思い出の修理屋さん

みけねこ

文字の大きさ
上 下
6 / 50

6.再会

しおりを挟む
「直してくれてありがとう!」
「いえいえ、素敵な結婚式になるといいですね!」
「ええ!」
 パッと顔を輝かせて大切にドレスを抱きしめている彼女は、晴れやかな表情でお店から去っていった。今回お願いされたものは、彼女のお祖母さんがお嫁に行くときに着ていたドレスだった。そのお祖母さんは去年亡くなり、結婚式を見てもらいたかったという思いでドレスの修復を人づてに聞いたこのお店に持ってきたらしい。
 このフェネクス国の人たちは、基本物を大切にする人たちだ。『その物には持ち主の気持ちが宿っている、だから乱暴に扱ってはいけないよ』と小さい頃から言い聞かせられているのだとメリーさんが教えてくれた。だからあんなにもお店に人が来てくれるし、みなさん嬉しそうに去っていくのだと納得した。
 こうしてお店を構えるようになって気付けばひと月は経とうとしていた。隣の宿屋とこのお店を行き来しているだけで街の中の散策に行くタイミングを逃してしまっているけれど、店に来てくれる人たちはみなさん優しい。お礼を言われたいがためにやっているわけじゃないけれど、それでもたった一言の「ありがとう」はとても嬉しかった。
 そして少し殺風景だったこの店内も最近徐々に物が増えていっている。よかったらもらってと頂いた観葉植物、お礼にと持ってきてくれた小さな古時計、不便だろうと譲っていただいた棚。この棚は出かけている間預かっていてほしいという要望があって、その預かっている物が置いてある。もらってばかりでは悪いからと物々交換した小物もちらほら。
「うん、なんだかんだで充実しちゃってる、かな?」
 サブノック国を追い出されたときはあまりの理不尽さに悔しいやら悲しいやら、ぐちゃぐちゃの感情のままこのフェネクス国に来たけれど。どうやら私にはこの国は合っているようで、理不尽な異世界は少し住みやすい世界へと変わっていた。
 ただサブノック国が気にならないかと言われれば、そうではないけれど。でも私は追い出された身だし、私の次に召喚された子がきっと聖女として頑張っているに違いない。そう言い聞かせながら日々を過ごしている。そうでなければ勝手に責任感を感じて気落ちしそうになったから。
 カランとドアのベルが鳴る。このベルも近所の鍛冶屋さんのおじさんのご厚意でもらったものだ。おじさんは「ただの試作品だから」ってお代はいらないって笑い飛ばしていたっけ。
 顔を上げて「いらっしゃいませ」の「い」の口の形を作ろうとして、それは成さなかった。唇を横に動かすどころかぽかりと情けなく開けてしまう。
「こんにちは」
 光りに当たるとキラキラと光って、透き通るように見える髪。顔は穏やかな表情を浮かべていた。
「……リク?!」
「久しぶりです、サヤ」
「え、えっ、どうしてここにいるの? リク」
 見覚えのある顔に最初は他人の空似かと思っていたけれど、彼はしっかりと私の名前を呼んで尚更笑みを深めた。どうしてここに、と思いつつもつい視線が上から下へと往復してしまう。
 リクはサブノック国の騎士だったからいつも見るのは鎧姿だった。でも、今目の前にいるリクはとてもラフな格好をしている。一応格好いい胸当てのようなものをしていて、腰には剣が下げられている。どんな格好でもピンと伸ばされている背筋は綺麗だな、だなんて少し明後日なことを考えてしまったり。
「ここってサヤの店なんですか?」
「えっ? そ、そう、修理屋さんをしているの」
「なるほど、修理屋さんですか」
 聖女としての力を知っているから、それを応用したものだとすぐに気付いたのだろう。納得したリクはスッと店内を見渡した後すぐに私に視線を戻した。
「お元気そうでよかったです」
「リクも……どこも怪我とか、してないよね?」
「ええ、まったくどこも怪我してませんよ。至って健康体です」
「よかった……」
 フェネクス国は霧が発生しているわけでもなく、ひと月いても魔物の被害があったという噂はまったく聞いていない。けれど隣のサブノック国は聖女がいるとしてもそう一気に霧を晴らせることができないから、未だに魔物は出ているはず。道中襲われなかったか心配したけれど、どこにも怪我をしている様子はなくてホッと息を吐いた。
「リク……騎士のお役目で来たの?」
 突然ここに現れたことにびっくりしたけれど、もしかしてサブノック国で何かトラブルがあって私を呼び戻しに来た、という可能性を思い浮かべてしまった。そしたら巡礼で一緒だったリクが呼び戻しに来ても不思議じゃないと。
 でもリクは目を丸くした後その目を笑みに変えて「いいえ」とはっきりと口にした。
「サブノック国の騎士を辞めてきました」
「……辞めた?!」
「はい」
「でも、確か恩があるからって騎士をしてたって……!」
「ええ、『先代の王』に、ですね」
 言葉を出そうとしていた口を噤んだ。例え何かを喋ろうとしても変な音しか出てこなかったかもしれないけれど。でもそうか、リクが恩を感じていたのは『先代の王』であって今のサブノック国の王じゃない。あの王をふと思い出して思わず顔を歪めてしまう。いいイメージも思い出もまったくない、寧ろマイナスイメージしか思い出せない。
 するとカランと再びベルが鳴る。あ、と古時計に視線を向けてみればお昼の少し前の時間だった。
「おや?! リクじゃないか!」
「お久しぶりです、メリーさん」
「なんだいなんだいあんた、久々にやってきたかと思ったらあたしに挨拶する前にサヤのところに行ったのかい?!」
