krystallos

みけねこ

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「飲み会どうする?」

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「なぁ、今度集まって飯食わねぇか?」
 突拍子のない言葉を放つのはいつもあの男だ。
 今は魔力の量が極端に減り、以前では当然のように出来ていたことが出来なくなった。よって前は魔術を要していたものも今ではガジェットに替わっている。
 ガジェットによって映し出された画面の向こうで、公務の場だというのに兎にも角にもリラックスした状態――もとい、だらしない格好とも言える――でミストラル国の王は事もなげにそう言い出した。
「何を言っているんだ」
「だからー、この三人で集まって飯食わねぇかって話」
「イグニート国の食料についてだが今後は国土回復のためにも――」
「おいおいおいシカトかよ。美しく華麗にスルーするなって」
「無駄話をしている場合ではない」
「話が中々進まねぇからここで少し場の空気を和ませようとしてんじゃねぇか。んで、いつにする?」
「こちらはまだ了承していな」
「集まるならバプティスタがいいだろ? おたくは国を離れたがらないだろうからな」
 話を無視しているのは一体どちらなのか。確かにイグニート国についてはこちらが思っているほど事が進んでおらず、それも国民性が原因であってすんなり進むことはないと覚悟はしていたが。それにしても、国民が、というより年寄りたちがこちらの話に聞く耳を持たない。それについて苛ついてはいたが。
 だからといってなぜ三人集まる必要があるんだと表情を歪める。別に実際対面せずともこうしてガジェット越しに顔を合わせて会話もできている。なんの問題もない。
 恐らくだが、この男はただ飯を食いたいだけだろう。そう結論づけて話を進めようとしていたところ、思いもよらないところから話を遮られた。
「よいな、日はいつにする? こちらも色々と都合をつけなければならないのでな」
「べーチェル国の王……?」
「こういうのはダラダラしてたらなぁなぁになっちまう。サクッと決めちまおうぜ。そうだな」
「おい待て勝手に話を進めるな!」
 なぜかこちらを除いて二人が和気あいあいと話を進めるではないか。しかも何だ? 二人ともわざわざ我が国に来るつもりか。ただ食事をするためだけに。
「いいか、お前たちが来るということは警備の数を増やし受け入れる準備をしと何かとこちらの負担が大きくなるだけだろう⁈ たかが、食事をするだけで! 無駄にも程がある!」
「いいや、無駄じゃないぜ? 王が国を離れることができるほど国内が安定してきたってことを示すことができる」
「そうだな。それにそちらには色々なガジェットが必要だろう? 私自らが持ち運ぼうというのだ、悪い話でもあるまい」
「売り込むつもりか……!」
「人聞きが悪い。ただのお披露目だ」
「いいねぇ、どんなガジェットが出来上がったのか気になる」
 なぜ同じ言葉を話しているはずなのにこうも話が通じないのか。一つの国の王が動くとなると、それだけ人件費やその他諸々の費用もかかる。今どこも戦いのあとで国が疲弊し、持ち直そうとしている最中だ。
 なぜわざわざ国民に使うための金をこの者たちに使わなければならないのか。
「まぁまぁ、バプティスタ国の王の気持ちもわかるぜ? だから最低限の護衛しか連れて行かないし道中の費用や宿泊などこっちで勝手に金を出す。それでいいだろ?」
「今この状況で王の首を取ろうとする愚か者はいまい。いたらいたで見てみたいがな」
「お前たちは……!」
 ミストラル国王ならまだしも、まさかべーチェル国王までそんな気楽な考えだとは。成り上がりだが国の民に認められ、そして今こうして王という椅子に座っている。それもあってかどうもバプティスタ国の常識が二国には通用しない。
 頭を抱えていると今度は食事以外で酒を飲むかどうかという話になっているではないか。持ち込みかはたまたバプティスタ国の酒を飲むつもりなのか、それでまた話は変わってくる。
 というよりも、ミストラル国の王は如何にも酒を飲みそうな印象はあるが、ベーチェル国の王はどうなのだと頭を抱えながらも視線を向ける。話に入ってきたのかわかったのか、僅かに口角を上げた。
