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雨の森で
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目の前で起きている事が余りにも現実味が無い。それなのに私はその光景から目が離せずに居た。騎士団が総がかりで相手をする魔獣化したクマを素手でしかも一人で殴り倒している。
クマの鋭い爪を掻い潜りながら目に映らないほどの速さで何度も何度もその巨体に打撃を打ち込む。
その度にクマは悲鳴の様な唸り声をあげる。男の放つその一撃一撃はまるで巨大な鉄杭を撃ち付ける様な音と共に巨体を揺らす。
世界樹祭の季節に降る雨の冷たさも忘れるほどだった。尻餅をついて起き上がれない私に長身の男の人が上着を掛けてくれた。
優しく微笑むその人は私の手を取り立ち上がらせると信じられない事を言った。
「もうじき終わるから待っていてくれるかな?ほらこれで終わりだ。」
鉄の矢も弾くほどぶ厚い毛皮に覆われている巨大なクマの胸に深々と腕が突き刺さっている。
人間業じゃない。一体どんな恐ろしい人物なのだろう?この巨大クマといとも容易く倒してしまう
人物だきっとあのクマ以上に恐ろしい顔をしているに違いない。私はコチラに振り向く男性に恐怖した。
「イーエイ!ガラさん今日は熊鍋だぜ!ちゃっちゃと持って帰ろうぜ!」
私の予想はまったく見当違いも甚だしかった。屈託無い笑顔でコチラに振り向いた男性は歴戦の戦士ではなく
ちょっとテンション高めの男性だった。呆気に取られている私を見ると笑った、その笑顔は何処かのガキ大将のようにも見えて
少し意地悪そうにも見えた。
「どったの?その嬢ちゃん、ガラさん拾ったん?」
「何言ってんの、このお嬢さんが熊に襲われそうになってるから助けに来たんでしょうが・・・」
「いやいやいや、ガラさんが紳士なの知ってるよ。あー上着なんて掛けてあげちゃって絶対連れてく気でしょ?
だからってあの馬車に乗ってた嬢ちゃん連れて帰る気なの?ヤダよ俺100パー厄ネタよその子。俺はんたーい!」
「賛成も反対も無いだろ。こんな年端も行かない子をこの森に放置していけるはずが無いでしょ。」
どうやら私の処遇をめぐって二人は口論を始めてしまった。私をじっと見ている男の人の方が普通は正解だ、見ず知らずの
人間を助ける理由は無い。それはそうと何故私が馬車に乗っていた事を知っているのか?もしかしたらこの人達が!
「勘違いしないでくれ。僕達は君を襲った山賊じゃない。直ぐには信用出来ないと思うが君と共にいた従者の方が瀕死だが生きていた。
僕達はその人に頼まれて君を探していた所偶然熊に襲われていた君を見つけたんだ。これ、君のだろ。」
先程からガラと呼ばれている男の人が私の向って手渡してくれたのは逃げ出した時に無くしたと思っていた母の形見のブローチだった。
所々傷が付いていたけどまたこうして手元に戻って来たことが嬉しかった。
「彼も口ではああ言ってるけど山賊達を捕まえて君の逃げて行った方向を聞いたり僕と一緒に森を探し回っていたんだ。口と態度と性格が悪いけど根はいい奴なんだ。」
「聞えてるよ。もう分かったよ、好きにして。」
ガラの言葉に顔を背けるもう一人の男性、この二人が山賊で有ろうが無かろうが私には選択肢は無い。この雨の中この森を抜けて一人で帰る事は自殺行為だ。この二人の男性の正体が分からずとも二人に着いて行くしかないのだ。
「お礼を言うのが遅れました。私はリーナ・オーケスト、アッシリア地方の領主の娘です。」
「これはこれは丁寧な挨拶痛み入ります。僕はガラ、この森で猟師みたいな事をしてます。で、こっちが。」
「アーロだ。ガラさんと同じで猟師もどきだ。早く帰らねぇと獲物が痛むって嬢ちゃん足怪我してんじゃねぇか。めんどくせぇガラさん負ぶってやんなよ。熊は俺が運ぶから。」
言われて初めて気が付く膝からは血が滲み足首に酷い痛みを感じ始めた。
「大丈夫ですこれくらい、いたっ!」
立ち上がろうとしたが思いの外足を痛めていたみたいで立つのもまま為らなかった。
「無理しないで、足首の捻挫を侮ると後々に響くから今は大事を取りなさい。それ。」
ガラは軽々と私を持ち上げた。両手で抱かかえられているこの体勢はかなり恥ずかしい。
「出ました、お姫様抱っこ。素でそれ出来るガラさんにしびれるが憧れない。」
「この持ち方が一番負担にならないの。ほれ、僕の事いじってないで熊運びなよ。」
「へいへい。」
「ちょっと待ってください、ホントに一人でそのクマを運ぶ気ですか?」
「駄目か?」
私の言葉が届くと同時にアーロがクマを担いで歩き出す。またも信じられない光景に私はただただ目を丸くした。
・・・あの巨体を担ぎながらアーロは小走りで森の中をどんどん進んでいく、しかも歌まで歌い始めた。
「ある日ー♪森の中ー♪クマさんを殴った♪」
「酷い歌だな。」
何が面白いのか分からないが二人は笑いながら走っている。鬱蒼とした森の中獣道を掻き分けながら暫く進み続けると
木々が開け広い場所に出た。森の中の一軒家にしてはかなり立派な建物と広大な畑が広がっていた。
「とうちゃこ!」
あれだけ走ったのに息一つ切れていないアーロはクマを地面に下ろす。ガラは私を担ぎ上げたまま家に向う。
「さて、一服したらクマばらすか。具合はいつも道理で良いのか?」
「そうだね、燻製と、干し肉作って、中身はどうすっかな、ウィンナー挑戦したいから小腸残して出汁にする分残してあとお任せで。」
「解った。じゃあ茶でも入れるか、行商から買ったのまだ残ってた?」
二人とも猟師と言っていたがこの立派な家を見るだけではとても思えない。それにこの様な形の家は見た事が無かった。
地味ではあるが何となく温かみのある建物に見える。
「初めて見る建物です。お二人が立てたのですか?」
