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未来への道筋
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力というものは、僕にとっては恐ろしいものだった。
この国はおかしい。外から攻め込んでくる敵国から平民を守るためにいる兵士は、その平民に平気で暴力を振るいあらゆる物を好き勝手に奪っていく。いい飯にありつけているだろう、誰も彼も屈強で、中には腹の出ている者もいた。
一方で平民である僕たちは毎日生きていくのに必死だった。食べ物は少量で、だからといって兵士に少しでも楯突こうものならばすぐに牢屋に入れられる。これで王様は「この国は豊かだ、どこよりも強い」なんて言うんだから疑問に思わないわけがない。
でも、この国の王が絶対的存在というものは変わらない。少しでも異論を唱えれば反逆者と見なされこれもまた即牢屋行きだ。そうやって連れて行かれる人を何人も見た。
僕の父も、連れて行かれた一人だ。でも父は楯突いたわけでもない異論を唱えたわけでもない。ただ兵士に蹴り飛ばされてうずくまっている子どもを助けただけだった。人を助けただけなのに、連れて行かれた。
その頃はこういう噂が広がっていた――瞳が『紫』に近いものは牢屋とはまた別のところに連れて行かれる、と。父さんの瞳の色は『紫』に近い『青』だった。
そして父さんの姿を見ることはその後なかった。
この国がおかしいと思えるのは、王に異論を唱え身を追われて国を去った研究者のおかげだった。彼はあらゆる本を家に置いていき、そしてそれを兵士に奪われる前に大人たちがそれぞれ自分たちで持ち帰って隠し持った。
王は絶対だと教えられ、精霊は消耗品だと教わる。兵士は平民を守るための盾。
けれどその盾が平民に剣を向けてくるのだから鼻で笑ってしまう。王に逆らえないことは否めないけれど、それは逆らったら命はないとの思いで恐怖で動けないからだ。ただ、精霊は消耗品ではないのだと、その研究者の本には書かれていた。
でも僕はこの時まだ子どもだった。大人がいなければ生活できない。父は連れて行かれたきり。母一人で僕と弟の面倒を見てくれていたけれど、その母がどのように生計を立てていたのか教えてはくれなかった。
このまま怯えて暮らすしかないのか。一日たった一つのパンと濁っている水、よく咳が出るようになって弟は横になる頻度が高くなった。母は日中家にいないため、弟に何かあった場合僕がどうにかしなければならない。そんな僕が、この国は間違っていると叫んで連れて行かれたらこの家は一体どうなってしまうのか。
何をどうすればいいのかわからない日々を過ごしている中で、ある日、僕たちは家族まとめて兵士に引き摺られた。兵士が何を叫んでいるのか聞き取れなかったけれど、どれも身に覚えのないことばかり。母は必死に「子どもたちだけは」と叫んでいたけれど家族三人牢屋に入れられた。
牢屋の中は僕だけじゃなく、他の人もいるようだった。数人まとめて入れているらしい。僕たちよりも先に入っていた人たちはみんな痩せ細っていた。
「可哀想に。こんな子どもまで」
「一体私たちが何をしたっていうのか」
「この国は民のための国なんかじゃない、すべて王のためだけの国だ」
ああ、僕も弟も母も、この人たちと同じようにこの牢屋から出れることはないんだとわかってしまった。
「おい急げ!」
「登ってくるぞ!」
鉄格子の向こうが騒がしくなって、思わず中にいる人たちと顔を見合わせてゆっくりと鉄格子に近付く。この牢屋は螺旋状になっていて下に行けば行くほど罪が重いらしい。僕たちの周りには僕たちと同じような平民ばかりなので、多分同じように身に覚えのないことで囚われた人たちばかりだろう。
ここにいると月日がどれだけ経っているのか段々わからなくなってくるけれど、そういえば数日前に最下層に誰かを閉じ込めたという話を見張りの兵士たちがしていたのを思い出す。
さっきから数人の兵士たちが下に行こうとしているのが見える。もしかして、下にいる誰かが脱走したんだろうか。下に行けば行くほど本当に罪を犯した人だろうけれど、だから牢屋も厳重なものになっているはず。そう簡単に脱走できないはずだ。
「危ないから下がっておきなさい」
「う、うん」
母に言われて少しだけ扉の前から身を引いた。下手したら囚われていた人が凶暴で、兵士たちを薙ぎ払いながら登ってきたらこっちまで被害が及ぶかもしれない。母はそれを心配したんだろう。