「心配するな。私はいける口だ」
「いいねぇ。こりゃまた楽しみだ」
「……食事をするのは決定なのか」
「まぁまぁ。俺たちも我が国自慢の食材を持っていくさ。ミストラル国近海の魚は脂が乗っていてうまいぞ?」
「べーチェル国では今ハーブが流行っている。いいお茶を提供すると約束しよう」
「……はぁ」
 つい先程まで、しっかりと各々の国とそして王不在のイグニート国について真剣な面持ちで口論していたというのに。気付けばべーチェル国の王が画面の端にあるカップを手に取っているのが見え、ミストラル国の王の後ろでは側近が頭を抱えいていた。正直この側近には心の底から同情した。
「でも、少し前に比べれば焼野やらになっていた大地には葉が芽吹き空には風が戻ってきた。今はまだ少し荒いが航海もしやすくなっている。だいぶ改善されてきていると俺は思うぜ?」
「人々にも信仰心が戻りつつある。何も悪いことばかりではない」
「……ふん」
 随分と口の上手い二人だ。だが確かに数年前に比べて状況は随分と改善された。未だに魔術がしっかり扱えるわけでもなく、消えた精霊の姿を見た者が現れたわけでもない。それでも、大地に蔓延っていた穢れは今のところ一切目撃されていない。
 だがそれも、それに至るまであらゆる者たちが尽力した賜物だ。それこそ地位のあるものから民たちまで。団結し、それぞれが己の役割を理解し果たしている結果が今、こうしてじわじわと表に現れている。
 ここでどこか少しでも油断すればこの数年の努力などすべて水の泡になるだろう。穢れなど、消し去るのは難しいというのに生み出すのは酷く簡単だ。人間が隙を見せれば瞬く間に広がる、それが穢れだ。
 だからといって、人間の体力は無限にあるわけでもない。動き続ければ心も身体も疲弊する。そうなると国全体の士気も下がりそれぞれの役目も滞る。
 この二人の王はそれをわかっている。わかっているからこそ今、息を吐き出し肩の力を抜く時なのだと言っているのだ。わかっている、それがわからないほど愚か者になった覚えもない。
 ただ、二人の思惑通りに話が進んでしまっていることに釈然としないだけだ。
「……日程はこちらで決める。お前たちがこちらに合わせろ」
「おーおー随分と横暴なことだ」
「致し方あるまい。主催者なのだからな。私たちはそれに従う他あるまいよ」
「それが嫌ならどちらかの国で催せばいいだろう。こちらが赴くことはないだろうがな」
「それがあるからバプティスタ国にしようってなったんだよ、な?」
「おっと、ミストラル国の王」
「おっとっと」
 二人のその短いやり取りだけで、事前に示し合わせていたことがわかった。ミストラル国の王が映っている画面を射殺す勢いで睨みつければ、相手はどこ吹く風か軽く肩を竦めただけだった。つくづくこの男は人の神経を逆撫でることに長けている。
「そういうことで、よろしく頼む。おいシーナ、予定しっかり空けておけよ」
「はぁ……はい」
「では連絡を待っているぞ、バプティスタ国の王よ。それではな」
「それじゃまた」
「……? ……! あ、おい!」
 ブツンブツンと二つ表示されていたはずの映像が音を立てて消えた。今回の会議は決して食事の予定を組むためのものではなかったはずだ。手元には今後のことについての議題が書かれた紙を置いていたが、力を込めれば簡単にくしゃりと音を立てて丸まった。
 いいや、別に困ったことではない。確かに話は届こっていたものの、最後の詰めをどうするか討論していたわけで大まかなことはすでに決まっていた。決まっていたから食事の話になったのだと今になって気付く。
 まさかとは思うが、さっさと会議を切り上げたいがためにわざと食事の話をしていたわけではないだろうな。
「王……? どう、なさいますか」
「どうせ通信は繋がらないだろう。今後の予定を組み直す必要がある。秘書を呼んでくれ」
「承知致しました!」
 控えていた護衛騎士にそう告げ、一つ大きく息を吐き出し立ち上がる。恐らくだが、今現存している王の中で歳が一番上なのはこちらのはずだ。
 まるで年上の兄に絡むかのように足元でうろちょろしている二人の王の小さい姿を想像し、ズキズキと頭に痛みが走った。
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