私は未だに抱かかえられたままガラに聞いてみる。
「設計は僕だけど殆どアーロが建てたんだ。この建築様式はコチラには無いから彼が居てくれて助かった。」
家の入り口はドアではなく板を引いて開ける物で中に入ると一段上がって廊下が続いている。外観も見た事が無かったが内装も
見た事が無いものばかりだった。私たちが家にはいると続いてアーロが入ってくる。
「嬢ちゃんには馴染みが無いだろうけど俺達にとってはこれが一番落ち着く。ちなみに土足厳禁だから靴脱げよ。」
「アッちゃん、お茶入れてる間にお風呂の準備しておいてくれ、お嬢さんが風邪を引いたらいけないから。」
「あいよ。」
アーロはブーツを脱ぎ散らかしながら家に上がっていった。私は彼に言われたとおりブーツを脱ぐ、雨に濡れて紐がきつくなって中々解けなかった。するとそんな私を見かねてなのかガラが私の前にしゃがみ込み靴紐を解き始めてくれた。
とても紳士的な彼の振舞い方に私は赤面しながらも彼が猟師と自称した事に疑問を覚えた。
「あの、ガラさんって呼んでいいかですか?」
「うん、そう呼んでくれて構わないよ。ほら解けたよ、ああやっぱり捻挫してるね。痛むかい?」
「少し痛みます。あの、ガラさん達って本当に猟師ですか?とてもそんな風には見えなくて。」
「そうかい?やってる事は猟師と同じなんだけどね。」
私の問いかけに首を傾げる素振りをしながらも余り気に留める様子は無く私に手を差し伸べてきた。
足の痛みとこの家の構造に不慣れな私を気遣って手を引いて案内してくれる。こういう所が私のイメージする猟師とかけ離れている。
手を引かれ案内された家の中は外から見る以上に綺麗で整理されていた。やはり何処を見ても見た事が無い造りでついつい見渡してしまう
リビングだと思われる場所の床には草で編んだと思われる床が敷き詰められて触れると柔らかく仄かに草の匂いがした。
足の低いテーブルが中央に置かれてクッションが回りに置いてあった。
「適当に座って、今熱いお茶を入れよう。」
ガラさんがキッチンの方に向うと一人残されてしまう、見知らぬ家にポッンと取り残された気になり身の置き場に困ってしまっていると
いきなり私の頭に何かが被せられた。後ろを振り向くとアーロが立って私を見ている。
「髪の毛濡れたままだと寒いだろ?それで拭いとけ。」
掛けられたものを手に取るとそれはタオルだった。私は渡されたタオルを持ったまま彼を見上げてつい聞いてしまった。
彼が私に対してあまり良い感情を持っていないと思っていたから彼からの厚意に少し素直に受け取れなかったからである。
「その、私が使って良いのですか?」
そう言うと彼は目を細めた、その表情に目が離せなくなる。先程まで見せていた妙に子供っぽいところや意地悪そうな顔とは違い、
愁いを帯びた壮年者の顔にも見え、そしてとても優しそうにも見えた。
「ばーか、なに遠慮してんだよ。早く拭かないと風引くぞ、もう少ししたら風呂も沸くからそれまで我慢しろ。」
「ここまでして貰ったのにこんな事聞くのは失礼ですけど、貴方は私を連れてくるのに反対していたのに何故良くしてくれるのですか?」
私が意を決してその事を問いただすと彼はあっけらかんとこう言った。
「ココに来た時点で嬢ちゃんは俺達の客だ、客人はもてなすのが俺の主義だ。それと反対していた理由は長くなるから落ち着いたらだ。」
そう言うと彼はガラさんが居るキッチンを見るとちょうどお茶を持って表れたガラさんがこちらの部屋に入ってきた。
「さあ、これで一息つけよう。こっちのお茶とは違うけどこれも美味しいよ。」
出されたお茶は綺麗な緑色をした変わったお茶だった。器も普通のティーカップとは違い持ち手が無い。
少し熱かったけどスッキリとした味わいと苦味が心地よかった。
「ん?ガラさんお湯沸かし過ぎだ。お茶は60度だって言ってるでしょうが。」
「相変わらず細かいな。今は体が冷えてるからこれ位が丁度良いの。」
十分美味しくいただけているけれどアーロは納得していないのかガラさんが淹れてくれたお茶に文句を言っている。
「こればっかりは譲れない。ちょっと待ってろもっと美味いお茶飲ませるからな。」
そう言うと彼はキッチンに向っていってしまった。その姿を見送るガラさん、気を悪くしないと良いけどと心配して彼を見ると
彼は笑っている。
「次のお茶は本当に美味しいよ。ああやって適当に作ると必ず作り直すんだよ彼は、僕も最初はムッとしたけど出されたお茶が本当に美味しいから今はわざと適当に作って彼に作らせてるんだ。ホント気が向かないと淹れてくれないからさ。」
ガラさんは彼に聞えるよう言っている、キッチンから舌打ちが聞えた。しばらくしてアーロが淹れ直してきたお茶は先程とは見栄えは変わらなかったが味は全然違って苦味の中に甘味があり凄く美味しかった。私が感動している顔を満足そうに見ているアーロの顔は嬉しそうだった。お茶と一緒に出された焼き菓子も美味しくてスッカリ身も心も落ち着いた。だけど落ち着いたと同時に少し前に起きた出来事が
鮮明に頭の中で蘇り今更になって恐怖で体が震えてきた。青ざめる私を二人が優しく声を掛けてくれた。
「大丈夫、ここには君を傷つける奴は居ないよ。」
「安心しろ、誰が来ても俺達が守ってやる。」
優しく落ち着いたその言葉に自然と私の体の震えは収まった。不思議な人達だ、この二人なら今の言葉は反古する事は絶対しない。
そんな確信があった。会ってまだ間もないがそう言う気になってしまう不思議な安心感をこの二人は持っている。
「落ち着いたな。さて、そろそろ風呂も沸くしあいつ等も帰ってくる時間だな。」
「もうそんな時間?なら僕は熊の解体始めるかな。」
どうやらこの家の住人が帰ってくるようだ。確かに彼ら二人ではこの家は広すぎる気がしていた。どんな人達が帰ってくるのだろう?