でも僕はどうしても気になって、視線を鉄格子の外から離さなかった。あんなにも焦っている兵士の姿を初めて見た。一体どれほど下にいたのかはわからないけれど、少し時間が経つと徐々に兵士たちの声が響いてくるようになった。
「っ……れっ……!」
「……ぁ……っ!」
途切れ途切れに聞こえる声に、思わず身を乗り出す。必死な声だ。中には悲鳴に似たようなものも聞こえてくる。
あの兵士たちがだ。平民に簡単に暴力を振るってやりたい放題だった兵士たちが、あんなマヌケな声を上げている。これが人から聞いた話だったらきっと信じない。でも僕は確かにこの耳で聞いている。
「下がれ!」
「それ以上近付いてみろ! テメェなんざこの槍で一突きっ……ヒィッ⁈」
兵士たちの声はそこで途絶えた。シン……と静まり返ったかと思ったら登ってくる足音だけ聞こえてくる。その足音はまだ少し遠い。
一体どんな人なんだろうか。兵士たちを一瞬で静まらせてしまうその人に興味を抱かないわけがない。もう少し登ってきたら顔ぐらい見えるのに、そう思っている間に上からまた次の兵士たちがやってくる。
「お、おい止まれ! 止まれと言っている!」
「何を悠々とっ……お、おい、待て、あれは……!」
「ヒッ……⁈ あ、『赤』だ……!」
『赤』。それは『紫』よりも更に上の、魔力のある人間の瞳の色。でもほんの数人しかいなくて、僕もたった一度だけ奇跡的に見たことがあるぐらいだった。あの時は白衣を着た赤髪の女だったけれど、その女がこの牢屋に囚われているとは思えない。
そしたらまた別の『赤』ということだろうか。『赤』だから、性格がどうであれここの下のほうに囚われていたんだろうか。色んな疑問が次々に浮かぶ中、目の前の光景もまた次々に変わっていく。
あれだけ横暴な兵士たちの身体が一纏めにされてふよふよと浮いている。一体何が起こったのかわからなくて、僕だけじゃなくてその場にいた囚われていた人たちが呆然とその光景を見ていた。
やがて、足音が大きくなる。階段を登る足が見えてくる。僕たちみたいにボロボロになっていない衣類。スッと背筋が通った姿は男性だった。青髪が風でふわふわと動いている。ふと、その人が鉄格子の向こうにいる僕たちに視線を向けた。
『赤』だ。あの白衣の女の『赤』はどこか血のようなドロッとした禍々しさがあったのに、目の前にいるこの人の『赤』はその『赤』とはまた違う。
「宝石みたい」
すっかり弱っていた弟からそんな言葉が出てきた。そうだ、宝石だ。宝石みたいに澄んでいて綺麗な色をしている。
その人は僕たちを助ける素振りなんて見せなかったけれど、でも平然と兵士たちを手玉に取っている。ふよふよと浮いている兵士たちの口元はパクパクと動いているけれど、それは音にはなっていない。音を遮断するような魔術があるんだろうか。
その後牢屋から出たその人はしっかりと扉を閉めて牢屋から出ていった。あの人がいなくなったからだろうか、ふよふよと浮いていた兵士たちがバタバタと階段の上に落ちる。ただここは壁に沿った螺旋状の階段、真ん中は空洞だ。浮いた状態から落ちた兵士の中にはどうやら、必死に階段にしがみついている者もいるようだった。
「あっ……!」
「開いてる……⁈」
今度はあちこちからそんな声が聞こえた。しっかりと閉じられている鉄格子の扉は僕たちを一生ここから出さないよう外側から鍵がかけられている。その鍵が開いていた。
みんな満足に食べれず痩せ細った身体だ。でも、きっとこれが最初で最後のチャンス。なぜか兵士たちの手にあったはずの剣や槍も、鉄格子の前に転がっている。それを見て、みんな考えることは一緒だった。
力は恐ろしいものだった。力のない人を平然と押し付けて恐怖で縛ってくる。でも、そうではない力のあり方もあるのだと、あの時初めて知った。
「大変でしょう」
後ろから不意にそんな言葉が聞こえて振り返る。僕の父よりも少しだけ年上だと思われるその人は、穏やかな表情でこっちを見ていた。
「確かに大変です。でも、やりがいもありますよ」
目を細めた彼の左目は義眼だ。一度この国から脱出した際に傷付けられ、逃げ果せた国で義眼をはめ込んだらしい。一見普通の目と変わらないように見えるのは、それほど義眼を作った職人の腕がいいからだろう。
あれほど恐れていたこの国の王は討たれた。詳細を知っている者はこの国内では少ないだろう。ただ大きく広がった穢れに屍の数。誰もがこの世の終わりだとそう思った瞬間、辺りを包み込んだ眩い光。穢れは一瞬の内に祓われ、動く屍はバタバタと倒れていった。
