思い出の修理屋さん

みけねこ

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13.サブノック国へ

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 帰りにメリーさんからもらったタマゴサンドを綺麗に平らげて、そして宿屋『マオ』に戻った私たちはそのまま休むことにして明日に備えた。少しバタバタして大変だけれどそうも言ってられない。こうしている間に霧は濃くなって魔物が門兵さんたちに襲いかかってしまう。
「おはよう、サヤ。よく眠れたかい?」
「おはようございますメリーさん。はい、ちゃんと眠れました」
「そうかい、よかった」
 ちょっとメリーさんの元気がない。昨日私が自分の部屋に戻る前にリクと話しているところを見たからそのときに今後どうするのか聞いたのかもしれない。最初こそは笑顔だったけれどそれが段々崩れてきて、くしゃりと顔を歪ませたときには私は思いきり抱き寄せられた。
「あんたを追い出した国のことなんて放っておきゃいいんだよ!」
「メ、メリーさん……」
 ぎゅうぎゅうと抱きしめられて苦しいけれど、こんなにも力いっぱいに抱きしめられたのっていつぶりだろう。一人暮らしを始めて大学卒業したら毎日仕事に追われて、彼氏がいたときもあったけどすれ違いでそのまま別れちゃって。
 不意に、お父さんとお母さんのことを思い出してしまう。突然こっちの世界に喚ばれて、あっちでは私ってどんな扱いになったんだろう。そのまま行方不明扱い? それとも……そのまま、いなかったものとされているの? 後者ならまだしも前者だったら、家族にとても悲しい思いをさせてしまったんじゃないんだろうか。そんなことを考えてしまって涙腺が緩む。この歳でホームシックだなんて笑えない。
 ギュッとメリーさんの背中に抱きついて顔を胸に埋める。メリーさんの気持ちが痛いほどわかる。わかるほど私は本当にメリーさんによくしてもらった。でも。
「メリーさん……でも、困ってる人たちを放っておけないよ……」
「サヤはお人好しすぎるんだよ!!」
「いたたたたっ」
 毎日厨房に立つメリーさんの腕力は凄い。流石にメリメリとめり込んできたところでパッと腕が離されて、肩に手が置かれる。
「困ったことがあればいつでも周りに頼るんだよ、いいね」
「はい」
「無茶はしないこと。ちゃんと帰ってきて、あたしのご飯を食べるんだよ?」
「はい!」
 それからあれは持っていくことこれも持っていくことあれとそれと色々と注意事項を言われ、物がたくさんになる頃にようやくメリーさんははたと止まった。話すのに夢中で持ち物がたくさんになっていることに気付いたようで、今度はその中から本当に必要な物だけを選んでいく。
 そしてメリーさんの美味しい朝ご飯を頂く。いつも通りパンに温かいスープ、そして今日はちょっとしたデザート付き。毎日やっているように手を合わせて「ご馳走さま」と感謝を口にする。次にメリーさんのご飯を食べられるのはいつになるだろう。
「サヤ、これも持っていきな」
 そう言って渡されたのはクッキーの入っている袋。物持ちするから小腹が空いた時にでも食べるといいと、いつもと同じようにパッと輝いた笑顔でメリーさんは渡してくれた。本当に何から何まで、色んなものをメリーさんからもらってしまう。
 部屋に戻って支度を済ませ、宿屋『マオ』から出る時後ろを振り返る。まるで子を見送る母親のようにメリーさんは私の背中を見守っていた。
「メリーさん、行ってきます」
「ああ、気を付けて行っておいで」
 笑顔で手を振って、私はドアを開けた。
 以前と同じように街の入り口に行ってみれば、そこには見知らぬ人が二人。もしかして王様が言っていたギルドの人なのだろうか。近付いてみると向こうも私に気付き、男の人は軽くてを上げ女の人は会釈した。
「もしかしてアンタが『サヤ』?」
「は、はい私がサヤですが……」
「俺はハルバ・ルチルクォーツ、ギルドの依頼でアンタの護衛をすることになった。よろしくな」
「私はカミラ・アメトリンです。男ばかりだと色々と不便もあるでしょうから、困ったことがあったら何でも言ってください」
「よ、よろしくお願いします」
 ある意味私の我が儘に付き合わせてしまう形になってしまって申し訳なく思ってしまったけれど、王様直々の依頼を受けただけだから気にするなと二人共笑ってみせた。
 もしかしてこの三人で行くのかなと少しだけ周りを見渡してみる。確かにギルドの人が二人ついてくれるのだから心強いけれど……でもこれを考えるのはきっと私の身勝手だとすぐに頭を左右に振る。そんな私の様子を見て、女性のカミラさんの方が何かに勘付き私の肩にポンと手を乗せた。
「言ったでしょう? 『男ばかりだと不便』だと」
「え……」
「すみませんお待たせしました」
 カミラさんの視線の先につられるように追ってみれば、そこにはさっきまで探していた人の姿。私と目が合いいつもと同じように笑顔を浮かべた。
「サブノック国の地理に詳しいので同行します」
「よっ、リク。馬は連れて行かねーの?」