しばらくすると家の外から足音が聞える、足音は二つそれに声もした。帰ってきたのはどうやら女性のようだ。
「ただいまー!アーロ、オフロ入りたい!」
「ただいまー、ねえ聞いてよ!マリーが水溜りに飛び込んで私までびしょびしょなんだよ!お風呂沸かして!」
玄関に立っていたのは幼い少女と私と同じくらいの年の少女だった。二人ともずぶ濡れでとても寒そうだった。
「はいはい、聞えてるからそんなデケェ声で言わんでいい。」
その声を聞いたアーロがキッチンからエプロン姿で出てきた。その格好に違和感が無さ過ぎだったが何故か笑ってしまった。
「なに笑ってんだ、コラ!マリーは女の子なんだからあんまりお転婆な事するんじゃない!ベル、お前止めろよな!」
「あのね!あのね!すんごくおっきい水たまりだからね!とう!ってやったらばしゃーんってなると思ったの。」
「止める間も無くダイブしたのよこの子、やっぱり生身だと反応遅れるな。そ・れ・よ・りもお風呂!」
二人に対する彼の姿は母親のそれに似ていた。やっぱりエプロン姿の違和感の無さはこれの様な気がしてしまう。
三人のやり取りが微笑ましかった私はつい笑ってしまった。私の笑い声に反応して女性二人が私を見る。するとベルと呼ばれた少女が
アーロを見て睨みつける。
「ちょっとアーロ!こんな年端も行かない少女を連れ込むとはどういう了見よ!まさか!私達が居ない隙を狙ってこのスケベ!!」
「アーロはスケベなの?」
「マリーはすこーし耳塞いでいろよ。この馬鹿女神!!なに勘違いしてやがる!!俺の歳考えろよ、あり得ねぇ!」
「そう言うものなの?ふーん、ねえガロもそうなの?」
彼女は外でクマの解体をしていたガロさんにも尋ねると彼は苦笑いをしながらこちらに戻って来た。解体した時に着いた血だろうか?
服が少し汚れている。
「まあそう言うものだよ。親子以上の歳の差だからね、でも実際そう言うの関係ない人も居るのも事実だから気を付けなきゃ駄目だよ。
それはそうとアッチャンちょこっと解体手伝ってくれないか?また雨降ってきそうだからさ。」
「あいよ、ほれお前らはさっさと風呂入って来い。ベル、そこの嬢ちゃんに風呂の入り方教せーてやれ。」
アーロはそう言うとガラさんと一緒に外に向かって行った。先程から彼らの言うオフロと言う物が何か分からないけど多分体を温める物じゃないかと言うのは推測出来る。私も家では汚れを落とすのに桶にお湯を張ってそれを使い体を拭く位は知っているけどそう言うのとは違うのかな?前に他の領主のお宅で見たサウナと呼ばれている物だとしたらそれはそれで驚きだ。父から聞いた話だととてもお金が掛かる上に作るのが大変だと聞いていた。私の家のような地方の貧乏領主では手が出せない高級品がここにあるとしたら少し羨ましい。いや、それ以上にあの二人の正体が更に分からなくなってしまう。私が考え込んでいると不意に声を掛けられた。
「ねえねえ、おねえちゃん。オフロ入ろうよ、気持ち良いよ。」
「えっ、うんそうですね。ありがとうございます、マリーちゃんでよかったかしら?」
「うん!マリーだよ。それでねこっちが…」
「ウィンベルよ、えっとリーナ・オーケストね。16歳アッシリア出身、ふーん随分遠くから来たみたいね。何しにこんな辺鄙な所に来たかはおいおい聞くとして今はお風呂に入りましょ。」
ウィンベルは私の正面に立つと射るような目で私を見詰めると私が自己紹介する間も無く名前や歳を言い当てた。何故分かったのだろう?アーロは先程私の事を二人に紹介する暇が無かった、ガロさんが教えた可能性も無くは無いと思ったけどそれだったらウィンベルがアーロに詰め寄る事はしないはず。私自身を見透かされた気分だった、それに気になる事がまだ有ったが今は冷えた体をどうにかしたかった。私は二人に促されて連れて行かれた先でまたもや初めて見るものに目を丸くしていた。
「ここで服を脱いでね。女の子同士だから恥ずかしい事はないでしょ。」
「マリーがいちばん!!」
どうやらココは脱衣所と呼ぶらしくオフロは裸で入るようで…私が戸惑っている様子をウィンベルが少し笑って見ている。そんな彼女は既に脱ぎ終わっていた。人前で肌を晒す事に余り抵抗が無いのだろうか?それとも自分の体に自信が…あるよね。私は自分の体に余り自信がない彼女と自分を見比べると少し悲しくなる。あとちょっとだけ胸が欲しいな、彼女くらいあればと考えつつ俯きながら服を脱ぎウィンベルと一緒にオフロに向った。木製の扉が開かれるとそこは白い蒸気で覆われた広い空間だった。見渡す限り木で出来ていて凄く良い匂いがした。もっと驚くのは大きな木の箱?と言えば良いのか分からないけどそこに溢れるほどのお湯が溜まっている。私の予想以上のオフロに言葉を失っているとウィンベルが私の手を取り木で出来た足のとても短い椅子に座らせられた。隣では同じ椅子に座ったマリーちゃんが一生懸命体を洗っている。
「凄いでしょ、この大陸の文化圏では殆ど見ないよね。この大陸はまだ人が入植して日が浅いからこういう施設まで手が回らないからかもしれないけどいずれ広まると思うわ。足見せて治療してあげる。」
「ありがとうございます。あっ!」