王の屍を見ることはなかったが、とある一人の神父が王が亡くなったこと、そして埋葬したことを教えてくれた。
あれから各国の要人がこの国にやってくるようになった。この国をまとめていた、と言うのは些か不服であるけれど、その王が倒れたのだから国として立ち行かなくなる。最初こそ他の国に攻め込まれるんだろうと不安になっていたけれど、そんなことはなかった。
その人たちは正しい知識を与えてくれた。ただ精霊に関しては歪んだ考えが長くこの地に染み渡っていたため、すべての人が真実を信じることができないでいるのが現状だ。けれど他国の人たちはそれでも辛抱強く、あらゆることを教えてくれる。
他国の人がこれだけ頑張ってくれているのだから、この国に住んでいる僕たちが頑張らないでどうするというんだ。
牢屋から出てきて、どこか明るい雰囲気になった国を見てそんな気持ちに駆られた。今まで怖くて何もできなかった。母の弟のためにと言ってただただ我慢をしてきた。でも、それだときっとこれから何も変わらない。
だから他国の人にお願いして更に色んなことを教わることにした。何もできない子どもだからという言い訳はもう通用しない。できないのであれば、できるようにならなきゃいけない。知恵を付けて、力を付ける。そうして、大切な人たちを守っていく。
「僕にとって力はただ恐ろしいものでしかなかった」
少しずつ復興しようとしている城下を眺めながら、隣にやってきた男性にそう言葉にする。
「でも、例え大きな力を持っていたとしても。それはその人の強い意志で色んなものを守ることもできる。僕はそれを学んだんです」
「君の言う『赤』の瞳の持ち主からかい?」
「はい」
本当はあの時助けてくれたお礼を言いたかった。でも今その人がどこで何をやっているのかわからない。それとなくミストラル国からやってきた人に聞いてみたけれど、その人は苦笑を浮かべながら小さく首を左右に振っただけだった。
それでも、と。手に力を入れて、前を見据える。
「いつか、いつかその人に、僕たちの手で変わったイグニート国を見てもらいたい」
声が聞こえて、ふと視線を下げると弟が元気に手を振ってこっちにやってきていた。あれだけ細かったのに今は建設の手伝いをしているからか、将来僕よりも大きくなりそうだ。
そんな弟に笑顔で手を振って、精霊の研究者と共に夕日を眺めた。
この国はおかしい。外から攻め込んでくる敵国から平民を守るためにいる兵士は、その平民に平気で暴力を振るいあらゆる物を好き勝手に奪っていく。いい飯にありつけているだろう、誰も彼も屈強で、中には腹の出ている者もいた。
一方で平民である僕たちは毎日生きていくのに必死だった。食べ物は少量で、だからといって兵士に少しでも楯突こうものならばすぐに牢屋に入れられる。これで王様は「この国は豊かだ、どこよりも強い」なんて言うんだから疑問に思わないわけがない。
でも、この国の王が絶対的存在というものは変わらない。少しでも異論を唱えれば反逆者と見なされこれもまた即牢屋行きだ。そうやって連れて行かれる人を何人も見た。
僕の父も、連れて行かれた一人だ。でも父は楯突いたわけでもない異論を唱えたわけでもない。ただ兵士に蹴り飛ばされてうずくまっている子どもを助けただけだった。人を助けただけなのに、連れて行かれた。
その頃はこういう噂が広がっていた――瞳が『紫』に近いものは牢屋とはまた別のところに連れて行かれる、と。父さんの瞳の色は『紫』に近い『青』だった。
そして父さんの姿を見ることはその後なかった。
この国がおかしいと思えるのは、王に異論を唱え身を追われて国を去った研究者のおかげだった。彼はあらゆる本を家に置いていき、そしてそれを兵士に奪われる前に大人たちがそれぞれ自分たちで持ち帰って隠し持った。
王は絶対だと教えられ、精霊は消耗品だと教わる。兵士は平民を守るための盾。
けれどその盾が平民に剣を向けてくるのだから鼻で笑ってしまう。王に逆らえないことは否めないけれど、それは逆らったら命はないとの思いで恐怖で動けないからだ。ただ、精霊は消耗品ではないのだと、その研究者の本には書かれていた。
でも僕はこの時まだ子どもだった。大人がいなければ生活できない。父は連れて行かれたきり。母一人で僕と弟の面倒を見てくれていたけれど、その母がどのように生計を立てていたのか教えてはくれなかった。
