残365日のこおり。

tonari0407

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第2章

結果 5月30日②

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【注意】この話は流産の話です。不快に思われる方は読まないようにお願いいたします。また診察方針や話し方などは医師の判断や状況により変わります。あくまで物語上の医師の説明と思っていただきますよう、お願いいたします。


 あいりを支えて病院に入った流れで、水川は診察室の中にそのままいた。今は12時50分で、本来の午前診療の時間は過ぎており、他に患者はいなかった。連絡を受けて、診療時間外だったが、扉を開けて待っていてくれたようだった。

 診察を終えたあいりが椅子に座ると、医師がゆっくりと口を開いた。

「たちばなさん、大変残念ですが、子宮内に赤ちゃんは認められませんでした。流産です」

 医師の言葉に、あいりはうつむいたまま声を絞り出した。彼女の両手はお腹の上で何かを守るように置かれていた。

「先生、私が全然食べられなくて、迷って、大事にできなかったから、だから、だから、いっちゃったんですか?」

 服にぽとぽとと涙が染みた。看護師が彼女にティッシュを差し出したが、あいりは顔をあげなかった。

「たちばなさん、この時期の流産はたちばなさんのせいではありません。初期の流産は赤ちゃんの染色体の異常によるもので、決してたちばなさんのせいではないんです」

 医師の説明は続いたが、あいりはずっと泣き続けるばかりだった。自分でまともに立てない程に、げっそりと憔悴した彼女を見て、医師は点滴を提案し、なすがままに彼女はそれを受け入れた。

 あいりが点滴を受ける間、水川は静かな待合室で1人待っていた。あいりのスマホを確認したが、まだメッセージに既読はついていなかった。時刻は13時を過ぎていた。社会人であろうあの男は、昼休み位スマホを確認しないのかとイライラした。

「あの、すみません」
 不意に声をかけられて、水川が顔を挙げると医師が立っていた。小さめの声で水川に話しかける。

「たちばなさん、大分落ち込んでいて、身体も弱っているんですが、あの……」

 医師が水川の顔をみる。

「ああ、僕は水川と言います」
 名前を知りたそうだったので、仕方なく名乗った。

「水川さんは、たちばなさんの支えになりそうな方をご存知ですか?ご両親とかお友達とか。
 一週間後に出血や腹痛、あと子宮の中の様子を確認して問題なければ、自然に排出された流産として手術の必要はないのですが。
 これから、彼女の精神面とか、食事のこととか、身近に支えてくれる人がいないと、心配な状況です」

 女性医師の目が、貴方にお願いできますか?と言っているようで、水川は胸が重く沈むのを感じた。

「僕はバイトが同じなだけで、親のこととか友達のことはわかりません。僕自身にもできることはほぼないと思います。
 ですが、1人だけ、彼女は嫌がると思いますけど、心当たりがあるのでその人に今連絡をとっているところです」

 水川の言葉を聞いて医師はがっかりした様子だったが、最後の言葉を聞いて少しは希望を持ったようだった。

「そうですか、わかりました。ただのバイト仲間に対する対応にしては、貴方はとても優しかったから、変な事をいってごめんなさい」

 医師の言葉に変な意味が含まれている気がして、水川はぶっきらぼうに答えた。

「いえ、これが僕の通常対応です」

 医師が立ち去って、椅子に座って、目を閉じた水川は考えた。
 先週の診察だと、妊娠日が間違っていなければ約7週、本来ならば心拍はその時点で確認できていても良かったはずだ。
 問診票に彼女が何と記入したのかは水川は知らないが、医師が性交渉のあった日を把握していたならば、先週の時点で流産の可能性について話があってもおかしくはない。もしくは、医師は彼女の様子をみて、伝えるのは止めたのかもしれない。極めてデリケートな話だから、水川の前では言わなかったのかもしれない。先週の診察の後に、水川が気づいたその可能性について、彼女は知っていただろうか?
 それとも何も考えられず、出産するか中絶するかひたすら悩んだのだろうか。
 水川には彼女の心はわからなかった。わからなくてもいいと思った。結果が全てで、赤ちゃんはもう彼女のお腹の中にはいない。

 ブーブーブー

 水川のポケットの中で、あいりのスマホが着信を知らせる。水川は画面を確認して、電話に出るために足早に病院の玄関に急いだ。
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