彼女が私の足首に掌を当てると一瞬で痛みが引いた。回復魔術だ!しかも無詠唱、私の町にいる司祭様でもとても長い呪文を唱えるのに彼女は手をかざしただけだ。もしかして彼女も凄い人なのかしら。私は戸惑いを隠せない顔で彼女を見ると不思議そうな顔して逆に見返された。
「魔法始めて見たの?」
「魔法?魔術じゃなくて?」
「しまった・・・今の見なかった事にして!ええと規制条項には抵触してないよね・・・ギリギリセーフ!」
「あの、どう言う事ですか?」
ウィンベルはバツの悪そうな顔をして頬を掻いている。どうやら彼女としては魔法の使用は控えなければいけない事だったのかもしれない
私のために彼女が罰を受けるかもしれないと思うととても申し訳なく思ってしまう。
「リーナは気にしないで私がこの世界に居るための制約だから…って言っても分からないよね。とりあえず体洗って湯船に入ろうか。」
「はあ・・・」
気にしないでと言われても先程から気になってしまう言葉が何度も聞えてしまっている。立ち入った話になってしまうかも知れないので気安く聞いて良いのかも分からないけど差し障りのない範囲なら聞いても良いのかな?それにしてもこのって石鹸はスゴイ!中に入っているのは乾燥したポプリかな?あと香油も少し入っているかも、きっと高価なものなんだろうな・・・
流すのが勿体無いほど良い香りの泡だけど隣にいるマリーちゃんをお手本に私も泡を流してから先程から気になっているあの湯船と言われる物に挑戦してみた。足先からゆっくりとお湯に浸けていく最初は熱さにビックリしたけど慣れるととても心地が良い。思わず息が洩れてしまった。は~こんなにも素敵なものがこの世に在ったなんてオフロ凄いな・・・思わず蕩けそうな表情をしていると格子が付いた窓の外から声がした。
「ベル、湯加減はどうだ?ぬるくないか?」
声の主はアーロだった私は思わず身構える。まさか覗きに来たのかと胸元を隠したけど彼の声にウィンベルが応えた。
「ちょうど良いよ。二人は解体終わったの?」
「解体は終わった、あとは干し肉と燻製作ってモツ洗ったら終いだ。小一時間したら夕飯だからそれまでゆっくりしてろ。ああそれとあんま長湯すんなよ・・・嬢ちゃんの事だぞ聞いてるか?」
「ふえ!私ですか!?」
「風呂は体が暖まって気持ち良いけど暖めすぎるのも毒だ。ほどほどが一番だ、ベルお前ちゃんと見てやれよ。」
「はーい・・・ホント口煩いな。お母さんか!」
アーロが窓の傍から離れた頃合を見計らって見えない彼に向って舌を出して悪態を吐くウィンベルを見て私とマリーちゃんは笑ってしまう。そんな私たちを見て彼女も笑った。オフロに三人で浸かりながら私はウィンベルに一つ疑問を聞いてみた。
「あの、ウィンベルさん。質問してもいいですか?」
「『さん』は着けなくて良いよ。ウィンベルでいいから。なに?質問って魔法とかの話なら話せる範囲が狭いよ。」
やっぱりその話題は触れて欲しくないのか、気にはなるけどここは別の事を聞きたかった。
「そうじゃないです。えっと・・・ウィンベルとマリーちゃんそれと彼らの関係って何ですか?家族って感じにも見えますけど。」
「家族か・・・間違っても無いけど微妙に違ってもいるかもね。どちらかと言えば私は彼らとマリーの保護者かな。」
「保護者?」
「そ、まあ世話になってるのは私の方だけど実質的には私が彼らの保護をしているの。それとマリーを保護したのは彼らよ。」
「あのね、あのね、マリーは一人ぼっちだったの。だけどねアーロとガラが来てくれて今は一緒にいてくれるの!あとね、もう一人今は外にお出かけしているけどもう直ぐ帰ってくるかもしれないの。」
きっと悲しい事があったのだと想像出来た、マリーちゃんの目じりに少し涙が滲んでいたのが見えた。それでもこうやって話が出来るのはきっと彼らがこの子を大切に守ってきたからだと思う。それだけ聞ければ彼らが善人だという事が分かる。ただ少し腑に落ちない所が有ると言えばウィンベルが言った保護者という言葉の意味だった。どう見ても私と歳が変わらなく見える彼女が保護者というのはどうしても違和感があった。他にももっと聞きたい事が有ったけど頭がどうにも上手く働かなくなって来た・・・
「あれ?リーナ?はわわ!のぼせちゃってる!」
「たいへん!たいへん!アーロ!ガラ!お姉ちゃんがたいへんだよ!」
「駄目だよマリー、二人とも来ちゃ駄目だからね!!」
二人の声が遠くに聞こえるどうなちゃたんだろ私・・・
クマの鋭い爪を掻い潜りながら目に映らないほどの速さで何度も何度もその巨体に打撃を打ち込む。
その度にクマは悲鳴の様な唸り声をあげる。男の放つその一撃一撃はまるで巨大な鉄杭を撃ち付ける様な音と共に巨体を揺らす。
世界樹祭の季節に降る雨の冷たさも忘れるほどだった。尻餅をついて起き上がれない私に長身の男の人が上着を掛けてくれた。
優しく微笑むその人は私の手を取り立ち上がらせると信じられない事を言った。
「もうじき終わるから待っていてくれるかな?ほらこれで終わりだ。」
鉄の矢も弾くほどぶ厚い毛皮に覆われている巨大なクマの胸に深々と腕が突き刺さっている。
人間業じゃない。一体どんな恐ろしい人物なのだろう?この巨大クマといとも容易く倒してしまう
