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「ひゃーっ?! それ凄すぎない?! シナリオ以上にすっごくときめくんだけど! カトレアを追いかけに地位も捨ててやってきたの?! やだ王子、見直した!」
フリージアは案の定、予想通り喜んだ。顔真っ赤にしながらも興奮して飛び跳ねて私が口を挟むこともなくノーブレスでずっと喋っている。
親友であるフリージアにはちゃんと報告しておいたほうがいいわよね、と早速彼女を呼び出してレオがこの場にやってきたこととその理由を教えたら、冒頭のようになったのだ。まぁ想像通りというか。
「そのまま結婚するの?!」
「ま、まだそういうわけにはいかないのよ。私は自分の地盤をしっかりと築かなければいけないし、レオにも結果を出してもらわないと。使えない人を置くほどお父様は寛容ではないもの」
「さ、流石は仕事人アルストロ家……」
言い方、とは思ったけれどフリージアの言う通りだ。そうしてここまで地位を築いてきたのだから仕事人としてのやり方がアルストロ家にはしっかりと根付いている。父も私の祖父に習い、また私も父にそう習っている。
「でもでも、これってもしかして、ハッピーエンドになっちゃう?」
「始まったばかりなのに?」
呆れたように笑ってみせれば私の言葉を聞いていたのかいなかったのか、ひたすら興奮している親友にはもう生暖かい眼差しを向けるしかない。
それはさておき、フリージアに知らせるために休憩時間を少しもらっただけであって、彼女のメイドとしての仕事は今日はまだ終わってはいない。続きは今度ね、とにっこり笑顔で付け加えると彼女は不満そうに「え~?」と声をもらした。けれどもそこで「メイド長」と一言、魔法の言葉を言ってあげれば彼女は笑顔を浮かべて颯爽と部屋をあとにした。
突然やってきたレオは、一応お父様と顔を合わせた。私に送った手紙の他にもう一通お父様にも送っていたらしい、事情を知っていたのであれば手紙が来ていたと言っていたときに教えてくれたらよかったのに。少し小言をこぼすと「お前は相変わらず詰めが甘い」と言い返され、ぐうの音も出なかった。
そして忙しい日々に追われている中、レオはというと。
「この書類、まとめておいたぞ。あとこちらの報告書は過不足があったため訂正させておいた」
「あ、ありがとう」
「それとこちらの書類だが……」
一応私の下についたレオは、それはとてつもなく優秀だった。それもそうだ、将来王となるべく英才教育を受けてきたのだ、優秀でないわけがない。あらゆるサポートに秀でていてお父様から割り当てられていた仕事がスムーズに進んでいく。こんな優秀な人がいてくれたらこんなにも仕事進むんだ、と真剣な顔で机に向かっていながらひっそりと思っていた。けれどそれと同時に焦燥感にも若干駆られていた。
このままではレオを養子にし、アルストロ家の跡継ぎとするかもしれない。使えない者は放置するが、逆に優秀な者は積極的に取り入れるというのがお父様のやり方だった。まずい、跡継ぎになるために必死に勉強してきたというのにレオに取られてしまう。突然やってきたレオに負けるわけにはいかないと、謎の負けず嫌いを発揮していた。
「カトレア」
「何かしら」
ちなみに、王子とその婚約者としての期間が長かったせいでまた敬語に戻ってしまった私を指摘したのはレオだ。今は私のほうが立場は上なのだから、それだけ言えばわかるだろうという言葉に渋々頷いた。ただ、だからと言ってレオが私に敬語を使うのも違和感が半端ない。あなたは今までと同じで構わないとの言葉に彼は少しだけ逡巡し、わかったと頷いて今の形に収まっている。
「やはり君もアルストロ家の人間なんだな。幼少期からその聡明さがにじみ出ていた」
「そうなの? 小さい頃なんて私にまったく興味ないと思ってた」
「それは……そう思われても仕方がないか」
「失礼します」
