目撃者、モブ

みけねこ

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これからの二人

経験者に対する証言

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 まずは、俺のために時間を作ってくれた二人に感謝と共に頭を下げる。今二人共忙しいことは知ってはいたが、それでもこの悩みを相談できる相手もまたこの二人しかいなかった。
「アドニスとは上手くいっているのか?」
 笑顔と共にそう尋ねてきたウェルスに対ししっかりと頷く。あれからアドニスには正直に思っていることを口にした。ずっとウェルスがまだアドニスのことを想い落ち込んでいると勘違いしていたこと。そのせいでアドニスを遠ざけてしまったこと。そうすることによって傷付けてしまったこと。それらすべてを言葉にし謝罪すると、アドニスは涙を浮かべつつもこんな俺を許してくれた。
 アドニスからもずっと不安に思っていたのだと告げられ、ウェルスの言う通り互いに言葉が足りなかったのだなとしみじみと思った。
 そうしてアドニスとは上手くいっているのだが、いっているからこその悩みも出てきたわけで。それについての意見を二人に乞うため、こうしてウェルスの別荘を訪れた。
「アドニスとは上手くいっているんだが……そ、その、こっ……恋人同士は、な、何をどうすれば、いいのか」
「なるほど。ちなみにどこまでいったんだ?」
「……キ……ス……まで」
「キス」
「セリオは生真面目だからな」
 オウム返しに言われた言葉に思わず顔が赤くなる。ウェルスは俺のことをよく知っているため苦笑を浮かべているが、ウェルスの隣にいる彼はきょとんとした顔をしていた。
 だがキスも俺としては頑張ったほうだ。それまで手に触れることしかできなかったのだから。初めてキスした時は緊張のあまりに失神するかと思った。というか一瞬だけ意識が飛んだ。
「セリオとしてはそこから進みたい、という気持ちはあるんだな?」
「も、もちろんだ。何よりアドニスもそう望んでいるようだし……そんなアドニスの気持ちに応えたい」
「はい、一ついいですか?」
「な、なんだ」
「キスってどんなキス?」
 あけすけなく聞いてきた彼になんなんだこの男はと正直思ってしまった。いけないいけない、彼はウェルスの恋人だ。今後俺も彼に敬意を払わなければならない。
 だがなんなんだこの男は。なんでそうも恥ずかしげもなくあっけらかんと聞いてくる。
「キスっ……は、その、あれだ」
「どれだ?」
「っ……触れる、キスだ」
「あ~」
 無駄に羞恥心に襲われるし正直に言うとこの男を殴りたい。
 だが彼がそんな言葉が出てくるのもわからないわけでもない。キスはキスでも、色んなものがあるということを俺は二人から学んだ。そんな中で俺は触れるだけのキスしかできていない。
 だがきっと、アドニスはそれ以上を望んでいるんだ。だがそれ以上というものが俺にはわからなかった。
「セリオは小さい頃より剣術に一直線だったからな。その他の、特に娯楽などに興味を抱かなかったんだ」
 そんな俺をフォローしてくれるように彼に説明してくれるウェルスに、申し訳なさが沸き立ってくる。ウェルスの言う通り、俺の知識はほぼ剣術に傾いてしまっている。その他は最低限の礼儀作法などは学んだものの、今の流行などはとんと疎い。
「エロ本とか読んだことないの?」
「……エ……?」
「ないだろうな、セリオは」
「ウェルスも?」
「俺は知識として学んだ程度だ。巷に出ているものは読んだことはない」
「へ~。王族とか貴族ってそういうもんなのか」
 今度貸そうか? という彼の言葉にやんわり頭を左右に振ったのはウェルスだった。ウェルス曰く、俺にはまだ早いらしい。
「話は戻すが。セリオはキス以上のことを知りたいということだな?」
「あ、ああ、そうだ。どうすればいい?」
 一旦ウェルスと相手……確かアシエという名前だったか。その二人が互いに目を合わせて口を閉じた。一体なんなんだろうか。
 だがそれも一瞬で、次にこちらに向き直ったウェルスは至極真面目な表情をしていた。
「まず知識としてセリオに教える」
「た、頼む」
 そこからウェルスの口からつらつらと出てきた言葉は、正直に言おう。あまり頭に入ってこない。まず理解が難しく、そんな俺に気付いたのか更に噛み砕いた物言いをしてくれたが、噛み砕けば砕くほど謎にどんどん卑猥になっていく。
 恋人同士は、本当に誰でもそんなことをしているのか。
 だが教わっている最中に思い出したのは、初めてウェルスがアシエを紹介してくれた時のことだった。俺が石頭すぎて頑なにウェルスの言葉を信じようとしなかった時、これが証拠とばかりに俺の前で見せつけてきた二人の行為。