人物だきっとあのクマ以上に恐ろしい顔をしているに違いない。私はコチラに振り向く男性に恐怖した。
「イーエイ!ガラさん今日は熊鍋だぜ!ちゃっちゃと持って帰ろうぜ!」
私の予想はまったく見当違いも甚だしかった。屈託無い笑顔でコチラに振り向いた男性は歴戦の戦士ではなく
ちょっとテンション高めの男性だった。呆気に取られている私を見ると笑った、その笑顔は何処かのガキ大将のようにも見えて
少し意地悪そうにも見えた。
「どったの?その嬢ちゃん、ガラさん拾ったん?」
「何言ってんの、このお嬢さんが熊に襲われそうになってるから助けに来たんでしょうが・・・」
「いやいやいや、ガラさんが紳士なの知ってるよ。あー上着なんて掛けてあげちゃって絶対連れてく気でしょ?
だからってあの馬車に乗ってた嬢ちゃん連れて帰る気なの?ヤダよ俺100パー厄ネタよその子。俺はんたーい!」
「賛成も反対も無いだろ。こんな年端も行かない子をこの森に放置していけるはずが無いでしょ。」
どうやら私の処遇をめぐって二人は口論を始めてしまった。私をじっと見ている男の人の方が普通は正解だ、見ず知らずの
人間を助ける理由は無い。それはそうと何故私が馬車に乗っていた事を知っているのか?もしかしたらこの人達が!
「勘違いしないでくれ。僕達は君を襲った山賊じゃない。直ぐには信用出来ないと思うが君と共にいた従者の方が瀕死だが生きていた。
僕達はその人に頼まれて君を探していた所偶然熊に襲われていた君を見つけたんだ。これ、君のだろ。」
先程からガラと呼ばれている男の人が私の向って手渡してくれたのは逃げ出した時に無くしたと思っていた母の形見のブローチだった。
所々傷が付いていたけどまたこうして手元に戻って来たことが嬉しかった。
「彼も口ではああ言ってるけど山賊達を捕まえて君の逃げて行った方向を聞いたり僕と一緒に森を探し回っていたんだ。口と態度と性格が悪いけど根はいい奴なんだ。」
「聞えてるよ。もう分かったよ、好きにして。」
ガラの言葉に顔を背けるもう一人の男性、この二人が山賊で有ろうが無かろうが私には選択肢は無い。この雨の中この森を抜けて一人で帰る事は自殺行為だ。この二人の男性の正体が分からずとも二人に着いて行くしかないのだ。
「お礼を言うのが遅れました。私はリーナ・オーケスト、アッシリア地方の領主の娘です。」
「これはこれは丁寧な挨拶痛み入ります。僕はガラ、この森で猟師みたいな事をしてます。で、こっちが。」
「アーロだ。ガラさんと同じで猟師もどきだ。早く帰らねぇと獲物が痛むって嬢ちゃん足怪我してんじゃねぇか。めんどくせぇガラさん負ぶってやんなよ。熊は俺が運ぶから。」
言われて初めて気が付く膝からは血が滲み足首に酷い痛みを感じ始めた。
「大丈夫ですこれくらい、いたっ!」
立ち上がろうとしたが思いの外足を痛めていたみたいで立つのもまま為らなかった。
「無理しないで、足首の捻挫を侮ると後々に響くから今は大事を取りなさい。それ。」
ガラは軽々と私を持ち上げた。両手で抱かかえられているこの体勢はかなり恥ずかしい。
「出ました、お姫様抱っこ。素でそれ出来るガラさんにしびれるが憧れない。」
「この持ち方が一番負担にならないの。ほれ、僕の事いじってないで熊運びなよ。」
「へいへい。」
「ちょっと待ってください、ホントに一人でそのクマを運ぶ気ですか?」
「駄目か?」
私の言葉が届くと同時にアーロがクマを担いで歩き出す。またも信じられない光景に私はただただ目を丸くした。
・・・あの巨体を担ぎながらアーロは小走りで森の中をどんどん進んでいく、しかも歌まで歌い始めた。
「ある日ー♪森の中ー♪クマさんを殴った♪」
「酷い歌だな。」
何が面白いのか分からないが二人は笑いながら走っている。鬱蒼とした森の中獣道を掻き分けながら暫く進み続けると
木々が開け広い場所に出た。森の中の一軒家にしてはかなり立派な建物と広大な畑が広がっていた。
「とうちゃこ!」
あれだけ走ったのに息一つ切れていないアーロはクマを地面に下ろす。ガラは私を担ぎ上げたまま家に向う。
「さて、一服したらクマばらすか。具合はいつも道理で良いのか?」
「そうだね、燻製と、干し肉作って、中身はどうすっかな、ウィンナー挑戦したいから小腸残して出汁にする分残してあとお任せで。」
「解った。じゃあ茶でも入れるか、行商から買ったのまだ残ってた?」
二人とも猟師と言っていたがこの立派な家を見るだけではとても思えない。それにこの様な形の家は見た事が無かった。
地味ではあるが何となく温かみのある建物に見える。
「初めて見る建物です。お二人が立てたのですか?」
私は未だに抱かかえられたままガラに聞いてみる。
「設計は僕だけど殆どアーロが建てたんだ。この建築様式はコチラには無いから彼が居てくれて助かった。」
家の入り口はドアではなく板を引いて開ける物で中に入ると一段上がって廊下が続いている。外観も見た事が無かったが内装も
見た事が無いものばかりだった。私たちが家にはいると続いてアーロが入ってくる。
「嬢ちゃんには馴染みが無いだろうけど俺達にとってはこれが一番落ち着く。ちなみに土足厳禁だから靴脱げよ。」
「アッちゃん、お茶入れてる間にお風呂の準備しておいてくれ、お嬢さんが風邪を引いたらいけないから。」