お互い手を止めずに軽い言葉のキャッチボールをしている中、ノックと共に聞こえてきた声に顔を上げずに返事をする。ワゴンを押して入ってきたのはフリージアだ。私と、そしてレオの姿を見て口角がにんまり上がるのが見えた。そういうのはきちんと隠しなさいとあれほど言ったのに。
手を止めて顔を上げたレオは入ってきたフリージアに気付いた。
「君は確か……」
「カトレア様の、メイドのフリージア・エーデルです」
ヒロインの名前を忘れたのか、攻略対象者。他人に興味を持とうとしなかった彼の片鱗が見えたような気がした。フリージアもフリージアで妙なところで言葉を区切っていた。まるでレオと対抗せんとばかりに。一体どこに対抗心を燃やしているのか。
突き刺さる視線に顔を上げレオと目を合わせ、軽く肩を上げた。
「メイドとしてここで働いているの」
「前に君が雇うと言っていた人物がいただろう? その人物は」
「もちろん、アルストロ家で雇っているわ。庭師をしているの」
誘拐時のとき私の見張りをしていた男、ハイリッヒもしっかりとここで働いてもらっている。治療費もこちらから出し治療のためにと同じように一緒に越してきたけれど、子どもの病は無事に治りたまに仕事場にも連れてきている。働く父親の姿を見て、その子は将来お父さんのような立派な人間になると口にしたそうだ。それを涙目で報告してくれたハイリッヒの姿を見て、あのとき斬られずにすんでよかったとどれほど思ったことか。
「ところで、私たちは同僚のようなものですし、あなたのことをレオさんと呼んでもいいでしょうか?」
「ああ、構わない。寧ろここでは君のほうが先輩だろう」
「そうですね! 私のほうがずっとカトレアと濃い時間を共にしていますもの!」
「くっ……!」
「……何の争いをしているの?」
何やら楽しげなやり取りをしている二人に視線を向ける。フリージアはたまにこういうところがあるから気にはしないけれど、レオはこういう一面があったかしらと持っていた書類を机に置いた。フリージアが来たのならば丁度いい。
「休憩しましょうか。フリージア、一緒に飲みましょう?」
「えっ? でも私、仕事中……」
「メイド長には黙っておくわ。今のあなたは私の親友、親友と一緒にお茶を飲むの」
「……! 素敵ね!」
ソファのほうに移動した私の隣に、お茶を注ぎ終えたフリージアも腰を下ろす。つられるようにレオも対面する形で私たちの正面に座った。まるで学生時代お昼ご飯を食べていた頃のよう。たった三年しか経っていないのにそれぞれの立場が随分変わってしまったものだ。
「でも懐かしいな~。学園にいた頃、私たちしっかり青春してたよね」
「そうね。一緒に中庭で抱き合ってわんわん泣いたりして」
「今思えばあの失恋も甘酸っぱ~い青春だった!」
運ばれてきたケーキを口に運びながらつい思い出話に花が咲く。確かに当時はあれでいっぱいいっぱいだたけれど、こうして思い返してみればしっかりと青春をしていたものだ。
フリージアとそんな会話をして思い出していたせいか、目の前のレオの表情を見ることはなかった。
「……失恋とは、いつ頃だ」
「いつ頃って、それは婚約破棄したとき……」
そこまで言ってハッとした。フリージアが傍にいるとどうも油断してしまう。これでわからないわけがない。思わずバッと顔を上げれば照れているのか悲しんでいるのか、そんな複雑な表情をしているレオの姿。
確かに私はレオに「お慕いしていました」とは言ったものの、あの仲良くやっていた一年間ときだったと口にしたものの。平気な顔して婚約破棄を受け入れた手前、実は裏で泣いていましただなんて。そんなこと今更知られてしまったことに恥ずかしさを覚えてしまう。
そして複雑な表情をしているレオと顔を赤くすればいいのか青くすればいいのか悩んでいる私を、フリージアは交互に見てそしてにんまりとした表情になる。だからあれほど、その顔はやめなさいと言ったのに。
「二人とも、結婚はいつなの?」
