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第3章
合い鍵
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こおりはあの日から毎日あいりの家に通っていた。
あいりに聞いて、食べられそうなもの、必要なもの、欲しいもの、あと彼女が喜びそうなものを買ってきた。こおりが初めて彼女の冷蔵庫を開けたとき、中には栄養補助のゼリー飲料数個と麦茶が入っていただけで、他には何もなかった。今までどうやって生活していたのか考えると胸が痛んだ。
あいりの家には炊飯器もトースターもなく、あるのは少し大きめのフライパン1個と包丁、まな板、冷蔵庫とレンジ、洗濯機のみだった。小さな浴室には浸かれる浴槽はなく、部屋の陽当たりは悪かった。
通い初めて3日目に、あいりが言いにくそうにこおりに「ナプキンを買ってきてくれないか」と頼んでくれたときは嬉しかった。売り場に行って、その種類の多さに驚き、何が違うのかじーっと見ていたら、人の目が痛かった。でも、それでも何を聞いても本当に欲しいものを言ってくれているのかわからなかったあいりが、頼んでくれたものを買えることが嬉しかった。結局、何種類も買って帰ったら、彼女は驚いて、恥ずかしかったでしょ?と少し笑っていた。
こおりは仕事が終わった後の夜にしか来れなかった。泊まるのは嫌だろうと思い、終電ギリギリまであいりの家にいて、思いつくできることを全てした。
水川はバイト終わりに時折、あいりの家に立ち寄って、こおりが何かしていないか様子を確認しに来ているようだった。
「水川さんがこおりくんにもあげといてって言ってたよ」とあいりが冷蔵庫にプリンがあると言ってきたとき、こおりはあの人はどれだけ優しい人なんだ、到底敵わないと思った。
あいりとは深い話はしていなかった。彼女が唯一楽しそうに語るのは、水川の話とねこねこにゃんだふるというゲームの話だけだった。こおりも水川の指示通りにゲームをやり始めていた。
「水川さんね、みけにゃんの話をするときはすごく可愛いんだよ。時々訳のわかんない冗談いうの」
そう言って笑う彼女の目は、こおりの知らない色で輝いていた。
1週間後の病院の診察には仕事を休んで、こおりが一緒に行った。その頃には出血も止まっていて、子宮の中も綺麗な状態だったので、自然排出された初期の完全流産ということで手術は必要ないと言われた。医師から今後の避妊の事について話があり、こおりは耳が痛くなりながらも真剣に聴いた。
その頃にはあいりは自力で歩けるくらいには回復していた。彼女には一切触れられなかったので、こおりはほっとしていた。
彼女が倒れそうなときに、手を伸ばして拒否されたら、自分がショックを受けることが予想できたからだ。
「こおりくん、私もう大丈夫だから、来なくていいよ。毎日通うの大変だったよね。ありがとう」
病院に行った日、家についてから、あいりにこう言われた。何となくそろそろ、そう言われることは予想がついていたので驚かなかった。
「まだ、万全じゃないだろ?ご飯だって全然食べれてないし、買い物だっていけないだろ?」
彼女の家は立地が悪く、スーパーやコンビニが遠かった。
「ただのお手伝いだと思えばいいから。もうちょっと通わせて?」
あいり自身もまだ手伝いが必要な事くらいわかっていたと思う。
「こおりくん、仕事疲れてるのに通うの大変でしょ?見てて辛いの」
確かにこの一週間、忙しかった。でも、苦痛ではなかった。
「全然苦じゃないから、気にしなくていいんだけど。もし、それでもあいりが気になるなら、俺の家に来ないか?」
それはずっとこおりが考えていたことだった。温かいお風呂も、炊き立てのご飯も、ふかふかの布団もこおりの家なら容易に提供出来る。
「えっでも、そしたら」
その先を口ごもって言わなかったけれど、こおりにはわかっていた。こおりの家に来たら、水川がバイト終わりに寄ってくれることもなくなるであろう。
水川の話を彼女は無意識にしているようだった。唯一の明るい共通の話題だから、必然だったかもしれない。
傷ついているときに助けてもらって、優しくされて、面白くて、ねこ好きの意外なギャップもあって、格好良くて、そんなの好きにならない方がおかしいであろう。
あの日、水川がぴったりと守るようにあいりの傍についていたのが思い出される。彼の手になら彼女は身を任せるだろうか。
「嫌ならいいんだ。でも、いつでも来ていいし、好きに使ってくれて構わない。あいりお風呂好きだろ?あいりが来たら、俺はソファーで寝るから安心していいよ。絶対に触れないから。あいりの好きなお茶もたくさん買っちゃったんだ」
こおりはテーブルの上に、自分の家の合い鍵を置いた。
「ちょっとの間、考えさせて」
あいりはこおりの目を見てそう言った。
その日、こおりが帰るとき、あいりはこおりに自分の家の合い鍵をくれた。
「無理して毎日来ないでね。こおりくん、疲れてるの見るの辛いの。でも来てくれるのは嫌じゃない」