「あいよ。」
アーロはブーツを脱ぎ散らかしながら家に上がっていった。私は彼に言われたとおりブーツを脱ぐ、雨に濡れて紐がきつくなって中々解けなかった。するとそんな私を見かねてなのかガラが私の前にしゃがみ込み靴紐を解き始めてくれた。
とても紳士的な彼の振舞い方に私は赤面しながらも彼が猟師と自称した事に疑問を覚えた。
「あの、ガラさんって呼んでいいかですか?」
「うん、そう呼んでくれて構わないよ。ほら解けたよ、ああやっぱり捻挫してるね。痛むかい?」
「少し痛みます。あの、ガラさん達って本当に猟師ですか?とてもそんな風には見えなくて。」
「そうかい?やってる事は猟師と同じなんだけどね。」
私の問いかけに首を傾げる素振りをしながらも余り気に留める様子は無く私に手を差し伸べてきた。
足の痛みとこの家の構造に不慣れな私を気遣って手を引いて案内してくれる。こういう所が私のイメージする猟師とかけ離れている。
手を引かれ案内された家の中は外から見る以上に綺麗で整理されていた。やはり何処を見ても見た事が無い造りでついつい見渡してしまう
リビングだと思われる場所の床には草で編んだと思われる床が敷き詰められて触れると柔らかく仄かに草の匂いがした。
足の低いテーブルが中央に置かれてクッションが回りに置いてあった。
「適当に座って、今熱いお茶を入れよう。」
ガラさんがキッチンの方に向うと一人残されてしまう、見知らぬ家にポッンと取り残された気になり身の置き場に困ってしまっていると
いきなり私の頭に何かが被せられた。後ろを振り向くとアーロが立って私を見ている。
「髪の毛濡れたままだと寒いだろ?それで拭いとけ。」
掛けられたものを手に取るとそれはタオルだった。私は渡されたタオルを持ったまま彼を見上げてつい聞いてしまった。
彼が私に対してあまり良い感情を持っていないと思っていたから彼からの厚意に少し素直に受け取れなかったからである。
「その、私が使って良いのですか?」
そう言うと彼は目を細めた、その表情に目が離せなくなる。先程まで見せていた妙に子供っぽいところや意地悪そうな顔とは違い、
愁いを帯びた壮年者の顔にも見え、そしてとても優しそうにも見えた。
「ばーか、なに遠慮してんだよ。早く拭かないと風引くぞ、もう少ししたら風呂も沸くからそれまで我慢しろ。」
「ここまでして貰ったのにこんな事聞くのは失礼ですけど、貴方は私を連れてくるのに反対していたのに何故良くしてくれるのですか?」
私が意を決してその事を問いただすと彼はあっけらかんとこう言った。
「ココに来た時点で嬢ちゃんは俺達の客だ、客人はもてなすのが俺の主義だ。それと反対していた理由は長くなるから落ち着いたらだ。」
そう言うと彼はガラさんが居るキッチンを見るとちょうどお茶を持って表れたガラさんがこちらの部屋に入ってきた。
「さあ、これで一息つけよう。こっちのお茶とは違うけどこれも美味しいよ。」
出されたお茶は綺麗な緑色をした変わったお茶だった。器も普通のティーカップとは違い持ち手が無い。
少し熱かったけどスッキリとした味わいと苦味が心地よかった。
「ん?ガラさんお湯沸かし過ぎだ。お茶は60度だって言ってるでしょうが。」
「相変わらず細かいな。今は体が冷えてるからこれ位が丁度良いの。」
十分美味しくいただけているけれどアーロは納得していないのかガラさんが淹れてくれたお茶に文句を言っている。
「こればっかりは譲れない。ちょっと待ってろもっと美味いお茶飲ませるからな。」
そう言うと彼はキッチンに向っていってしまった。その姿を見送るガラさん、気を悪くしないと良いけどと心配して彼を見ると
彼は笑っている。
「次のお茶は本当に美味しいよ。ああやって適当に作ると必ず作り直すんだよ彼は、僕も最初はムッとしたけど出されたお茶が本当に美味しいから今はわざと適当に作って彼に作らせてるんだ。ホント気が向かないと淹れてくれないからさ。」
ガラさんは彼に聞えるよう言っている、キッチンから舌打ちが聞えた。しばらくしてアーロが淹れ直してきたお茶は先程とは見栄えは変わらなかったが味は全然違って苦味の中に甘味があり凄く美味しかった。私が感動している顔を満足そうに見ているアーロの顔は嬉しそうだった。お茶と一緒に出された焼き菓子も美味しくてスッカリ身も心も落ち着いた。だけど落ち着いたと同時に少し前に起きた出来事が
鮮明に頭の中で蘇り今更になって恐怖で体が震えてきた。青ざめる私を二人が優しく声を掛けてくれた。
「大丈夫、ここには君を傷つける奴は居ないよ。」
「安心しろ、誰が来ても俺達が守ってやる。」
優しく落ち着いたその言葉に自然と私の体の震えは収まった。不思議な人達だ、この二人なら今の言葉は反古する事は絶対しない。
そんな確信があった。会ってまだ間もないがそう言う気になってしまう不思議な安心感をこの二人は持っている。
「落ち着いたな。さて、そろそろ風呂も沸くしあいつ等も帰ってくる時間だな。」
「もうそんな時間?なら僕は熊の解体始めるかな。」
どうやらこの家の住人が帰ってくるようだ。確かに彼ら二人ではこの家は広すぎる気がしていた。どんな人達が帰ってくるのだろう?
