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13.街を散策
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なんだかんだで休日にはフィーリア家の騎士団訓練所に顔を出していたため、いつの間にか騎士団の彼らとの親交を深めていっていた。ロイドは相変わらず俺に当たりが強いが、それもアリシャ嬢に惚れているが故だ。若さだなと微笑ましく見守らせてもらっている。
それに対してロイドは居た堪れないのかまた暴れだす始末なのだが。まぁそれも若いからこそ。青い春だな、青い春。とついにこにこと笑みを向けてしまう。まぁ、それで今度は羞恥に襲われまた暴れるという悪循環に陥ってはいるが。
だが鍛錬所に行っている間は彼らとの親交しかないため、あまりフィーリア家の使用人やフィーリア家の人間たちと会話をするどころか顔を合わせることもなかった。故にアリシャ令嬢の両親の顔すら俺は知らない。だが所詮その程度だろう。
と、思っていた。つい先程まで。
「……令嬢」
「何かしら?」
「なぜ俺なんだ」
「街に行くと言ったらお父様が護衛を連れて行けと言っていたから」
「俺は令嬢の護衛ではないはずだ」
「何を言っているの」
休日の前日、令嬢からの突然の文。中には「明日お供するように」と一言だけ。一体なんだ、どこにお供しろというのか。長々と書かれるのも嫌だがこれは省略しすぎだろう、と内心愚痴りながら翌日待ち合わせの学園校門前へと向かった。そこで一言。
「街に出かけるから護衛をお願いするわ」
だ。それくらい文に書け。書いてあったらなんだ街に出かけるのかとまだ多少納得はしていた。
が、先程の会話のように護衛ならば俺でなくてもいい話だ。ロイド辺りでもよかっただろう。彼ならば令嬢の護衛、もしくは街へ一緒に出かけるとなれば大いに喜び快く引き受けたはずだ。俺のように嫌々な顔をしていなかったはず。
「貴方がわたくしのお手つきだということを、しっかりと知らしめないと」
「もう十分だろう。噂は広がった」
「所詮噂よ。物的証拠を見せなければ」
「……はぁ」
「さぁ、行きましょう」
ああ言えばこう言う。俺がいくら言おうともこれは折れないやつだ、と等々降参してしまった。令嬢とこうして関わるようになってから「品性高潔とは?」と思うことが多くなった。いや貴族や王族などはそこまで強かでないと渡り合っていけないのだろうが。
「なぜわざわざ街に?」
令嬢の今の服装はそれこそ庶民とそう変わらないものだ。少し生地の上質さが目立たないわけでもないが、まぁすれ違う程度では気付かれることはないだろう。
だがそうまでして令嬢が街に行こうとするのか。貴族はあまり庶民層の街には出かけたがらないと聞いた。それもそうだ、自分が普段使っている物より幾分も質が落ちるものをわざわざ足を運んでまで買いに行く理由はない。貴族の中には庶民と会話することも嫌がる者がいるとかいないとか。
もう一度令嬢に視線を向ければそれに気付いてか、令嬢がこちらを見上げてくる。いつも学園で見る上品さ、というよりも今日は若干無邪気に楽しんでいるように見えた。
「書類で読んだり人から聞くよりも、自分の耳と目でしっかりと見たほうが確かでしょう?」
「それもそうだが」
こういうところが、庶民に慕われるところだろう。とても良い主になれる素質を十分に持っている。だから俺もつい、振り回されてもそれを許してしまう節がある。
「行くわよ、クラウス」
「お供するのはいいが、俺は案内できないぞ」
「あら、そうなの?」
「こんな広い街、俺も未だに散策中だ」
「なら一緒に見て回りましょう」
意気揚々に歩き出した令嬢の後ろを歩けば、彼女が腕を引っ張ってくるものだから。渋々歩幅を広め彼女の隣に立てば、納得したような笑みを向けてきた。
それから令嬢は自分の興味に引かれたものを積極的に見に行った。店主も令嬢が貴族だということに気付く者もいれば、気付かない者もいる。令嬢のペースに慣れた俺は、次第に店主が令嬢が貴族だということに気付くかどうかのゲームを令嬢としていた。勝負は俺のほうが勝っている。
いつも一人で見て回っていたが、たまにはこうして誰かと回るのも悪くはないなと思ったときだった。ふと視線を感じ、令嬢が商品を凝視している時にその視線の先を辿れば、だ。