「メリーさんのところに行こうとしましたよ? でも宿屋の隣に見知らぬ店ができていて、少し覗き見てみたらサヤの姿があったので」
「はっはーん? そういうことにしといてやろうじゃないか」
「そういうことなんですけどね」
 親しげにポンポン会話を続ける二人に少しだけ口をポカンと開けた。リクはメリーさんを頼れと私に言っていたし、メリーさんもリクとは親しい仲とは言っていたけれど。予想していた以上にとても親しげな間柄だった。
「丁度いい、今からサヤの昼食の時間なんだ。リクも一緒に食べていきな」
「いいんですか? ではお言葉に甘えて。サヤ、ご一緒しても?」
「ふぇっ? う、うん、もちろん!」
 少し置いてけぼりの状態になっていたせいで突然話しかけられて変な声が出てしまった。二人のきょとんとした顔の後に微笑ましく見られたものだから少し恥ずかしい。メリーさんとリクに続いてお店を出て、クローズの看板を下げた。
 お昼の少し前ということもあって少しだけお客さんが少ないけれど、すぐにどっと人が多くなる。お店の隅の方の席に座ればすぐに目の前に料理が置かれた。メリーさんはあの手この手で私を太らせようといつも美味しいご飯を作ってくれて、そのおかげで確かに前に比べて肉付きがよくなってきた。ただ、美味しいから食べちゃうせいで最近ダイエットしようかな、だなんてひっそりと考えている。
「いい香りですね」
「ね! メリーさんのご飯いつも美味しくて困っちゃう」
「困るんですか?」
「そう、いっぱい食べちゃうから」
「それもきっとメリーさんの思惑通りでしょうね」
「やっぱりそうだよね……?!」
 今頃もしかしたら厨房の方でメリーさんガッツポーズしてるかもしれない。だなんてリクと冗談を言い合いながら早速ご飯を口に運ぶ。ふっくらとしたタマゴで包まれているオムライスに濃厚なデミグラスソースがかかっていて、一口入れただけで幸せいっぱいな気持ちになる。ああ、また太っちゃう。
 リクの方はパンに濃厚で具だくさんのビーフシチューにその傍にはサラダと、栄養バランスバッチリだ。私もサラダを追加注文していればよかったと少し反省。
 そういえばこうして席に座って落ち着いてリクとご飯を食べるのは、これが初めてかもしれない。いつも巡礼の道中で手軽に食べられるものをとみんなで食べてはいたけれど。でも改めて食事をしているリクをチラッと見てみると、食べている最中も姿勢正しくで所作が綺麗。騎士ってみんなこうなのかな、と思いつつオムライスをパクリと口に運んだ。
 ある程度食べ進めれば人も増え、他の人のために席を譲るべきかなと思っているところメリーさんが飲み物を持ってやってきた。
「リク、あんたこれからどうするんだい?」
「しばらくここに身を置こうと思います。後でギルドへ登録をしに行こうかと」
「あんたの腕ならそれがいいね。あ! そうだそうだ!」
「ごふっ」
 飲み物をゴクゴクと飲んでいるときにメリーさんから背中を叩かれたものだから、思わず咽てしまって何度か咳を繰り返した。目の前にいるリクはスッとナフキンを渡してくれて、次にジッとメリーさんに視線を向ける。メリーさんは慌てて背中を擦りながら謝ってくれた。
「よかったらサヤに街を案内してくれないかい? この子ここに来てから働いてばかりで街の散策もしてないんだよ」
「そうなんですか? サヤ」
「う、うん……」
 ジッと見つめてくる視線が「働き過ぎだ」と訴えてくる。だって、何もせずに置かせてもらうなんてそんな図々しいことはできない。それにこの国の人たちは物を大切にする人たちだから、少しでも早くに直してあげたかった。
「わかりました。ではこの国のことも説明しながら、観光しましょうか?」
「いいの?」
「もちろんです」
「あ、ありがとう」
 とても爽やかな笑顔をしているリクに対して、私はちょっと、本当にちょっとだけ「デート」という文字が浮かんでしまった。何を浮き立ったことを考えているのだろう。別に、男女二人で歩くなんておかしなことじゃないのに。
 ただ、そう。久しぶりに気心の知れたリクに再会できて嬉しかっただけ。それでちょっと浮かれただけだと自分に言い聞かせた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

虐げられ聖女なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

無一文で追放される悪女に転生したので特技を活かしてお金儲けを始めたら、聖女様と呼ばれるようになりました

結城芙由奈 
恋愛
スーパームーンの美しい夜。仕事帰り、トラックに撥ねらてしまった私。気づけば草の生えた地面の上に倒れていた。目の前に見える城に入れば、盛大なパーティーの真っ最中。目の前にある豪華な食事を口にしていると見知らぬ男性にいきなり名前を呼ばれて、次期王妃候補の資格を失ったことを聞かされた。理由も分からないまま、家に帰宅すると「お前のような恥さらしは今日限り、出ていけ」と追い出されてしまう。途方に暮れる私についてきてくれたのは、私の専属メイドと御者の青年。そこで私は2人を連れて新天地目指して旅立つことにした。無一文だけど大丈夫。私は前世の特技を活かしてお金を稼ぐことが出来るのだから―― ※ 他サイトでも投稿中

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

処理中です...