目撃者、モブ

みけねこ

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これからの二人

恋人達に対する証言

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 人の恋愛に巻き込まれるのは嫌だと思うし、僕だってそういうことはあまりしたくないしされたくない。でも、それでもどうしてもこのモヤモヤをどうすることもできなくて。
「お願い来て!」
「またぁ⁈」
 廊下ですれ違った腕を掴んでそのままズルズルと中庭へと引き摺った。まだ教室に突撃しなかっただけでもよしとしてもらいたい。僕が行くと絶対に騒ぎになるから。
「なになに、今度はどうした?」
 突然腕を引っ張られて中庭に引き摺られたにもかかわらず、第一声が僕を気遣う言葉だったし心配そうにこっちを見てくる。なんだかこういうとこ心配になるなぁ、と思いつつ。別に彼を観察するために引き摺ってきたわけじゃない。
 取りあえず前回同様近くにあったベンチに座って、落ち着くために一度軽く息を吐き出した。
「……セリオとのことなんだけど」
「話し合いは進んだ?」
「……進まなかった。どこまで行っても平行だった」
「あらら」
 アドバイス通り僕が上がいいって正直に言った。可愛いセリオを見てみたいって正直に言った。セリオは引くことはなかったけどずっとひたすら戸惑っていて、僕の気持ちは汲みたいけどでもという言葉がずっと続いた。
 やっぱり嫌なのかなってちょっと落ち込みそうになったところで、セリオはポロッと言葉をこぼした。
『そっちのやり方がわからない……』
「僕がわかるからやってあげるって言ったのに! セリオはずっと僕にそんなことはさせられないってブンブンブンブン頭を左右に振ったんだ! 振りすぎてセリオの頭が飛んでいくかと思った!」
「唐突にグロい」
「こんなんじゃいつまで経っても進まないと思ったから! 寮の僕の部屋に連れ込んだ!」
「え、寮の壁って薄」
「もう! どうすればいいの!」
 ワッて顔を両手で覆って肩を落とした。確かにセリオは剣術一直線で王子の騎士になることだけを考えて生きてきたっていうのはわかる。僕はそんな一途なところが好きになったんだから。
 でもあまりにも知識が偏り過ぎてる! セリオには悪いけど、悪く言うと脳筋だよ! 純情な脳筋ってどうすればいいんだよ!
「連れ込んで、そのあとどうしたんだよ? 寮の壁って薄」
「押し倒した」
「おぉ?」
「僕が丁寧にやってあげようと思ったら、セリオは大量の鼻血を出して失神した」
「あ、あ~……鼻血……」
 あれはびっくりした。いや部屋に連れ込まれてベッドに押し倒されたセリオもびっくりしてたけど。そんな顔も可愛いって思ったけど。大丈夫だよ、僕に任せてセリオ、って言いながら制服の上着を脱いだ途端ブシャッ! っと。鼻血って、あんなに出るもんなんだねと無駄に感心してしまった。
 ベッドは血まみれになるしセリオは失神するし。その状態でそこから先なんてできるわけがない。僕はせっせと重いセリオの身体を動かしながらカバーとシーツを替えて、汗だくになってセリオの隣に倒れた。
 そのあと目が覚めたセリオはまず僕が隣に寝ていたことに驚いて、すぐに自分の服が乱れていないかチェックして、そのあと頭を打ち付ける勢いで土下座をしてきた。ひたすら「悪い!」って謝ってきたけど、どれに対しての謝罪なのかもうわからなくて色んなものが曖昧になって終わった。
「ドンマイ」
「キスだって未だに軽いものだし……もう、エロ本渡したほうがいいの……?」
「多分本が血まみれになるだけだと思う」
「純情すぎるよ、セリオ……煩悩は剣で斬り捨ててきちゃったの……?」
 信じられない本当に僕と同じ歳なんだろうか。どうしてこう、もっとイチャイチャしたいというか。もっと触れ合いたいって、それ以上のことをしたいって思わないんだろうか。僕に対してムラムラもしないの?
 でもキスはしてくれるし、話し合いの中でそういう行為をしたくないってわけでもなかった。ただ、あまりにも無知だ。知識が全然ない。王子に教えてもらったって言ってたけど多分理解できていないんだと思う。
「もうあれだよ、一つずつこなしていくしかないんじゃね?」
「……なんかあれだね、子どもみたい」
「いや相手はもうある意味赤ちゃんだから。だから一つずつ教えていくしかねぇんじゃねぇかなぁ。まずはエロいちゅーをするところからとか」
「そこからなの……」
 確かに未だにキスの最中に舌を入れられたことないし、なら僕がって入れようとしてもガッチリ口閉じてるんだもん。そもそもキスする時ちょんって当ててセリオは満足しちゃうから、時間がものすごく短い。一瞬だよ、一瞬。
 触れ合うのも、ただ手を重ねるだけで満足しているっぽいから。僕からしてみたら「え、えぇ~?」だよ。いや一体何歳のお付き合いだよ。
 そんなセリオも好きなんだけど! それはそれ! これはこれ! だって僕も年頃の男の子だから‼
「まずちゅーする時にちょっと口開けてみてって言うしかねぇんじゃねぇかなぁ。もしくは犬歯見せてって言うか」
「子どもじゃないんだから。って言いたいところだけど。多分セリオなら犬歯で簡単に引っかかりそう……」