「ブッ!」
吹き出したのは果たしてどちらか。慌ててハンカチで口元を隠した私に手の甲で口元を拭っているレオ。そんな私たちの姿にフリージアは追撃する。
「だってレオさんはフリージアを追いかけてきて、フリージアは忙しさを理由に失恋の傷が癒えていなかったでしょ? 何か問題あるの?」
「フリージア、オブラートに包むという言葉を知っているかしら?」
「そんなの包んだらすれ違っちゃうかもしれないでしょ? こういうのはね、ハッキリさせなきゃ!」
ごもっとです。そういうすれ違いは乙女ゲームではスパイスとしていい味を出すけれど、私はそのヒロインではないので。下手したらすれ違ったまま終わる可能性だってあるので。彼女の言葉は正しいといえば正しい。
「今すぐは、難しいかもしれないな。まずは俺がカトレアに相応しい男だということを周囲に認めてもらわなければならない」
「そうなの……そしたらカトレアに変な虫が寄り付かないように、レオさんがよそ見しないように私見張っ……見守ってるね! ずっと!」
なんだかいいことを言っているようで、怪しい部分があるような気もする。フリージアはたまに過激なところがあるから心配というか。そこがまた可愛らしいところではあるのだけれど。
段々とこう、居た堪れなくなってクッキーでお口直しをする。そういえばエディは弟のほうに仕えていると言っていたけれど、ととあることをふと思い出した。
「レオ、クロードは元気にしているの?」
「は?」
「え? だからクロード。クロードもあなたの弟の傍にいるのかしら?」
「なぜカトレアが奴のことを知っている」
「なぜって、よく挨拶をしに顔を出していたもの」
クロードはレオ専属の隠密のようなことをしていたけれど、婚約者であった私のところにもちょくちょく顔を出していた。たまにお土産ももらっていたりしたけれど、今のこのレオの雰囲気からそれは言わないほうがいいかもしれない。
もしかしてクロードと挨拶をすることはよくなかったことなのか、とお茶を飲みつつカップ越しにチラリとレオの様子を探ってみる。顔は俯けたまま、膝の上に置いてある握りこぶしが少し震えている。
「クソッあいついつの間に……!」
「……もしかして、駄目なことだった?」
「いいや、カトレアは悪くない。クロードは相変わらず俺についている」
「そうなのね。今も?」
「今は首都の様子を見に行ってもらっている」
やっぱり王族ではなくなったとはいえ首都のことが気になるのだろう。立場がどうなろうと、彼は民を想う根っからの王族なのだ。なんだかレオらしくて、小さく笑みをこぼす。
「カトレア」
「なに?」
「クロードにちょっかい出されたらすぐに俺に言え」
「……? ええ、わかった」
ちょっかいとはなんぞ、と思いはしたもののレオがあまりにも真剣に言うものだから口にはしなかった。目の端にニマニマしているフリージアの顔が映る。さっきから顔が雪崩れているけれど大丈夫だろうか、このヒロインは。
ほんの少しの休憩時間を終え、私たちは再びそれぞれの机に向かい合った。フリージアもメイドの仕事に戻りワゴンを押して一礼して部屋から立ち去る。二人きりの空間となり、途端にシン……と静かになる。
「……カトレア」
そんな空間で例え小声でも彼の声はよく聞こえた。なんだろうかと顔を上げるとパチっと真剣な眼差しと視線がかち合う。
「その……これから、君のことを口説いていいだろうか」
「……え?! わ、私、口説かれるの……?」
「彼女も言っていたとおり、時にははっきりと口にするべきだと思ってな」
「えっと、そう、ね」
メイン攻略キャラからこう言われて落ちないヒロインはいるのだろうか。いいや私はヒロインではなく悪役令嬢だった。元、がつくけれど。でも目の前にいる彼だって元、王子だ。
「……お手柔らかに、お願いします」
「ああ」
死亡エンドは嫌だとあれほど足掻いていたけれど、断罪イベントも失敗に終わり少し絶望したけれど。フリージアと目標としていたハッピーエンドは、もしかして無事迎えるのかもしれない。