しばらくすると家の外から足音が聞える、足音は二つそれに声もした。帰ってきたのはどうやら女性のようだ。
「ただいまー!アーロ、オフロ入りたい!」
「ただいまー、ねえ聞いてよ!マリーが水溜りに飛び込んで私までびしょびしょなんだよ!お風呂沸かして!」
玄関に立っていたのは幼い少女と私と同じくらいの年の少女だった。二人ともずぶ濡れでとても寒そうだった。
「はいはい、聞えてるからそんなデケェ声で言わんでいい。」
その声を聞いたアーロがキッチンからエプロン姿で出てきた。その格好に違和感が無さ過ぎだったが何故か笑ってしまった。
「なに笑ってんだ、コラ!マリーは女の子なんだからあんまりお転婆な事するんじゃない!ベル、お前止めろよな!」
「あのね!あのね!すんごくおっきい水たまりだからね!とう!ってやったらばしゃーんってなると思ったの。」
「止める間も無くダイブしたのよこの子、やっぱり生身だと反応遅れるな。そ・れ・よ・りもお風呂!」
二人に対する彼の姿は母親のそれに似ていた。やっぱりエプロン姿の違和感の無さはこれの様な気がしてしまう。
三人のやり取りが微笑ましかった私はつい笑ってしまった。私の笑い声に反応して女性二人が私を見る。するとベルと呼ばれた少女が
アーロを見て睨みつける。
「ちょっとアーロ!こんな年端も行かない少女を連れ込むとはどういう了見よ!まさか!私達が居ない隙を狙ってこのスケベ!!」
「アーロはスケベなの?」
「マリーはすこーし耳塞いでいろよ。この馬鹿女神!!なに勘違いしてやがる!!俺の歳考えろよ、あり得ねぇ!」
「そう言うものなの?ふーん、ねえガロもそうなの?」
彼女は外でクマの解体をしていたガロさんにも尋ねると彼は苦笑いをしながらこちらに戻って来た。解体した時に着いた血だろうか?
服が少し汚れている。
「まあそう言うものだよ。親子以上の歳の差だからね、でも実際そう言うの関係ない人も居るのも事実だから気を付けなきゃ駄目だよ。
それはそうとアッチャンちょこっと解体手伝ってくれないか?また雨降ってきそうだからさ。」
「あいよ、ほれお前らはさっさと風呂入って来い。ベル、そこの嬢ちゃんに風呂の入り方教せーてやれ。」
アーロはそう言うとガラさんと一緒に外に向かって行った。先程から彼らの言うオフロと言う物が何か分からないけど多分体を温める物じゃないかと言うのは推測出来る。私も家では汚れを落とすのに桶にお湯を張ってそれを使い体を拭く位は知っているけどそう言うのとは違うのかな?前に他の領主のお宅で見たサウナと呼ばれている物だとしたらそれはそれで驚きだ。父から聞いた話だととてもお金が掛かる上に作るのが大変だと聞いていた。私の家のような地方の貧乏領主では手が出せない高級品がここにあるとしたら少し羨ましい。いや、それ以上にあの二人の正体が更に分からなくなってしまう。私が考え込んでいると不意に声を掛けられた。
「ねえねえ、おねえちゃん。オフロ入ろうよ、気持ち良いよ。」
「えっ、うんそうですね。ありがとうございます、マリーちゃんでよかったかしら?」
「うん!マリーだよ。それでねこっちが…」
「ウィンベルよ、えっとリーナ・オーケストね。16歳アッシリア出身、ふーん随分遠くから来たみたいね。何しにこんな辺鄙な所に来たかはおいおい聞くとして今はお風呂に入りましょ。」
ウィンベルは私の正面に立つと射るような目で私を見詰めると私が自己紹介する間も無く名前や歳を言い当てた。何故分かったのだろう?アーロは先程私の事を二人に紹介する暇が無かった、ガロさんが教えた可能性も無くは無いと思ったけどそれだったらウィンベルがアーロに詰め寄る事はしないはず。私自身を見透かされた気分だった、それに気になる事がまだ有ったが今は冷えた体をどうにかしたかった。私は二人に促されて連れて行かれた先でまたもや初めて見るものに目を丸くしていた。
「ここで服を脱いでね。女の子同士だから恥ずかしい事はないでしょ。」
「マリーがいちばん!!」
どうやらココは脱衣所と呼ぶらしくオフロは裸で入るようで…私が戸惑っている様子をウィンベルが少し笑って見ている。そんな彼女は既に脱ぎ終わっていた。人前で肌を晒す事に余り抵抗が無いのだろうか?それとも自分の体に自信が…あるよね。私は自分の体に余り自信がない彼女と自分を見比べると少し悲しくなる。あとちょっとだけ胸が欲しいな、彼女くらいあればと考えつつ俯きながら服を脱ぎウィンベルと一緒にオフロに向った。木製の扉が開かれるとそこは白い蒸気で覆われた広い空間だった。見渡す限り木で出来ていて凄く良い匂いがした。もっと驚くのは大きな木の箱?と言えば良いのか分からないけどそこに溢れるほどのお湯が溜まっている。私の予想以上のオフロに言葉を失っているとウィンベルが私の手を取り木で出来た足のとても短い椅子に座らせられた。隣では同じ椅子に座ったマリーちゃんが一生懸命体を洗っている。
