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「カトレア大丈夫? なんだかげっそりしてるけど」
「体調は大丈夫よ、体調は」
 体調も戻り学園に行こうとしたけれど屋敷のみんなに止められた。あんなことがあったのにすぐに学園に行く必要はない、もう少し休んでからでも大丈夫なんじゃないですかという言葉と気迫に押され、渋々と休むことを選んだ私は折角だしとフリージアをご招待した。
 悪いけれどエディにフリージアを迎えに行ってもらって、こうして出迎えたのだけれど。色々とあって心配していたフリージアは久しぶりに私を見てまた心配そうな表情をしての最初の台詞だった。
「お父様にね、こってり怒られたところなの」
 場所を客室に移動しそう説明する。体調がある程度戻った頃、お父様がやってきて第一声が「お前は爪が甘すぎる」だった。主犯がわかっていたくせに証拠と確証を手にするのも遅すぎたし、向こうが素早く行動に移すことを見抜けなかったのはお前の考えが甘かったからだと。そのせいで囚われていた一週間何もできなかったのではないかという言葉に、もう仰るとおりですと頭を垂れることしかできなかった。
「アルストロ家の人間であり続けるのならば、もっと強かに生きろ」
「……! はい!」
 子煩悩ではなく、厳しい父親だと思っていたけれど。決して子どもを愛していないわけではない。私のことを心配し動いてくれたお父様に感謝しつい涙目になろうとしていたところ、お説教はそこで終わることはなかった。その後もとつとつとひたすら駄目出しをされ改善点が一体どこなのか答えさせられ一通り済ませればまた最初から。病み上がりでそんなやり取りをしていれば折角戻ろうとしていた体力もごっそり減ってしまう。執事長がお父様を呼びに来てくれるまでそれはひたすら続いた。
 そのあとのフリージアだったため、出迎えの顔がげっそりになってしまったのだ。ある意味タイミングを考えなかったお父様が悪い。
「……美味しそうなケーキね」
「折角来てくれたんだもの、たくさん食べてね?」
「ありがとう! 頂きます!」
「どうぞ、召し上がれ」
 メイドたちが私の友人がお見舞いに来てくれる、ということでそれはもう腕によりをかけて準備をしていたのだ。
「お嬢様にお友達?! 美味しいケーキを用意致しますね!」
「苦手なものなどはございますでしょうか?!」
「テーブルに置く花はこちらでよろしいでしょうか?!」
 ごめんなさいね、ぼっちのせいで今まで友人を家に招くということができなくて。と心の中で小さく詫びて彼女たちのやりたいようにしてもらった。その甲斐あってが客室がいつもより華やかだ。あらゆるお菓子に鮮やかなお花、ヒロインであるフリージアによく合っていて彼女たちのセンスを絶賛した。
 パクパクと美味しそうにケーキを頬張っていくフリージアの姿に和みながら、私も香りのいい紅茶に口をつける。病み上がりなためまだ甘いものが簡単に口の中に入らない。私が食べていないことに気付いてフリージアが悲しそうな顔をして手を止めたけれど、気にしないでと微笑んだ。
「それにしても……次回作のヒロインがあそこまでするなんて思いもしなかった。次のヒロインってああいう子だったの?」
 一つのケーキを食べ終えて次のケーキに手を伸ばしながらそう口にしたフリージアに、「ああ」と私も思い出してティーカップを置いた。
「彼女、多分転生者よ」
「……え?!」
「だってフリージアがやるべきだったイベントを次々にこなしているようだったし。私のことを悪役令嬢だって信じて疑っていなかったわ」
「同じ転生者っていうのに、あそこまで酷いことしてたってこと? 信じらんない!」
 きっと向こうは私たちも転生者だとは気付いていなかっただからこそ、あそこまでしていたんだろうけれど。彼女の中ではこの世界は現実の世界ではなく未だにゲームの中だったのかもしれない。そうでなければ、あそこまで誰かを酷く傷付けようとするのは難しい。ある意味かなり勇気のいることだから。
 それにしても、学園での私の好感度の低さは悪役令嬢としての補正かと思っていたけれど実はそうではなかったらしい。どうやらあのリリーが前もって悪い噂を流していて意図的に好感度を下げていたのだそうだ。エディからその報告を聞いたときは開いた口が塞がらなかった。用意周到過ぎる。ヒロインとしての逆ハーレムへの意地が見て取れた。