「んじゃ採用で!」
「……考えとく」
 それからアシエとああでもないこうでもないと色んな案を出してはボツになっていく。急に距離を縮めたら鼻血を出して気絶するし、だからといってセリオのペースに合わせていると、お互いそこそこいい年齢の時になりそうで怖い。
「あ。あれはどう? 抜き合いっこ」
「いいなぁ、やってみたい。どうせ挿れるまで時間かかるんだからせめてお互い気持ちよくはなりたいよね」
「なんならアドニスがやり方教えてあげたら? 実践で」
「セリオ絶対鼻血出すよね?」
 だって制服脱いだ時に出してたんだから。ああでも、セリオに見られながらするのって気持ちよさそうだなぁ。ちょっと興奮するかも。
「今度やってみよ。もちろんセリオにはちゃんと説明するよ」
「鼻にティッシュ詰め込んでもらったほうがいいよ」
「すぐ真っ赤になりそうだけどね」
 その時のセリオを想像したのは僕だけじゃなかったみたい。お互い一瞬だけ視線が上に向かって、ほぼ同時に吹き出した。ごめんねセリオ。セリオで笑っちゃって。でも可愛いなって思ったから許して。
 それにこういう会話ができる相手、僕には今まで一人もいなかったから。だからちょっと楽しいんだ。僕が憧れていた男友達との会話、みたいな感じで。その夢が叶ったような気がした。
「それじゃ、犬歯と、そしてちょっとずつ触れ合っていくのと……あと僕がシてるところを見てもらうことと」
「犬歯採用された!」
「セリオなら引っかかるからね」
 初心なセリオには僕から丁寧に丁寧に教えてあげないとね。恋人同士の触れ合いって、とっても気持ちいいことだっていうことを。
「アシエ」
 僕とアシエの二人だけいた中庭に、別の声が聞こえてきた。反射的に顔を上げて声がしたほうへと視線を向ける。
 本当に、あの人はどこにいても人の目を惹く。思わず見ていたけれど、あの人は僕の隣にいるアシエだけを見つめていた。
「お? どうした?」
「近くを通りかかったら姿が見えたものだからな」
 アシエと、そして歩いてきた王子は一瞬だけ周りを見渡した。僕は二人から同じコロンの香りがしたから、だから二人が付き合っているんだってことを知ったけれど。多分二人は付き合っていることを隠しているんだと思う。
 周りに人がいないかどうかを確認して、そしてお互いに目を合わせて笑顔を浮かべた。王子の手が伸びて柔らかくアシエの頬を撫でてる。
 僕は、去年のあの騒動まで王子の近くにいた。ただセリオとの接点を持ちたくてやったことだけれど。王子の気持ちに気付いていながら、それを利用していたことは酷いことだってこともわかっていたけど。それでもセリオの傍にいたかった。
 でも、と思わず今の王子をじっと見てしまう。去年まで近くで見ていて、僕のことを見つめてくる目はとても優しかった。でも今の王子の目はあの時の目と似てるようで違う。
 あの時よりももっと愛情が溢れていて、とても愛おしそうだ。本当に目の前にいる人が大切なんだってことがひしひしと伝わってくる。
 ああ、僕に向けていたものとはまったく違うんだなって実感した。
「久しぶりだな、アドニス」
 不意にアシエに向けていた目が僕に向いて、ちょっとだけびっくりしてすぐに笑顔を浮かべた。あの時以来。王子とこうして話すのは初めてだ。
「お久しぶりです。お元気そうで」
「ああ、アシエのおかげでな」
「積もる話で?」
「アシエを抜いて二人きりでか? お前は人でなしか」
「えっ⁈ なんだかすっごくウェルスに言われたくない言葉だな!」
「やめろ傷口を抉ってくるな」
 ちょっと、どころじゃなくて思いっきり目を丸くしてしまった。王子って、こんな喋り方するんだ。
 僕が知ってた王子はいつも品性高潔で正しいことをしていて優しくて、まさに本に出てくる王子様という感じだった。だからこんなに眉間に皺を寄せたりちょっと憎まれ口を叩いたり、僕たちと変わらないような姿を見るとは思わなかった。
「アドニス。セリオの件なんだが、実は相談に乗ったことがあるんだ。セリオはああいう性格だから、あまり急かさないでやってほしい」
「え? あ、は、はい」
 そっか、セリオも王子に相談していたんだ。僕だけが悩んでいたわけじゃないってわかってどこかちょっとホッとした。王子に教えてもらったって言ってたのは相談した時に教わったんだなと納得した。
「アシエ」
「ん?」
 王子がアシエを手招きして、二人の距離がグッと縮まる。内緒話だから王子はアシエの耳元に口を寄せているけど、そっとお互いの手が触れ合ってるのを僕は見てしまった。
 王子が何かを喋って、ちょっと顔を離したアシエは楽しそうに笑う。そんなアシエの笑顔を見て王子も小さくはにかんだ。
 いいなぁ、と思わず羨んでしまった。いいなぁ。あの二人はきっとお互いのことたくさん知っているんだ。わかり合っているんだ。とても近い距離にはまったく違和感がない。
 僕がいなかったらきっと王子はアシエの腰を抱き寄せていたに違いない。そう確信できるほど王子から溢れ出る雰囲気がひたすら甘い。これを見たら、王子って実は僕のこと好きじゃなかったんじゃないかな? って思うほど。
 王子の視界にはただただアシエしか映っていなかった。
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