「凄いでしょ、この大陸の文化圏では殆ど見ないよね。この大陸はまだ人が入植して日が浅いからこういう施設まで手が回らないからかもしれないけどいずれ広まると思うわ。足見せて治療してあげる。」
「ありがとうございます。あっ!」
彼女が私の足首に掌を当てると一瞬で痛みが引いた。回復魔術だ!しかも無詠唱、私の町にいる司祭様でもとても長い呪文を唱えるのに彼女は手をかざしただけだ。もしかして彼女も凄い人なのかしら。私は戸惑いを隠せない顔で彼女を見ると不思議そうな顔して逆に見返された。
「魔法始めて見たの?」
「魔法?魔術じゃなくて?」
「しまった・・・今の見なかった事にして!ええと規制条項には抵触してないよね・・・ギリギリセーフ!」
「あの、どう言う事ですか?」
ウィンベルはバツの悪そうな顔をして頬を掻いている。どうやら彼女としては魔法の使用は控えなければいけない事だったのかもしれない
私のために彼女が罰を受けるかもしれないと思うととても申し訳なく思ってしまう。
「リーナは気にしないで私がこの世界に居るための制約だから…って言っても分からないよね。とりあえず体洗って湯船に入ろうか。」
「はあ・・・」
気にしないでと言われても先程から気になってしまう言葉が何度も聞えてしまっている。立ち入った話になってしまうかも知れないので気安く聞いて良いのかも分からないけど差し障りのない範囲なら聞いても良いのかな?それにしてもこのって石鹸はスゴイ!中に入っているのは乾燥したポプリかな?あと香油も少し入っているかも、きっと高価なものなんだろうな・・・
流すのが勿体無いほど良い香りの泡だけど隣にいるマリーちゃんをお手本に私も泡を流してから先程から気になっているあの湯船と言われる物に挑戦してみた。足先からゆっくりとお湯に浸けていく最初は熱さにビックリしたけど慣れるととても心地が良い。思わず息が洩れてしまった。は~こんなにも素敵なものがこの世に在ったなんてオフロ凄いな・・・思わず蕩けそうな表情をしていると格子が付いた窓の外から声がした。
「ベル、湯加減はどうだ?ぬるくないか?」
声の主はアーロだった私は思わず身構える。まさか覗きに来たのかと胸元を隠したけど彼の声にウィンベルが応えた。
「ちょうど良いよ。二人は解体終わったの?」
「解体は終わった、あとは干し肉と燻製作ってモツ洗ったら終いだ。小一時間したら夕飯だからそれまでゆっくりしてろ。ああそれとあんま長湯すんなよ・・・嬢ちゃんの事だぞ聞いてるか?」
「ふえ!私ですか!?」
「風呂は体が暖まって気持ち良いけど暖めすぎるのも毒だ。ほどほどが一番だ、ベルお前ちゃんと見てやれよ。」
「はーい・・・ホント口煩いな。お母さんか!」
アーロが窓の傍から離れた頃合を見計らって見えない彼に向って舌を出して悪態を吐くウィンベルを見て私とマリーちゃんは笑ってしまう。そんな私たちを見て彼女も笑った。オフロに三人で浸かりながら私はウィンベルに一つ疑問を聞いてみた。
「あの、ウィンベルさん。質問してもいいですか?」
「『さん』は着けなくて良いよ。ウィンベルでいいから。なに?質問って魔法とかの話なら話せる範囲が狭いよ。」
やっぱりその話題は触れて欲しくないのか、気にはなるけどここは別の事を聞きたかった。
「そうじゃないです。えっと・・・ウィンベルとマリーちゃんそれと彼らの関係って何ですか?家族って感じにも見えますけど。」
「家族か・・・間違っても無いけど微妙に違ってもいるかもね。どちらかと言えば私は彼らとマリーの保護者かな。」
「保護者?」
「そ、まあ世話になってるのは私の方だけど実質的には私が彼らの保護をしているの。それとマリーを保護したのは彼らよ。」
「あのね、あのね、マリーは一人ぼっちだったの。だけどねアーロとガラが来てくれて今は一緒にいてくれるの!あとね、もう一人今は外にお出かけしているけどもう直ぐ帰ってくるかもしれないの。」
きっと悲しい事があったのだと想像出来た、マリーちゃんの目じりに少し涙が滲んでいたのが見えた。それでもこうやって話が出来るのはきっと彼らがこの子を大切に守ってきたからだと思う。それだけ聞ければ彼らが善人だという事が分かる。ただ少し腑に落ちない所が有ると言えばウィンベルが言った保護者という言葉の意味だった。どう見ても私と歳が変わらなく見える彼女が保護者というのはどうしても違和感があった。他にももっと聞きたい事が有ったけど頭がどうにも上手く働かなくなって来た・・・
「あれ?リーナ?はわわ!のぼせちゃってる!」
「たいへん!たいへん!アーロ!ガラ!お姉ちゃんがたいへんだよ!」
「駄目だよマリー、二人とも来ちゃ駄目だからね!!」
二人の声が遠くに聞こえるどうなちゃたんだろ私・・・
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