「……」
「ぁっ……」
少し離れたところに立っていた友人と、目が合った。しかもこの人混みの中で驚いた声も聞こえてしまった。流石は若い身体、五感もジジィの頃に比べてずっと鋭い。
そしてなぜか向こうは見てはいけないものを見てしまった、と言わんばかりの反応をしているではないか。顔を赤くし、サッと手で口元を押さえてはいるが隙間からにんまりと上がる口角が見えている。
これは明日、また根掘り葉掘り聞かれるパターンだと令嬢に気付かれないよう小さく息を吐きだす。いや、恐らく令嬢はそれが目的だったんだろうが。改めてこうして一緒にいるところを見ると、後々面倒事になりそうだと思わずにはいられない。
「どうしたの?」
俺が明後日の方向に向いているのに気付いた令嬢が、視線だけこちらを向けてきた。
「友人がいた」
「そうなのね。丁度いいわ、しっかりと一緒にいるところを見てもらいましょ」
「先程からずっと見ている。ほら、あそこでテンション高めでこちらを見ている男子がいるだろう?」
視線だけで示せば令嬢もその視線を辿って友人のほうへ目を向ける。令嬢と目が合ってしまったのか、友人の身体が面白いほど跳ねた。
「ふふ、どんな想像しているのかしらね?」
「今の彼の頭の中はそれはもう愉快だろうな」
「あははっ、確かに」
俺たちと目が合って顔を赤くしたり喜んだり、ふと照れたような反応を代わる代わるしているところを見ると今とても楽しいのだろう。彼は。令嬢は店主に礼を告げるともう一度友人へと視線を向け、軽く微笑み手を振った。まさか自分に手を振ってくれるとは思っていなかった様子の友人はとうとう。
盛大に鼻血を出した。
周りは突然男子が鼻血を噴き出したことに驚き心配している者もいれば、若干身を引いている者もいる。俺もどちらかというと後者だ。
「罪深いことをするな」
「……正直に言うと、わたくしもまさか鼻血を出されるとは思っていなかったの」
「年頃の男子だぞ。憧れを抱いている女性に微笑まれれば喜びもするだろう」
「ふーん……?」
周りにペコペコと頭を下げ、持っていた布で自分の鼻を押さえている友人は俺たちにも頭を下げそそくさとその場を去った。その姿を見送り、明日は謝っておこうと思っている傍でなぜか令嬢がこちらを凝視してくる。
「貴方も微笑めば喜ぶの?」
唐突になんだ、と思いつつも先程からずっとこちらを見上げてくる。これは何かを言うまでここから動かないつもりだ。
品性高潔とはなんだろうな、ともう一度頭の中で思いつつ視線を外し口を開く。
「貴族の笑みには裏があると学んだからな。貴女から」
「あら、残念ね。そしたら次に行きましょう」
納得したような口振りだったが、表情はどこか納得していなさそうだった。貴族の令嬢にしては感情を表に出すことが多いなと思いつつ、歩き出した彼女に続く。
しばらく彼女はあちらこちら見て回り、たまに露店で甘いデザートを買ってベンチで食したりと充実した時間を過ごしているようだった。というか、この今世は本当に平和そのものだ。歩いていてゴロツキに絡まれたことなど一度もないし、魔物の気配すらもないのだから。
これなら護衛の必要などなかっただろ、と思いつつも。やはり令嬢が貴族だと気付く人間もいるためそちらに対しての警戒だろう。なら尚更、俺ではなくそれこそロイドに頼めばよかったもののと行き交う人々の姿を眺めていた。
「警戒しているの?」
「いいや。平和そのものだと思っていた」
令嬢がデザートを食べるまでただ黙って待っていたのだが、完食したのか令嬢はこちらを見上げてきた。
「……クラウス。貴方の行きたいところはない?」
「今日俺は貴女の護衛なのだろう?」
「わたくしにばかり付き合わせてしまって申し訳なく思っていたの。一つぐらい、貴方の行きたいところに付き合うわ」
「気を遣う必要はない。庶民の暮らしの様子を確かめたかったのだろう?」
「……貴方って、たまにつまらない」
「そうか。ならば屋敷に戻るか?」
「……もぅ」
彼女は少しだけ頬を膨らませ、ベンチから立ち上がったかと思うと俺の腕を引っ張ってきた。
「向こうに鍛冶屋があったわ。行ってみましょう」
どうやら俺には拒否権がないようで。というか鍛冶屋の場所を確認していたんだなと思いつつ、大人しく腕を引っ張られ移動した。ほんの少しだが、前世で魔物から救った子どもたちにもこうして腕を引っ張られたことを思い出した。