フリージアは案の定、予想通り喜んだ。顔真っ赤にしながらも興奮して飛び跳ねて私が口を挟むこともなくノーブレスでずっと喋っている。
親友であるフリージアにはちゃんと報告しておいたほうがいいわよね、と早速彼女を呼び出してレオがこの場にやってきたこととその理由を教えたら、冒頭のようになったのだ。まぁ想像通りというか。
「そのまま結婚するの?!」
「ま、まだそういうわけにはいかないのよ。私は自分の地盤をしっかりと築かなければいけないし、レオにも結果を出してもらわないと。使えない人を置くほどお父様は寛容ではないもの」
「さ、流石は仕事人アルストロ家……」
言い方、とは思ったけれどフリージアの言う通りだ。そうしてここまで地位を築いてきたのだから仕事人としてのやり方がアルストロ家にはしっかりと根付いている。父も私の祖父に習い、また私も父にそう習っている。
「でもでも、これってもしかして、ハッピーエンドになっちゃう?」
「始まったばかりなのに?」
呆れたように笑ってみせれば私の言葉を聞いていたのかいなかったのか、ひたすら興奮している親友にはもう生暖かい眼差しを向けるしかない。
それはさておき、フリージアに知らせるために休憩時間を少しもらっただけであって、彼女のメイドとしての仕事は今日はまだ終わってはいない。続きは今度ね、とにっこり笑顔で付け加えると彼女は不満そうに「え~?」と声をもらした。けれどもそこで「メイド長」と一言、魔法の言葉を言ってあげれば彼女は笑顔を浮かべて颯爽と部屋をあとにした。
突然やってきたレオは、一応お父様と顔を合わせた。私に送った手紙の他にもう一通お父様にも送っていたらしい、事情を知っていたのであれば手紙が来ていたと言っていたときに教えてくれたらよかったのに。少し小言をこぼすと「お前は相変わらず詰めが甘い」と言い返され、ぐうの音も出なかった。
そして忙しい日々に追われている中、レオはというと。
「この書類、まとめておいたぞ。あとこちらの報告書は過不足があったため訂正させておいた」
「あ、ありがとう」
「それとこちらの書類だが……」
一応私の下についたレオは、それはとてつもなく優秀だった。それもそうだ、将来王となるべく英才教育を受けてきたのだ、優秀でないわけがない。あらゆるサポートに秀でていてお父様から割り当てられていた仕事がスムーズに進んでいく。こんな優秀な人がいてくれたらこんなにも仕事進むんだ、と真剣な顔で机に向かっていながらひっそりと思っていた。けれどそれと同時に焦燥感にも若干駆られていた。
このままではレオを養子にし、アルストロ家の跡継ぎとするかもしれない。使えない者は放置するが、逆に優秀な者は積極的に取り入れるというのがお父様のやり方だった。まずい、跡継ぎになるために必死に勉強してきたというのにレオに取られてしまう。突然やってきたレオに負けるわけにはいかないと、謎の負けず嫌いを発揮していた。
「カトレア」
「何かしら」
ちなみに、王子とその婚約者としての期間が長かったせいでまた敬語に戻ってしまった私を指摘したのはレオだ。今は私のほうが立場は上なのだから、それだけ言えばわかるだろうという言葉に渋々頷いた。ただ、だからと言ってレオが私に敬語を使うのも違和感が半端ない。あなたは今までと同じで構わないとの言葉に彼は少しだけ逡巡し、わかったと頷いて今の形に収まっている。
「やはり君もアルストロ家の人間なんだな。幼少期からその聡明さがにじみ出ていた」
「そうなの? 小さい頃なんて私にまったく興味ないと思ってた」
「それは……そう思われても仕方がないか」
「失礼します」
お互い手を止めずに軽い言葉のキャッチボールをしている中、ノックと共に聞こえてきた声に顔を上げずに返事をする。ワゴンを押して入ってきたのはフリージアだ。私と、そしてレオの姿を見て口角がにんまり上がるのが見えた。そういうのはきちんと隠しなさいとあれほど言ったのに。