 キスはキスだというのに、俺とアドニスがやった触れ合うだけのものとはまったく違っていた。もっと粘着質で、熱を帯びていて、それで。
「はいこれどうぞ」
「す、すまない」
 アシエからサッと渡されたハンカチを礼を言いつつ受け取り、鼻に当てる。ウェルスの説明を受けつつあの時のことを思い出していたら鼻から赤い液体が滴り落ちてきた。失神しなかったのは俺としては大きな進歩だろう。
「――と、いうわけだが」
「……」
「大丈夫?」
「……ぁ、ああ。あれだ、その……本当に?」
「本当に」
「本当に」
 二人の言葉が綺麗に被って思わず鼻を押さえていないほうの手で頭を抱えた。ほ、本当に、あれがそれでこれでそうなるのか。
「上か下かについてはアドニスとしっかりと話し合ったほうがいいぞ」
「……ちなみに、二人はどうやって決めたんだ」
「……なんとなく?」
「俺たちの場合はアシエがすんなりと受け入れてくれたが、これはアシエがめずらしいのであって恐らく普通はそう簡単に決まらないんじゃないかな」
「それぞれ恋人によるだろうけど」
 そういうものなのか、と未だに止まらない赤い液体でハンカチに染みを広げつつ、しっかりと二人の言葉に耳を傾ける。
「まぁでもちゃんと話し合ったほうがいいんじゃないかな。もしかしたらお相手もプラトニックな関係を望んでいるのかもしれないし」
「う、うん……」
 アシエの言葉にぎこちなく頷きつつ。俺としては。俺としては、このままプラトニックな関係でもいいと思っている。アドニスが傍にいるだけで嬉しいし、手に触れるだけでドキドキするのだから。今のままでも十分幸せなんだ。
 ただアドニスが望んでいるかもしれないという前提で話を進めていたが正直はっきりと言葉にされたわけじゃない。二人が言っている通り、ちゃんと話し合うべきなんだろう。
「ところで……その、万が一そうなった場合、そういったものはどこで手に入れれば……」
「普通に売ってるよ?」
「そうなのか⁈」
 まさかの言葉に声がひっくり返る。まさかそういうものが一般的に売られているとはまったく知らなかった。ウェルスが準備しているものとばかりに思っていたため、どこかの伝手で購入しなければならないのかと考えていた。
「この国って同性婚認められてるだろ? だから普通に庶民の間でも低価で売られてる。身体に害はないから大丈夫。俺もしょっちゅう使ってるし」
「しょっちゅう」
「アシエ」
「ごめん余計な一言だった」
 しょっちゅうなんだ。あの恋愛不適合者と言われていたウェルスが、今ではしょっちゅうなのか。そうなのか。少し前までは考えられなかった。
 しかしもしそうなったとして。使い方がまったくわからない。その時が来るかもしれないとわかったらアシエに使い方を聞きにきたほうがいいかもしれない。どちらが使うことになるのかは今はまだわからないが。
「……ふむ」
「何? なんかヘンなこと考えてね? ウェルス」
「いいや。言葉で伝わるように教えたつもりだが、こういったものは見たほうがわかりやすいかなと」
「へっ⁈」
 情けない声が出たのは俺の口からだ。一方でウェルスは至って真面目な顔をし、その隣では丸い目が向いている。
「俺にはそんな趣味ねぇんだけど。あとレクチャーしたらセリオさん出血多量でぶっ倒れるどころの話じゃなくなると思うんだけど」
「でも見たほうがわかりやすいだろう? セリオ。ほらあの時、お前にAを見せた時」
「あ、ぇ」
「キスは触れるだけじゃないってことを、もう一度教えようか?」
 ウェルスは、こんな顔をするような男だっただろうか。俺の知っているウェルスは常に完璧で、まさに王となる器を持っている男だ。今もその考えは変わらない。変わらない、が。こんなにも艶やかに男臭く微笑む男だっただろうか。
 あの時の、という言葉にさっき打ち消したばかりのあの映像がもう一度脳裏に蘇る。
「セリオさーん⁈」
 そして俺の意識はぶっ飛んだ。

 あれから俺の意識が戻るまで二人は介抱してくれたようだ。どれだけ赤い液体が流れたのか、起き上がったあとしばらくの間頭がフラフラだった。剣術の稽古でもここまでフラフラになることはないというのに。
 俺の前で二人があれなこれなそれをすることはなかったが、ちゃんと話し合いを、という二人の言葉をしっかりと受け止め別荘を後にする。
 俺にできるかどうかはわからないし、アドニスとその行為をしていることも想像もできない。できないが、もしアドニスが望んでいるのであればちゃんと応えてあげたい。
 取りあえず、そうなった場合すぐに鼻血を出すことがないよう鍛えていたほうがいいかもしれない。
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