街に鍛冶屋は複数あるようだが、取り扱っている品に大差はない。令嬢とやってきたこの鍛冶屋には初めて足を運んだが、やはり剣などは置かれていなかった。
店主は初め令嬢を目にし驚いたような表情を見せ、次に来店した俺を見て何やら納得した様子だった。店主にどんな関係性で見られたのかはわからないが、俺のほうに色々と商品を勧めてくる。
「どう? クラウス」
「品は悪くはないと思うが。ただ、やはり剣は置いていないんだな」
「騎士が扱う剣は各貴族の御用達の職人がいるのよ。だから庶民の鍛冶屋は剣を作ることを許可されてはいないの――剣を見たかった?」
「本音を言えばな」
「おや、お兄さん剣を授からなかったのかい?」
店主の言葉に「どういう意味だ?」と僅かに首を傾げる。どうやら騎士は忠誠を誓った者にその証として剣を直々に授かるらしい。
「お嬢さん、お兄さんのためにいい剣を用意してあげなよ」
「そうね」
「俺は騎士ではないが?」
「おや?! そうなのかい?! いやぁ……その佇まい、すっかり騎士だと思っていたよ。それは悪かったね」
「……もう少しだったのに」
何やら画策していたようだが、令嬢の呟きはしっかりと俺の耳に届いている。やはりじわじわと外堀から埋めようとしているな、この娘は。店主に礼を告げ先に店を出ればパタパタと慌ただしく後を付いてくる足音が耳に届いた。
「でもやっぱり貴方は剣を欲しているのではないの?」
「一振りぐらいはな。でもそれも自分で選ぶ」
「……街では買えないのに?」
「あの店主に頼めばこっそり一振りぐらいは打ってくれそうだ」
「現行犯で捕まえてあげるわ」
「その細い足と腕で俺を捕まえる気か?」
庇護対象である彼女は令嬢として美しい佇まいだが、戦う身体ではない。その彼女に追いかけられたところでな、と苦笑してみせればなぜか彼女は僅かに頬を染め視線を落とした。
「……やっぱり、思い通りにいかないわ」
随分と小さな声だったが、この若い身体の耳はそれすらも拾ってしまう。便利な身体だ、とつくづく思いつつも彼女の言葉には言及しないほうがいいだろう。
「随分と歩いたな。そろそろ戻ったほうがいいんじゃないか?」
校門の前まで、と続けると今度はその頬を膨らませ「十五点」と謎の点数をつけられた。果たして何点満点中の十五点だったんだろうか。
それに対してロイドは居た堪れないのかまた暴れだす始末なのだが。まぁそれも若いからこそ。青い春だな、青い春。とついにこにこと笑みを向けてしまう。まぁ、それで今度は羞恥に襲われまた暴れるという悪循環に陥ってはいるが。
だが鍛錬所に行っている間は彼らとの親交しかないため、あまりフィーリア家の使用人やフィーリア家の人間たちと会話をするどころか顔を合わせることもなかった。故にアリシャ令嬢の両親の顔すら俺は知らない。だが所詮その程度だろう。
と、思っていた。つい先程まで。
「……令嬢」
「何かしら?」
「なぜ俺なんだ」
「街に行くと言ったらお父様が護衛を連れて行けと言っていたから」
「俺は令嬢の護衛ではないはずだ」
「何を言っているの」
休日の前日、令嬢からの突然の文。中には「明日お供するように」と一言だけ。一体なんだ、どこにお供しろというのか。長々と書かれるのも嫌だがこれは省略しすぎだろう、と内心愚痴りながら翌日待ち合わせの学園校門前へと向かった。そこで一言。
「街に出かけるから護衛をお願いするわ」
だ。それくらい文に書け。書いてあったらなんだ街に出かけるのかとまだ多少納得はしていた。
が、先程の会話のように護衛ならば俺でなくてもいい話だ。ロイド辺りでもよかっただろう。彼ならば令嬢の護衛、もしくは街へ一緒に出かけるとなれば大いに喜び快く引き受けたはずだ。俺のように嫌々な顔をしていなかったはず。
「貴方がわたくしのお手つきだということを、しっかりと知らしめないと」
「もう十分だろう。噂は広がった」
「所詮噂よ。物的証拠を見せなければ」
「……はぁ」
「さぁ、行きましょう」
ああ言えばこう言う。俺がいくら言おうともこれは折れないやつだ、と等々降参してしまった。令嬢とこうして関わるようになってから「品性高潔とは?」と思うことが多くなった。いや貴族や王族などはそこまで強かでないと渡り合っていけないのだろうが。
「なぜわざわざ街に?」