手を止めて顔を上げたレオは入ってきたフリージアに気付いた。
「君は確か……」
「カトレア様の、メイドのフリージア・エーデルです」
ヒロインの名前を忘れたのか、攻略対象者。他人に興味を持とうとしなかった彼の片鱗が見えたような気がした。フリージアもフリージアで妙なところで言葉を区切っていた。まるでレオと対抗せんとばかりに。一体どこに対抗心を燃やしているのか。
突き刺さる視線に顔を上げレオと目を合わせ、軽く肩を上げた。
「メイドとしてここで働いているの」
「前に君が雇うと言っていた人物がいただろう? その人物は」
「もちろん、アルストロ家で雇っているわ。庭師をしているの」
誘拐時のとき私の見張りをしていた男、ハイリッヒもしっかりとここで働いてもらっている。治療費もこちらから出し治療のためにと同じように一緒に越してきたけれど、子どもの病は無事に治りたまに仕事場にも連れてきている。働く父親の姿を見て、その子は将来お父さんのような立派な人間になると口にしたそうだ。それを涙目で報告してくれたハイリッヒの姿を見て、あのとき斬られずにすんでよかったとどれほど思ったことか。
「ところで、私たちは同僚のようなものですし、あなたのことをレオさんと呼んでもいいでしょうか?」
「ああ、構わない。寧ろここでは君のほうが先輩だろう」
「そうですね! 私のほうがずっとカトレアと濃い時間を共にしていますもの!」
「くっ……!」
「……何の争いをしているの?」
何やら楽しげなやり取りをしている二人に視線を向ける。フリージアはたまにこういうところがあるから気にはしないけれど、レオはこういう一面があったかしらと持っていた書類を机に置いた。フリージアが来たのならば丁度いい。
「休憩しましょうか。フリージア、一緒に飲みましょう?」
「えっ? でも私、仕事中……」
「メイド長には黙っておくわ。今のあなたは私の親友、親友と一緒にお茶を飲むの」
「……! 素敵ね!」
ソファのほうに移動した私の隣に、お茶を注ぎ終えたフリージアも腰を下ろす。つられるようにレオも対面する形で私たちの正面に座った。まるで学生時代お昼ご飯を食べていた頃のよう。たった三年しか経っていないのにそれぞれの立場が随分変わってしまったものだ。
「でも懐かしいな~。学園にいた頃、私たちしっかり青春してたよね」
「そうね。一緒に中庭で抱き合ってわんわん泣いたりして」
「今思えばあの失恋も甘酸っぱ~い青春だった!」
運ばれてきたケーキを口に運びながらつい思い出話に花が咲く。確かに当時はあれでいっぱいいっぱいだたけれど、こうして思い返してみればしっかりと青春をしていたものだ。
フリージアとそんな会話をして思い出していたせいか、目の前のレオの表情を見ることはなかった。
「……失恋とは、いつ頃だ」
「いつ頃って、それは婚約破棄したとき……」
そこまで言ってハッとした。フリージアが傍にいるとどうも油断してしまう。これでわからないわけがない。思わずバッと顔を上げれば照れているのか悲しんでいるのか、そんな複雑な表情をしているレオの姿。
確かに私はレオに「お慕いしていました」とは言ったものの、あの仲良くやっていた一年間ときだったと口にしたものの。平気な顔して婚約破棄を受け入れた手前、実は裏で泣いていましただなんて。そんなこと今更知られてしまったことに恥ずかしさを覚えてしまう。
そして複雑な表情をしているレオと顔を赤くすればいいのか青くすればいいのか悩んでいる私を、フリージアは交互に見てそしてにんまりとした表情になる。だからあれほど、その顔はやめなさいと言ったのに。
「二人とも、結婚はいつなの?」
「ブッ!」
吹き出したのは果たしてどちらか。慌ててハンカチで口元を隠した私に手の甲で口元を拭っているレオ。そんな私たちの姿にフリージアは追撃する。
