」
彼女の声は決意に満ちていて、水川は何も言わずにゆっくりあいりを抱き締めた。
抱き締めていたものが動いたので、つられて目を開けた。水川はあいりを抱き締めていた。目が合うと、あいりは恥ずかしそうに目をそらした。
「水川さん、チャイムが」
あいりは鳴り続く音を気にしていた。起き上がろうとする彼女を水川はその身に引き寄せて止めた。
「誰かは大体想像つくし、出たらもっとややこしくなるから、居ないふりする。ごめんけど、音たてないようにじっとしてて?」
腕の中のあいりの身体は汗で濡れていた。時計を見るともう10時を過ぎていて、外は晴れているようだった。冷房をつけていない夏の部屋は、じっとりと暑かった。
自らの汗とあいりの汗が密着して、まざりあっていることに、気まずさを感じつつ水川は小声であいりに
「ごめんな、暑かっただろ?」と声をかけた。
「いえ、気持ちよく寝ちゃってて気にならなかったです。私汗かいててごめんなさい」
全然謝る必要はないのにあいりは申し訳なさそうにしていた。身体が密着していて、暑いはずだが彼女は腕の中から出ようとはしなかった。彼女も気持ちよく寝れたという事実に安堵しつつ、水川は早くチャイムの主が帰ってくれないかなと思った。
チャイムがとまり、もういいかなと思ったら、今度は電話がかかってきた。
また鳴り続けるそれに、あいりが「出なくていいんですか?」と声をかけてきたが、「今は話したくないから、いい」と水川は無視を続けた。
それでも、電話は鳴りやまなかった。
仕方なく、水川は電話をとった。
「もしもし、雪穂、なに?鳴らしすぎ」
心配そうな雪穂の声が電話口から聞こえてきた。みけにゃんが旅立って、メッセージが何通も届いていたが、まだ読んでもいなかった。
「大丈夫だから、ちょっと1人にさせて?心配かけてごめんな。ほんとごめん」
彼女の思いも優しさも今の水川には受け入れがたいものだった。
心配だから顔だけ見せて欲しいという彼女の声をこれ以上聞きたくなかった。
「本当、大丈夫だから1人にさせて。自分勝手でごめんな」
そう言って、水川は電話を切った。
電話はそれ以上かかってこなかったし、チャイムもならなかった。玄関の方で音がして、メッセージが1件届いた。
前園雪穂:
しつこくしてごめんなさい。食べれてる?ご飯とか色々、ドアの前に置いておいたから申し訳ないけどそれだけは受け取ってください。
水川が見に行くと、ビニール袋にぎっしりと水川の好きなものが入っていた。
冷蔵庫に冷蔵物を入れ、部屋のエアコンをつけた。涼しい風に汗に濡れたTシャツがひんやりと冷たくなった。もう、ぬるくなっていた麦茶を入れ直してあいりに渡す。
「ごめんな。喉渇いたろ?」
あいりはこくこくと勢いよく飲んだ。
もっと早く飲ませれば良かったと水川は後悔した。
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます。あの水川さん、私、ごめんなさい」
「えっ?」
あいりは悲しそうな顔をしていた。
「水川さん、1人になりたかったんですよね。それなのに、私無理やり一緒に」
あいりは水川が雪穂に対して言った言葉に一緒に傷ついたようだった。
「出過ぎた真似して、すみませんでした。私、帰りますね」
立ち上がって、部屋を出ていこうとするあいりの手を水川は掴んで引きとめた。
「たちばなさん、帰んないで。1人でいたいって言ったのは、ただの会わないで済ますための言い訳だから」
性的なことは何もしていないとはいえ、あいりを抱き締めて一緒に寝た直後に雪穂に会いたくはなかった。どんな顔をすればいいのかわからなかった。
「一緒にいてほしい。俺あんなに気持ちよく寝たの初めてかも。抱き締めちゃってごめんな。嫌だったろ?」
一緒にいてほしいなんて言ったら、あいりが断れないのは知っていたのに、帰って欲しくなくて、つい口に出してしまった。勝手な思いを彼女にぶつけるなんて、ミジンコのことを悪く言えなくなる。
「嫌じゃないです」
「えっ?」
「どきどきし過ぎて苦しい位だったけど、嫌じゃないです。ほんとはもっと一緒に寝ていたかった」
あいりが水川に近づいた。
「私、水川さんと一緒にいると物凄くどきどきして苦しいんです。会いたくて、水川さんの笑顔がみたくて、何かしたいんです。ずっと苦しくて辛いのに、こおりくんがこれは恋だって言うんです。水川さん、これって恋ですか?」
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水川の心臓がこれまでにないくらいに高鳴った。彼女の瞳がうるめきながら輝いていて、自分のことを真っ直ぐ見ていて、その瞳にずっと見つめられたかった。もっと彼女の全てが知りたくて、全部が欲しかった。今までに感じたことのないものが心の中に沸き上がった。このとめられない感情の名前を水川は知らなかった。
「俺が今、たちばなさんの全部が可愛くて、触りたくて、欲しいと思うのも恋かな?それともただの男の性かな?」
「わかんないです。でも私ももっと水川さんの傍にいたいです」
「こわい思いするかもよ?」
この言葉は、最後の防波堤だった。
「水川さんはこわくありません」
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