このまま怯えて暮らすしかないのか。一日たった一つのパンと濁っている水、よく咳が出るようになって弟は横になる頻度が高くなった。母は日中家にいないため、弟に何かあった場合僕がどうにかしなければならない。そんな僕が、この国は間違っていると叫んで連れて行かれたらこの家は一体どうなってしまうのか。
何をどうすればいいのかわからない日々を過ごしている中で、ある日、僕たちは家族まとめて兵士に引き摺られた。兵士が何を叫んでいるのか聞き取れなかったけれど、どれも身に覚えのないことばかり。母は必死に「子どもたちだけは」と叫んでいたけれど家族三人牢屋に入れられた。
牢屋の中は僕だけじゃなく、他の人もいるようだった。数人まとめて入れているらしい。僕たちよりも先に入っていた人たちはみんな痩せ細っていた。
「可哀想に。こんな子どもまで」
「一体私たちが何をしたっていうのか」
「この国は民のための国なんかじゃない、すべて王のためだけの国だ」
ああ、僕も弟も母も、この人たちと同じようにこの牢屋から出れることはないんだとわかってしまった。
「おい急げ!」
「登ってくるぞ!」
鉄格子の向こうが騒がしくなって、思わず中にいる人たちと顔を見合わせてゆっくりと鉄格子に近付く。この牢屋は螺旋状になっていて下に行けば行くほど罪が重いらしい。僕たちの周りには僕たちと同じような平民ばかりなので、多分同じように身に覚えのないことで囚われた人たちばかりだろう。
ここにいると月日がどれだけ経っているのか段々わからなくなってくるけれど、そういえば数日前に最下層に誰かを閉じ込めたという話を見張りの兵士たちがしていたのを思い出す。
さっきから数人の兵士たちが下に行こうとしているのが見える。もしかして、下にいる誰かが脱走したんだろうか。下に行けば行くほど本当に罪を犯した人だろうけれど、だから牢屋も厳重なものになっているはず。そう簡単に脱走できないはずだ。
「危ないから下がっておきなさい」
「う、うん」
母に言われて少しだけ扉の前から身を引いた。下手したら囚われていた人が凶暴で、兵士たちを薙ぎ払いながら登ってきたらこっちまで被害が及ぶかもしれない。母はそれを心配したんだろう。
でも僕はどうしても気になって、視線を鉄格子の外から離さなかった。あんなにも焦っている兵士の姿を初めて見た。一体どれほど下にいたのかはわからないけれど、少し時間が経つと徐々に兵士たちの声が響いてくるようになった。
「っ……れっ……!」
「……ぁ……っ!」
途切れ途切れに聞こえる声に、思わず身を乗り出す。必死な声だ。中には悲鳴に似たようなものも聞こえてくる。
あの兵士たちがだ。平民に簡単に暴力を振るってやりたい放題だった兵士たちが、あんなマヌケな声を上げている。これが人から聞いた話だったらきっと信じない。でも僕は確かにこの耳で聞いている。
「下がれ!」
「それ以上近付いてみろ! テメェなんざこの槍で一突きっ……ヒィッ⁈」
兵士たちの声はそこで途絶えた。シン……と静まり返ったかと思ったら登ってくる足音だけ聞こえてくる。その足音はまだ少し遠い。
一体どんな人なんだろうか。兵士たちを一瞬で静まらせてしまうその人に興味を抱かないわけがない。もう少し登ってきたら顔ぐらい見えるのに、そう思っている間に上からまた次の兵士たちがやってくる。
「お、おい止まれ! 止まれと言っている!」
「何を悠々とっ……お、おい、待て、あれは……!」
「ヒッ……⁈ あ、『赤』だ……!」
『赤』。それは『紫』よりも更に上の、魔力のある人間の瞳の色。でもほんの数人しかいなくて、僕もたった一度だけ奇跡的に見たことがあるぐらいだった。あの時は白衣を着た赤髪の女だったけれど、その女がこの牢屋に囚われているとは思えない。
そしたらまた別の『赤』ということだろうか。『赤』だから、性格がどうであれここの下のほうに囚われていたんだろうか。色んな疑問が次々に浮かぶ中、目の前の光景もまた次々に変わっていく。
あれだけ横暴な兵士たちの身体が一纏めにされてふよふよと浮いている。一体何が起こったのかわからなくて、僕だけじゃなくてその場にいた囚われていた人たちが呆然とその光景を見ていた。
やがて、足音が大きくなる。階段を登る足が見えてくる。僕たちみたいにボロボロになっていない衣類。スッと背筋が通った姿は男性だった。青髪が風でふわふわと動いている。ふと、その人が鉄格子の向こうにいる僕たちに視線を向けた。
『赤』だ。あの白衣の女の『赤』はどこか血のようなドロッとした禍々しさがあったのに、目の前にいるこの人の『赤』はその『赤』とはまた違う。
「宝石みたい」