彼女のその言葉がこおりは死ぬ程嬉しかった。
あいりに聞いて、食べられそうなもの、必要なもの、欲しいもの、あと彼女が喜びそうなものを買ってきた。こおりが初めて彼女の冷蔵庫を開けたとき、中には栄養補助のゼリー飲料数個と麦茶が入っていただけで、他には何もなかった。今までどうやって生活していたのか考えると胸が痛んだ。
あいりの家には炊飯器もトースターもなく、あるのは少し大きめのフライパン1個と包丁、まな板、冷蔵庫とレンジ、洗濯機のみだった。小さな浴室には浸かれる浴槽はなく、部屋の陽当たりは悪かった。
通い初めて3日目に、あいりが言いにくそうにこおりに「ナプキンを買ってきてくれないか」と頼んでくれたときは嬉しかった。売り場に行って、その種類の多さに驚き、何が違うのかじーっと見ていたら、人の目が痛かった。でも、それでも何を聞いても本当に欲しいものを言ってくれているのかわからなかったあいりが、頼んでくれたものを買えることが嬉しかった。結局、何種類も買って帰ったら、彼女は驚いて、恥ずかしかったでしょ?と少し笑っていた。
こおりは仕事が終わった後の夜にしか来れなかった。泊まるのは嫌だろうと思い、終電ギリギリまであいりの家にいて、思いつくできることを全てした。
水川はバイト終わりに時折、あいりの家に立ち寄って、こおりが何かしていないか様子を確認しに来ているようだった。
「水川さんがこおりくんにもあげといてって言ってたよ」とあいりが冷蔵庫にプリンがあると言ってきたとき、こおりはあの人はどれだけ優しい人なんだ、到底敵わないと思った。
あいりとは深い話はしていなかった。彼女が唯一楽しそうに語るのは、水川の話とねこねこにゃんだふるというゲームの話だけだった。こおりも水川の指示通りにゲームをやり始めていた。
「水川さんね、みけにゃんの話をするときはすごく可愛いんだよ。時々訳のわかんない冗談いうの」
そう言って笑う彼女の目は、こおりの知らない色で輝いていた。
1週間後の病院の診察には仕事を休んで、こおりが一緒に行った。その頃には出血も止まっていて、子宮の中も綺麗な状態だったので、自然排出された初期の完全流産ということで手術は必要ないと言われた。医師から今後の避妊の事について話があり、こおりは耳が痛くなりながらも真剣に聴いた。
その頃にはあいりは自力で歩けるくらいには回復していた。彼女には一切触れられなかったので、こおりはほっとしていた。
彼女が倒れそうなときに、手を伸ばして拒否されたら、自分がショックを受けることが予想できたからだ。
「こおりくん、私もう大丈夫だから、来なくていいよ。毎日通うの大変だったよね。ありがとう」
病院に行った日、家についてから、あいりにこう言われた。何となくそろそろ、そう言われることは予想がついていたので驚かなかった。
「まだ、万全じゃないだろ?ご飯だって全然食べれてないし、買い物だっていけないだろ?」
彼女の家は立地が悪く、スーパーやコンビニが遠かった。
「ただのお手伝いだと思えばいいから。もうちょっと通わせて?」
あいり自身もまだ手伝いが必要な事くらいわかっていたと思う。
「こおりくん、仕事疲れてるのに通うの大変でしょ?見てて辛いの」
確かにこの一週間、忙しかった。でも、苦痛ではなかった。
「全然苦じゃないから、気にしなくていいんだけど。もし、それでもあいりが気になるなら、俺の家に来ないか?」
それはずっとこおりが考えていたことだった。温かいお風呂も、炊き立てのご飯も、ふかふかの布団もこおりの家なら容易に提供出来る。
「えっでも、そしたら」
その先を口ごもって言わなかったけれど、こおりにはわかっていた。こおりの家に来たら、水川がバイト終わりに寄ってくれることもなくなるであろう。
水川の話を彼女は無意識にしているようだった。唯一の明るい共通の話題だから、必然だったかもしれない。
傷ついているときに助けてもらって、優しくされて、面白くて、ねこ好きの意外なギャップもあって、格好良くて、そんなの好きにならない方がおかしいであろう。
あの日、水川がぴったりと守るようにあいりの傍についていたのが思い出される。彼の手になら彼女は身を任せるだろうか。
「嫌ならいいんだ。でも、いつでも来ていいし、好きに使ってくれて構わない。あいりお風呂好きだろ?あいりが来たら、俺はソファーで寝るから安心していいよ。絶対に触れないから。あいりの好きなお茶もたくさん買っちゃったんだ」
こおりはテーブルの上に、自分の家の合い鍵を置いた。
「ちょっとの間、考えさせて」
あいりはこおりの目を見てそう言った。
その日、こおりが帰るとき、あいりはこおりに自分の家の合い鍵をくれた。
「無理して毎日来ないでね。こおりくん、疲れてるの見るの辛いの。でも来てくれるのは嫌じゃない」
彼女のその言葉がこおりは死ぬ程嬉しかった。
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