「道中はいいでしょうが問題は国境を越えた後ですね。向こうの状況を把握しているわけではないので」
「突然魔物に襲われて馬を駄目にしてしまったら意味ないものね」
 トントンと三人の会話が進んでいってその中で口を挟めることができるわけがない。そういうことについては私は素人当然だしここはプロに任せた方が一番いい。三人の意見がまとまるのを待っているとトントンと軽く肩を叩かれた。
「すみませんお待たせしました。行きましょう、サヤさん」
「は、はい!」
「カミラの傍にいれば安全なので、安心してください」
「そういうことです」
 スルリと剣の柄を撫でるカミラさんの姿は女の私から見ても格好いい。女の人が剣を扱うことができるようになるにはそれなりの時間と努力が必要だったはず。メリーさんもカミラさんも、この世界の女性も強くてたくましい。
 そうして私たちは四人でサブノック国に向かうことになった。霧のことを思うと急ぎたい気持ちはあったけれど、焦って危険に飛び込むようなことがあってはならない。プロの三人に従って歩きで国境へ向かいたどり着くと、門兵さんは私の腰に付いてある紋章装飾を目にするとすんなり門を通してくれた。ただサブノック国からフェネクス国に向かった当時と違って彼らは決して気さくで笑顔ではなく、どこか緊張した面持ちだった。
「うわっ?! 霧濃すぎねぇか?!」
「濃いとは予想していたけれど、まさかここまで黒いとは……リク、方向わかる?」
 初めて霧を見た二人は咄嗟に鼻と口を覆い隠す。この霧が人体に影響を及ぶすのか今のところ実証されているわけではないけれど、きっと本能的なものなのだろう。でも確かに、この間見た時よりもまた少し黒くなっている。
 顔を顰めた私の背中にリクがそっと手を当てる。こうなると本当にいつ魔物が出現するかわからない。私もコクリと頷いてリクに応える――いつどこから魔物が出てきても、不安で泣き叫ぶようなことはしない。
「まずは最も近い村に行きましょう。こっちです」
「サヤさん、私から離れないようにしてください。この霧だと少しでも離れてしまえば見失ってしまいます」
「はい、わかりました」
「魔物が出てきたら俺がバッタバタ倒すから心配するな!」
「はい、お願いしますハルバさん」
「ハルバでいいって!」
「私もカミラでいいですよ」
 とても頼り甲斐のある二人は笑顔でそう言ってくれる。二人共初めて見る霧に不安に思わないわけがないだろうに。でもこうしてたくましい姿であるのは色んな荒波に揉まれてきたからだろうか。ギルドを生業としている人たちのたくましさに感嘆する。
 霧ではぐれないように四人固まって移動を始める。つい数ヶ月前はこんなに霧が濃くなかったし周りの景色もよく見えていた。今から行こうとしている村にも行ったことがあったし、その時碑石を修復したはずなのに。この霧は一体どこから発生しているものだろうか。修復した碑石付近じゃないとしたら、他の風化している碑石から周りに流れ出しているということになる。それにしてもあまりにも広範囲だ。こうはならないために巡礼していたはずなのに。
「やーっぱり、出てくるよな」
 ハルバの声とは別の声が耳に届く。霧で見えないけれど何かが大きく羽ばたいているのだけはなんとか見える。雄叫びと共に徐々に大きくなる羽音に三人はそれぞれ剣を構えた。
「サヤさん、離れないで」
「はい……!」
「これからどんどん増えるでしょうね。ハルバ、村まで一気に行きましょう」
「了ー解! カミラ、サヤをしっかり連れて来いよ!」
「言われなくても」
 一つだった羽音の数がどんどん増えていく。羽音だけじゃなくて地面を蹴る音まで聞こえてきた。予想以上の数に知らず知らずのうちに手に力が入った。私はみんなのようには戦えないけれど、一応防御をつくる魔法と傷を癒やす魔法は習った。足手まといにはなりたくない。
「行くぞ!」
 ハルバさんの声で一気に駆け出した。剣が振り下ろされる音に何かが地面に叩き伏せられて転がる音。傍にいたカミラはそれらを私の視界に入らないように配慮してくれている。
「疲れたら言ってください! 抱えますから!」
「大丈夫! 私だってそれなりに走れるから!」
「……ふふ、わかりました!」
 伊達に馬なしで巡礼に行っていたわけじゃない。私を守りながら走っているカミラに魔物の牙が降りかかろうとしていて、急いで防御の魔法でそれを防ぐ。彼女は丸い目で私を見て、そして口元を綻ばせた。
「守られてばかりのお姫様じゃないみたいね」
 そうして走り続けて、ようやく見覚えのある風景が濃い霧の中でも見えてきた。魔物を相手にしながらだったから物凄く時間が掛かったような気がしたけれどそれは体感だけだったみたいで、私以外は息すら上がっていない。
 今度からしっかりと体力も付けるようにしよう、と一人ひっそりと決意しつつ、徐々に顕になってきた村の様子に唖然とする。
「なにこれ……」
 村は黒い霧で覆われ、あれほど賑わっていたというのに人一人見当たらなかった。
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