すっかり弱っていた弟からそんな言葉が出てきた。そうだ、宝石だ。宝石みたいに澄んでいて綺麗な色をしている。
その人は僕たちを助ける素振りなんて見せなかったけれど、でも平然と兵士たちを手玉に取っている。ふよふよと浮いている兵士たちの口元はパクパクと動いているけれど、それは音にはなっていない。音を遮断するような魔術があるんだろうか。
その後牢屋から出たその人はしっかりと扉を閉めて牢屋から出ていった。あの人がいなくなったからだろうか、ふよふよと浮いていた兵士たちがバタバタと階段の上に落ちる。ただここは壁に沿った螺旋状の階段、真ん中は空洞だ。浮いた状態から落ちた兵士の中にはどうやら、必死に階段にしがみついている者もいるようだった。
「あっ……!」
「開いてる……⁈」
今度はあちこちからそんな声が聞こえた。しっかりと閉じられている鉄格子の扉は僕たちを一生ここから出さないよう外側から鍵がかけられている。その鍵が開いていた。
みんな満足に食べれず痩せ細った身体だ。でも、きっとこれが最初で最後のチャンス。なぜか兵士たちの手にあったはずの剣や槍も、鉄格子の前に転がっている。それを見て、みんな考えることは一緒だった。
力は恐ろしいものだった。力のない人を平然と押し付けて恐怖で縛ってくる。でも、そうではない力のあり方もあるのだと、あの時初めて知った。
「大変でしょう」
後ろから不意にそんな言葉が聞こえて振り返る。僕の父よりも少しだけ年上だと思われるその人は、穏やかな表情でこっちを見ていた。
「確かに大変です。でも、やりがいもありますよ」
目を細めた彼の左目は義眼だ。一度この国から脱出した際に傷付けられ、逃げ果せた国で義眼をはめ込んだらしい。一見普通の目と変わらないように見えるのは、それほど義眼を作った職人の腕がいいからだろう。
あれほど恐れていたこの国の王は討たれた。詳細を知っている者はこの国内では少ないだろう。ただ大きく広がった穢れに屍の数。誰もがこの世の終わりだとそう思った瞬間、辺りを包み込んだ眩い光。穢れは一瞬の内に祓われ、動く屍はバタバタと倒れていった。
王の屍を見ることはなかったが、とある一人の神父が王が亡くなったこと、そして埋葬したことを教えてくれた。
あれから各国の要人がこの国にやってくるようになった。この国をまとめていた、と言うのは些か不服であるけれど、その王が倒れたのだから国として立ち行かなくなる。最初こそ他の国に攻め込まれるんだろうと不安になっていたけれど、そんなことはなかった。
その人たちは正しい知識を与えてくれた。ただ精霊に関しては歪んだ考えが長くこの地に染み渡っていたため、すべての人が真実を信じることができないでいるのが現状だ。けれど他国の人たちはそれでも辛抱強く、あらゆることを教えてくれる。
他国の人がこれだけ頑張ってくれているのだから、この国に住んでいる僕たちが頑張らないでどうするというんだ。
牢屋から出てきて、どこか明るい雰囲気になった国を見てそんな気持ちに駆られた。今まで怖くて何もできなかった。母の弟のためにと言ってただただ我慢をしてきた。でも、それだときっとこれから何も変わらない。
だから他国の人にお願いして更に色んなことを教わることにした。何もできない子どもだからという言い訳はもう通用しない。できないのであれば、できるようにならなきゃいけない。知恵を付けて、力を付ける。そうして、大切な人たちを守っていく。
「僕にとって力はただ恐ろしいものでしかなかった」
少しずつ復興しようとしている城下を眺めながら、隣にやってきた男性にそう言葉にする。
「でも、例え大きな力を持っていたとしても。それはその人の強い意志で色んなものを守ることもできる。僕はそれを学んだんです」
「君の言う『赤』の瞳の持ち主からかい?」
「はい」
本当はあの時助けてくれたお礼を言いたかった。でも今その人がどこで何をやっているのかわからない。それとなくミストラル国からやってきた人に聞いてみたけれど、その人は苦笑を浮かべながら小さく首を左右に振っただけだった。
それでも、と。手に力を入れて、前を見据える。
「いつか、いつかその人に、僕たちの手で変わったイグニート国を見てもらいたい」
声が聞こえて、ふと視線を下げると弟が元気に手を振ってこっちにやってきていた。あれだけ細かったのに今は建設の手伝いをしているからか、将来僕よりも大きくなりそうだ。
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