 でもそれが理由ならばわかったような気がする。リリーはエディとサイラスへの接触はあまりしていなかった、つまり二人の好感度を上げようとしていなかった。そのおかげで二人の私に対する好感度がそこまで下がらなかったのだ。よって二人は私たちに味方するような形になり私の死亡エンドへのルートが減ったのだ。そこはある意味感謝だ。
「そのあとあのリリーって子、どうなったの? 結構厳しい罰を受けたんじゃない?」
「それは、えーっと……フリージアは、詳しく聞かないほうがいいと思う」
「え?」
 フリージアは庶民の子のため、その辺の話に詳しくはない。きっと彼女の言う「罰」は厳しく注意されたとか、その程度だと思っているだろう。実際王子の口から出てきた言葉はそんな生易しいものではない。一応、私からの提案で一番厳しい処罰は免れたけれど。それでもリリーにとっては苦痛を強いられるものだ。
「まぁ、でも、私今後安心した学園生活送れるかも」
「あ、そっか! 死亡エンドのイベントが発生しないかもしれない!」
「そうなの」
 悪役令嬢が死亡エンドの発生する場合、大概そこにはフィリップや王子がいる。けれど王子との好感度は恐らくそこまで低くはなってはいないし、そもそもフィリップに関しては二度と学園に現れることはない。他にもイベントはあるけれどエディとサイラスともそれなりの友好関係を築いているため、二人が私を殺害する確率は低くなったと考えてもいい。
 ヒロインのフリージアともこうやって仲良くなっているし次回作のヒロインも出てくることはない。これってもう、ゲームのシナリオから大きく外れたと考えてもいいんじゃないかしら。
「やった! これって私たちの大勝利じゃない?」
「そう思いたいところかなって」
「思っていいよ! 肝心だった王子だってさ、カトレアのこと助けに来てくれたじゃない! この屋敷まで運んでくれたのも王子だったんだから!」
「そうなの?」
 何それ、初耳なんだけど。ポカンとしている私に興奮冷めならぬフリージアは目を輝かせて「そう!」と力強く身を乗り出してきた。
「ほんとに王子様~って感じだったの! 抱えられてるカトレアなんてね?! ヒロインそのものだったんだからね?! そのとき私カトレアのこと心配でそれどころじゃなかったんだけど今思えば乙女ゲームのスチルそのものじゃない?! って感じでっ」
「フ、フリージア、落ち着いて」
「あっ、あ、ごめんね? んと、すごかった……」
「何をそんなに恍惚と……」
 そんな顔にそんな台詞言われると誤解を招く。落ち着いてと手元にあったクッキーのお皿をフリージアのところに寄せれば、彼女はお礼を言いつつパクパクと口に運んでいった。子犬っぽい、と何度か思ったことはあるけれどこうして食べているところを見ると、本当に小動物っぽくてキュンとする。
 彼女の姿を見て和んでいるところノックが鳴り、顔を上げる。何かしらと思っていると、そこに現れた人物に目を丸めフリージアはクッキーをポロッとこぼした。
「すまない、客人がいたか」
「えっと……」
「わ、私は大丈夫だよ?」
「だそうです。どうぞ、王子」
 この場に突如現れた王子にフリージアと軽く顔を見合わせる。こうして王子が私を訪ねてくるのはこれが初めてだ。何かあったのだろうかと身構えたけれど、彼は手に持っていた花を渡しに手渡してきた。これはお見舞いの品、という認識でいいのだろうか。
 空いている席を勧めるとなぜか彼は迷うことなく私の隣に座ってきて、思わず少し引いた私に対しフリージアはスンと顔を真顔にした。興奮を隠すための反応を今見せるのは私が居た堪れないからやめてほしい。
「ベッドから起きて大丈夫なのか」
「ええ。体調はだいぶ戻りましたから。ただ念の為にと休養しているだけで。ところで何かあったんですか?」
 何か用事があったから来たのではないかと案に伝えてみれば、彼は一度気まずそうに目を背け口を小さく二、三度開閉したあと運ばれてきたティーカップに手を伸ばした。
「……こうして茶を共にしたことはなかったと、思ってな」
「ありませんでしたね、たった一度も」
「カトレアっ」
 正直に返してしまった私にフリージアは小声で注意し、つま先で軽く小突いてきた。しまったつい本音が出てしまったと私も一つ咳払いをして紅茶で喉を潤す。
「そういえば、君は」
 ヒロインに対し今気付くのかと思いつつも、視線を受けたフリージアは少し戸惑いやや顔を引き攣らせながらも笑顔を浮かべた。
「カトレアの友達のフリージア・エーデルです」
「そうか。カトレアの傍にいてくれて感謝する」
「い、いいえっ?」
 そういえば攻略対象者である王子はここで初めてヒロインの名前を知ったのか。そう思うと入学してから随分遅かった、攻略対象者としてそれでいいのかと思ったのは内緒の方向で。