令嬢の今の服装はそれこそ庶民とそう変わらないものだ。少し生地の上質さが目立たないわけでもないが、まぁすれ違う程度では気付かれることはないだろう。
だがそうまでして令嬢が街に行こうとするのか。貴族はあまり庶民層の街には出かけたがらないと聞いた。それもそうだ、自分が普段使っている物より幾分も質が落ちるものをわざわざ足を運んでまで買いに行く理由はない。貴族の中には庶民と会話することも嫌がる者がいるとかいないとか。
もう一度令嬢に視線を向ければそれに気付いてか、令嬢がこちらを見上げてくる。いつも学園で見る上品さ、というよりも今日は若干無邪気に楽しんでいるように見えた。
「書類で読んだり人から聞くよりも、自分の耳と目でしっかりと見たほうが確かでしょう?」
「それもそうだが」
こういうところが、庶民に慕われるところだろう。とても良い主になれる素質を十分に持っている。だから俺もつい、振り回されてもそれを許してしまう節がある。
「行くわよ、クラウス」
「お供するのはいいが、俺は案内できないぞ」
「あら、そうなの?」
「こんな広い街、俺も未だに散策中だ」
「なら一緒に見て回りましょう」
意気揚々に歩き出した令嬢の後ろを歩けば、彼女が腕を引っ張ってくるものだから。渋々歩幅を広め彼女の隣に立てば、納得したような笑みを向けてきた。
それから令嬢は自分の興味に引かれたものを積極的に見に行った。店主も令嬢が貴族だということに気付く者もいれば、気付かない者もいる。令嬢のペースに慣れた俺は、次第に店主が令嬢が貴族だということに気付くかどうかのゲームを令嬢としていた。勝負は俺のほうが勝っている。
いつも一人で見て回っていたが、たまにはこうして誰かと回るのも悪くはないなと思ったときだった。ふと視線を感じ、令嬢が商品を凝視している時にその視線の先を辿れば、だ。
「……」
「ぁっ……」
少し離れたところに立っていた友人と、目が合った。しかもこの人混みの中で驚いた声も聞こえてしまった。流石は若い身体、五感もジジィの頃に比べてずっと鋭い。
そしてなぜか向こうは見てはいけないものを見てしまった、と言わんばかりの反応をしているではないか。顔を赤くし、サッと手で口元を押さえてはいるが隙間からにんまりと上がる口角が見えている。
これは明日、また根掘り葉掘り聞かれるパターンだと令嬢に気付かれないよう小さく息を吐きだす。いや、恐らく令嬢はそれが目的だったんだろうが。改めてこうして一緒にいるところを見ると、後々面倒事になりそうだと思わずにはいられない。
「どうしたの?」
俺が明後日の方向に向いているのに気付いた令嬢が、視線だけこちらを向けてきた。
「友人がいた」
「そうなのね。丁度いいわ、しっかりと一緒にいるところを見てもらいましょ」
「先程からずっと見ている。ほら、あそこでテンション高めでこちらを見ている男子がいるだろう?」
視線だけで示せば令嬢もその視線を辿って友人のほうへ目を向ける。令嬢と目が合ってしまったのか、友人の身体が面白いほど跳ねた。
「ふふ、どんな想像しているのかしらね?」
「今の彼の頭の中はそれはもう愉快だろうな」
「あははっ、確かに」
俺たちと目が合って顔を赤くしたり喜んだり、ふと照れたような反応を代わる代わるしているところを見ると今とても楽しいのだろう。彼は。令嬢は店主に礼を告げるともう一度友人へと視線を向け、軽く微笑み手を振った。まさか自分に手を振ってくれるとは思っていなかった様子の友人はとうとう。
盛大に鼻血を出した。
周りは突然男子が鼻血を噴き出したことに驚き心配している者もいれば、若干身を引いている者もいる。俺もどちらかというと後者だ。
「罪深いことをするな」
「……正直に言うと、わたくしもまさか鼻血を出されるとは思っていなかったの」
「年頃の男子だぞ。憧れを抱いている女性に微笑まれれば喜びもするだろう」
「ふーん……?」
周りにペコペコと頭を下げ、持っていた布で自分の鼻を押さえている友人は俺たちにも頭を下げそそくさとその場を去った。その姿を見送り、明日は謝っておこうと思っている傍でなぜか令嬢がこちらを凝視してくる。
「貴方も微笑めば喜ぶの?」
唐突になんだ、と思いつつも先程からずっとこちらを見上げてくる。これは何かを言うまでここから動かないつもりだ。
品性高潔とはなんだろうな、ともう一度頭の中で思いつつ視線を外し口を開く。