「だってレオさんはフリージアを追いかけてきて、フリージアは忙しさを理由に失恋の傷が癒えていなかったでしょ? 何か問題あるの?」
「フリージア、オブラートに包むという言葉を知っているかしら?」
「そんなの包んだらすれ違っちゃうかもしれないでしょ? こういうのはね、ハッキリさせなきゃ!」
ごもっとです。そういうすれ違いは乙女ゲームではスパイスとしていい味を出すけれど、私はそのヒロインではないので。下手したらすれ違ったまま終わる可能性だってあるので。彼女の言葉は正しいといえば正しい。
「今すぐは、難しいかもしれないな。まずは俺がカトレアに相応しい男だということを周囲に認めてもらわなければならない」
「そうなの……そしたらカトレアに変な虫が寄り付かないように、レオさんがよそ見しないように私見張っ……見守ってるね! ずっと!」
なんだかいいことを言っているようで、怪しい部分があるような気もする。フリージアはたまに過激なところがあるから心配というか。そこがまた可愛らしいところではあるのだけれど。
段々とこう、居た堪れなくなってクッキーでお口直しをする。そういえばエディは弟のほうに仕えていると言っていたけれど、ととあることをふと思い出した。
「レオ、クロードは元気にしているの?」
「は?」
「え? だからクロード。クロードもあなたの弟の傍にいるのかしら?」
「なぜカトレアが奴のことを知っている」
「なぜって、よく挨拶をしに顔を出していたもの」
クロードはレオ専属の隠密のようなことをしていたけれど、婚約者であった私のところにもちょくちょく顔を出していた。たまにお土産ももらっていたりしたけれど、今のこのレオの雰囲気からそれは言わないほうがいいかもしれない。
もしかしてクロードと挨拶をすることはよくなかったことなのか、とお茶を飲みつつカップ越しにチラリとレオの様子を探ってみる。顔は俯けたまま、膝の上に置いてある握りこぶしが少し震えている。
「クソッあいついつの間に……!」
「……もしかして、駄目なことだった?」
「いいや、カトレアは悪くない。クロードは相変わらず俺についている」
「そうなのね。今も?」
「今は首都の様子を見に行ってもらっている」
やっぱり王族ではなくなったとはいえ首都のことが気になるのだろう。立場がどうなろうと、彼は民を想う根っからの王族なのだ。なんだかレオらしくて、小さく笑みをこぼす。
「カトレア」
「なに?」
「クロードにちょっかい出されたらすぐに俺に言え」
「……? ええ、わかった」
ちょっかいとはなんぞ、と思いはしたもののレオがあまりにも真剣に言うものだから口にはしなかった。目の端にニマニマしているフリージアの顔が映る。さっきから顔が雪崩れているけれど大丈夫だろうか、このヒロインは。
ほんの少しの休憩時間を終え、私たちは再びそれぞれの机に向かい合った。フリージアもメイドの仕事に戻りワゴンを押して一礼して部屋から立ち去る。二人きりの空間となり、途端にシン……と静かになる。
「……カトレア」
そんな空間で例え小声でも彼の声はよく聞こえた。なんだろうかと顔を上げるとパチっと真剣な眼差しと視線がかち合う。
「その……これから、君のことを口説いていいだろうか」
「……え?! わ、私、口説かれるの……?」
「彼女も言っていたとおり、時にははっきりと口にするべきだと思ってな」
「えっと、そう、ね」
メイン攻略キャラからこう言われて落ちないヒロインはいるのだろうか。いいや私はヒロインではなく悪役令嬢だった。元、がつくけれど。でも目の前にいる彼だって元、王子だ。
「……お手柔らかに、お願いします」
「ああ」
死亡エンドは嫌だとあれほど足掻いていたけれど、断罪イベントも失敗に終わり少し絶望したけれど。フリージアと目標としていたハッピーエンドは、もしかして無事迎えるのかもしれない。
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