 声が裏返ってしまったフリージアに私も複雑な心境の眼差しを向け、お互い目を合わせたまま困惑する。あれだけ逃げ回っていた王子が突然デレ? ているのだから戸惑うなというほうが無理は話だ。ただ先日彼は今までのことを詫びていたため、今からでも歪だった関係性を修復しようとしているのかもしれない。
 私も彼については色々と誤解をしていたようだし、そういうことにしようと強く自分に言い聞かせコクリと頷いた。私も今まで彼のことを私を死亡エンドに導くキャラだという認識だったため、そこは今後改めるようにしよう。
「ところで一ついいか」
「何でしょうか?」
 今度は一体何なんだと勝手に身構える身体を王子にバレないようにするのは、少し至難の業だ。大丈夫今まで通り淑女らしい振る舞いをすればバレやしないとわかっていながらも、心身ともにリラックスできる友人がいるのだからボロが出てしまうかもしれない。
 笑顔を浮かべ何事もなかったかのように振る舞えば、彼はこれまためずらしくこっちに真っ直ぐ視線を向けてくるではないか。
「今後は『レオ』と、呼んでくれないか」
「……えっ? いいのですか?」
 相手を簡単に信頼しない王子は信頼していない相手が自分の名を呼ぶことを嫌っている。それを許しているのは信頼している相手のみだ。だから今のところ彼の警護をしている騎士とエディだけが彼の名前を呼んでいる。
 私も小さい頃距離を縮めようと一度提案してみるも見事に玉砕して、それから一度も彼の名前を呼んだことはない。
「それと、できることなら畏まった言葉遣いもやめてほしい。俺たちの間に上下関係なんてないだろう?」
 いやありますけれど。あなたは王族で私は貴族の娘、一応上下関係はありますけど。でも王子が言いたいことはそうではないのだろう。
「……わかりました。急には無理だと思いますが、善処します」
「ああ」
「あのぉ、ちょっといいですか?」
 おずおずと手を上げたわりにはニヤけそうな顔を頑張って堪えているフリージアに、スッと細めた目を向ける。何をそんな、目の前で突然起きたイベントに興奮しつつも顔には出さないように頑張っているオタクのような反応をしているのか。
「学園でも、一緒に昼食を食べるとかしてみたらどうですか? だって二人とも、まだ婚約者なんだし」
「……いいのか? 二人の邪魔をするだろう?」
「私は構いませんよぉ! 交流を深めるために一緒にご飯とか当たり前です! 寧ろどうぞ! 目の前でどうぞ!」
「ゴホン、フリージア」
「ハッ……! えっと、カトレアはどう?」
 フリージアが我に返ったと思ったら全力で流れ弾が飛んできた。にっこりとした笑みをフリージアに向けると彼女は少し肩を縮こませ、無言でクッキーに手を伸ばし口に運んだ。
「王……レオが、嫌でなければいつでもどうぞ。私たちいつも噴水のある中庭で食べていますから」
 たまにエディやサイラスも来ますよと付け加えたら彼はそうかと頷いた。男一人で女子二人が食事している間に入っていくことは難しいけれど、エディが一緒だったりその場にサイラスがいればまだ少しはマシだろう。
 それからポツポツと、お互い学園生活での話を口にする。一緒の学園にいるのにほぼ別行動だったため何をどう過ごしているのかまったく知らないし、私はそれでもいいと今まで思っていた。けれど王子が、レオが聞いてくるのであれば素直に口にする。きっと彼なりに距離を縮めようとしている証なのだろうし。
 少しのお喋り時間を終えて、彼は前回のように私の容体に気を遣ってわりとすぐに席を立った。無理はするなと言い残しその場を去っていた彼に、フリージアは表現しがたい声を出したのには驚いた。もしかして変わった王子に惚れたんだろうかと思ったけれど、普通にデレた王子が面白かったらしい。
「ほんっと、この世界って乙女ゲームが元だったのね」
「まるでヒロインに対する言動だったものね、王子」
「そのヒロインがカトレア?! きゃーっ、何それやだ私今スチルを目の前にしてるの?! コンプリしなきゃ!」
「待って私ヒロインじゃないから」
 興奮したままのヒロイン、フリージアにはこのまま屋敷に泊まってもらうことにする。と言うのもこの世界でもやってみたかったのだ、女子会。夜な夜なお菓子を食べながら色んな話に花を咲かせてみたかった。
 そうして私は死亡エンドのことなどまったく考えることなく一晩過ごしたのは、その日が初めてだった。
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