「貴族の笑みには裏があると学んだからな。貴女から」
「あら、残念ね。そしたら次に行きましょう」
納得したような口振りだったが、表情はどこか納得していなさそうだった。貴族の令嬢にしては感情を表に出すことが多いなと思いつつ、歩き出した彼女に続く。
しばらく彼女はあちらこちら見て回り、たまに露店で甘いデザートを買ってベンチで食したりと充実した時間を過ごしているようだった。というか、この今世は本当に平和そのものだ。歩いていてゴロツキに絡まれたことなど一度もないし、魔物の気配すらもないのだから。
これなら護衛の必要などなかっただろ、と思いつつも。やはり令嬢が貴族だと気付く人間もいるためそちらに対しての警戒だろう。なら尚更、俺ではなくそれこそロイドに頼めばよかったもののと行き交う人々の姿を眺めていた。
「警戒しているの?」
「いいや。平和そのものだと思っていた」
令嬢がデザートを食べるまでただ黙って待っていたのだが、完食したのか令嬢はこちらを見上げてきた。
「……クラウス。貴方の行きたいところはない?」
「今日俺は貴女の護衛なのだろう?」
「わたくしにばかり付き合わせてしまって申し訳なく思っていたの。一つぐらい、貴方の行きたいところに付き合うわ」
「気を遣う必要はない。庶民の暮らしの様子を確かめたかったのだろう?」
「……貴方って、たまにつまらない」
「そうか。ならば屋敷に戻るか?」
「……もぅ」
彼女は少しだけ頬を膨らませ、ベンチから立ち上がったかと思うと俺の腕を引っ張ってきた。
「向こうに鍛冶屋があったわ。行ってみましょう」
どうやら俺には拒否権がないようで。というか鍛冶屋の場所を確認していたんだなと思いつつ、大人しく腕を引っ張られ移動した。ほんの少しだが、前世で魔物から救った子どもたちにもこうして腕を引っ張られたことを思い出した。
街に鍛冶屋は複数あるようだが、取り扱っている品に大差はない。令嬢とやってきたこの鍛冶屋には初めて足を運んだが、やはり剣などは置かれていなかった。
店主は初め令嬢を目にし驚いたような表情を見せ、次に来店した俺を見て何やら納得した様子だった。店主にどんな関係性で見られたのかはわからないが、俺のほうに色々と商品を勧めてくる。
「どう? クラウス」
「品は悪くはないと思うが。ただ、やはり剣は置いていないんだな」
「騎士が扱う剣は各貴族の御用達の職人がいるのよ。だから庶民の鍛冶屋は剣を作ることを許可されてはいないの――剣を見たかった?」
「本音を言えばな」
「おや、お兄さん剣を授からなかったのかい?」
店主の言葉に「どういう意味だ?」と僅かに首を傾げる。どうやら騎士は忠誠を誓った者にその証として剣を直々に授かるらしい。
「お嬢さん、お兄さんのためにいい剣を用意してあげなよ」
「そうね」
「俺は騎士ではないが?」
「おや?! そうなのかい?! いやぁ……その佇まい、すっかり騎士だと思っていたよ。それは悪かったね」
「……もう少しだったのに」
何やら画策していたようだが、令嬢の呟きはしっかりと俺の耳に届いている。やはりじわじわと外堀から埋めようとしているな、この娘は。店主に礼を告げ先に店を出ればパタパタと慌ただしく後を付いてくる足音が耳に届いた。
「でもやっぱり貴方は剣を欲しているのではないの?」
「一振りぐらいはな。でもそれも自分で選ぶ」
「……街では買えないのに?」
「あの店主に頼めばこっそり一振りぐらいは打ってくれそうだ」
「現行犯で捕まえてあげるわ」
「その細い足と腕で俺を捕まえる気か?」
庇護対象である彼女は令嬢として美しい佇まいだが、戦う身体ではない。その彼女に追いかけられたところでな、と苦笑してみせればなぜか彼女は僅かに頬を染め視線を落とした。
「……やっぱり、思い通りにいかないわ」
随分と小さな声だったが、この若い身体の耳はそれすらも拾ってしまう。便利な身体だ、とつくづく思いつつも彼女の言葉には言及しないほうがいいだろう。
「随分と歩いたな。そろそろ戻ったほうがいいんじゃないか?」
校門の前まで、と続けると今度はその頬を膨らませ「十五点」と謎の点数をつけられた。果たして何点満点中の十五点だったんだろうか。
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